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サイコ×ロジック  作者: 独楽
拡張
80/97

-002-



<red box:tool-machina.rizal:funny-bunny>


 圧縮。


<function>

<extensionexpansionenlargement:usagi thukino>

<proper valuebody “030%” / enhanced body>

<list:(eye)sigh / hearinghearing ability / muscular strength / intelligence>

</function>


 拡張。

 自分の感覚域が広がっていく感覚。

 相手の呼吸が、感覚が、まるで自分の機能のように感じられたさっき――詩織あいてを屠ったそのときよりも鋭敏に、より鋭敏に。

 翔兵かれを殺せば殺すほどその感覚はさらに研ぎ澄まされていく。

 筋肉はもちろん血流――身体を流れる血液の1マイクロcc余すことなく自在に操れそうで、循環器だけでなく機能する内臓器官も、手のひらで触ったように感覚することができる。全身の毛という毛がすべて逆立ち、肌を撫でる空気の流れがこそばゆい。

 まるで全身が性感帯になったみたいだ。

 服に擦れる肌がやけに刺激を送ってくる。乳房の先がいきりたち、すべてが自分を悦ばせようとしているようで、直立もままならなくなる。

 たまらない。

 たまらない。

 たまらないそれに嬌声が漏れ出、その自分の喘ぎ声に、また身震いする。


「あっ……やん、もう……」


 なんていう永久機関だ。

 頬に恍惚の色を浮かべつつ、内股を擦り合わせつつ、翔兵の頭蓋を踏み潰しつつ、憂沙戯は甘い嬌声をあげる。散った彼の血が頬を撫でるたび快感が全身を駆け巡り、感度がさらにあがっていく。

 融解してしまいそうな頭。

 絶頂してしまいそうな身体。

 幾多もの情報が電子的に処理されていくのが実感できる。だけども身体の隅々にまで走るこの感覚だけは、ちょっと耐えるのが難しい。それは理性的な意味でも――性的な意味でも。

 火照る身体を抑えつける。

 脈打つ局部を感覚しないようにする。

 ……ああ、だめ。無理。

 もう無理。

 もう我慢できない。

 快楽に呑まれそうだ。

 愉悦に溺れそうだ。

 悦楽に沈みそうだ。

 快感に、


「……融け……ちゃい……そう……」


 もはや敏感を通り越したそれは、憂沙戯の意識・感覚を数十倍に跳ね上げらせる。

 だが、これでもまだ拡張率は40パーセントに留まっているという事実。

 ≪陽気な兎≫――人間の持つ機能を、ただ単純に拡張する致命的な道具。


 さらに拡張。


 すると視覚に変化があった。

 湾曲する光が見えた。鼓膜を震わす音の波が徐々に断片的に聞こえ始める。感覚域が押し広げられ、体内地図が神経を得たかのように広がっていく。

 50パーセント。

 手先の感覚が飽和していく。

 雲散霧消した感覚神経群が空気中に拡散して根を張ったような――そんな感覚の膨張感。

 60……70……80……。

 そしてふっ……と、すべてが零になった。

 零の先に何かを感じた。


 それは自分わたしだった。


 わたし。

 圧倒的わたし。

 空間に毛細血管や感覚神経がびっちりと張り巡らされたかのように、万理万象が自分わたしのものとして感じられる。零になったんじゃなかった、零がわたしという枠だったんだと遅まきながら理解する。

 肌に触れる空気もわたし。遠く揺らめく光もわたし。発する声も音も振動もベクトルもエネルギーもわたしで全部がわたし。自分ここからここまでじゃなくて、自分ここからどこまでもわたし。

 半径何メートル? もしかしたらキロ?

 際限なくわたし。

 わたしがわたしでわたしのわたし。

 この感覚はゲーム(……ゲーム? ゲームってなんだろ?)でも感じたことがある――なにをしても、なにをやっても、どう動いても、どう策を巡らせても、全てが自分の舞台であるような、全てが自分にはまっていくような圧倒的無敵感――それの乗倍どころではない、千万百億兆倍の自分わたしによる自分わたしのための自分わたしのためだけに用意された世界わたしっ!

 海底プラントを突き抜けた意識が、数万光年先の恒星わたしに手が届きそうだ。地球わたしが回っていること、それはつまりわたしが回っていることと同義で、取り巻く環境わたしがわたしで、ちょっと伸ばせば触れれるわたしわたし大地わたしもやっぱりわたしで意味わかんないけどとにかくわたし。いまなら素粒子にだって触れたと感覚できるかもしれない――その素粒子だってもちろんわたし。

 わたしわたしわたしわたし。

 わたしをわたしにわたしからのわたしで、ともすればわたし。

 つまるところわたしで、わたしじゃないものもわたしで、やっぱりわたしで、究極わたし。


 わたし過ぎる!

