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サイコ×ロジック  作者: 独楽
消失
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Phase 8

 カフェを出て、青年と一ノ瀬は明治通りを渋谷方面に向かっていた。

 高度AI『アカツキ』がもたらした急激な技術進歩は、街の風景を大きく変えた。

 六車線の大通りを規律を守って進む全自動車オートランナー――都心の歩道は、そのほとんどが自動歩道オートロードとなり、街を行きかう車はバスも含めて全自動車だ。

 これらはすべて都市機能とリンクしていて、そのエリア内で人間がわざわざマニュアル運転をする必要がなくなった。そういった流れに伴い、段々と法律も改定されていき――いまでは非常時を除いて人間が全自動車を運転することは、法律違反となっている。

 この辺りはビジネスビルが多い区画で、モニタ式の広告看板も少なく、町並みに猥雑さはない。

 都心に近付くにつれ、二階、地下といった立体歩道が目立つようになる。

 渋谷駅周辺にはエスカレーター式のそういった歩道橋が設けられていて、歩行者が車の進行を妨げることがなくなった。逆もまたしかり、だ。


「正直に言って、■■■くんがショッピングに付き合ってくれるなんて思ってもいませんでした。人ごみが嫌いだから――とか理由つけて、やんわり断られるかと」

「へえ?」


 青年は感心したように息を漏らす。


「わかってるじゃないか。けど、だったらなんで誘ったのさ」

「ダメもとって言葉知ってますよね? そんな感じです。数打ちゃ当たる――みたいな」


 一ノ瀬は手をブイ字にして、鉄砲のように指を向けた。

 そして撃つようなそぶりを見せ、


「やっと当たってくれましたね」


 と、微笑んでみせた。

 青年は肩をすくめる。


「一ノ瀬はいい性格をしているよ、まったく」

「あれ、それって褒め言葉ですか?」

「さあね」


 髪を揺らし、あどけなく振舞う一ノ瀬はまるで少女のようだ。

 面倒なことはしたくないし、わざわざ他人のために時間を割くのも無駄だと思う。

 けれど――目の前にいる彼女をみていると、なんでか、なんでだろう? それでも悪い気はしなかった。

 と、そこで青年の“頭の中”に乾いた電子音が鳴り響いた。

 おもむろに右耳の裏に手をあて、言葉を思念する。


(……どうかしたの? ニーナ)

<各国の株価に異常な動きがありました>


 青年が手をあてる頭部の奥には、機械が埋め込まれていた。これは数ヶ月前にはなかったものだ。

 『インプラント』――つまりは埋め込み機器。

 青年は軍事サーバにハッキングし、閲覧した設計データを元に、量子プロセッサ、光化学3Dプリンターなどを駆使して、医療用に使われる微細な分子機器――有機ナノマシンに金属特性を加え、無機分子と有機分子の複合体を精製した。細胞が持つ生体電気を原動力とし、プログラム通りに機能する複合型ナノマシンに神経細胞の破壊と修復を繰り返させ、疑似シナプスを形成させることに成功――青年は疑似神経技術の燐片を作り上げていた。

 骨を伝達する音声は、2000年代から軍で使われていた骨伝導技術の発展型で、戦術ネットワークの応用だ。

 埋め込み機器インプラントはいま、ナノマシンが作りあげた疑似シナプスを通り、青年の脳と自宅マンションにいるニーナとの通信を行っている。


(……異常な動き……? つまり、どういうことだい?)

<この国の株価が著しく下落しています。下げ幅は312ドル、12.6パーセント。このままの推移が続くようなら、多大な損失が予想されます。持ち株を売却されますか?>

(たしかに……それは異常だな。でも待って。なにが原因でそうなったのかわかるかい?)

<情報収集に努めましたが、これといった情報は得られませんでした>

(……よくないな。……株価が下落した際に、損失を限定するプログラム売買が一斉に作動した……か? 二―ナ、判断は保留だ。それが誤作動で回復する可能性が高い。なにか動きがあれば、逐一連絡をくれ)

<了解いたしました>


 通信が終わり、ふと視線に気がつく。

 一ノ瀬は様子を伺うように、心配そうな顔で見つめていた。


「どうかしましたか? なんだか、よくないって顔してますよ」

「……顔って、僕はいつもこんな顔だ……ってのは、さっきも言ったっけ」

「ですね。言いました。二度目です」


 青年はバツ悪そうに頭を掻いた。


(……どうも一ノ瀬といると調子が狂うんだよな……)

(それに顔って……自分でも見分けがつかないのに……)


 天性の勘なのか、それとも野性的な観察眼なのか。

 無表情であるはずの青年の感情を、一ノ瀬はどこか感じ取っている節があった。

 知るところではないが、女性の直感とか、そういうものなのかもしれない。


「なるほど。まるで犬だな」

「なにがですか?」

「いや、その自由奔放っぷりは猫か」

「なんの話ですか」

「面倒だから、獣で統一しよう」

「……よくわかりませんけど、バカにされてるのだけはわかりました」


 前を行く一ノ瀬の歩幅に合わせ、歩く。

 バスターミナルを横目に見ながら、駅ビルを進む。駅構内の壁に張り巡らされた液晶広告が、ちかちかと目に痛かった。

 ようやく――目的地の見えるハチ公前に出た。

 あまりの人の多さにうんざりしつつ、一歩を踏み出す。

 すると、腕につけた端末に着信が入り、開いて見てみると、周辺の店舗から電子クーポンが送られてきていた。

 人が多く行き交う場所では広告・宣伝発信用のプログラムを持ったヒューマノイドが点在していて、容赦なく広告メールを送りつけてくる。

 それには、来店の際に客が得になる特典が送付されているのが当たり前で、店側、客ともに利点がある。しかし、そんな特典もファッションに興味のない青年にとってはいい迷惑でしかなかった。スパム対策をしていないと、あっという間に端末ログが大変なことになってしまうからだ。


「なにしてるんですかー? 行きましょうよ」

「あ、うん」


 宣伝活動にいそしむヒューマノイドを避けつつ、一ノ瀬の後を着いて歩く。人間とヒューマノイドが混在するこの景観も、2052年では当たり前になっていた。

 スクランブル交差点を進み、ファッションビルへと入る。

 前を見ながら、一ノ瀬は楽しそうに言う。

 

「えへへ、まさか■■■くんと<グレイスビル>に来れるとは思わなかったなー。良い機会ですし、服とか買ってみたらどうですか? ■■■ってば、いつもジーパンにジャケットじゃないですか」

「僕にとって服なんてものは、着れさえすればなんでもいいんだよ」

「たまにはオシャレっていうのも、なかなか良いものですよ」


 いつもとは違う服装。

 一ノ瀬は自分のことをいっているのだろうか?

 と、青年はその後ろ姿に首を傾げた。



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