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幻影の咎人  作者: BLACKぱーま
3/3

解き明かされる復讐メッセージ 悪夢の末路は


丈斗は自殺した兄の真相を問い詰めるため、彼の兄“悠希眞斗(ゆうきまこと)”がかつて所属していたクラス、三年二組の担任だった“蕪江(かぶらえ)“の家へと向かったのである。しかし、序盤から最悪の状況で事件が発生した。だが最善の結果だったとも言える。この真相を解き明かすには、冬茜美佑希とうせんみゆき…彼女の協力が必要であった。しかし、手っ取り早く事が運び、重要な役者が二人も揃った訳だ。

 “蕪江”が確保されてから二十分後…丈斗の祖父、水瀬警視総監の当時部下であった警部補と、刑事一人が連れた警察官数人を乗せた二台のパトカーが、蕪江宅に到着。それと同時に祖母、水瀬校長が運転していた車も到着。影で丈斗に協力してくれた…祖母、水瀬校長、(さざなみ)真夜(まよ)瀬川(せがわ)(つかさ)が応援に駆けつけた。そしてもう一人…木原(きはら)(みのる)。彼を連れてきたのは、友人の宰であった。

「宰君…これはどういうことなんだい? 僕まで無理矢理連れてきて」

 木原は腕を組み、目を閉じながら不機嫌そうにしていた。

「…お前が逃げっから、怪しいと思って連れて来たんじゃん!」

「……チッ…!」

 木原の舌打ちと態度を観察していた丈斗は、

(…この反応…やっぱ)

「水瀬校長…彼が総官の?」

 祖母にそう尋ねたのは、警部補の山内浩助。祖父、水瀬源十郎とは同期である。

「ええ。源さんの遺伝子をそのまま継いだ孫。つまり馬鹿ってこと…」

「はは! ご冗談を…」

 山内警部補と祖母が昔話に盛り上がっていたところに、警部補についていた刑事が心配そうに尋ねる。

「しかし警部補…あの少年が“例の一団”の真相を解いてくれると本気で…」

「おいおい! そこまで要求しないさ。彼はあくまで…兄の“眞斗くん”が自殺した理由を明確にしたいだけだ。だから我々もこうして……ねぇ奥さん?」

「どうでしょうね…」

 山内警部補の質問に、祖母はニヤリと笑みを浮かべ、丈斗の見解に期待するのであった。

 各々は蕪江宅の台所(全員が余裕で入れるスペース)に集結。木戸巡査によって先ほど捕らえられた“蕪江耕一”が座っている椅子を中心に、隅のほうで二人寄り添う瀬川宰と冬茜美佑季。壁に寄りかかって腕を組んだままの木原稔。山内警部補を横に祖母、水瀬校長の隣には漣真夜。彼女は丈斗の後ろ姿を心配そうに見つめている。

 すると中心にいた蕪江が、不適に嘲笑しながら山内警部補を冷やかす。

「ひひっひっ…山内警部補、あなたもこれで降格処分ですかねぇ?…この無垢な中学生をアテにするとは」

「フン!…ワシも出来れば貴様の顔など二度と見たくなかったが……俺の同期…総官のお孫さんが無能とは思わんよ。彼らを信じる水瀬校長も含めてな! それが根拠だ」

「二度とお会いしたくなかった、という点は私も同感ですが…」

 実はこの二人、因縁の仲である。“蕪江(かぶらえ)耕一(こういち)”には、以前から黒い噂が耐えなかった。その原因を突き止めようと、山内警部補は幾度も蕪江と顔を合わせていたのだ。しかし、自宅に引きこもるようになった蕪江は、マスコミを利用し、『この問答は精神的に衰弱した自分を攻撃している』と、警察を非難していたのである。その甲斐あってか、山内は管理官の座を追われ、現在警部補にまで降格されたのだ。

 丈斗は蕪江の元へ近寄り、いよいよ全ての決着をつける第一声を…

「さて、蕪江先生。アンタの悪行をこれから公にする。覚悟はいいよな?」

 前のめりの腰に手を当て、丈斗は哀れみの目で蕪江を脅した。

 それに反発するように、蕪江も不適な笑みを浮かべながら、

「…ふっ、愚かな……悪いことは言わない。今のうちに神に懺悔することです。疑いしは罪なり…まだ幼い君に何ができると言うんですか?」

「なるほど、“疑いしは罪なり”…か。なかなかいいご助言だ。それなら今から俺が話すことも“疑うな”よ? 俺は事実を話すだけだ。それに、罪を犯したのはアンタ一人とは言っていない」

 丈斗は、蕪江を汚いものでも見るような蔑んだ目で、見下すように見下ろした。それを見ていた山内警部補は苦笑いし、

(…流石だ。あの歳で、なかなかキモが据わっておるわ)

