-003-
<etl=eng>
組み替えられる。
<limit:category yellow>
<red box:tool-machina.rizal:funny-bunny>
それを感じた。
<function>
<extensionexpansionenlargement:usagi thukino>
<proper valuebody 012% / enhanced body>
<list:(eye)sigh / hearinghearing ability / muscular strength / intelligence>
</function>
『仮想戦闘訓練システム起動。リアルモーション・バトルシュミレータVer2.0正常動作確認。フィールドデータ入力を行ってください』
流暢な合成音声が鳴る。
うつむき、目を閉じていた憂沙戯はゆっくりと顔を上げ、その目を見開く。
眩しいほどに白い――リノリウムの床、窓もなくまっさらな部屋。
それは霞むほど遠くまで続き、距離間どころか、自分が立っている位置すら怪しくなってくる。
「……ホント、今日の俺はなんでか……すごく忙しいな。これも昨日立ちションしたからか? どうやら、神様って奴は俺のことがホントに嫌いらしい。落ち込むなぁ」
俺はこんなに超愛してるのにな、と正面に立つ男は言う。
「でも、まあ。あんたみたいな美人と手合わせ願える――ってなら話は別だぜ。イリアとやんのはもう勘弁だけどな」
やっぱ神様も俺のこと愛してくれるんだな、とも。
憂沙戯の胸に湧き上がる高揚感――そんな御託はどうでもいい、早く“コレ”を試させろ。やけに軽い身体。驚くほどクリアになった頭の中。
動きたい。いや、動ける。
動かしたい。どこまでできるのか。
試したい。遊びたい。
死ぬまで、踊り続けたい。
そんな、
衝動、衝動、衝動。
「なあ――あんた、実戦の経験は?」
「ありません」
「白兵って知ってる?」
「文字だけなら」
「ナイフ持ったことは?」
「ありません。けれど波動コマンドなら誰よりも早く入力れます。真空波動も同じく。15フレ程度なら見てから対処もできますし、完全防御だってノリで8割程度は余裕です」
「……はどう? え、なに? なんの話?」
口を半開きに呆ける男。
憂沙戯も憂沙戯で伝わるとは思っていない。これはただの軽い挑発――反応を伺うための牽制みたいなものだ。
「つまりですね、器用さにはある程度の自信があるんですよ。持ちキャラだけじゃなくて、ランセレでプレイすることもままありますしね」
相対する男は笑う。
「……オーケ、よくわかんないけど重畳だ。俺は銀守霞臥。よろしくお願いするぜ、綺麗なお姉さん」
憂沙戯は一歩、足を踏み出す。
その衝撃を受けたかのように、足もとから波紋状に疑似現実が展開――まっさらだった空間は街の風貌へと変化する。空間が更新されたのだ。
立つは道路。
当たり前だが車はなく、人もいない。
ホログラフが空を覆い尽くし、夜のように薄暗く、昼のように眩しい。
背景の変化に気を留めることなく――二人――憂沙戯、霞臥の間合いは徐々に狭まっていく。
一歩、さらに一歩。
霞臥は余裕ぶったような砕けた姿勢のまま動こうとはしない。熟練者の余裕というやつだろうか、対する憂沙戯のその顔はたまらないと言った風な妖艶恍惚の笑みを浮かべている。
距離、三歩半。
「……霞臥さん……でしたっけ?」
と、憂沙戯は不意に足を止めた。
「ん? ああ、覚えておいてくれると嬉しかったりしちゃったり」
「今日は胸をお借りします。よろしくお願いします――」
丁寧な所作で子供のように勢いよく礼をし、
「――っりゃ!」
束の間、憂沙戯が仕掛ける。
見事なまでの不意打ち――お辞儀で前方に傾けた体重を支えることなく、宙へとその身を投げる。それは逆ムーンサルトとでも言うべきか、くるりと全体重を乗せた踵を、霞臥の脳天めがけ一直線に振り落とす。
