-003-
Chapter 1 / Fabrication......_
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Monday July.XX,A.D.2102 /
Toyama Area-ⅰ / japan / at 17:30......_
富山県、エリアⅠ。
富裕層が住む、通称ファーストと呼ばれる区域。その賑わいを見せる繁華街を、蒼井雫は歩いていた。
等間隔に並べられた人口樹、街頭――ゆったりとした幅のある二車線の道路には、音もなく過ぎ去っていく小型全自動車が見える。ちかちかと輝く街並みには、ホログラフが所々に浮いていて、それは人と建物と交わって景色を彩っている。
とぼとぼと歩く雫とは対照的に、街のそれは面倒臭いほどに明るい。
通い慣れた道とは退屈なものだけれど、今日はいつもにも増してつまらなく映る。その原因はやはり学校で――あの友人の言葉を、自分は引きずっているのだろう。
(…………)
(……もう、どうでもいいや……)
諦めに似た感情が重苦しくまとわりつき、また一つと溜息を促す。
こんな嘆息も様になってきたな……と苦笑いを浮かべた。
雫の進む各種店舗の前にはホログラフ広告が設置されていて――これは誰の目にもそう映るのだろう、広告が自分のほうへと向きアピールをする。それはデフォルメされたキャラクターだったり、アニメーションだったり、著名人が宣伝するCMだったり多種多様。店によってさまざまだ。
骨董店の前を通り過ぎると、広告の一つが雫に向かってふよふよと近づいて来た。
アニメ調の厚い本。
それは歩く雫の隣に沿うように浮き、パラパラとめくれて見せる。やがて止まったページ、見開きのそれを横目で確認すると、その内容は紙媒体の書籍広告だった。
自分の購入歴を辿ったのだろうか――たしかに購入した覚えはある。
22世紀の今では、紙を使った本というのはめずらしく、特定のタイトルを入手するのは極めて難しい。雫は読書が好きで、よくそれを購入していた。電子書籍のそれでもいいけれど、紙媒体書籍には、質感を持って読み解く良さというものがあるし――なにより目に優しい。
雫は広告を見、
(……哲学書……かな?)
(読んでもいいけど、興味無い……ごめんね)
どうやら恋愛物ではなさそうだったので、視界ホロを指でさっと弾いてどかす。アニメ調の本はパタリと閉じ、骨董店の前へと勝手に戻っていった。
目的の量販店に着くと、雫は迷うことなくフラワーショップへと向かった。
「いらっしゃいませ、蒼井雫さま。いつもの花をお求めですか?」
店内に入ると、にこやかな笑顔が雫を迎えた。
礼儀正しく一礼してみせる女性店員。
彼女は人間ではなく機械――ヒューマノイドだ。
かつて人間の仕事だった接客業は機械に委託され、個々のAI――人工知能を持ち、仕事に従事している。ここに足を運ぶ機会の多い雫の顔を、この機械の店員は覚えてくれていた。
「お墓参り……ですよね?」
「はい」
「偉いですね。きっと喜んでくれますよ」
どうぞ、と、ヒューマノイドは包装した白百合の花を差し出す。
雫はそれを受け取り、礼を言って会釈をした。
「支払いは電子マネーでお願いします」
「承りました。ご請求の方は内部端末を通して送らさせて頂きます。本人確認のため、スキャニングをお願いしてもよろしいですか?」
雫は手で髪を抑え、カウンターに設置された網膜スキャナーを覗き込む。
ピピっという認証音のあと、顔を上げた。
「ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」
笑顔で店員はそう。
並べた台詞も完全にマニュアル対応のそれではあるけれど、人間のような感情という厄介なものがないぶん、ある意味ではヒューマノイドは素直と言える。
ぺこり、と丁寧に頭を下げる店員を後ろに、雫は店を出た。
雫が生まれたときからヒューマノイドは人間の生活の一部で、ショップの店員は大抵機械だ――という認識が社会には定着している。たまに飲食店に入っても、店員が機械なのか人間なのかどうかの判別なんて付かない。
一度雫はヒューマノイドだと思って親切心で、
「あの、店員さん。頭の人口毛髪がハゲ散らかってますよ?」
と言ったら、信じられないくらい怒られた覚えがある。
だから雫は見知った店にしか足を運ばないし、基本的に外出することもしない。
学校が終われば――“何もなく帰してもらえれば”――雫は自宅マンションへと一直線に帰る。
それが雫の日常。
けれど、今日は違った。
「……お父さん、お母さん……」
向かったのは墓地。
陽も落ちかけて、辺りには誰もいない。
雫は白い花束を手に持ち、吹き抜ける風に長い髪を揺らす。
墓場の奥には高いフェンスがあり、飛行場があった。滑走路には航空機と戦闘ヘリがいくつもならんでいて、銃を持った兵士の姿も遠くに見える。
いまにも泣きだしそうな夕暮れの中――
雫は花を置き、静かに手を合わせて、死んだ両親に黙祷を捧げた。