「まず最初に確認しておく。去年の三年二組の生徒“悠希眞斗”を、自殺するように脅迫したのは…アンタだな?」

 丈斗の質問に、蕪江は堂々と答える。

「事実です…しかし脅迫とは違いますねぇ。私はただ、神の御心のままに従ったまで…」

「神の御心だろうが人間が決めた法律では、立派な脅迫罪だ。アンタが“悠希眞斗”に“君がこの世に存在し続ければ、卒業式の日誰かが死ぬ。その前に死んでくれませんか?”という頼みごとをした。これはアンタを刑務所に入れるための大義名分になってくれるはずだ」

 この決定的な武器を前にしても、蕪江の余裕は続いた。

「よくそこまで調べましたね。その台詞は冬茜さんにしか話していない事実」

(冬茜は、兄貴からそのことを聞いていたんだと思ったが……直接堂々と冬茜に話していたなんて…想像以上に冷酷な野郎だな。嫌われる訳だ、周りの人間から)

「ああ。アンタに神がいるように、俺にも味方がいたんでな。友達っていう味方が」

 丈斗は宰の顔を確認する。宰は笑顔で頷き、答えてくれた。

「下らん…人間同士の友情など、悪魔と契約するに等しい」

「聞いてた通りの宗教オタクだな。これを利用してあの復讐を考えたんだろ、冬茜さん?」

 丈斗の質問に、冬茜は潔く答える。

「ええ…」

「 “あの復讐”? どういうことですか」

 そこで蕪江は初めて心揺らいだ。その反応に丈斗は改めて、

「(本当に気づいてないなんて…筋金入りだな)まず最初に俺が目をつけたのは、木原から聞かされた怪談“三年二組の消える寄せ書き”」

 それに反応し、木原は丈斗を少し睨む。

 丈斗の推論はまだ続く。

「この怪談話は事実を素に作られたものだ。仕組みは簡単…青色の色えんぴつで寄せ書きを書きいれる。文集に掲載されるので、三年二組が書いた寄せ書きは白黒の印刷でコピーされる。青という色は、白黒コピーされると消えてしまうんだ。完成した三百冊以上の文集は、生徒と教師に配布される。そこで文集の、自分が担当していたクラスの寄せ書きを見たアンタは気づいたはずだ。一箇所だけ妙な空白になっていたことを。そんな空白をわざわざ作る意味が分からない。不思議に思ったアンタは、自分が所持していた素の“寄せ書き”を確認した。そしてそこには、これを制作する前に死んだはずの“悠希眞斗”の名前が青い文字で書かれていた。そして“眞斗”の寄せ書き、青く書かれた寄せ書きは…どこの国の言語にもない、短い曲線、折れ線、最後に小さな丸が右下にあった……これを書いたのは、冬茜さんだ。そして“消える寄せ書き”のトリック…これを知っていたのは…兄貴から教わっていたからだろ?」

 宰に寄り添い、体を縮めていた冬茜を見つめながら、丈斗が確認した。

「……ええ…悠希先輩は、漫画家になるのが夢だと、嬉しそうに話してくれたわ。その上で得た知識も含めて……漫画制作で、“トーンシート”を貼るときは、あらかじめ、白黒コピーで印刷されない“青の色えんぴつ”で、ラインを引いておく…って」

 冬茜は体をブルブルと震わせながら、眞斗の話を、涙をためて思い返した。丈斗も眞斗から同じ話を聞いていたので、このトリックを見破れたのだ。

 丈斗は話を再開させる。

「……そうか――話を元に戻す。青で書かれた不可解な暗号…でも同じようなものが紙の裏にもシャープペンで書かれていた。それに気がついた蕪江、アンタはもしやと思い、紙を光に透かしてみたんじゃないか? そして暗号の正体…“呪われろ。”二つの暗号はツギハギで、その一言が隠されていた訳だ。でも冬茜さんは、クラスの寄せ書きに堂々と“呪われろ”とは書けなかった…だからもう一工夫を入れたんだ…俺は最初、てっきり三年二組の生徒たちに宛てたメッセージだと思っていた。“担任を中心に、クラスメイトが束になって”悠希眞斗“をイジメていた“っていう宰の話を聞いてな。でも真夜から貰った情報と組み合わせて、矛盾があると感じていた。生徒に嫌われているはずの教師に、三年二組の生徒たちが本心で蕪江、アンタの言葉に従っているとは思えなかったんだ――これはあくまで憶測だが、無理強いする蕪江の指示で”悠希眞斗“をイジメていた生徒には悪意がなかった…内申に影響するとでも脅されたんだろう。それが明確になった時点で、復讐するターゲットを二組の担任”蕪江耕一“に搾った……違うか? 冬茜さん」

