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サイコ×ロジック  作者: 独楽
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-008-


 翔兵、霞臥、詩織らが海底プラントに足をつける前、そしてウテルス――月野憂沙戯が入江の首を楽しげに振り廻している同時刻。

 不運と楽天は、フラッシュライトで足元を照らしながら、海底プラント内通路を進んでいた。


「…………」

「…………」


 双方ともに疲労困憊の体である。

 昨夜からキメラに追われ、襲われ、殺し続け、広大な施設内を宛てもなく彷徨っていたのだから、それも無理ない。タフさに自信のある不運ならまだしも、インテリクソ野郎と評される楽天の疲弊は、歩く素振りから十全に伝わるほどに深刻なものだった。

 食事も水分もろくに摂っていない。

 少し前まで「うー、うー」と呻きながら頭を垂れて歩いていたが、その声もいつからか聞こえなくなっていた。


「おい、楽天。大丈夫か?」

「……話しかけないでくれると助かるかな……喋るのも億劫だ……」


 詩織には絶対知られたくないが、簡単にいうと不運らは迷子になっていた。

 マズイな、と不運は苦虫を奥歯でにじる。

 ……いま歩いているここが施設内だということはわかるが……しかし、自分たちの正確な位置は判然ともしない。

 深海だからだろう、通信端末は圏外。

 かろうじて楽天とは通信が行えるが、隣に並んでいる手前、それは無意味にも程がある。なにより、仕事をするにあたってARサポートなしというのは、どうにも心細い。……まあ、ナビが機能したところで、街中のように表記されるとは思えないが。

 外から見た立体建造物は、それぞれが独立した施設であること。

 それは研究所に向かう際に入江から聞いたことだが、いまさら入江の言葉を鵜呑みにすることはできなかった。イルカに人命救助させる、などという絵空事に目を輝かせておきながら、その裏で生命を冒涜する『生命の造り変え』を行っていたのだから、いまさら信じろというほうが無理だ。

 入江の言うことを鵜呑みに出来る筈もない。

 その証拠に隔壁を越えた先――研究施設の細い通路から、いきなりエレベーターホールのような景観に移り変わる。

 ホールの広さは十畳ほどの小さなもので、二基のエレベーターを待つドアが設置されていた。これは、月野憂沙戯と遭遇した海洋生物研究所にあったエレベーターと同じタイプのものだ。

 ただひとつ違うことは、


「起動、しねえな……」

「緊急時だからかもね。最悪だよ、まったく」


 ロックされ、使用できないことだった。

 肩を落とす楽天の後ろで、不運は拳を引き溜める。


「どいてろ」


 ドゴッ、と。

 一発、二発と≪牙≫を打ちつけ、やがて歪んだエレベーターシャフトから、冷たい風が吹き出して来る。


「うらぁっ!」


 打撃とは思えない爆発音が轟いた。

 不運の最後の一撃で、破片の雨がシャフトとホールに飛び散り、空虚な侵入口が穿たれる。


「道がないならぶっ壊して作る……原始的だねえ……」

「インテリは黙ってろ」


 もはや呆れ顔すら作らなくなった楽天を後ろに、不運は開けたシャフトに顔を覗かせてみる。そこには、どこまでも闇が続いている縦坑に、うっすらと横から差す光が見えた。縦坑と各階フロアを繋ぐドアの隙間からの光源。

 どうやら、この施設構造は平面ではなく立体だったらしい。


「降りるぞ」

「……それ、冗談だよね?」

「じゃあ、てめーはここに残るか?」


 楽天は苦い顔をする。


「それこそ冗談じゃない」


 エレベーターシャフトを、まるで映画のスパイよろしく伝い、下のフロアへと降り立つ(ドアはもちろん不運がぶっ壊した)。

 そして、二人は施設の規模に圧倒された。

 開かれたフロアに広がっていたのは、壁がなく柱ばかりが並ぶ広大な空間だった。床には区画を区切る枠線が描かれ、貨物を乗せたパレットが置かれている。柱には自走型のロボットアームが取り付けられ、大型無人リフトが数機走っているのが見えた。巨大倉庫だ。

