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格闘ゲーム用語に、『ガチャプレイ』という言葉がある。
これは始めて日の浅い初心者によく見られ、戦い方を知らないから――けれど、負けたくもないから無茶苦茶な操作でもがくプレイのことであるが……。憂沙戯はそんなプレイヤーの心理を理解しつつも、軽蔑していた。
あがくなんてみっともない。
練習を積まなかった手前が悪い。
対戦というコミュニケーションを否定する愚かしい行為。
情けない、と。
たかがゲームといっても、礼儀はある。相手が真摯に臨んでいるのに、それほ無碍するも同じ――だから、そういった手合いに憂沙戯は、冷静かつ正確に技を差し込み、完膚無きまでに叩きのめしてきた。
けれど、今思えばそれもまだマシだったのかもしれない。
荒唐無稽とはいえ、コミュニケーションは取れていた。
最悪は放棄だ。
コントローラーを手放す、対戦放棄。
本当に情けないことに。
今の憂沙戯がそれだった。
「“リーサル”――『袖ノ不知火』。これを使うつもりもなかったんだけどねー」
道路に立つひれん。
その首から上は、どこかへ飛んでいってしまった。
少女がやったのだろう――それだけはわかる。
しかし、いったいどうやって……?
ひれんの首が飛ぶ瞬間まで、少女はうつむいたまま、自分の煤けかけた服を見ていた――それだけだったはず。刀を振るどころか動いた気配すらない。
理解の及ばない光景に、思考が飽和しかける。
が、ひれんの姿を見、血の気が引くとともに頭の中がクリアになった。
頭部を失い、溢れ出る赤い液体。
それはぐらりと揺れ――やがて、糸が切れたような気持ちの悪い動きで地面へと倒れる。ぴくりぴくりと、なにを痙攣することがあるのだろうか――頭部を無くし胴体のみになった彼女の身体は、電気を流されたカエルの死骸のように小さく跳ねたり伸びたりしている――その動きはどこか非現実的過ぎて、酷く滑稽に見えた。
「……あ……ああ……」
震える。
身が竦む。
動くどころか、声すらもまともに放てない。
見やる前方。
刀を持った少女。
こちらを見た。
「さーてと。後は、君だねえ」
と、少女はゆらりゆらりと、揺れるように歩いてくる。
嫌だ。
怖い。
死にたくない。
来るな。
こっちに来るな――と。
声にならない音が、声帯から擦れ出る。心臓が鼓膜を破りそうなほど脈打つ。
けれど祈りも虚しく、少女は憂沙戯の前に立つ。腹の底から押し上げてくる絶望的な感情に、吐きそうになる。
「質問。君が月野有沙戯ちゃんかな? それともいま死んじゃったのがそうだった?」
「……わ、……わたしは……」
「え? なに? 聞こえないよう。ていうかさ、もう面倒だからさ、君がそれってことでいいかな?」
憂沙戯は首を横に振る。
かろうじて動いた。動かせた。
「わたしは――ッが…………」
憂沙戯はなにを言おうとしたのか――きっとそれはその場しのぎの、口から出まかせだったのだろう。頭の回転の速い憂沙戯のことだから、もし話せていれば口八丁でこの場をやり過ごせたかもしれない。
しかし、
「……口の中、からっからだね。知ってる? 人間ってさ、怯えると口の中が乾くんだって。嘘をつくときも一緒らしいよー?」
前歯に金属が当たった。
刀を――切っ先を口内に突っ込まれた。
無理やり押し上げられ、顎が踊るように震える。
冷やかに見降ろす少女の目。
泣きそうだった。
否。
実際、泣いていたかもしれない。力量が違いすぎて、もう理不尽にすら思えた。握っている刃をひと押しされれば、自分は死ぬのだろう――それを理解していても抗うことすら出来ない――
と、
そこで少女の動きが止まった。
口内にある切っ先は微動だにせず、憂沙戯から動くことを奪い続ける。
互いに硬直。
それは一秒か十秒か、もしかしたら一分以上あったかもしれない。
永遠とも思える――生と死の挟間、それも他人に命を握られているという状況で――その沈黙は、憂沙戯にとってあまりに辛過ぎた。
「……ジャミった」
静寂を裂く――とは言い難いが、少女の呟きに憂沙戯はビクッと反応する。
少女はしぱしぱと瞬きをする。
「なんだよー、最新鋭とか言っておいて、さっそくバグってるじゃんか。……ほんとあの人の言うことあアテにならないなあ、もう。……って、あれ?」
憂沙戯の口から刀を抜き、眼頭をこすりながら、
「……あの子……どこいった……のかな?」
と。
素早く首を振り、辺りを見回し始める少女。
もちろん、憂沙戯は座り込んだままその場から動いてはいない。
しかし、少女は先ほどのひれんのように――目の前にいる憂沙戯が見えていないかのような素振りを見せ、
「あーもう! 面倒臭いなあ!」
イラついたのだろうか、丁度隣にあった小型全自動車を刀で真っ二つに叩き斬る。
やがて少女はとぼとぼと、どこかへ行ってしまった。
「…………」
そして、誰もいなくなった。
静寂。
横たわるひれんの胴体、呆然とする憂沙戯。
まるで時が止まったかのような虚空がしばらく場を包む。
ふと、手に冷たいものを感じた。
「……?」
見ると、道路には水溜りが出来ていて、作業服のズボンが濡れていた。
失禁。
局部の辺りはまだ温かかった。
「……は……はは……」
憂沙戯は笑う。
それは生命の危機を脱し、緊張の糸が切れたからではない。
無力感――もあったが、何よりも致命的だったのは絶対的な自負、自尊心を傷つけられたことによるプライドの崩壊だった。それはなにも自分が他者より優れている、と思っていたわけではないし、思ったことなんて一度だって無い。
憂沙戯はゲームにしろ、仕事にしろ、努力に努力を積み重ねて自分という存在を培い、作り上げてきた。
このくらいわたしには出来て当然だ。
出来ないのは努力が足りないからだ、と。
その姿勢はやがて、動じず――めげない――屈強な心を作りあげた。
けれどいま、それが砕け散った。
ライオンに追いつめられた哀れな仔兎。
怯えて、震えて、あまつさえ粗相までしてしまった他でもない自分。
だから憂沙戯は、
「ははは……ぐずっ……あははは……」
泣きながら、笑った。
情けない。
本当に情けない、と。




