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サイコ×ロジック  作者: 独楽
虚構
31/97

-005-


 高度化する技術に、人間の役割というものは次第に薄れていった。

 例えばそれは“文字を書く能力”だったり、“言葉を話す能力”だったり――パソコンなどの機器にそれらを委託し、出された結果を人間が選択・出力するようになったのは、過去をたどれば21世紀初頭からだ。

 やがてNLOなどの“機械と人間を繋ぐ”疑似神経技術が確立されると、人間の能力というものは並列化の一歩を辿る。


 似通った思考。

 似通った能力。

 並べられた技術。

 並べられた知能。


 人間というコンピュータ上で知識、経験、技術などのプログラムを動かすOS、システムが普及した22世紀現代。ETL言語を用いたASTS(Action Standard Transmission Sort)を筆頭とするソフトアプリケーションによる“人間の拡張”によって最大多数の知識・経験・技術などは並列化され、社会階級、その階層の固定化につながった。

 さらに“人間を拡張する機能を買えない”――または支給されない――などによる圧倒的な人間能力格差は広がり、社会問題としてメディアで大きく取り上げられた。


 そのバックグラウンドとして、PCなど機械類を使った作業はインプラントから疑似神経を経由し、機械とリンクすることによって思考入力によって操作できる、など。利便性に優れた機能は、瞬く間に社会へと普及した。

 NLOの利便性――たとえばPCを使った事務作業なら、脳に直接接続することによって思考と同じ速度で文章、作図などを行えるし、思考入力によって多様な電子機器を操作することができる。

 もちろん、これは他の職種にも同じことが言え、車や重機器の操作、製作工場ならライン機器に接続すれば電子書籍を読みながらでも仕事に従事することができるし、人間同士なら知識だけでなく感情の伝達・共有など、用途はそれこそ様々だ。


 普通、人間が経験を蓄積して熟練の仕事を行えるようになるには、数年単位――あるいは十年以上もの長い時間がかかる。

 けれど、NLOは接続しただけで、それをこなす人間を作り上げる。

 “機械に意識を繋げる”、または“脳に経験を書き込む”だけの簡単な作業だからだ。


 このように疑似神経技術――NLOは人間を拡張するための最高のツールとなり、機械と人間を繋ぐ唯一のファクターとして社会的に認知された。

 だが、

 拡張できない人間にとっては、それは生きにくい世の中でしかなく。

 格差が広がった社会で、下の人間が這いあがることは思いのほか難しい。

 技術進歩の弊害で多くの失業者が生まれ、そういった人間たちが、自らの機能性の無さを自覚しながら抗議・デモを行い始めたのは十数年も前のことだ。

 その対応として、国は補償制度の見直しを行い、基本的人権の尊重――その幅を広げた。

 結果、それが身分格差の致命打になったわけだけれど、とりあえず機能性の無い人間は食いぶちを失うことはなくなった。最低限度の労働を提供し、養われる立場へとなったからだ。

 配給制度が取られ、住居も指定されたエリアへと押しやられる。これは実際に強制させたというわけではないのだけれど、賃金を得られない人間が家賃を払える道理は無い。

 社会的に見下される立場になった人々ではあるが、富に執着せず、人並みに暮らせればいいと考える人は意外にも多く――最低限の生活を保障されることに抵抗を示す人間は、思いのほか少なかった。

 その背景には、強烈な“個の劣等感”から“枠としての劣等感”に変換されたことによる心的処世術も大きいだろう。


 制度・システムの上で普通に生活していれば生きていける。

 別に働かなくたって、自分はその立場にはいないのだから。

 “自分たち”はその立場にいないのだから。

 

 そんな思考が貧民層で定着し始める一方で、異論を唱える者も当然いた。

 人間を機械として扱うなど言語道断だ、と宗教を訴える者もいれば社会システムに講義を示す者。機械排斥運動――排斥運動家たちは、これを危険と知りながら廃棄責任をとらない国や企業に、『人類への背信だ』と、激しく攻撃し、世論に訴えた。

