Phase 13
青年は考える。
人間とはなんだ?
一般的に――人間は、他の動物と自分たちが同じだとは考えない。
動物を食べたり、実験に使うことは良いとし、人間を食べたり、人体実験をすることは基本的に考えない。また、弱者は死ねば良いとも考えることはない。ない、はずだ。
人間は、他の動物とは違う――というヒューマニズムによって支配されている。
このヒューマニズム思想をすすめると、人間こそがこの世で一番偉い存在で、人間こそ宇宙の中心だということになる。人間に命令する存在などないし、人間の幸せだけを考えればいい――人間の生活のためなら、他の動物を犠牲にしてもいい、死のうが絶滅しようが知ったことじゃない。
けれど、その考えも二十一世紀初頭にかけて、徐々に変わってきた。
環境主義的な考えが広まり、人間も他の生き物も宇宙船地球号に住む同じ仲間、という考えが広まった。まったく笑い話だ。しかし、現として2040年代に迎えた世界的エネルギー危機に、環境を破壊しつくした人類はその報いを受けた。
科学の進歩がなければ、世界恐慌に陥って飢餓状態にあったことは紛れもない事実だ。
そして――その危機を脱すると、偉い人間は馬鹿げたことを言い出す。
『私たちはこの苦難を乗り切った。これは神が私たち人間に与えた試練だったのだ』
ふざけるな。
『世の中のどんな重罪犯でも、どんな重い障害があって働けない人でも、神がそれほどまでに大切にしているのだから、人間が愚かだとか役ただずなどとは言ってはいけない』
馬鹿馬鹿しい。
神なんているものか。
『他人の命や人権を大切にするのと同様に、自分自身も大切にしなければいけない。自分勝手に自殺したりするのは、神の思いに背くことになる。他人を殺すことだけではなく、自殺も罪だ。神は人間を愛している。高価で尊いと言っている。だから、人は自分自身のことも他者のことも愛する必要があり、自分のことも他者のことも大切にする必要がある。自分に対しても、人に対しても、価値がない無駄な人間だと思うのは、大きな誤解だ』
それこそが誤りだ。
まったく、笑わせてくれる。
傑作だよ。
何故気がつかないのだろうか――口頭でそう並べているだけの綺麗事、戯言だと。
いや、わかってるはずだ。それに気がつかないふりをしたほうが、生産的かつ利用価値があるから――だから、そう振る舞っているだけだ。
人間は残忍で残酷で排他的だ。
もし、貧しい人々が飢え死にするなら、それは神がその人たちを愛していないからではなく、人間が与えず、見殺しにしたからだ。
違うか?
違わないだろう。
違うはずがない。
この世界は最大多数が望む都合の良いルール、インチキで成り立っている。
多数の意思は伝染し――集団意思となって、自らが操作されていることにすら気がつかせない。そういう仕組みのなかで、最大多数の枠外の人間は排他的に扱われ、差別、偏見、迫害、侵略、侵害を受け、耐え忍びながら生きている。
愛なんて虚像だ。
情なんて飾りだ。
正しさなんて間違いだ。
義理なんてものは持ち合わせてはいない。
人間は無自覚に無意識に他人を踏みつけ、無関心に無頓着に利用し、善意と正義を掲げ、愛情を謳い、悪意も害意もなく他人を排除できる。
他愛もない。本当に。
だから。
だから、少数派の人間は――最大多数の最大幸福にある少数枠は、もはや人間ですらない。同じ人間として扱われることはない。生きる権利すら曖昧で、望んでもいない現状を押し付けられている。
放牧された家畜との差異なんて、それこそあるようでないようなものだ。
すでに作り上げられた世界。
この世界は、こんなクソッタレなルールに縛られていた。
もし、神ってやつがこんな世界を作ったんなら、僕がそいつの尻に蹴りを入れてやる――と。
そう、思っていた。
青年の目には、この世界はそう映っていた。
けれど、どうだろうか――と。
また、青年は考える。
いまの僕の目には、
そして彼女の目――
一ノ瀬綾奈の瞳には、この世界はどういう風に見えているのだろうか――