 丈斗の質問に、冬茜は少し驚き、少し笑みを見せる。

「…さすがね、悠希君。的中してるよ? まさか心の中まで読まれるとは思ってなかった」

 彼女の答えに、蕪江は少しずつ動揺し始めている。

「ま、まさか…そんな!…ではあの色紙も!?」

 蕪江の反応に、丈斗は不適に笑みを見せながら、推論を続ける。

「そう。去年の卒業式後、三年二組の生徒から担任であるアンタへ送られた…色紙に書かれた寄せ書きにも、自殺した“悠希眞斗”の名前があった…今度はちゃんとした寄せ書きが書かれていたが…」

 すると丈斗は、持ってきた鞄に入れていた“例の色紙”を取り出し、その場にいた全員に見せ付けるように持ちながら、解読を始める。

「ここにこうある“2組にとって最高の恩師、蕪江(かぶらえ) 悠希眞斗(ゆうきまこと)”…この“江”という文字には、短い二本線がつけ加えられている。俺は、どこかで見たような印だと…でも全く分からなかったが、真夜が調べてくれた情報で、この意味が理解できた。蕪江先生、去年の三年二組の生徒たちは、担任のアンタに「カブラ」というアダ名をつけていたんだ。つまり…“蕪江かぶらえ”が“(かぶら)へ”になる。“へ”という文字は、“え”と音読されることがあるからな。だから“江”には二本線が加えられていた…そして文末の数字の順番で文集のメッセージと繋げると……“呪われろ。2組にとって最高の恩師、蕪へ”となる。何故、“2組にとって最高の恩師”なのか…それは、“君がこの世に存在し続ければ、卒業式の日誰かが死ぬ。その前に死んでくれませんか?”という脅迫が深く関係している。この寄せ書きには悠希眞斗を自殺に追い込み、見事に「神の御心」とやらを達成した”という皮肉が込められている訳だが、神を崇拝しているアンタは、そのまま読み取ったんじゃないか?…それで“呪われろ。2組にとって最高の恩師、蕪へ”…アンタはここまで解き明かし、怯えて自宅に引きこもるようになった…本物の呪いだと真に受けてな………アンタの脅迫を真に受け、海で自殺した“悠希眞斗”のように……分かったか? これが彼女、当時恋人を失った“冬茜美佑季”の復讐――そうだよな?」

 これが丈斗から冬茜への、最後の確認となった。

 その場にいた全員が冬茜に目が向くと、彼女は俯き顔が見えなかったが、

「フフフッ…そうよ…そう……それが私の復讐――悠希先輩はね……“神のお告げだから”とカコつけ、自分をイジメていた蕪江を、最後の最後まで憎んでいなかった…最後まで…っ…いつもの、ように…っ…く! 優しい笑顔…で、“仕方がないんだよ。僕は…誰かと喧嘩するくらいなら…今のままでいい”…って…っ」

 涙する顔を両手で隠し、苦しむ冬茜の元へ丈斗は駆け寄り、座っていた彼女の前で体を屈めると、震える彼女の肩に触れる。

「…ガキの頃、俺にも似たことを言っていたよ。まったく…“馬鹿の一つ覚え”みたいに優しい兄貴でさ!……それが一番の悪い所で、一番の善い所なんだよな。そこら辺に俺は嫉妬して、ムカつ

いてたけど……ありがとう…守ってくれてたんだな…兄貴のこと……俺は何も知らずに東京で……だ

から…本当に感謝してる。ありがとう! 冬茜さん」

 丈斗の力強い励ましと笑顔は、かえって冬茜には苦痛だった…

「…やめて、悠希君……私は、彼の…助けになれなかったんだから…! ごめんなさい、私一人で舞い上がっちゃって……一番悔しいのは、あなたとそのご家族なのにね……他人の私なんかが、復讐なんて……あなたに何とお詫びすればいいか…」

 冬茜は丈斗に顔を向けずに俯いたまま、自分の肩に置かれた彼の手を、振るえる小さな手でギュっと握り返した。その手は酷く冷たくなっており、しかし僅かな力と傷む心を丈斗は確かに感じ取れた。

 丈斗は俯いた冬茜の頬にソッと触れ、彼女はそれに驚き、思わず涙でグチャグチャでほんのり赤くなっていた顔を上げる。冬茜の横にいた宰が「ああっ!…」と、大事なものでも奪われたかのようにショックを受け、羨ましげにしていた。

