-009-
積み重ねられたコンテナのビルを縫って、管理棟とおぼしき場所に出る。
施設というより、もはや工場だった。
肉の生成工場。
視界前方180度はクリアなガラス張りになっていて、その隅には区画ごとにモニタリングされた肉の情報がリアルタイムで表示されていた。生きた肉が処理されて部品としての肉へと加工される。
生きたお肉を一ダース。
いやいや、生きの良いのが揃ってるんでさぁ……。
「よくもまあ、こんな胸糞悪ぃこと考えられたもんだな」
……精肉工場もこんな感じなのかな?
などと、スティックタイプの戦闘糧食をパクつきながら、ぼんやりと考える不運の隣で、楽天は忙しそうにタッチボードに向かっていた。
この区画の中枢、オペレーションルーム。
どうやら、各施設間はパイプラインやコンベア、エレベーターシャフトなどによって、密に連携されているらしい。キメラに襲われ続けているうちに、いつの間にか不運らは中枢区画から外れ、この処理場に迷い込んでいた。
付近を調べているうちに、肉の出荷用だろう潜水艇を見つけた。
脱出できることを喜ぶより先に、食糧を求めて船内を物色するあたり、やはり生き物だ。ルームには戦闘糧食の茶箱と、破り捨てられたパッケージが散乱している。
ここに来るまでの道程にセキュリティこそあったが、警備と呼べるような障害はなかった。無人の自律施設ということを鑑みれば――それも深海に設けられた施設となれば――当然と言えばそうかもしれない。
「……あれ?」
ゼリーパックを咥えつつ、楽天が疑問の声をあげた。
「どうかしたのか?」
「いや、データの流れ方がちょっとおかしい気がして……ほら、見てこれ」
と、モニタを指されても、不運には理解不能だ。
映し出されるそれが施設のマップなのだということはわかるが……、不運には楽天が感じた違和感を感じ取ることはできない。
「各施設サーバによる並列分配処理ってのはいいんだけど……回線が必ずこの施設の発電区画を経由してるんだよね」
「……? なに言ってんだ、お前。電気作ってんだから、繋がってて当然じゃねーのか?」
「電力供給線なら当然だろうけどさ。でも、電池に通信回線をわざわざ繋ぐ必要なんてないでしょ? そもそも、施設練に核となるシステム・クラスタが見当たらないんだ」
「クラスタ……ってのは俺にはわかんねーけどよ……つーか、言ってることが矛盾してるだろ。サーバで情報を分割処理してんだったら、核なんてもんは存在しねーってことじゃ……」
「ちょっと違うかな」
楽天が不運の語尾を切る。
「例えばの話だけど、不運はご飯を食べるとき、頭で食べる? 違うよね、食べないよね。っていうか食べられないよね」
「……なにが言いたい?」
「つまり、ワタクシたち人間が行動を起こすのも同じで、『脳』が『食事を達成』するには、『口』っていう『端末』が必要になる。それを補助する『手』や『腕』といった各種周辺機器も同じように。いま、ワタクシたちが何気なく行ってる食事も――まず脳が信号を送って、手やら腕やら顎やら関節やら筋肉やらを使って、仕事を分配してる」
まあ、当たり前のことだね、と楽天は言葉を継ぎ、
「同様に、こういったLabシステムや都市システム、家のホームシステムにはちゃんとした脳――つまり、核があって、それが末端に仕事を分配させて、並列的に処理してるんだよ」
「……やけに機械的に例えるじゃねえか」
「あはは。人間と機械の差異なんて、それこそあってないようなもんでしょ?」
肩をすくめてみせた。
皮肉にも程があったが、しかし、否定できる言葉を探すだけ無駄だろう。
不運は興味なさ気に、レーションの欠片を、ひょいっと口へと放り込む。
「話を戻すけど――だから、おかしいんだよ。管理する脳がないシステムが機能しているんだからね。こんなの、首から上のない人間が歩きまわってるようなもんだもん」
立て続けの侮蔑的な物言いにげんなりする。
が、ここまでくれば不運にも話の先が読めた。
「……ともすりゃあ、恣意的に隠されてる……ってことか」
「そういうこと」
楽天は頷く。
「こんな海底で、さらに秘匿性を保ちたいってなると、ますます胡散臭くなってくるよねぇ。各施設から拾得されたデータの中継地点――加えて、情報演算処理によって大量の電力を消費するだろう管理システムを置くには、この発電区は絶好の場所だ。まず間違いなく、『脳』はこの中にある」
それは同時に、入江がそこにいる可能性の高さも示唆している。
「なるほどな……ハッ、上等じゃねーか」
不運は拳を作り、打ち鳴らした。
いまいるオペレーションルームから発電区までのマップを記憶する。
……そう遠くはない。歩いても20分とかからないだろう。
「ところでだけどさ」
楽天は話を変えた。
「不運はこれからどうするつもり? 多重因子生物、違法遺伝子操作パーツの生産……入江をしょっ引くための物証は十分過ぎるくらい得られた。後はここから潜水艦で脱出して、ポートシティにいる監視官の二人に任せるってのも、ひとつの手だと思うけど?」
不運は苦笑する。
こんな状況でその質問をする楽天に、呆れてしまったのだ。
「笑わせんなよ。てめーはやられっぱなしで帰れるってのか?」