 けれどそれは“現代社会”に対して牙を向ける行為であり、社会にしてみれば、安定して動く投資された財産の排斥を訴える声は煩わしいだけでしかなかった。

 故に。

 声は大きく広がらず、鎮圧される。


 しかし、負の感情は募り募ってネットの奥底で燻りを始めた。

 まるで地表深くに潜むマグマのように――静かに、それでいて熱く深く大きく――やがて一つのカタチとなって表舞台にあがり、少しづつメディアを騒がせるようになる。


 “それ”がどこにオフィスを構えているかは誰も知らないし、

 “それ”がどこで最初に発生したのか、誰にもわからない活動だった。

 ただ、とてつもなく多くの人間が参加して、賛同して、傘下にくだった。

 それは歴史の中で多くの社会運動がそうだったように、集団の排斥運動は組織的なものへと変貌していく。



 ――『名も無き防衛者』――。



 月野憂沙戯を襲撃した少女――斉藤詩織さいとうしおり

 彼女が属するテロ組織の名だ。



「……つーわけで、一言だけいいか? てめーは馬鹿かッ!!」


 頭ごなしに怒られて、ビクッと身体をはねらせる詩織。

 

「誰がターゲットを殺せって言ったよ? 誰が武器使っていいって言ったよ? 誰がてめー勝手に行動していいなんて言ったよ? 馬鹿なことしてんじゃねーぞ、馬鹿がッ!」


 某所、オフィス内。

 黒の皮ジャケットを着たゴツイ男は声を荒げて吐き散らす。

 コードネーム――『不運ハードラック』だ。


「んうう……、一言じゃないじゃん。五ことくらい小言を言ってるじゃん」

「うるせえ。茶々入れんじゃねえ――」

「それに、僕は不運が『月野憂沙戯を前もってぶっ捕まえてぶっ殺す。んで、二重スパイとして使ってぶっ殺す』って言ってたから、憂沙戯ちゃんを殺しにいったのに……」

「それは言葉の“あや”ってやつだ。月野を捕まえてこっち側に引き込んで有用に使う、そういう意味だろうが。少しは考えろ」

「あー……、ちょっといいかな? ワタクシは詩織ちゃんを擁護するワケじゃないけど……。それは流石に無理があると思うよ、不運」


 不運の対面に座る、線の細い白衣姿の男が口を開いた。

 この『名も無き防衛者』地方事務所(もちろん表向きは普通の会社名)、システム保守役のコードネーム『楽天ポップ』だ。

 不運は眉を寄せて、彼を睨みつける。


「そう怖い顔しなさんなって。『刹羅キラー』――こと、詩織ちゃんのおとぼけは、いまに始まったことじゃないでしょう。いいじゃん、天然で。和むじゃん。結果として月野は死んでなかったわけだしさー」

「ぬるってーこと言ってんじゃねえよ。ターゲット殺さなかったにしても、コイツは“道具”を使いやがったんだぞ? それも軍人の目の前でだ!」

「それがナニかモンダイでも?」


 楽天はとぼけた風に言ってみせる。

 ちなみに、コードネームで呼び合うなか、斉藤詩織の本名が把握されているのは、詩織本人が自己紹介で言ってしまったせいだ。

 自分がどこか抜けているのは、詩織も自覚している。


「だいたいさ、詩織ちゃんの『袖ノ不知火そでのしらぬい』が感知されるようなことなんて、まずありえない。ましてや、軍人は死んで、一部擬体化もしてない生身の月野だけが残ったんだ。基地までの荒野に監視カメラなんかないし、基地の周囲はヴェールが張ってあるから衛星監視だって届かない。露見することなんて考えられないよ。

 加えて、死んだのは軍人だけ。反逆者に国に楯突くことを許して――あまつさえ死傷者まで出した。世論への影響を考えれば当然、国は隠ぺいを計るだろう。ま、警備は厚くなるだろうけれどね。ともあれ、一般人の月野が死んだらこうはならないだろうから、不幸中の幸いだね」