「他人なんて寂しい事言うな、冬茜さん! そこまで兄貴を想ってくれた彼女だ…もう家族公認だって!――なぁ、ばぁちゃん!!」

 丈斗は首を左に向け、角隅にいた祖母に目を光らせた。

「もちろん! 今すぐウチの娘たち夫婦を東京から引っ張ってきて自慢したいぐらいさね。眞斗ちゃんの大切な彼女だ…てねぇ!」

 喜んで歓迎する祖母の台詞に、冬茜はズルズルと椅子から崩れ落ち、同時に丈斗の肩にバッと力強く抱きついた。またまた宰が「ああっ!?…はわわわ…」と立ち上がり、目を回しながらアタフタと動揺していた。

「あ…ありがとう…ございますっ…! ありが…っ…本当に…!!」

 嬉し泣きしながら強く抱きしめる冬茜。最初は驚いていた丈斗も優しく微笑み、彼女の潤うショートカットの頭を、スッ、スッ…と撫でるのであった。その状況に宰はとうとう頭が爆発し、同じように口元に手を当てていた真夜の元へと駆け寄る。

「いい、ち…委員長ぉ……あ、あ、あ、あれは…どどういう…どういうどういう…アレとあれな訳…あれな訳…!?」

 宰は涙目で抱き合う二人を、ガタガタ震える腕で指差して、自分と同じ状況の真夜に相談を…

「ばぁはっ…馬っ鹿じゃないの? ハハッ!…みみ、見れば、見れば分かんじゃん!?…アレとあれな訳ないじゃない!」

「アレとあれって………ま、まさか君たち、悠希君と冬茜さんをぐぶっ」

 動揺する二人を見かねて、木原がハッキリ理由を暴露しようとした瞬間、宰と真夜の手が同時に彼の口を塞いだ。

「…青春ねぇ…」

「…ですなぁ…羨ましい」

 興奮する彼ら三人の近くにいた祖母と山内警部補は、その微笑ましい光景を見て、安らかな笑顔で物思いに耽っていた。

 丈斗と冬茜が抱き合う光景を目の当たりにした蕪江は、

「ひゃあっは、ひぃいっひひひひっひひひひっひひ!!!…これは、ひひっまったく! 傑作ですねぇ!! 冬茜さぁん? 悠希眞斗と同じ顔の彼にひっひ、身を任せているとは…っ…所詮人とは形にだけ拘る愚かなるいいぃっひぃひっ!!」

 という高笑いの嘲笑…蕪江は瞳孔を開き、その赤いマブタは笑いが抑えれない涙が溜まっていて、もはや彼は人間…ましてや神など程遠い姿となっていた。

「っひ…失敬。みなさん、彼女が被害者とでもおっしゃるような口ぶりですが…今の彼の推理ショーをお聞きになったでしょう? “冬茜美佑季”。あなたのその美しい外見は幻のようですね。彼女が汚れた罪人であることは間違いない! 神もそうおっしゃっていますよ?…っひひ! 人の身で呪術を実行するなど…万死に値する」

「……その通りだ。“冬茜美佑季”は被害者にはなり得ない。彼女がアンタの性格を利用して脅迫した事実は、消せない…!」

 丈斗は冬茜の肩から手を離すと、悔しそうに俯いていた。しかし冬茜は、膝に置かれた彼の手に触れ「…覚悟の上だから」と言って優しく微笑んだ。

 それでも蕪江の屁理屈な挑発に、ついに山内警部補が中央の蕪江の元へ歩き、彼の胸グラを掴み、眉間にシワを寄せて、

「…貴っ様…! 彼女をダシに浮かれている場合ではないぞ!? さぁ立て! 連行する“蕪江耕一”」

「ひひっ…ご自由に。神は私の味方だ。私の身の安全は既に約束されたも同然…」

 山内警部補が蕪江に激怒する前に、冬茜は立ち上がった。

「…蕪江っ…!! アンタ、まだそれを言うの!?」

「言っいますともっ…ひひひっ裁かれるのはあなたなのですから!」

 そのときだった…丈斗は外の音に反応し、台所の窓を開けた。

「…へっ、どうやら本当に浮かれてる場合じゃなさそうだな、蕪江先生?」

 丈斗の堂々たる台詞に、蕪江は体を固めた。

「この期に及んで何を……!! あ…あの車は――!?」

 山内警部補に後ろから押さえられていた蕪江は、その窓の向こうの正体に気づき、思わず、揺れ動いた。

「(思ったより早く駆けつけたか)みんな見てみろ。賑やかな連中が来たぞ?」

 丈斗は開けた窓に全員を誘った。「え、なになに?」と真夜「何呼んだの、タケっちゃん?」と宰「……」と木原「騒々しい感じね…」と祖母「!…警部補、彼らは」と刑事「ああ、今回はこちらの味方だ!」と蕪江を捕まえている山内警部補「なんや…箱バン?」と木戸巡査…みんなゾロゾロと窓の方へ集まっていく。

