-014-
その一瞬。
翔兵は走馬灯のように思い返していた。
詩織との会話。
この海底プラントに来る前――移動中のその車内での会話を。
「詩織さんは……こんなことを訊くのもどうかと思うんだけど……なんであんなやつらと一緒にいるの?」
「ん? んー……助けてもらったから、かな」
「助けてもらったって、あいつらにか?」
詩織は思い出をなぞるように遠くを見、小さくうなずいてみせた。
「……実はね、僕はもともとこの国の人間じゃないんだ。ここじゃない、もっと遠くの場所で生まれて、育ったの」
*
僕の本当の名前はニアっていうんだ。
秘密にしてるから内緒だよ?
その場所は戦闘地域でね、いろんな国の軍隊がいっぱいいて、とっても危ないところだったの。
お父さんもお母さんも友達もいたけど、みんな死んじゃった。
仲の良いラグっていう男の子がいたんだけど、離れ離れになっちゃって……きっとラグも死んじゃってると思う。
僕は運がよかったんだね。
手も足もなくなって、目も見えなくなっちゃったけど……それでもこうやって生きてるし、不運たちに出会えた。助けてもらえた。
あのときも不運は怒ってたなー……その頃の僕は、まだ日本語をインプラントに落としてなくて、不運がなんて言ってたのかわからないんだけどね。
それでこの国にきたんだけど、僕、びっくりしちゃった。
こんな世界があったんだなーって。
だから、許せなくて……最初はずっといらいらしてたかな。
許せなかった……ううん、違う。
そうじゃなくて、『なんで?』って思った。
あっちで兵士とか、僕を擬体化してくれた医者の人が言ってた。
この国を住みやすい場所にするからとか、戦争を終わらせて、みんなが幸せになれるようにするんだーって。みんなが僕の国のことを思ってくれてて、世界中のみんなが、早く戦争がなくなるように頑張ってるんだよー、ってね。
……でも、ホントは誰も見てなかった。
みんな幸せそうな顔して、僕たちのことなんか知らんぷり。
酷いよね。
そんなの、僕だって怒るよ。
けどね、それも最初だけだった。
幸せならそれでいいって思うようになったの。
翔兵くんだってさ、おっきな車に踏まれて、プチトマトになる人の頭なんて見たくないでしょ? 友達が穴の中に投げられて、燃やされるとこなんて見たくないよね? 火で手が溶けて指が全部くっついちゃってる人とか、火の中でぐねぐねーって動く友達を見たい人なんて、絶対いないに決まってる。
僕ももう見たくないし、聞きたくもない。
誰かの泣いた顔を見ると辛くなるし、死んじゃったらとても悲しいもん。
だから、
いいんじゃないかなーって思ったの。
そんな悲しいとこ見なくても、
そんな傷つくようなこと知らなくても、
いいんじゃないかなーって。
僕は思うようになったの。
*
「あはは……なんか変な話しちゃったね。まあそんなわけで、僕は不運たちと一緒にいるんだ。不運はすぐ怒るけどやっぱり優しいし、楽天はいろんなことを知ってて、僕にいっぱい教えてくれるから――だから僕は二人が大好き。好きな人と一緒にいたいって思うのは、普通のことじゃないかな?」
翔兵は言葉を失った。
やがてプラントに行き着き、車を降りた。
詩織の背を見て――思った。
詩織は……いったいどれだけの悲劇を見てきたのだろう?
どれだけ辛い体験をしてきたのだろう?
その上で、なんでこんなにも優しい言葉を言えるのだろう?
こんな綺麗な笑顔ができるのだろう?
――ぷっ。
という音がして、詩織の後頭部がぼこっと。
そして、まるで完熟したトマトのようにぱっくりと割れた。
真っ赤な血と彼女を内面を形成していた物質が飛び散って、通路に赤黒いペイントを描く。
「あっ……」
制御を失った詩織の身体は、弾の威力につんのめり、天井を見上げるようにして倒れる――刹那に見えたその顔からは片方の目がきれいになくなっていて、失った目の代わりか、脳味噌の涙を流し、床に背中を打った。
翔兵は口を半開きにしたまま、動けず硬直。
その向こうには、憂沙戯が背を向けたまま――彼女の服、その脇に穿たれた穴からは硝煙が上がっている。
憂沙戯は服の下に拳銃を忍ばせていたのだ。
「……だから、これは復讐です。わたしは、人間を嫌悪する……」
ぐちゃ、と濁音が遠くに聞こえた。
カラン、と転がる刀の音が嘘のように聞こえた。
叫んだ。
声にならない絶叫を発しながら、翔兵は猛進する。