 研究施設で常に鳴り響いていたアラートも、いつの間にか消えている。


「なーんか……さっきまでと雰囲気が違うね? まるで違う施設に迷い込んだみたいだ」

「いや……」


 不運はおもむろに置かれた積荷の一つを物色する。


「案外、こっちが本命なのかもしんねーぜ?」


 コンテナを開く。

 そこにあったのは、脈打つ赤身。


「……うわ、グロ……なにこれ?」

「『筋肉』だろ。人工の」


 ああ、なるほどね、と楽天は頷く。

 開かれたコンテナの中には、まるで海草のようにゆらめく真っ赤な筋肉が、細い繊維を剥き出しにパッケージングされていた。それはいかにも生物らしい脈動を携え、繋がれた上部の機械から吊り下げられている。


「合点がいったよ。多重因子生物キメラの製造ってのも、なんのことはない。新素材のための開発だった――ってわけか」

「倫理委員会の奴らなら、ヘソで茶を沸かすどころか、発狂しちまいそうなシロモノだな」


 不運は自嘲気味に笑った。

 生物が素材として扱われるのは、なにも珍しいことではないし、いまに始まったことでも勿論ない。バイオリンの弓に馬の毛が使われているのは多くの人が知っているだろう、火災などで皮膚を焼失した場合、ブタの皮膚を人体に異種移植するなどといった技術も大昔からある。

 人は人肉以外には寛大な生き物なのだ。

 2102年現代では、iPS、ES細胞から人体を成す様々な細胞分化誘導技術が確立している。不運の義手や、詩織の擬体といった人間の『一部代用品』は機械と強化筋肉繊維の織り成すハイブリッドであり――バイオノイドはまた違うが――こういった『部品』は、もはや人間社会には欠かせない。医療、軍事なら尚更だ。

 受精後まもないヒト胚注から樹立される胚性幹細胞は、万能性を維持したまま長期培養が可能だ。そこに『必要となる部品』の設計図を遺伝子操作で書き込み、製造。あるいは、筋力増強など一機能を特化させ、そうして造りあげられたモノこそが――つまり、研究所内に跋扈していたキメラだったのだろう。

 出荷用の肉。

 吊り下げられた筋肉の隣には、クリアケースに詰められた人体臓器のようなものまで、綺麗に並べられている。


「倫理的問題はさておき、自身のコピー体細胞からiPS細胞を誘導すれば、移植後の免疫拒絶反応も当然ない。それだけじゃ飽き足らず、オーダーに合わせて『部品』を強化、カスタマイズするっていうサービス付きだ。もしこれが商品として流通したなら、医療、軍事とわず需要は天井知らずだろうねぇ」

「キャッチコピーは『血とパルスで駆動する部品、売ります』だな」

 

 キメラと直に対峙した手前、不運はそれの有用性が身に沁みた。

 強化筋肉の俊敏性、耐久性。

 合法的なクローンを用いた義手ならともかく、遺伝子操作を施した生体パーツを身体の一部として、あるいは身体として転用出来たなら、デリバリー兵士として大きく活躍するだろう。もっとも、それが実現するまでに膨大な危険を伴うとともに、多くの産業を根底から覆すことになるだろうが。


「ま、それこそ軍が放っては置かないだろうね――この手の設備さえ整っていれば、高額な代用機械兵ヒューマノイドを戦場に送り込むより、加工した肉にソフトをつけて送りこませればコストは安価で済むだろうし、浮いたお金を他に回せる。壊れれば勝手に腐って朽ちて土壌に返ってくれるぶん、エコとも言えるよね」


 戦争も環境を考える時代になったらしい――と、にやにやしながら楽天は言った。

 不運は、笑えるぜ、と鼻で笑い、


「だが、違法だ。健全な市民ならルールは守らなきゃいけねえ。そうだろ?」


 高度な技術を手にした現代においても、人間の倫理はそこまで開放的になれてはいない。人間は自分が人間のカタチであることを手放そうとはしない――まるでそれが最後の矜持であるかのように。


「はっ、笑えるね」

「おい。それ誰の真似だ? 真似してんじゃねーぞ」

「モノマネはギャグの基本でしょ?」


 笑えねーよ。

 くたばれ、と不運は乱暴にコンテナを閉めた。



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