「ほら、冬茜さんも」

丈斗に促され、冬茜も窓の外を覗いてみれば…

「え、ええ……! 何、この人数…!?」

 ズラっと並ぶ、軽の箱バンに白いワゴン車。屋根に大きなパラボラアンテナを完備している車も少なくない。そして大勢のカメラマンと、それらを先導するマイクとテープレコーダーを手に持つ、スーツ姿の忙しない大人たちが…総人口が余裕で百を超えていた。こちらに気づいた彼らは一斉に「蕪江さぁん! お話聞かせてください!」「フジテレビの者ですぅ!」「蕪江耕一さん、外へお願いし」「山内警部補! 例の証拠品は」「――現場の田中です! ええぇーものすごい報道陣の数です!! その理由は、今世間を騒がせている例の一団の証拠を…」この物々しい群集に、近所の窓からは苦情の嵐と、傍観する者もいる。そう、彼らは…

「マスコミ?」

 真夜の放った単語は言われるまでもなく、全員が一瞬で承知していた。

「うぅっわ、スッゲェじゃん!! フジテレビにTBSにNHKに…」

 宰は興奮しながら、車のステッカーを確認していく。

 蕪江はこの物々しい光景に、初めて取り乱す。

「東京のテレビ局だと!? 何故彼らがわざわざこの田舎に――!?」

 丈斗は窓を閉めた。それでも外の声は静まらなかったが…

「へへっ、それはそうだろう…この家には出来たてホヤホヤの“レアアイテム”があるからなぁ…」

「レアアイテムだぁ?」

 蕪江は丈斗をまだ子供だと嘲笑していたが、丈斗が取り出した機械を見た瞬間、さすがの蕪江も黙った。丈斗はビデオカメラの再生ボタンを…

《ぐぉおおおおおっ!!…お教えください、どうか、どうか、神のご助言を! このまま私は、生贄にした者に呪い殺されてしまうのであるかぁ!?》

《目を閉じ祈りなさい。さすれば善能たる神との疎通とお前の望みは叶うでしょう…》

「――!?(な……なんなのだ…これは…?)」

 丈斗が蕪江に見せているのは、まさしく彼が捕らえられる前の映像。

《ああ…神よ……それでは今日こそ…》

《救いましょう…汝に放たれた呪術を打ち消す術はただひとつ…》

「これ、アンタが妙な部屋に“シヴァ教”のローブを着た冬茜さんを連れ込んで、情けなくおねだりしてる映像だ」

 丈斗は嫌味な笑みで、蕪江を挑発した。蕪江は額からダラダラと冷や汗を流している。

(どう…なっている!?……冬茜がカメラを…仕掛けていたとしても……こんな角度から…ああ、あり得ない…!!)

 丈斗は更に蕪江に追い討ちをかける…

「これが、外の連中の獲物だ……インドの“シヴァの神”…現在日本にも、この神を崇拝している団体がいる。彼らは自らを“シヴァ信者”と名乗り、しかしその実態は、この神を主とする教会の教えを、誤った解釈で活動し…“くろ幻影(げんえい)教徒(きょうと)“と警察、マスコミからは呼ばれている。その活動内容とは、主に大規模な儀式だと言われている……ただの儀式じゃない。神に生贄を捧げる…生贄は…人間の魂だ。“黒の幻影教徒“は各地域で神の声を聞き取り、その神によって選抜された人間を死に追いやる。その方法は自由…殺人…自殺に引き込む…飢餓で果てるまで食料、金品を奪うことも。そして最終段階。その人間が死に、魂が天に召される刻限に神が降臨し、”平和な未来とするためのお告げ“が、司教をかえして信者に伝えられる――って訳だ。蕪江、アンタは“シヴァの神”の紋章が描かれたローブを纏った“冬茜美佑季“を、“黒の幻影教徒“の教会…というよりアジトからの使者だと思い込んだ。この映像でハッキリ伝わるだろう…アンタが、“黒の幻影教徒“の信者だってな!」

 丈斗は、再び中央に座っていた蕪江を指差し、決定的な証拠を突きつけたが…

「…フッフッフッフフンぬぅうひひひひひひひひひひひひっ!!」

「何が可笑しい?(その笑い方どうにかなんねぇか! 気色悪ぃ…)」

 蕪江の高笑いに、丈斗は動じていない。宰、冬茜、山内警部補は、その聞きなれた、聞くに堪えない笑い方に、内心虫唾が走っていた。

《待て蕪江ぇええええええええっ!!!》

「み、美佑季…!?」

 思わず真夜が叫んだ。それを合図に、蕪江はニヤリと口が裂けるほどの不適な笑みを浮かべた。そう、ローアングルからも映像が撮られていたため、フードを被っていた冬茜美佑季の顔が見てとれた。

