民間軍事請負代行 -001-
「いち、に、さん……」
自宅アパート。
リビングと呼ぶには少しばかり質素だが――家族が食卓を囲んで一家団欒を楽しみ、寛ぐ部屋をそう呼ぶならリビングだろう。猫の額と言えばまさに。七畳ほどの居間で、戸津甲翔兵は床にお札を並べていた。
床一面に並ぶ万札。
その数、二十五枚。
「……ふっ、ふふ……」
不敵に微笑むその姿は、端から見ればまさに変人のそれだ。
翔兵が秘密裏に運営される≪大日本帝国陸軍特殊戦闘要員育成準備室≫の一員となり、表向きは『軍属』――簡単に言えば軍のお手伝いさん――として国家公務に従事するようになってから、はや一ヶ月。今日がその給料日だった。
初任給とあれば、翔兵じゃなくとも小躍りする気分にもなるだろう。
万札が並ぶそれは圧巻の光景だ。
十七歳で手取り二十五万円。しかも福利厚生完璧の税金完全免除という、途轍もない待遇にかくあって翔兵はいる。
「……にー、うるさいよー……ていうか気持ち悪いよー」
翔兵がにやける横、リビングから寝室へ続く戸が開いた。
そこには日曜だからだろうか、時計の針が十一時を指しているとは思えないほど眠たそうな顔をした妹――戸津甲ゆゆの姿があった。
ゆゆは起き抜けのだらしない顔で、口頭一番に悪態つき、
「――って……ええっ!? な、なにこれ!?」
床に並ぶ紙幣を見るなり、飛び跳ねて驚いた。
「見てわかんないか? お金だよ。にじゅうごまんえんだ」
「ど、どうしよう……おにーちゃんがついに犯罪者になっちゃったっ!」
「……いや」
翔兵は口元を引き攣らせる。
寝起き早々、人聞きの悪いことを言わないで欲しい。
「身も蓋もないことを抜かすな。言っただろ、バイトしてるって。ついでに兄貴を簡単に犯罪者扱いするんじゃない」
「だとしてもだよ! 只事じゃないよその量、億万長者じゃん!」
それを文字通りに言うなら、少なくともあと九千九百七十五枚ほど足りない気もするが……。どうやら、ゆゆの価値観では二十五万で億万長者足り得るらしい。しかし、そんなことをいちいち拾っていては、日が暮れてしまいかねないことを翔兵は熟知している。
ゆゆは羨望の眼差しでお札を眺め、やがて思いついたようにきょろきょろと首を振る。
「んや? おにーちゃん。そういえばかれんさんは?」
「ああ、かれんなら基地に――」
言い掛けてハッとし、翔兵は口を噤ぐ。
「……きち?」
「えと……キッチンにさっきまでいたんけど……どこいったんだろうな。多分買い物にでも行ったんじゃないか?」
「そっかー」
ゆゆは並ぶお金を再度見て、
「じゃあさ、朝ご飯食べに行こうよおにーちゃん!」
「なんでそうなる」
「だってゆゆ、朝ご飯食べてないもん」
「もう昼だけどな」
「いいじゃんよー、ゆゆお腹空いたの! このままだと死んじゃうー」
パジャマの袖をバタバタとさせながらわめき散らす妹。
翔兵は呆れたように頭を掻く。とても死にそうな姿には見えない。いや、むしろ元気になっているような気さえする。
「……そういえば、俺もセカンドに用事があったんだっけ……仕方ない。ついでにご飯でも食べるか」
ゆゆの目がきらんと光る。
「おにーちゃん。好き」
この妹は現金すぎた。
「ふへへ、これだけお金があればなんだって買えるね!」
「……先に言っとくけど、勘違いすんなよ? べつにお前のためじゃないからな? ただ偶然にも今日の俺には用事があって、たまたま出かけるだけだから。そのついでにお前に昼飯を食わせてやろうってだけで……べつに」
「ねえ、それ語るに落ちてない?」
「うるさい。いいからさっさと着替えて支度しろ。置いてくぞ」
「わわっ! 待って待って、今すぐいえっさー!」




