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サイコ×ロジック  作者: 独楽
消失
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Phase 5

 青年の自宅は、旧東京文京区本郷にあった。

 春日通りの賑わいからは一歩奥まったロケーションに位置し、そこにそびえる高層ビル。その最上階“フロア”だ。

 全23室、バスは4つ、トイレも4つ、旧東京を360度全方位を見渡せる自宅というのも贅沢な話だが、さらに贅沢なことに、青年はここに一人で住んでいた。

 窓から見える夜景――幾多にも散りばめられた光の粒、夜空に投影される無数の映像が、月の代わりに街を照らしていた。綺麗には見えるが、よく見るとそのほとんどが企業広告なのだから、ロマンチックの欠片もない。


『おかえりなさいませ、■■■さま。お食事の準備が整っております』


 ハーフパンツにカーディガンを羽織ったラフな服装の女性が、エレベーターを降りてすぐの玄関口で青年を出迎えた。


「ありがとう、二―ナ。けど、おなかは空いてないかな。先に風呂に入りたい」

『かしこまりました。そちらの準備も整っております。環境テーマは森林・ヒノキ風呂でよろしかったですか?』


 ニーナは首を傾げ、長い人口毛髪を揺らす。

 彼女はヒューマノイドだ。インストールされた行動プログラムに従い合成音声を放ち、流暢に会話を行い反応を返す――青年の唯一の家族。

 青年は頷き、そのまま靴を脱ぐことも無く、一番近いバスルームへと向かった。

 右手首の携帯端末を使い、家電システムを起動させる。表示されたホログラフを確認してみると、すでに湯船は張ってあるようだった。


「相変わらず準備がいいね。……そうだ、ニーナ。軍事サーバーのほうはどうなってる?」

『申し訳ありません。多重防壁を突破出来ず、プロテクトEで停滞しております。現在は感知システムに触れないようレベルを下げ、消失の状態を保っております』

「うん、それでいいよ。ありがとうニーナ。あとは僕がやる」

『了解いたしました。バンクのほうもご確認されますか?』

「残高は?」

「メインバンクには九億四千六百八十万円。十四のサブバンクは変わらず、二億づつとなっております』

「……約一千万か、今日はやけに少ないな。なにかあったのかい?」

『中東反強国テロ組織によるテロ行為が原因かと思われます。強国のASW社の研究施設が攻撃され、一時的に株価が下落しました。その影響かと』

「そっか。ありがとうニーナ」


 青年は服を脱ぎ、バスルームへと入った。

 背景は木漏れ日の差す深い森の中。雑草の上にすのこが敷かれていて、その先にある大きなヒノキ風呂が彼を出迎えた。

 もちろん、これは現実に森の中にいるのではない。家電システムがバスルームの環境テーマを変え、バスルームの景観、気温、湿度を変えたのだ。特にこれと言って趣向のない青年にはめずらしく、唯一ここにだけはこだわりがあった。

 その広い湯船につかり、言う。


「ねえ、ニーナ。いまのバンク利息取得率は0.001パーセントだよね? それを0.003に上げておいてくれないかな?」

『かしこまりました』


 バスルームに設置されたモニターが声を拾い、スピーカー越しにニーナが応じる。

 ありがとう、と青年は言い、風呂の中へと頭まで潜った。

 数字の世界に生きる彼にとって、ハッキングなどの行為はお手の物だった。

 人間との会話が数字の交換だとすれば、機械との会話のほうが彼にとっては楽な行為であり――人間の表情や仕草、心と比べるべくもなく、読み取るに容易いものでしかない。

 青年は銀行のシステムに侵入し、金を預けている各人に振り分けられる利息を奪うことで収入を得ていた。

 銀行では小数点以下、一円以下の銭、厘の位の金をきちんと管理している――が、しかしそれは表面上では見えない数字だ。行政や国家施設にもそれといったシステムプログラムがあるにせよ、管理するのはやはり人間だ。司法行政を完全に機械に委託すればまた話は違うのだろうが――それは、人が社会を作っているという地盤を根底から否定することになり、恐らくは未来的にも保たれる。

 機械に仕事を委託し続ける現代において、ルールを手放さないことは人間の最後の矜持だ。

 だからこそ付け入る隙があり、表面上しか見れない人間が、それに気がつくことはまずない。

 つまり青年は、各人の銀行口座に振り込まれている見えない一銭、一厘の単位の金を、自分の口座に自動的に移動させるウイルスプログラムを作り、銀行システムにハッキングし、それを各所に蔓延させていた。

 そのため、今の収入は日に一千数百万円。

 いち大学生としては、身に余る大金だ。

 けれど、飛躍的な技術進歩を見せ、軍事産業が活発化している現代において金はいくらあっても足りるものではない。仕事場兼メインルームに置いてある光化学3Dプリンターなんて一台三億もするのだから、たがだか四十億程度あったところで、すぐに使い切ってしまえる額だ。

 やがて飽きたか、青年は湯船からひょっこりと顔を出す。


「……弱いってことは迫害の対象になるってことだ」


 独り言のようにつぶやく。

 まるで懺悔のように、神への告白のように。


「……強いってことは畏怖の対象になるってことだ」


 胸に熱いものを感じた。これはきっと風呂につかっているからではないのだろう。

 しかし、青年にはそれを使うことはできない。

 扱い方がわからないからだ。


「人間にとって、普通じゃないってことは、それは人間じゃないってことと同じだ。だったら僕は勝手気ままに、好きなようにやらせてもらう。……それが僕だ」


 不変性のない世界で、唯一不変であることを望む。

 なるほど、いい具合にひねているな――と、自嘲気味に笑った。


 


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