《はぁはぁ――!? ぅわ!》

 この台所に蕪江がローブの冬茜に追い詰められたシーンだ。

《…よよよせ、よせよせ! 私はしにたく…》

《うぁああああああ、死ねぇええええっ!!》

「ひひひっひひ! 愚かな少年、その映像は隠しておくべきでしたねぇ…私を殺害しようとした冬茜さんまで映っていますよ?」

「殺害ぃ?…はて、なんの事やら?」

 蕪江の挑発的な指摘に、丈斗も挑発的に両手を軽く挙げた。

 蕪江は苛立つが…

「っふん!…往生際の悪いことです。この短刀は確かな凶器で」

「このおもちゃがか…?」

「――!?」

 丈斗は、空いた椅子にかけていたローブのポケットから、例の短刀を取り出すと、刃先に人差し指を

当て…なんと、刀身が奥にシュッと引っ込んだ。蕪江意外は「おお!」と驚愕した様子だ。

「これは「ジャックナイフ」。その要因に基づいてパッ見、本物と間違えやすいような造りだ―山内さん、これ預かってもらえますか?」

 丈斗は短刀を鞘に収め、山内警部補のもとへ渡しにいった。

「わかった。鑑識に廻しておこう」

 山内警部補は、白い手袋をはめた手でそれを受けとる。

「その玩具を、ですか…? 警部補」

 隣にいた刑事は呆けた顔をしていた。

「馬鹿者! 「ジャックナイフ」を鑑識で扱うのは今回が初めてではないだろう」

「そ、そうでしたっ! 失礼しました…自分が、預かります」

 山内警部補に怒鳴られた刑事は、慌ててパッと条件反射で敬礼し、彼から短刀を受け取ると、専用の袋に入れた。その様子を見ていた木戸巡査が、クスクスと笑っていると、刑事に睨まれた。(なんやねん…ヘボ上司)

 暫しの沈黙が流れ、話を聞く間俯いていた蕪江が、さすがに怒りを隠せない肩をブルブル震わせながら、ゆっくりと顔を上げた。そしてスカした表情の丈斗を睨む。

「悪魔っめぇ…! 冬茜とグルに芝居を打ったか!!」

 とうとう追い詰められた蕪江…その余裕がなくなった彼の表情に、丈斗は更に追い討ちをかける。

「察しがよろしいようで。冬茜さんとは事前に連絡をとっていた…彼女の幼馴染から電話番号を聞いていたからな。初めは断られたが、“蕪江にもう一泡ふかせてやれる”と、誘ったら、喜んで引き受けてくれたよ“一団の使者”という大役を…アンタの家に時折出入りしている不審な人物がいると、道中ジュン兄ぃ…付近をパトロールしている木戸巡査から聞いて、もしやと思って……事前に自宅前に到着していた冬茜さんには、山内警部補と連携してもらい、アンタの留守中、監視カメラを仕掛けた。同時に警察が入手していた“黒の幻影教徒”が使用していたとされるローブを見本に、本物そっくりなレプリカを用意してもらった…(警察と関わりのある家族に救われた訳だが…)そして、アンタは面白いくらいに俺たちの演技に踊らされてくれた。でも…どうやら“善脳たる神さま”とやらも、この事態を予想していなかったようだな。それとも見放されたのかな?…大した神、だな」