 世界はわたしで満ち満ちている!


 けれどそこで、あれ? と思う。

 コマ送りにされる世界はわたしの世界だ。

 そこでわたしは気が付いた。

 フレームが進もうとも、いくら進もうとも世界が動き出す様子がないことに。


 あれ?

 あれあれ? 


 ……いや、実際には動いているのだろう。

 拡張されたわたしが広すぎて、速過ぎるから――だから世界が、小さすぎて、遅すぎるように感覚できてしまう。何千何万何億何兆という、一秒を刻んだ静止画フレームが、いったい何分割されたものなのか、わたしには把握できない。

 先の見えない刹那が延々と続いていく。

 無限に広がった世界が延々と停止し続ける。


 わたしはぞっとした。


 やってしまったと思った。

 失敗してしまったと思った。

 一秒が遅い。

 刹那があまりにも遅すぎる。

 時間という概念から外れたわたしの心。

 それは世界という枠から、人間という枠から超越してしまったわたしの精神だ。


 失敗した。


 次第に見えていた世界が色を無くしていく。

 ひとつだけの光景を見慣れ過ぎてしまって、わたしにとっての世界の色が固定される。

 感覚出来過ぎてしまって、全てがわたしとして固定される。

 鋭敏になり過ぎてしまい、感覚が麻痺する。

 すべてを理解し過ぎてしまい、全ての環境がわたしと同期される。


 失敗した。

 失敗したと痛感した。


 わたしは世界だ。

 世界がわたしだ。

 森羅万象がわたしになったいま、わたしという存在はわたしの中に固定された。


 そこは無と同義だった。


 そしてようやく理解する。

 人という存在は、“枠があるからこそ存在していられる”ということを。“間があるからこそ意識できる“のだと。指を押し返す反応があるから、耳を震わせる反応があるから、言葉を放つ相手がいるから、返してくれる相手がいるから、わたしという存在はわたしとして存在し得る。

 けれど、肉体から超越した精神は、すべての刺激に慣れてしまう。

 鈍感に感じてしまう。

 感覚が固定されてしまう。


 だから失敗した。

 わたしは失敗してしまったんだ。


 指先に常に感じる不変性のない感触。

 耳をいつまでも揺らす不変性の無い音。

 反応を返すことの無い環境が、わたしをどこまでも鈍感にさせる。有が固定され、固定された有であり続ける不変性がわたしを取り巻く環境として移り変わり、尖り過ぎた思考だけが脳の中でぐるぐると回り続ける。

 わたしは失敗した――。

 その後悔の念だけがわたしの中でぐるぐると回り続ける。


 失敗した。

 失敗した。

 失敗した。

 失敗したと理解したときには遅すぎた。

 失敗したと思ったときには身体から離れ過ぎていた。

 失敗した世界から精神が遠ざかり過ぎた。

 失敗したのはわたしの世界だった。

 失敗したのはわたしの意識だった。

 失敗したのはただの好奇心だった。

 失敗したのは先を見ようともしない浅はかな認識だった。

 失敗したのは道具に依存し過ぎた自らの軽率さだった。

 失敗した後で何を悔やんでも遅かった。

 けれどまだ失敗したことを呪うには早過ぎた。

 失敗した後で待っていたのは延々と続く失敗したという事実だけ。

 失敗したという後悔だけ。

 どこまでも間延びした時間が、失敗を過去のものにしてくれない。


 だから失敗した。

 取り返しはつかない。

 もう遅い。

 わたしは失敗したんだ。


 わたしは失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した……


 ……そう、何度嘆いただろう?

 あと何度嘆けばいいのだろう?


 まだ世界は動かない。

 世界の不変性は揺るがない。

 わたしは道具の扱いかたを間違い、捕われ、自分を見失ってしまった。


 ≪致命的な道具≫――人間の機能を、致命的なまでに拡張する道具。


 わたしは触れてはいけない禁忌に触れ、前人未到の感覚域にまで到達し、人間という枠を超越て、精神のカタチという空想を凌駕した。

 そしてわたしの心は有でありながら、その心のかたちは無となっていく。

 無限となっていく。


 無が限りなく続く、無限。

 その中に、わたしは取り残された。


 後悔の中で数えきれないほどのフレームが過ぎ去っていった。

 けれど、一秒後が果てしなく遠い。

 一秒がいつまで経っても訪れてくれない。

 わたしは、わたしの中のフレームが過ぎるのをただただ待つ。

 おいてけぼりにしてしまった世界が、わたしに追い付いてきてくれるのをひたすらに待つ。


 ……ねえ、誰か教えて。


 ……わたしの一秒後は……いつくるの? 



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