ガッと、走る衝撃。
足首を掴まれる感覚。
霞臥は両腕を交差させ、憂沙戯の渾身の一撃を防ぐ――その手中には掴んだ憂沙戯の足。
「ははっ、元気がいいな。スカートじゃないのが残念だ」
軽口を叩かれてしまった。
ぶらーんと霞臥の片手に、コウモリのようにされる憂沙戯。
たしかにこれだったらパンツ丸見えだろう。……スカートは履かない主義だけれど。
「……なるほど、余裕ってわけですか」
むべなるかな相手は実戦経験豊富な老兵。
見た目こそ憂沙戯より若いが実戦値はダンチだろう。それでも年下に馬鹿にされるのはちょっと悔しかったので軽口の応酬も考えたが、しかしいまは“こっち”のほうが楽しい。
憂沙戯は思いきり身を捻って、きりもみするように旋回。胴体に続いてねじられた足首は果たして霞臥の手中から逃れる。憂沙戯は独楽よろしく回転の勢いそのままに――アスファルトについた手を支点に、水面蹴りを繰り出す。
それをジャンプで軽やかに回避する霞臥――
「――は、読めてるんですよ。ツール・マキナ」
くるくるっと熟練した手つきで扱うそれは銃。
回転した拍子に取り出した――二人が着ている黒い戦闘服には、その要所要所に戦闘時お役立ちアイテムが装備されている――凶器に霞臥の顔が引きつる。
「やべっ……」
一般人のジャンプの滞空時間など一秒にも満たないだろう。が、霞臥の身体は同じように、“適応するよう作りかえられている”。2メートルほどの跳躍がいい証拠だ。
憂沙戯は、ニコリと悪戯な笑みを浮かべ、
「単純すぎです。ばきゅん」
発砲。
銃声が耳に届く刹那、弾丸が霞臥の身体を貫かんとする直前。
影が横切ったと思うや否やキン、と甲高い音が火花とともに鳴り響く。
「っれ?」
と。
憂沙戯は呆気に取られた。
それは驚いたには驚いたが、驚愕というほどでもなく。
不思議と言えばまさにそれで、有り得ないという言葉自体が曖昧になるほど有耶にも無耶にもならない、有耶無耶な事象に一旦の思考が停止した。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる憂沙戯が思ったのは、
「……いや……あれ? どっから出したんですか、それ……」
弾丸を防いだ――それ。
一刹那前まで何も無かった空間に突如として現れた、幾何学的な形状の剣のような――それ。
ふよふよと宙を漂うそのユニットで、憂沙戯の放った弾丸を弾いて見せたのだろう。何事もなかったかのように着地する霞臥は、依然と余裕といった様子で言う。
「……さあて、どこからだろうね? いや、でもまさかこんなに早く『阿修羅』使わされるとは思わなかった。なかなかやるねぇ……あ、えーっと……」
「憂沙戯」
「そう、それ。いやあ重畳だ。以心伝心って素晴らしいね。憂沙戯ちゃんはホントに実戦初めて?」
あ、これ舐められてるな、これ。
と思う。
「現実でなら、初めてです。数日前までは、ちょっとゲーム好きな善良な一般市民だったですけどね」
「ふーん。……機能は? 使わないの? それともまだ解らなかったり?」
「わたしが手の内晒すようなお馬鹿さんに見えたりしますか?」
ははっ、と霞臥は無邪気に笑い、
「見えないね。でも、見たかったりしちゃったりー」
邪気ある視線を憂沙戯に送る。
それを意に介せずといった具合に、憂沙戯は手をひらひらと振ってみせる。
「ウルコンは〆に使うってのがお約束でしょうに。でも、まあ――見たいのなら、どうぞご自由に。使わせてごらんあそばせ」
不敵な笑みで返す憂沙戯。
「……ほんっと、重畳だよ。じゃ、お言葉に甘えて……」
今度は霞臥が仕掛けた。
地をその足で蹴り、間合いを瞬時に詰めてくる。振りかぶった右拳。
――は、フェイク。
