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サイコ×ロジック  作者: 独楽
消失
9/97

Phase 9


 この<グレイスビル>は全12層の吹き抜け構造になっている。

 入ってすぐの建物中央、出入口のエントランスには小さな噴水と、それ囲うようにベンチが設けられていて、高いガラス張りの天井からは陽光が差していた。そこはまるで室内庭園のようだった。

 客層もやはり若者が多く、デートには打ってつけの場所なのだろう。

 周りはカップルだらけだ。


(…………)

(……居心地が悪いことこの上ないな……)


 青年は億劫そうに一ノ瀬の後に着く。

 一ノ瀬に振り回されることもそれは多々あったが、大学を出てとなるとこれが初めてかもしれない。調子良くはしゃぐ一ノ瀬とは対照的に、青年の空気はじんまりと重い。

 ニーナからの通信も懸念としてあるが――なにより青年は人間が多い場所が苦手だった。その理由は曖昧だけれど、理解出来ないモノに対する恐怖――というのが一番しっくりくるかもしれない。

 同じ人間でも、心の仕組みはそれぞれ違う。


「あの、■■■くん」


 振り返って一ノ瀬は言う。


「私、秋を先取りって感じで、服が見たいんですけど。いいですか?」


 青年は肩をすくめる。


「見たいんなら見ればいいんじゃないかな。別に僕が欲しいってわけでもないんだし」


 不満そうな顔をする一ノ瀬。

 その膨らませた頬に、デコピンをしてやりたくなった。


「もう、相変わらず冷たいなあ。■■■くんはもっとオシャレになるべきです。そうすればツンドラって感じからハートフルな印象に仕上がるかもしれませんよ」

「……随分な物言いだよね」


 しかし、ツンドラとは言い得て妙だな、と心の中で頷く。

 優しさあふれる自分像を想像すると吐き気がしたが。


「せっかくですし、私が見繕ってあげますよ」


 一ノ瀬はなぜか得意気だ。

 けれど、料理のセンスはともかくファッションセンスがあることは、その姿を見れば明瞭だろう。

 青年は肩を落として溜息をついた。


(これじゃあまるでデートじゃないか……)

(……柄でもない。こんなことしてる場合じゃないんだけどなあ……)


 思いつつも、袖を引かれるまま連れていかれる。

 毎度のことだが、どうも一ノ瀬相手だと具合が良くない。もちろん断固断れば、無理にとは流石に言ってこないだろうが、


「これどうですか? なかなか似合うと思うのですけど」


 青年の身体に服を重ね、世にも楽しそうな表情を浮かべる一ノ瀬。

 彼女は言葉よりも目や口元のほうが感情を雄弁に語るのだ。こいつがいけない。

 いつになく消極的な青年の態度を踏まえてか、今日はやけに積極的だ。


(……面倒だ……)

(苦手なんだよな、どうも)


 それに反抗するだけの理由があっても、逆らえる余地もなく。

 結局、一ノ瀬の誕生日プレゼントという主旨から外れて、色々な店を何軒も付き合わされた。

 最後に行き着いたのは雑貨店だった。


「むう……」


 一ノ瀬は怪訝な表情で唸る。

 目下に置かれているのは、無愛想な顔をしたクマのストラップだった。

 可愛いとはまた違う、怪しげなそれ。

 ハロウィンよろしく、への字を描く口はジグザグに縫いつけられて、黒とカボチャ色を折り合わせた奇怪な服に、手には歪なカンテラを持っている。

 煤茶色の体毛はさわり心地がよかったが、とても欲しいとは思わなかった。

 青年は訊く。


「……これが欲しいのか?」


 一ノ瀬は無言でこくり、と。

 どうも趣向が汲めないが、気に入ったのならそれでいい。

 青年はそのストラップを手に取り、


「買ってあげるよ、誕生日プレゼントってことで」


 一ノ瀬の反応を待たず、レジへと向かった。

 会計は二千円。意外と高い。

 包装はしてもらわない。時間の無駄だと思ったからだ。


「ほら」


 会計を済ますなり、青年は一ノ瀬にストラップを手渡した。

 一ノ瀬は頬を緩ませ、しずしずとそれを胸に抱き、


「……えへへ。あ、ありがとうございます」


 と、童女のような可憐な笑顔を浮かべた。


(なんだ、その反応……)

(いつもと随分違うじゃないか)


 ともあれ。

 これで目的は達成したというわけだ。こんな場所に長居する理由はなくなった。


「じゃあ……」


 プレゼントも買ったし帰ろうか――と、言いかけて、


「じゃあ、次はどこ行きますか? そろそろいい時間ですし、お昼でもどうでしょうか。お礼にご馳走しますよ」


 と、被せるように一ノ瀬は言った。

 青年の口から、この日一番の溜め息が漏れる。


「……いい加減にしてくれ」

「えっ?」

「買い物が終わったんならもういいだろ。僕は帰るよ、興味がない」

「あっ、ちょっと待って。待ってくださいよ」


 青年は踵を返し、雑貨店を出た。

 徹夜明けで虫の居所が悪かったのに加え、二―ナからの通信もあり、青年としては早々に自宅へ戻りたかった。単純にこの場所の居心地が悪い、というのもあったが。

 少し悪いことをしたかな、と思った。けれどいまの御時世、わざわざショッピングになんて出掛ける必要は薄い。自宅で現物をホログラムで確認できるし――なにより、ネット購入のほうが最安値を探しやすく、手軽で便利だからだ。


「待ってってばッ!」


 叫ぶような一ノ瀬の声に、足を止め、肩を落とす。

 ……まったく、人を振り回すのも大概にして欲しい。そう思いつつ振り向き、


「だいたい僕は……」


 言いかけて、一ノ瀬と目が合った。


(……げ)


 引き締められた口元、スカートを掴んでぎゅっと握りしめた拳、上目遣いの睨み付けるような視線。

 瞳は少し潤んでいるように見えた。

 その迫力に青年は半歩後退る。

 と、

 そこで一ノ瀬の背後――店内に設置されている広告モニタの一つが、ジャミングを受けたかのように映像を歪めた。


(……ん? なんだ?)


 不審に声を漏らそうとする刹那。

 通路に響き渡る――悲鳴。

 女性の甲高い、声。


「えっ、なに? なにいまの声……」


 振り向く一ノ瀬。

 青年もその声の方へ視線を走らせる。

 途端、店のウインドウガラスをぶち破って何かが通路に転がった。

 それは赤い液体を振り撒き、白いタイルに跡を残した。

 息を呑み、言葉を失う。


 横たわる――酷く滑稽な塊。


 それには足が二つあって、右腕があった。

 反対側に腕はない。そこにあるべき頭部も――ない。

 無理やり千切られたような断面からは、血と、筋肉繊維と、赤く染まった骨が覗き出ていて――なおもとめどなく溢れ出てくる血が、ゆっくりとタイルを覆っていく。


 それは人のカタチをしていて、けれどヒューマノイドではなくて、

 まだ温かそうな、華奢な体躯の、女性らしき、頭部と片腕を失った、


 人間の――死体だった。



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