「べっつにー。ただ、“いまのワタクシたちの立ち位置”的にも、これ以上踏み込むのは危険と判断した」
「……で?」
「余りにリスキー過ぎる。それに、この場所に『脳』があるってわかっただけで十分。これ以上働いても返ってくる見返りが増えるわけでもない」
「で?」
「平たく言えば無駄だって言ってんの」
「だから、どうしたってんだよ」
不運は少し声を荒げる。
「理屈じゃねーんだよ。ぶん殴られたらぶん殴り返す。時代が進もうが、科学が進もうがそれは関係ねえ。なにより、俺の気がすまねえ」
「……馬鹿の一つ覚えみたいに野蛮だねえ? 不運はあれかな、ホッブス的な混沌を望んでたりするのかな?」
「暴力は悲しみしか生まない――ってか? ハッ、吹くなよ楽天。てめーだってわかってんだろ。中途半端に生かすから面倒が生まれんだ。徹底的に潰して、潰して、叩き潰して、牙を向けることすら無謀と思わせちまえば、テロだの反社会因子なんだのってのは、そもそも発生しねえ。この国の貧民層を見りゃわかんだろ? どこまでも機械に委託された社会――それから外された枠組みが、どんだけ無力か」
受けた楽天は咥えていたゼリーパックを床に放り投げつつ、
「そこまで徹底的にやらなきゃ、平和維持できないってのも悲しい話だけどね。っていうか、話を挿げ替えないでよ。自分がそうしたいからって、他を引き合いに出すのは卑怯だと思わない?」
「……あ? てめえ、喧嘩売ってんのか?」
不運は険呑な目つきで楽天を睨む。
普段の楽天なら、おどけるように肩をすくめて流しただろう。
しかし、楽天は冗談の素振りも見せず、
「だから不運は“『脳』に喧嘩を売ろうとしてんでしょ”? その理由に、そんな個人的なものを持ち出されちゃ、着いてくワタクシだって納得できない」
まっすぐ狂犬の眼光を見返して言った。
不運はそれを受け止めたのか、黙ったまま口を開こうとはしない。
「つまりワタクシが言ってるのは――だから、無駄なことはしたくないっていう資本主義的な意見と、プライドや矜持なんてどうでもいいから早く家に帰ってゆっくり寝たいっていう、個人的な意見だけ――……」
と。
口論になる一歩手前のところで、楽天が語尾を濁した。
まるで違和感を見るようにモニタを注視している――つられて視線を遣ると、リアルタイムで映し出されているはずの檻。その中に隔離されている無数のキメラたちが、カタチはそれぞれ違えど、すべてが同じように停止していた。
モニタリング画像が静止画に移り変わったわけではない。
ある瞬間を境に、一斉に動作を止め――そして、声を合わせたようにケージ脇へと殺到していく。
「こいつら……なにしてんの?」
楽天が本当に不思議そうに零した束の間、丁度見ていたケージの隔壁が炸裂した。外部から打撃を与えられ、内側に厚いガラス片が飛び散る。
上部からのカメラ映像なので、それの元凶は見えなかった――ただ、人の足のような影が一瞬映り込んだように見えた。ナンバリングされたケージ映像の、数の若い順にキメラの姿が消失していく。
「おい、楽天! 他のカメラは映せねえのかよ?」
息を捲く不運に言われるまでもなく、楽天は通路カメラに切り替える。
そして映し出されたそれに、双方とも言葉を失った――ケージひとつひとつの厚いガラス板を蹴り割っていく女性の姿――不運らも面識がある。
月野憂沙戯だ。
しかし、言葉を失ったのは彼女の奇行についてではない。憂沙戯によって解放されたキメラらが、何故か“彼女を襲うこともなく”群れを成して、軍隊行進のように荒ぶる憂沙戯の後を追っていく様――それが、あまりに異様だったからだ。
「どうなってやがんだ? つか、なにやってんだ、憂沙戯……」
全く意味がわからなかった。
キメラの凶暴性については、不運らは嫌というほど知っていた。こちらを見るなり襲いかかってくるキメラ――それを徹夜で何体屠ったのか、数えるのも面倒になるほどだ。
なのに、どういうわけか滅茶苦茶に動き回っていたキメラたちはいま、ある瞬間に規律を知ったかのように整列して行軍している。
その先頭には月野憂沙戯。
「たしか車に縛りつけてたはずじゃ――…………、…………あ」
不運は目を丸くした。
おもむろに目頭を揉んで、目蓋を細めつつ、モニタをもう一度見る。
「…………う、嘘だろ……」
見間違え……じゃない。
あれは……、
「……うわ……ああ……あああ……」
哀れもない声が出てしまった。
だが、その嗚咽を止めることはできない。
楽天が――まるでとんでもないものを見るような目で――狼狽え顎を躍らせる不運を見ていたが、しかし、当の不運はそれどころじゃなかった。
月野憂沙戯の右手には手錠が掛けられていた。
不運が掛けたものだ。
その先には見たことのあるハンドルがぶら下げられていた。
戦慄が走り抜ける。
脊髄に液体窒素を流し込まれたかのように、手が震え、膝が笑う。
「あ。あれって、もしかして不運の車の……」
ワイルド・クラウン。
昨日購入したばかりの、新車だ。
憂沙戯の姿がモニタから消える。
不運は絶叫した。
突然ですが、筆者は病に倒れました。
倒れてはいないですが、ちょっと執筆できる状態にありません。
ですので、しばらく治療に専念します。
元気になったらまたよろしくお願いします。 独楽