 丈斗は、怒りを隠せない蕪江の目前で、前のめりになりながら屈辱的な台詞を吐いた。

 しかし彼のその一撃は、蕪江にとって効果があり過ぎた…

「神を冒涜するかぁあああっ!!!」

 ついに怒りを爆発させた蕪江。なんと…両手首にかけられた手錠をガギッ!と鎖の部分だけ千切った! その瞬間、彼は突進して丈斗の首を両手で掴む…勢い余って丈斗の背中が

床にバタン!と打ちつけられ、蕪江は彼の首を強く締めながら、瞳孔を開ききっていた。

「…っぐはぁっ…っか!…(こ、こいつ正気か…!?)」

 丈斗は床に押し当てられ、息を止められそうになったが…

「年貢の納め時だ…蕪江先生ぇ…!!」

 咄嗟に山内警部補が丈斗から蕪江を引き離し、二っと歯を見せながら暴走する蕪江を殴り倒した!…倒れた蕪江は、警官隊によって抑えられ、再び手錠がかけられた。

「は、離せぇええ!!…っく…貴様ら、神の神罰を受けるぞぉおっ…ぬぐっ!…」

 蕪江はうつ伏せに抑えられながら、尚も抵抗を続けた。「っが…、けほっけほっ…!」丈斗は苦しそうに、締められていた首を触りながら咳き込んだ。

「ゆ、悠希君! 大丈夫…!?」

真夜が一目散に丈斗の元へ駆け寄り、宰、木原、冬茜もそれに続いた。

「おいおいタケっちゃん!」

「あんまり挑発するから…!」

 丈斗はすっかり腰を落としてしまっていたが…

「…っへへ…大丈夫。けど、引きこもりの分際の割に、馬鹿力あったなぁ…っははは!」

 丈斗の明るい態度に、真夜、宰、木原は安堵していた。

 真夜は「う〜ん」と唸りながら丈斗を少し睨んだ。

「な…なんだよ…! 睨むなよ!」

 その無言の訴えに、丈斗は動揺した。

「――こんなのがタイプなの、ミユ? 同じ顔でもこっちは不良っぽいじゃない!」

 真夜の挑発で、二人は立ち上がり、喧嘩ラッシュが…

「真夜…こんのアマぁ…!…俺が不良なら、お前はお節介のアバズレだ」

「ア、バ、ズ、レぇええ!? コラ、誰の情報のお陰で解決したと思ってんのっ?」

「その恩着せがましいとこがアバズレと呼ぶに相応しいんだよっ!」

「っは…はあぁっ? 結局一人じゃ何も出来なかったクセにぃいい!……この恩知らず!」

「お堅いキャラは時代遅れなんだよ、ババクサ委員長殿」

「バッ…ババ…臭いってぇええ!? この…こ、こ…のぉ…!」

「は? “この?”…“ここの?”…何が言いたいんだ? え?」

「…このっ…馬鹿! アホ! 頑固じじぃ! 不良! ハゲ!」

「は…はは…はっ…ハゲぇ!? 俺の何処がハゲだぁあああっ!?」

 丈斗は必死で自分の頭を指差し、髪が生えていることをアピールしていた。

「何故頭を呼び指す…?」

 呆れていた木原がボソっとツッコんだ。

「…おいおいぃ…アイツらすっかり夫婦みたいっぽいぞぉ?」

 宰は隣にいた冬茜と顔を合わせる。

 冬茜は呆れたように両手を軽く挙げ、微笑する。

「……そうね…バカバカし。一瞬でもその気になった自分が恥ずかしい。悠希先輩とは全っ然、性格違うし、真夜と気が合うみたいだし、最初から分かってたことよ…」

「そそ、そうかぁ! うんうん、やっぱし人間は見た目より中身っスよねぇ? あはははははははは……(…ミユのやつ…マジで本気だったんだ)」

 強がっていた冬茜だったが、宰の目には、丈斗と真夜の仲良しカップルを目の当たりにした瞬間、寂しそうな目をした気がしていた…

 彼らの様子を見た山内警部補は、

「っふふん、面白い子供たちだ――それより木戸! お前がかけた手錠…どういうことだ?」

「いやいや…弟くん…じゃない、悠希君に頼まれてたんですよ! あくまで演技だから一応手錠も玩具

にしとくれぇ、言われまして…へぇ」

 山内警部補の質問に、木戸巡査は右手を頭に当てて答えた。

「そうか…なるほど――それで? 何だそのヘラヘラした口のきき方はっ!?」

「あ…はっ! 申し訳ありません、以後気をつけます!!」

 山内警部補に態度の指導を受け、木戸巡査はビシっと“きをつけ”をし、条件反射で敬礼をしていたら、クスクスと、さきほどの刑事が仕返すように笑った。木戸巡査はチラっと刑事を見ると(このへタ

レ!…ほんま腹立つ)

「よぉっし! 引き上げだ。蕪江耕一を殺人未遂、及び“黒の幻影教徒”として行動、一人の少年を自殺に追い込み、脅迫していた過去で逮捕、連行する――最後に何か言い残すことがあれば聞いてやろう」

 警官隊の二人に脇をガッチリ締められていた蕪江は、ずっと大声を出すか、丈斗から精神的攻撃を受けるかで、さすがにくたびれていたが…

「…ふっふ…ひひひ、ひひ………好きにしろ、私には神が…」

 ボソっと言った蕪江に、冬茜が立ち上がる。

「…アイツ、まだ」

 蕪江へ突進しようとした冬茜を丈斗が止める。

「言わせとけ。あの人は…病気なんだ。一生あのままだろ…」

 シールドを持った警官隊を先頭に、蕪江はマスコミが待つ外へと連れられていった。

 そこで彼が見えた光景は…

「あ! 蕪江さん、お話聞かせてください」「蕪江さんが“黒の幻影教徒”というのは本当ですか!?」「今でも神の声が聞こえるんですか!?」「脅迫して自殺した少年の家族に一言ないんですか!?」「哀れみの心は!?」「何か答えてください!」「蕪江さん! 他の信者は今どこですか」「出所後はまた教職員ですか?」「次も誰かが生贄に? また学生」「蕪江さん――」「――蕪江さんですよね?」