「だとしても、二重スパイを立てる話はおじゃんだろうが!」

「別にいいじゃん。“もう一人はいるんだし”。二人いて、かえって混乱を招くよりはあっさりしてたほうがいい――って考えてみたら?」

「楽観すぎだろ。本当、お前とは話が合わねーよ。楽天」

「ねえねえ。立ってるの疲れたから、僕も座っていいかな?」


 空気を読まず、詩織は言う。


「駄目に決まってんだろ馬鹿か! 誰のせいで揉めてると思ってんだ! てめーはずっと立ってろ、永久に立ってろ!」

「うー……、不運のいじわる」

「ホントにね。女の子の扱いがまるでなってない。ダメだダメだ、全然ダメだね。不運は絶対に女の子にモテないタイプだよ」

「てめー……」


 不運は舌打ちし、鋭い目をさらに尖らせた。

 それが視野に入っていないかのように、気にする風もなく楽天は言う。


「ていうかさ、詩織ちゃん。話を詳しく訊かせてほしいかな。ターゲットだった“月野憂沙戯がいきなり消えた”――って言ってたよね?」

「うん」


 詩織は頷く。


「目がジャミって、気がついたときにはいなくなってたの」

「じゃみる? なんだそりゃ」


 不運が首を傾げた。


「方言だよ。千葉とか、福井とかで使われてる。まあこの二つは意味が違うけど――ほら、テレビとかで砂嵐ってあるじゃん? あれのことジャミジャミって言うの」

「そうそう! ジャミって、意識も少し飛んだかも。インプラントが悪いのかなーって思ったけど、やっぱりこれは義眼のせいかなーって」

「お前……それ、目ぇ盗まれたんじゃねえか?」


 楽天は鼻で笑う。


「盗まれる? あり得ないね。詩織ちゃんの目は軍で使われている最新の義眼だよ? それも試作品なんかじゃなく、つい最近スポンサーから送られてきた正規品だ」


 排斥運動にスポンサーがつくことは、なにもめずらしいことではない。

 それは有名企業であったり、あまつさえ国であったり、と。


「ご丁寧なことに保証書もついてる。見せようか? え、いらない? あ、そう。……話を戻すけど、目を盗まれる――つまり、視界ジャックされる可能性なんて考えられない。どんなIA使ってようがリアルタイムでハッキングすることなんてできやしないよ」


 それこそ人間業じゃない――と。

 楽天は大仰にかぶりを振る。


「……じゃあどう説明すんだよ、馬鹿が。製品に欠陥もなく、ハッキングも違う。だったらなにか? コイツお得意のおとぼけが加速したとでも言うつもりか?」

「ねえ、僕はとぼけてなんかないよ?」

「うるせえ。永久に黙ってろって言っただろーが!」

「えー……それ、言ったかなあ?」

「言ってないね。永久に立ってろとは言ってたけど」


 不運は拳をつくり、デスクへと振り落とす。

 詩織はまた身体をはねらせる。


「巧妙に話を逸らすな!」

「力技で話を戻すのもどうかと思うけど」

「黙れ。……ていうか、なるほど楽天。結局はてめーも原因がわからねーんだろ? だから方言だとか正規品だとか無駄事並べて話を誘導した。はん、やることが姑息だぜ」

「ふーん、へーえ。そういう風に思っちゃいますか、そうですか。けれど、ワタクシがいつわからないだなんて言いましたデスカ? 可能性を排除しただけでそう言われちゃうと、傷つくものがあるよねー」

「じゃあなんだよ。勿体ぶってねーで言ってみろ」


 楽天はふふん、と鼻を鳴らし、


「相手方の機能――って考えに至らないのかな? さすがは脳筋。単純思考でかわいいねえ。はあと」

「殺すぞ楽天。けどそれはあり得んだろ。わからねえか? 詩織は軍人を殺した後に目を奪われた。だったら機能もクソもねえ。死んでんだからな」

「だから単純って言ってるのさ。死ぬ前にあらかじめ仕掛けておいたら? 遅効性の機能だったら? 死んで発動するような機能だったら? あいつらが持つ“致命的な道具リサール・ツール・マキナ”とかだったら説明もつくでしょ? 凝り固まった考え方じゃ、かんじがらめにされちゃうよ。可能性は広く持たなきゃ」


 不運はまた舌打ちをする。

 眉をひそめ、押し黙ってしまった。


「えー、でもでも。目につくような武器は、銃くらいしかなかったよ? 電気で僕にビリビリしたり、ショットガンになったりって変形はしたけど――」


 と、詩織は説明する。


「相手は車で移動してたんでしょ? だったら車両にそーいう機械を装備させておいたとか。一定帯域において、視界を歪ませる、書き換える程度なら負の屈折率を持った電磁メタマテリアル粒子でも散布すれば可能だからね」


 楽天は笑顔で反論する。


「んうう……でも……」


 詩織は語尾を濁した。

 二人が賢いかどうかはさておいて、少なくとも詩織よりは頭が良い。だからそう言われてしまえば、返す言葉もみつからなかった。

 けれど、ふと思う。

 そういえば――車は斬って壊さなかったっけ?