左膝屈折筋と大腿筋――稼働域めいいっぱいまで引き溜められた右腕の筋肉に、霞臥の意識が注がれていない。正確には、格好に反して力が込められていない。“筋肉の流動具合が殴るという動作を否定”している――本命は左側に添えられた剣ユニットの追撃。
と、憂沙戯は瞬時にそう判断。
<function>
<extensionexpansionenlargement:usagi thukino>
<consideration:item-asyura>
演算処理。
行動選択に阿修羅を含め直し、数万通りのパターンからの最善手を算出。
完了。
これから“十八手目に憂沙戯の裏拳が霞臥の顎にヒット”。
それに合わせ、過程遂行に必要な身体能力値まで機能を底上げする。
<proper valuebody “015%” / enhanced body>
<list:(eye)sigh / hearinghearing ability / muscular strength >
――『funny-bunny』、駆動。
<extension:body>
拡張、展開。
『陽気な兎』を開始。
算出結果を踏むように、霞臥は突き出す右拳を直前で止める。
憂沙戯は微動だにせずに左側から突き立てられる剣ユニット――阿修羅に身体を逸らし、同時にカウンターの要領で左腕を振り、霞臥の頭部を狙う。が、これは防がれると解かっている。翻した手は防御に回した左手を取り、霞臥を軸にくるりと旋回。
この際に閃光手榴弾を用意。
右ローキックに気を取らせ、宙へと放る。
「――また足狙い、ワンパターンじゃねえか? こんなの――」
「“避けるまでもねえな”、ですか?」
「よけ――……っえ?」
地面に振り落ちる阿修羅が憂沙戯のキックの軌道を遮る。
ガン、と脛に痛烈な痛みが走った。
「いっ……!」
感覚が機敏になっているせいか、凄まじい痛覚に顔を歪める。
――痛いっ! どうしよう、泣きそうだ。
誘いに乗らすための伏線だったので、力を抜くことは出来なかったから仕方ないと言えばそうだけれど、キックってする側も相当痛いんだなーと、憂沙戯は流れる動作の中で悠長にも思う。
加速する思考。
銃の扱い方、身体の動かし方。
判断や選択の余地なく――ただ、わかる。出来る。
脳に落とし込まれた情報は、つい昨日まではなかった真新しい情報だ。しかし、それをまるで長年続けてきたかのように、脳が身体が情報を覚えている。知性と理性を度返しした経験が矛盾がましくも圧倒的な現実味を帯びて、格ゲーのコントローラーを動かすように身体が自然と踊る。
「とりゃ!」
そして十六手目。
位置取りは完璧。
憂沙戯の放った左ハイキックを霞臥が右腕で防ぐ。――反撃に剣ユニットを振るうか?
いや、否。
霞臥の道具――阿修羅の白兵においてのメリットとは、その間合いを把握させないことにある。腕という短いリーチ、それの後に追撃することによって、剣と腕の間合いの差異で相手の意表を突く。霞臥が初手で自らの拳をフェイクに使ったのはその手癖――ガラ空きになった右半身にその引き溜めた左拳を叩きこんでくるに違いない。
果たして霞臥は憂沙戯の狙い通りに左拳を奮った。
憂沙戯はそれを防ぐことなく、殴られるがまま吹っ飛ぶ――
ジャスト4秒。
憂沙戯の背後に隠した閃光手榴弾が地面を叩き、瞬いた。
宙に身を投げながら音と光の爆裂をやり過ごす憂沙戯。だがそれを正面から――しかも不意打ちに受けた霞臥はそうはいかない。
「――っ!?」
網膜を引き裂く爆光に堪らず数歩たららを踏む霞臥。
それを逃す憂沙戯ではない。
くるっと翻ると猫のように着地し、地を蹴る。捻った胴体、続く肩、腕。遠心力を乗せた憂沙戯の裏拳がその下顎を打ち抜いた。
「あはっ」
この上なく無邪気に微笑む憂沙戯。
「して――やったりッ!」




