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サイコ×ロジック  作者: 独楽
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電子の海に潜む者 -001-


 脳神経。


 それは機械でたとえるところの中枢回路であり、感情・思考・生命維持、その他神経活動の中心的役割を果たす器官。パソコンでたとえるなら、やはりマザーボードが妥当だろう――記憶メモリと処理能力(CPU)の度合でスペックが決まる。さらにデザートでたとえるなら、ショートケーキのクリームとスポンジに、絶妙なバランスでインプリンディングされた甘味だろうか。花型を飾るイチゴに目がゆきがちだが、美味しいケーキというのは中身こそが重要だ。

 ……と、そんなことを考えつつ、月野憂沙戯つきのうさぎは一口サイズに分けたケーキを口へと運ぶ。


「はむっ…………んむ、美味しい。やっぱりスイーツは『黄色い屋根のケーキ屋さん』に限りますね」


 きゅっと頬を緩ませ微笑む。

 口内を満たす甘味に、幸せそうな顔でいかにも年頃の女子のようなことを言ってはいるが、しかし、年頃の普通女子ならば少なくとも死体の映像――それも人間の頭部のディテールを晒した解剖映像――を見ながらスイーツを楽しむことは出来ない。


「……けど、わかりませんねぇ。頭の中が空っぽで、どうやって動けるっていうんでしょうか……?」


 もぐもぐとケーキを咀嚼しながら、ふよふよと口に咥えたスプーンを揺らしながら呟く。

 憂沙戯は全自動車のリクライニングに身体を埋め、先ほど買ったケーキを持ちつつも、食べつつも、車内空間に投影された画像を広げていた。

 憂沙戯の目と鼻の先には、頭の中身を晒した男性の死体が浮いている。これは環境処理網膜イメージ・センサが投影する拡張現実なので、本人以外には見えない。

 街の至るところに浮かぶARには、裸眼でも視覚できるホログラフも混ざってはいるが、座標位置にAR情報を展開するにはコストがかかり過ぎるため、もっぱら企業広告ばかりだ。そのどちらの映像も立体映像のリアルではあるが、やはり映し出されたバーチャルグラフィックでしかない。

 憂沙戯は指先でフリックし、窓の一つを枠外へと飛ばす。

 ピックアップして並べた情報を確認しつつ、ときどき社外の様子に目を遣る。


「……連続怪死事件……これで三人目……か」


 窓の外には、華やかで穏やかそうな街並みが広がっていた。

 往々にして行き来する人やヒューマノイド――これの陰に潜む悪意は、どれだけ根深いのだろう?

 こんな気の滅入る事件を相手していると、ふとそんなことを思ってしまう。


『連続怪死事件つっても、まだ“怪死”なのか、“自殺”なのかハッキリとしないけどなー』


 視界に短髪で活発そうな青年の顔が割り込んでくる。

 彼の名は銀守霞臥ぎんもりかすが――耳に首にと銀のアクセをつけて、一見チャラそうに見えるが(実際にもチャラいが)、憂沙戯と同部署の調査員で、一応は憂沙戯の先輩にあたる(年下だけど)。本来ならこの二人に足すことの一機、『真心ひれん』というバイオノイドを含めての三人構成のチームではあったのだが……ややあって彼女は一ヶ月前に死んでしまっていた。……いや、“壊れてしまった”と言ったほうが正確か?

 憂沙戯は指先で摘むように霞臥のウインドウを小さくし、さっと薙いで視界端へと送る。


「……いつの間に繋いでたんですか? おやつタイム中に割り込んでこないでくださいよ。銀カスさんってば、デリカシー無さすぎます」


 銀守霞臥――略して銀カス。

 尊敬と親しみを込めて、憂沙戯は彼のことをそう呼んでいる。


『ははっ、仕事中に堂々とケーキ食ってる憂沙戯ちゃんに言われたくねえ台詞だな』

「それはデリカシーじゃなくてモラルです」

「だっけか? まあ、どっちでもいいけどさあ」


 霞臥はへらへらと笑いながら、手をぷらぷらさせる。

 なにが楽しいのやら、と憂沙戯は息巻くが、霞臥はデフォルトでこんな感じだ。


「んで、そっちのほうは何か進展あった?」

「残念ながら」


 憂沙戯は突っぱねるように言う。


「進展があったら優雅におやつタイムと洒落込んでないでしょうに。……だいたい、“脳死してた人間が自殺した”――だなんて、荒唐無稽にも程がありますよ。なんでこんな案件引き受けたんですか?」

