Phase 11
渋谷から出るだけで、二十分かかった。
街が恐慌状態に陥って、安全な道が塞がれていたりしたせいだ。
「道路に出てください! ヒューマノイドは追ってこれません!」
青年の隣で、一ノ瀬は口に手を添え、大きな声で言う。
しかし、その声に耳を貸すものは少ない。
歩道にはヒューマノイドたちが蔓延っていた。その中には、高層階から飛び降りたりしたのだろうか――人間なら死んでいる損傷を受けても動き続ける、機械の姿があった。
生き残った人間たちは、それの破壊活動を始めていた。
一ノ瀬の言っているように、ヒューマノイドたちは車道に出てこようとはしない。
青年の読み通りだった。
襲われている者、襲っている機械――それら全ては歩行者が歩ける場所にいた。
ヒューマノイドは全自動車と同じように、都市機能とリンクし、位置情報を得ている。危機回避能力の無い機械だから、人間という社会循環システムに損害を与えないように、あらかじめ行動範囲に制限が掛けられている。だから、車道に出られない。
加えて、その行動プログラムには人を避ける処理があったはずだ。それと板挟みになって、カクカクと狂った動きをしているのだろうと、推測も出来る。
「……酷いな……」
青年は零す。
どこからか情報を得た人間に従ったのか、道路は人で溢れかえっていた。
その道路端では、複数人の人間たちがその手に鉄の棒きれや、固そうな手頃な武器を持って、ヒトの形をしたモノを壊している。それはあちらこちらで見受けられた。
これも集団心理なのだろうか――危害を加えられた異物に対し、過剰なまでの攻撃を仕掛けている――混乱状態に陥って、道徳の枷が外れた人間たちに容赦はない。
安全圏から狂った機械をバラバラになるまで破壊し続け、次の獲物を求める。
その中には笑っている者までいた。
人間の悪意を垣間見た気がした。腹の底から気持ち悪いものが溢れきて、吐きそうになる。
これが人間という生き物自体が備えている能力なのであれば、狂っているのは人間も同じなのかもしれない。どちらが異常なのか――判別さえできなかった。
「生き残っている人、いたら道路に出てください! ヒューマノイドは道路に出てこれません!」
一ノ瀬はずっと声を張り続けている。
それを煩わしく思ったのか、見ず知らずの人間たちが、顔をしかめて一ノ瀬を睨みつけた。
無駄だと思った。
けれど健気なその姿を、青年は止めようとはしない。
暴動が起きている街。
自分らも同じ人間に襲われてしまう可能性も十分にある。しかし、音声を発していれば、自分が人間だという証明になり、それは一ノ瀬の隣をを歩いている自分も同時に証明してくれるからだ。
(……なんとかニーナと合流したい……。マンションに戻る……いや、それはやっぱり危険だ)
(このまま港にある倉庫に身を隠すか……けど、この現状が回復する保証はあるのか……?)
なぜ、こんな混乱状態に陥ってしまったのか。
都市システムが狂ってしまっていることは、道端に激突し、無残な形となった全自動車を見ればわかる。恐らく、これは渋谷だけではない。
東京のいたるところで――より正確に言うなら、都市システムによって運営している機関すべてが――このような状態になっているのだろう。
(……いや、違う……か?)
(ニーナならともかく、ヒューマノイドはスタンド・アローンの状態のはずだ。ネットに接続されていない機体たちが一斉におかしくなるなんて……説明がつかない。ここまでの異常を、広範囲に撒き散らす原因はなんだ……?)
あらかた事故をし終えた車は、火を吹き上げそこらじゅうに点在していた。
街から轟音と悲鳴が消えて、人間の慰め合う声と、怒声だけが残った。数百を超える口から洩れた奇声と唸り声が青年を包囲して、思考の邪魔をする。
「建物の中にも人がいるかもしれないよね……どうしよう、■■■くん」
一ノ瀬は不安を浮かべて言う。
声は少し枯れていた。
「どこに狂ったヒューマノイドがいるかわからない。生き残っている人がいても、助けるのは無理だ。でも、脱出できないなら、きっと隠れているさ。機械には詮索する能力はない。だから安全だ」
一言一言を確認するように、一ノ瀬は頷く。
鼓舞を打っているのか、それとも自分に言い聞かせているのか。
それは青年も同じだ。
「とにかく、行こう。こんな人ごみにいたら気が狂う。……いや、なにかの拍子に、ヒューマノイドたちが道路に出てこれるようになったら、今度こそ袋小路だ」
進む道路の一角で、怒声と悲鳴が入り乱れ始めた。
どうやら――おかしくなったヒューマノイドの破壊活動をしていた人間たちの一人が、掴まって歩道に引きずられたらしい。
青年は一ノ瀬の肩を掴む。
「見るな、行くぞ」
「でも! 助けなきゃあの人が……」
「無駄だよ」
言って、一ノ瀬の肩を抱き、自分を壁にして視界を奪う。
青年は歩きながら、その光景を横目で見た。
集団から飛び出した獲物を発見して、壊れたヒューマノイドたちが押し集まってくる。
仲間が助けようと試みる――が、もう遅い。
殴ろうが蹴ろうがひるみもしないから、人間個人の力でどうにか出来るはずもない。
捕まった男性は必死に助けを求めている。
けれど、そんな危険地帯へ助けに向かおうと、道路から一歩を踏み出す人間もいない。
「……っ」
悲鳴が一層濃くなる。
ハイエナのように群がったヒューマノイドたちが、袋叩きを始めた。
彼らに殺意はないのだろうけれど、人間の姿をしていたから、本能が殺意を錯覚させる。胃を縮ませながら、その光景を傍観する何十という人間たち。
歩道・車道という数センチの境界が、このどうしようもない現状を再確認させた。
「ねえ、■■■くん。私たち、これからどうするの? 携帯も使えないし……お父さんとお母さんにも連絡がつかない。もしかしたら、もう……」
「この混乱状態だ。軍も動き出しているだろうし――相手は機械と言っても、単純な暴力しか持ってない。鎮圧されるまでそう時間は掛からないだろう。それまで安全な場所で閉じこもっているのが、一番いいと僕は思う。きっと一ノ瀬の親御さんも無事だよ」
そう言えば――この混乱が起きてすでに一時間は経つが、軍や警察はなにをしているのだろうか? 自動化の弊害か、車両や通信が使えなくなって、あちらもあちらで混乱しているのかもしれないが……対応があまりに遅すぎる。
考えつつ、青年は言った。
「港に借りている倉庫がある。ある程度の備えはあるから、そこに向かおう」




