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サイコ×ロジック  作者: 独楽
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62/97

-002-



 開いて奥手に見える隔壁。

 そこを通るとさらに奥に隔壁があり、通り過ぎて閉まり、通り過ぎてまた閉まりを繰り返して進んでいくと、調度のない真っ白な通路に出た。いっぱしの研究施設というのは、殺風景を強いられているかのように、どこもかしこも同じように見える。

 どこからか機械の動作音が聞こえるが、人の気配はない。

 カツカツと自分の足音が響き、時折振り返って「みぎゃあ」と鳴く小さなキメラ。

 憂沙戯は様子を窺うようにしながら、先を行くキメラの後に続く。

 漂う薬品くさい匂いが鼻をついた。つい数時間前までなにか研究を行っていたのだろう。どうやらこの場所はまだ安全らしいが……それもいつまで持つかはわからない。

 清掃が行き届いている床が、平時の研究所の風景を連想する。……思えば、こんな巨大な施設で未だ関連者に出会っていないのは少し変だ。まさか全員が定休日というわけでもないだろうに。

 開いた扉をくぐり、事務所のような場所に出る。

 ふと、散乱した紙屑に目が止まった。


「……いまどき紙媒体を扱ってるって、めずらしいですね?」


 それになんだろう……。

 シュレッダーでカットされた紙と、それを燃やしたような灰。

 部屋には、まるで証拠を慌てて処分したような痕跡が残されていた。

 物色してみるも、それらしいものは見当たらない。


「なるほど。たしかにデータを残すなら、紙のほうが処分しやすくて信頼に足る……か。でも、なんだかあからさま過ぎますねぇ……」


 海底プラント研究所内で起きたバイオハザード――生物災害。

 それの対応としての隔離措置。ともすれば、隠ぺい工作というのは少しおかしいものがあった。憂沙戯は自分の“誘い込まれた”という読みが当たっていたことを確信する。

 さらに通路を進んでいくと、やがて壁面がガラス張りになる。


「……水槽……いや、檻……か?」


 怪訝に首を傾げた。

 廊下の壁をくりぬき、はめ込んだような長方形型のそれ。

 結構な広さがあり、象くらいなら簡単に収められそうだ。

 そのガラスの向こうに何がいるわけでもないが、何かを飼育――もしくは入れておくための物だというのは簡単に見てとれた。さらに、それは一つや二つだけではない。

 視界の続く限り伸びる廊下――その左右びっちりに敷き詰められている。

 また進んでいくうちに、その用途が判然とした。

 生物。


「……の飼育……」


 細く呟く。

 憂沙戯の視線の先――半分まで水に浸った檻に、猿とトカゲを足して割ったような生物が泳いでいた。隣の檻には、腐肉のようなじゅくじゅくした外皮に、紫色の体液を玉のように浮かばせる奇妙な物体が四つん這いになっており、ベースは亀のようだが、なにを組み合わせればああなるのか理解に苦しむ。

 他にも、カブトムシのような甲殻を持つ、二足歩行するスッポンのような生物。床一面を敷き詰めるほど長大な……その身体にわらわらと無数の触手を持ったひも状の生物。どこに内臓を容れているのかわからない、蝶の羽だけになったような平面的な生物……など、さまざまなカタチをもった生物が収容されていた。


「…………」


 あまりの異様さに言葉を失い、背筋に寒いものを感じる。

 まったく良い趣味をしている。……吐き気を催すほどに。

 人間の解剖映像を前に、おやつタイムと洒落こめる憂沙戯ではあったが、流石にこの場所でケーキを食べる気にはなれそうにない。せり上がってくるムカつきを抑えのに苦労する。

 見るだに毛が逆立つおぞましい生物。

 これらを培養する理由はなんなのだろうか?

 まるで標本のように飾られたこのキメラたちは、きっとなにかの成果なのだろう。失敗作をこれみよがしに展示するとは思いにくいが……しかし、それを執り行う理由がやはり想像できない。擬体化によって“肉”や“身体”を補える現代において、わざわざ生物に手を加えるというのは正直言って謎だ。

 生命はメンテナンスを加えようが簡単に朽ちる。

 だが、機械はそれを軽く凌駕する耐久性と利便性を兼ね備えている。

 その不変性は百年以上も昔から変わらない。

 だからこれは、いささか時代遅れな研究といっても差支えないのだが……。


「みーぎゃ!」


 可愛くない声に呼ばれ、思考を中断。

 青毛のリスのようなキメラは、奥のゲート前で憂沙戯を待つようにしていた。

 憂沙戯は疑問を差し置いて、先に進む。

 やがて、滅菌室のような場所に出た。

 稼働していない通り抜け式滅菌処理機オートクレーブと、シャワー室。壁には白い防護服がいくつも下げられている。ここで消毒滅菌などを行うらしいが、完全に土足で乗り込んでいる手前、もう関係のない話だ。

 オートで閉じた隔壁に振り返ると、『P3L特定飼育区画』のプレートが貼られていた。

 先に続く扉には『P5L特別管理区画』とある。


「……Pなんとかっていうのは、バイオハザードの管理等級でしたっけ?」


 ゲームで得た曖昧な知識を辿ってみるが、それ以上詳しくは思い出せなかった。実のところ、憂沙戯は無類のゲーマーだが、格闘ゲーム以外はあまりプレイしない。興味のあることにしか興味がないのだ。

 そういえば、ゴンドラエリアで聞いたアラートは『P4L』と言っていたか……。数字が増すにつれ危険度が上がるとするならば、この先に待ち構えているのは先ほどの生物たちより、増してヤバい生物ということになる。

 近い未来を想像して、暗雲立ち込める重々しい気分になった。

 しかし、戻っても仕方ないのは明白だ。

 憂沙戯はキメラとともに、さらに施設奥へと進む。


「ねえ、あなたはわたしをどこに連れていくつもりなのですか?」


 横を走るそれに何気なく問う。

 無論、まともな答えが返ってくるとは憂沙戯だって思ってはいない。


「…………」


 なんだか寂しくなってきたので、ひょいとつまんで持ち上げてみた。


「み、みぎゃあああああああああ」


 泣き声の予想以上の可愛気の無さに驚く。

 キメラは青い尻尾を揺らし、ただ道しるべとなるだけだった。



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