「また蒸し返す気かよ。断れるんなら俺だって苦労はしねーって言ったじゃんか」


 はあ……と、重い溜息をつく。

 憂沙戯の憂欝の種は、ここ最近起きている怪死事件にあった。



 ――それが最初に確認されたのが二週間前。

 始まりは『安部ジュウゾウ』という中年の男性だった。


 ジュウゾウは妻と二人の子供を養っており、妻のお腹の中には二人目の男の子がいた。彼はとある企業の課長を務め、仕事は良好――家庭のいざこざはもちろん、不安定要素のない、この自動化された社会の模範的な生活を営んでいた。

 ある日の早朝。

 ジュウゾウはいつものように起床し、ベッドから起き上がると、いつものようにリビングへと向かった。キッチンに向かっていた妻と挨拶を交わして――恐らくは歯を磨きに行ったのだろう――洗面台の前で、“歯ブラシを自らの口内に突き刺して”自殺した。

 発見した妻はそれを事故だと思ったに違いない。救急を受けた担当の話から、それはよくわかる。しかし、ジュウゾウの喉には力まかせに十数回突き刺したような痕跡があり、当初警察からは事故ではなく他殺という判断が下った。真っ先に疑われたのはジュウゾウの妻だったが、指紋などから本人の自殺である可能性が高い、に落ち着いた。


 次に確認されたのが十日前――『金木ナルミ』という、セカンドエリア内のファッションビルに店を持つ二十七歳の女性だった。

 ナルミは仕事終わり、店員のヒューマノイドをスリープ状態にさせ、友人と外食に出た。これは友人の証言だが……その日、友人は約束していた外食のために、ナルミの店に足を運び迎えに行ったという。ジュウゾウと同じく、普段と変わった様子はなかった、とも。

 簡潔に言うとナルミも自殺した。

 ジュウゾウと違った点があるとすれば、彼女が自分の左乳房に深々とステーキナイフを突き立てる前――それは二分程度ではあるが、弾む会話の途中でいきなり落ち込んだように表情を曇らせ、沈黙したという。

 これは店員のヒューマノイドの目が見ていたので、その映像ログから自殺と断定できた。


 そして昨日。

 地方刑務所に務める『佐々木ノブオ』という、配属されたばかりの新米刑務官が、突然意味のわからない罵詈雑言を吐き散らし、所内を暴れまわった末に倒れた。死亡が確認されたのは搬送された病院先でのことだ。そして奇妙なことに、ノブオの脳は“十四日前に脳死していた”という鑑定結果が出た。

 先ほど憂沙戯がケーキを食べながら見ていた画像は、ノブオの解剖バラした脳だ。



 ――性別、年齢もバラバラ――この三人に共通するものはないように思われた。

 が、糸を手繰っていくうちに、やがてひとつの共通項が見つかる。


「……インプラントが怪しいって上の判断ですけど、銀カスさんはどう思います? わたしは、なんか違うなーって感じが強いんですが……」

『インプラント……“人体埋込型端末”ね』


 それはこの国の国民の大多数を占める富裕層民が持つ、利便性に優れた埋め込み機器デバイスのことだ。これは浸透性ポロックや注射などで微細な有機ナノマシン群を投与し、脳と神経を繋ぐ部位――疑似シナプスを形成させ、機械と人の脳を繋ぐことで機能する。

 『人類最後の発明』とも呼ばれるこれには、神経情報の集中・中継基地的な役割を果たす『NLOインプラント・リンカー』なども含まれており、一般には取っつきやすい『リンカー』とひとくくりに呼ばれることのほうが多い。


『まあ、リンカーが怪しいって睨むのは妥当だろ。三人が揃いもそろっていきなり自殺――しかも内二人は、到底真似できない面白方法でバッチリ決めやがったんだからさ。俺、歯ブラシで自殺なんて聞いた事ねえもん』

「いや……」


 たしかに怪しいは怪しいのだが……憂沙戯もそれが関係ないとは思っていない。

 なんせ被害者(加害者?)は皆、“脳死”の状態で発見されているのだ――“自殺する前から脳死の状態で”。

 普通に考えれば人体機能が正常に働くことは不可能だ。にも関わらず、三人は死んでいる状態で普段と同じ活動を行い、そして死んでいる状態で自殺したという――なんとも荒唐無稽な話ではある。

