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早朝から慌ただしくもインターフォンを連打する輩がいて、絶賛爆睡中だった翔兵はその執拗な安眠妨害に叩き起こされ、借りていたポートシティの宿泊施設――その部屋のベットから億劫そうに起き上がり、寝ぐせでぼさぼさになった頭をぐしぐしと掻きつつも玄関へ向かうと、なぜだか鉄製のスライド式自動ドアがいきなり真っ二つに切り分けられて、雪崩れ込むように倒れてきた少女に押し倒されるも束の間、どういうわけか床に伏せたときには自分が少女に覆いかぶさるような形になってしまい、まったくわけのわからないまま呆然としている最中、泣きついてくるその少女が民間軍事請負代行『マネー・ブラボー』の斉藤詩織だと気が付いたそのとき――優雅にも朝シャンを終えた真心かれんが、まさに最悪のタイミングでバスルームから出てきて、零度以下の冷ややかな視線を投げつつ、こう言った。
「……朝からお盛んですね、翔兵さん」
勘弁してくれ、と思う。
いったい何の因果があってこんな……。
打ちひしがれる心の傷は甚大なものだったが、しかし、詩織の慌てふためき様は尋常ではなかった。泣き崩れる詩織に訊くことを憚られたが、彼女はその手に抜き身になった刀を握っていた。
代行が武器を持つことはめずらしいことではない――というか、持っていてしかるべきなのだけれど、その武器で刃物を選ぶのはなかなかに稀有だ。刃が擬体化した人間、武装したヒューマノイド相手に通用するとは限らない。
ナイフならまだしも、無駄とも言えそうな刀身の長い日本刀なのだから、それは尚更だ。
ともあれ、これは物騒なので没収。
翔兵はとりあえずと破壊された扉を、自らの機能で“元通りに復元”して、詩織の刀を鞘に仕舞い込む。
泣き崩れる詩織を支えつつ、室内へと促した。
「……不動たちがいなくなった?」
粗方の説明を終えた詩織は、翔兵の言葉にこくり、と小さく首肯した。
その目は赤く腫れぼっていて、声もどこか擦れて鼻声だ。
「海底プラントってゆってたのは覚えてるんだけど……どうやって行けばいいかわかんなくて……」
「海底プラント……」
そういえば昨日、入江がポートシティを説明してくれる中で、そんなワードを言っていたような気がする。たしか食物栽培や、海底発電所、海水の淡水化浄水施設などがある、と言ってたか。
「そこで異形生物が生み出されているとすれば、なるほど盲点でしたね」
コトリ、と淹れてきたコーヒーをテーブルに並べつつ、かれんが言った。
自動配膳機のインスタントだろうけれど、やはり一等観光施設だけあってか、薫り高い味がする。
「ちょっとポートシティ都市システムにアクセスして、データベースを探ってみます」
「探るって、そんなことまで書いてあるもんなのか?」
翔兵の質問にかれんは即答する。
「まず間違いなく。こういった建造物を建設するには、専用のドローンや3Dプリンター方式の立体建設重機を使用するのが主ですからね。設計に携わるデータファイルが未だ残っている可能性は低いですが……たとえ消されていたとしても、痕跡さえ見つけられれば、糸を手繰ることは容易です。パスが掛かっていても大抵は解除できますし……」
冷静になって考えると、ぞっとするようなことを言うかれん。
「あっ! ありました!」
「相変わらず仕事が早いな」
自らの有用性を褒められ、かれんはやわらかい笑みで応える。
会話をしながらネットで調べ物とは器用なことだ。
ピッと、かれんはブラウズした詳細を指先から赤い光線で出力。翔兵らの目の前にあるテーブルに突き当った光線は円状に広がり、ホロ・プログラムを立ちあげる。浮かび上がるポートシティ全体像――昨日、ここに来たばかりの翔兵にもわかるマップが表示された。
マップ上にはいくつもの光が点っていて、骨組みだけを線で描いたようなそれから、設計段階でのものだと察することができる。最下部の三層から螺旋上にゴンドラルートが敷かれ、それは海底まで続いていた。海底にはパイプで連結された複数の施設があり、それらをひっくるめての『海底プラント』なのだろう。
「ここに不運……不動さんたちがいるんだね?」
詩織はしゅんとしていた顔を一転させ、
「ねえ、お願い! 僕と一緒に来てくれないかな?」
しずしずと上目づかいに、手を合わせて見せた。
「…………」
翔兵はこういった『お願い』にとことん弱い。
普段なら二つ返事で請け負うところではあるが、しかし、いまの翔兵は隣に上司であるかれんがいる手前、勝手は出来ない。
それなら俺よりかれんに言ったほうが――と言いかけて、自分が代行監視官だったということに思い至る。『マネーブラボー』(相変わらず酷い社名だ)側からすれば、クライアントはかれんではなく翔兵だ。少なくとも便宜上は。
だから、わざわざ螺旋監視官に報告することでもないし、そもそも関係のない話になる。
……ややこしいな……どうしようか?
対応に困った翔兵は、指示を求めて、かれんへと視線を投げる。
「海底に施設があるというなら、監査しない理由にもいかないでしょうね」
むべなるかな。
上司からゴーサインがでたとなれば、遠慮する必要はない。
「決まりだな」
翔兵は揚々と胸の前で拳を打ち鳴らす。
三層研究所監査に無駄足を踏んだ翔兵らだったが、これでようやく仕事らしい仕事ができそうだ。
監視官ではない――特殊戦闘員としての仕事を。