 それに、上手くは言えないけれど、あのとき月野憂沙戯が視界から消え去った――というにはあまりに唐突で、現実的過ぎる。それは視覚だけじゃなく、刀を伝う感覚、触感。聴覚から察せられる相手の荒れた息づかい、気配。その他すべてがある瞬間を境に消えたのだから、どうも楽天の言っていることは、自分が体験したことと種類が違う気がしてならない。


「……なにか言いたげな顔をしてるね、詩織ちゃん。けれど、そう深く考えることはないよ。製品の話に戻すわけじゃないけど――軍が扱ってる『リサール・ツール・マキナ』はワタクシたちが持つモノとは違う、個体に適した正規品だ。相手がそれを使っていたのかはわからないけれど、少なくともそれに属する“人間”を一人やっつけたんだから。コードネーム『刹羅』は伊達じゃない、ってワタクシは賛辞を贈りたいね!」

「……そ、そうかな? んふふ、ありがとう。楽天」


 褒められてちょっと嬉しくなった詩織。


「はっ、てめーら馬鹿か。特に楽天、てめーは筋金入りの馬鹿だ。それが事実だってんなら、ああそりゃ立派な推理だろうさ。けどな、裏付けもなく一つの事例だけで――それも直感でものを言うのは無理があり過ぎだろ。笑いが止まんねえよ、あはっはっは!」

「本当に笑うかな。不運は性格悪すぎ」

「うるせえ、茶々入れんな。まだ俺のターンだ。とりあえず、物事測るんなら最低でも二つの事例あげて比較検討しなきゃあ話になんねーぜ? てめーみてぇな根拠薄弱でモノ言う奴をなんて呼ぶか俺が教えてやる。過剰妄想野郎。空想癖野郎。あるいはインテリクソ野郎。つまりてめーのことだ楽天。自慢気に虚構並べてんじゃねーぞ馬鹿が! てめーの頭ん中はお花畑かよ!」

「あーダメダメ、まるでなってない。全然ダメだね。君のそういう先入観から物を言う癖直したほうがいいよ? というワケで、ワタクシのターンね。君の言い分にも一理あることはまず認めよう。でもね、発明や発見、発想するにあたって一番重要な能力は直感だよ。じゃなかったら発明家なんか存在しなかったし、トーマス・エジソンだって電球を発明できてない。理詰めでいいなら警察や軍、研究施設の方が物量作戦をとれる時点で有利だし、一個人――ましてやワタクシたちのような少数テロ組織に勝ち目なんか最初からない。でしょ? 違う? 違わないよね、バーカ!」

「おい、てめー黙って聞いてりゃ――」

「けれど、そういった偉人たちは功績を残している。そのことからわかるように、着眼点の違い、突発的な発想ってのは立派な能力なんだよ。自分に直感能力がないからってひがんでるの? たしかに直感のさえない単細胞生物って救いようがないけどさあ、でもだからって直感を頭から否定するのは浅はかだとしか言いようがないよね。わかったか、バーカ!」

「てめー……」

「じゃあ次は僕のターンだね!」


 間髪入れず詩織は言う。


「実はね、僕、エリアⅣからずーっと歩いて帰ってきたから、足が疲れちゃってるんだよ。だからそろそろ座ってもいいかな? いいよね? ね?」

「勝手に座れや!」


 不運が怒鳴った。


「なにそれ……立ってろって言ったのはそっちなのに……」

「ひどい話だよね、これはパワハラだよ。労基に訴えるべきだ」

「黙れ。殺すぞ楽天」

「完全にパワハラ。恫喝に加えて脅迫。ワタクシもう泣きそうです。はあと」

「よーし、わかった。表出ろ。てめーはマジで殺す」

「二人ともホント仲良いね」


 よせばいいのに、詩織はまた茶々を入れる。


「良くねえよ! ふざけんじゃねぇ!」

「良くないよ! 全くごめんだねっ!」


 声を揃えて、否定の言葉が返ってきた。


「ハモってんじゃねーよ、馬鹿が!」

「まーた馬鹿の一つ覚えみたいにバカバカ連呼して。語彙が少ないんじゃないの? IA使って話してみたら? それかNLOで脳ミソに国語辞典でも書き込んだら?」

「てめー……」


 口論を始めた二人を見、「息ぴったりだけどなー」と思いつつも、言いつつも詩織は刀――『袖ノ不知火』を自分のデスクに置き、座る。

 引出しからお菓子を出して、詩織はおやつタイムをとることにした。




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