 がしかし、そのわけのわからないことが現実に起こったのだ。

 だからこそ脳に繋がったリンカーが疑われて然るべきなのだろうけれど……もっと根本的に、なにか致命的な――それでいて些細なことを見逃しているような気がしてならない。


「……歯ブラシ自殺もそうですけど、自殺するならもっと楽な方法を選びませんか? 胸に切れ味の悪いナイフを突き刺すって、相当な力が要りますよ。痛くて苦しいだけで全然効率的じゃない」


 自殺に効率が必要なのか――さらには死んでいる状態で自殺する必要が果たしてあるのか――という疑問はさておき。


「だから、操られた、乗っ取られた……とか、そういうニュアンスが似合うように思えます」


 本人という凶器を使った自殺に見せかけた他殺――恣意しい的な殺人事件――というのが、憂沙戯のそれこそ曖昧で根拠のない推理だった。つまり、脳死させたことを隠すためのカモフラージュで自殺に見せかけた、と。

 けれど、この程度の推理なら誰にだって到達できるだろう。

 案の定。

 画面端で小さくなった霞臥はかぶりを振る。


『名推理だな、名探偵憂沙戯ちゃん。だけど、それは迷推理じゃねえかなあ』

「……どういう意味ですか?」

『仮に操った犯人がいたとして……その動機は? 犯行声明も要求も無い。無差別殺人にしちゃあ手が込み過ぎてるし、なにより話題性が無さ過ぎる。テロでもなんでも、そりゃあり得ないって話だ。なにかを訴えたいんだったら、もっと派手にやるのが普通だろ?』

「…………まあ、たしかに」


 憂沙戯はしぶしぶといった具合に肯定する。

 次々に否定を並べられて面白くないけれど、それらを否定できる根拠は一切ない。

 霞臥はお馬鹿に見えて意外と頭のキレる奴なのだ。


『それに開発室の絹糸も言ってただろ。リンカーはあくまでサブ基盤。メインの脳みそを補助する補助機器デバイス的な役割しかないから、だから人の感情に触れるようなことはありえない――ってさ。操るなんて土台無理な話ってこった。人を操るなんて出来たとしたら、それこそ神さまが黙ってねえよ』

「神なんていませんけどねー」

『いや、いますから。俺らのこと見てくれていますから。無神論者はこれだから……』


 霞臥はチャラけた風貌に似合わず熱心な有神論者でもある。

 人は見かけによらないとは言うけれど、考えてみれば物事の本質なんてものは大抵がそんなもんだ。大衆が鵜呑みにするモノだって“似てそのカタチに合っている”だけで事実や正解とは程遠い。そんなものはこの世界に星の数ほどある。

 捜査部では、死んだソフト身体ハードを動かせるはずもない――という、当然の成り行きで、脳神経に直接繋がる埋め込み機器、NLOインプラント・リンカーが疑われた。今頃、技術者たちはNLOのセキュリティホールを血眼で洗っているに違いない。

 しかし、リンカーのその開発元は高度AIを懐に抱える世界的企業のAW社だ。人間の脳へのパスコードは超厳重で然るべきだろうし、脆弱なセキュリティホールがあるとも到底思えない。憂沙戯も霞臥とともに事件の聞き込み調査を行っていたが、それも八方塞がりで進展はなかった。

 憂沙戯はまるでお手上げと言わんばかりにシートに身体を埋め、背伸びをする。

 

「あー……なんていうのかなあ……戦略ゲームとかは得意なんですけど、こういう推理っぽいのは苦手なんですよねぇ……。もっとわかりやすく、敵を倒したら情報ゲット! ……的な展開にならないものでしょうか」

『またゲームの話かよ。好きだね、憂沙戯ちゃんも』

「えへへ、生甲斐ですから。銀カスさんも格ゲーやりましょうよ。フルボッコにしてあげますから!」

『その誘い文句で乗る人間はいねえよ』


 視界の変動に付属して、いくつものAR情報がご丁寧に視点に付いて回る。

 そういえば、いまやっている格闘ゲームの新しいタイトルが出るんだっけ……と、憂沙戯はネットでゲームの情報を検索しようと指を振る。

 と。


「……ん?」


 うざったらしい広告バーナー隙間――憂沙戯は外の景色にそれを見つけた。

 シートに預けていた身体を起こし、視線を向ける。目の前をさっと払うような動作に、イメージ・センサに展開されていたARの一切が画面端へと消えていく。


「……なにしてんだろ……あの人……」



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