神
「サルトルは言う”神が存在するとしてもたいしたことではない”と、ヴォルテールはいう”神が存在しないならば、発明しなければならない”と、大したものでもなく、発明せねばならん程度の物なら、なぜその神の名のもとにいまこの瞬間!刹那!何人の人間が殺し、殺され、社会的に抹殺され続けられねばならないのか!」
満開の桜の下、場違いな白衣を春風にはためかせ、霧ヶ峰香奈実はビールのロング缶を掲げて叫んだ。
「だれだよ!こんなに飲ませたの!」
普段クールな博士の酒乱ぶりにドン引きする職員を尻目に、研究所員Aが立ち上がった博士を座らせながら、隣でさらに新しい缶を手渡そうとする研究所員Bを睨みつける。
「いや、いつも堅物の博士飲ませたらどーなんのかなーってつい」
仕手戦で莫大な財を成した父の遺産を大いに無駄遣いしつつ、日々神に挑戦し続ける人工無機生命学研究所、通称”人形遣いの館”の花見はしょっぱなから荒れ模様だった。
「そーだ、そう思うだろ?神など死んだのだ!」
香奈実は新しい缶を受け取ると一気に半分ほど流し込み、ぺたんとその場に座り込んだ。
「どーおもう、どーおもうよ藤菜」
名の通り藤色の小袖を来た色白の少女に視線を据えて、彼女はなぜかベソをかきながらもう一口缶ビールを煽る。
「非存在物を神という名の存在物として崇めることを、無、すなわち有機生命体の死への恐怖を和らげる手段として利用し、この手段の差異を認めることが出来ないがゆえに、お互いを死に追いやる行為という矛盾に対する感想をお求めなら、藤菜は愚かだと一言で切り捨てます」
ウィン、と小さなサーボの音を立て機械じかけの少女は小首をかしげた。
「みろ!みてみろ!なあAよ!人形にすら我らは愚かと断定されてるぞ、はははは」
残りのビールを全部流しこんでコロンと転がると香奈実は藤菜の膝をまくらと決め込み、日差しの中で寝息を立て始める。
「でも愚かではあるが、愛おしいと藤菜は言葉を継ぎます」
髪にふりかかる花びらを丁寧にとってやりながら、藤菜はウィンと小さなサーボの音を立ててまた小首をかしげた。
「博士が作ったのにまったく博士に似てないあたり、なんだかなあ」
晴れ渡る空を見上げてAがつぶやいた。
「俺達が作ってるのは何なんですかね?」
新しい缶をAに渡しながらBもつられて空をみあげる。
「どこから来て、何者かって奴なら、まああれだぜ、俺達は多分理想の人類を作ろうとしてるんだろうさ」
冷えた缶を額に当てて、Aは一つため息をついた。うららかに空は晴れ渡り、春風がどこからか花の香りを運んでくる。
人間の真似をしているのかセーブモードに入ったのか、目を閉じてうつむく藤菜を見てAはビールを煽りながら思った。
そしてその理想の人類とやらは多分、神様ってやつじゃないのか……と。