「な…なんだ、これは……悪夢だ…悪夢だ悪夢だ悪夢だ悪夢だ悪夢だぁあああっ!! 神よ、どうかお救い下さい!………何故だ…何故だ?…聞こえない聞こえない聞こえな――」

 警官隊が道を開けるも、マスコミの勢いは止まらない。パッパッと目を焼くほど眩しいカメラのフラッシュ、迫り来るマイクの物々しい群れと質問の嵐…蕪江の目には、彼らマスコミの群集が悪夢、地獄

のように見えた。もはや彼の声はマスコミの大群によってかき消されていく。

 山内警部補、蕪江を捕らえている警官隊一人が、パトカーに乗り込み、ゆっくりとその群集から退散していった。マスコミは尚も走って追っていく。

 蕪江の最後を見送っていた丈斗は、

(ざまぁない、蕪江…これが俺流の復讐だ。せいぜい独房で新しい神でも探すんだな……“神さま”なんていない“地獄”で…な)

 蕪江宅に残った刑事は、後で派遣された鑑識員とともに、現場検証を開始していた。

 その後、警察署に到着した山内警部補から連絡が…

「ご苦労さまです、警部補」

 刑事は電話越しに敬礼した。

【ああ。ようやくヤツの顔に一発おみまいできたしな…長年抱えていたストレス解消になったわ、はっははははは!】

「それは何よりです…で、その後蕪江耕一の様子は?」

【身体検査も終わって、今は牢屋にいる…まだブツブツとお祈りしているようだ】

「そうですか…それで警部補――」

 刑事が山内警部補と話している間、丈斗の最後の見解が始まっていた。

 木戸巡査がミニパトを駐車していた団地に、真夜、宰、冬茜、祖母、木戸巡査、この五人は、それぞれ散らばったポジションにいた。そして…木原を土管に座らせ、丈斗は彼の前で腕を組み、

「――木原。お前をここへ呼んでほしいと宰に頼んだのは、俺だ」

 木原は目を閉じ、こう答える。

「だろうね。大体察しはつくよ」

「そうか…お前は、宰と冬茜さんが喧嘩していた理由を、俺に知られたくなかった。これは、例の“消える寄せ書き”という怪談のトリックを、俺が見抜いたことと関係あるのか?」

「……………」

 木原は目を閉じたまま沈黙を保っていたが、彼の第一声を機に、丈斗とのやりとりが始まる。

「フッ……君が変に思わなかった…とは考えなかった。でもあの時は……そこまで警戒されていたとは正直僕もアセったね」

「気に入らなかったんだな…怪談のネタバレが」

「その通り。警察に捕まってしまった蕪江先生と同じさ…僕は無類の怪談好きでね。クラスのみんなは、僕の拙い怪談ネタなんて…見向きもしないんだけど、同じ班になったみんなは、普通に怖がってくれてさ。班のみんなで“キモだめし”したこともあったんだぜ?」

 木原は寂しそうな表情を浮かべていたが、楽しそうに話していた。

「……そして悠希君、君も僕らの班に加わった。僕はさっそく君に怪談話をした。友達になってほしか

ったから……」

 それから、木原はその場から立ち上がると、表情が一変する…

「ふふっ…でも君ときたら、怪談を信じないわ、馬鹿にするわで…っしかも、よりによって僕の怪談を、トリックとして披露した。不愉快だよ、悠希君」

 木原の顔が少しずつ不機嫌になっていく。しかし対する丈斗も…

「っへへ! そいつは悪ぅうござんした。あの学校に初めて入ったときからムシャクシャしてたんでなぁ…腹いせにと思ってさ」

「…そうかよ…!…ふーん。とうとう本性を現したね、悠希君。蕪江先生の言った通りだ! 君は本当に“悪魔”なんじゃないかい? ずっと、今日みたいに誰かを陥れてきたんだろ…身内だけに救いの手を差し伸べて、僕をイジメる気なのかい?…まったく、最低最悪な名探偵だよ!」

「………それはどーも」

 激怒する木原に、ひとまず目を閉じていた丈斗であったが、離れてそのやりとりを見ていた真夜は、木原に三歩手前程度に近づき声を荒げる。

「木原君それ言い過ぎ!! 悠希君はね、ただお兄さんが亡くなった訳だけを調べてたんじゃないでしょ!?…美佑季のことにも気を配って…!」

 真夜の必死の説得に、木原は嫌らしい笑みを浮かべる。

「そ、れ、はどうかなぁ? 兄弟揃って同じ人を好きになったとも考えられるし」

「だからさぁ…………(――そういえば……ど、どうなんだろ? その辺…)」

 真夜は木原の嫌がらせを真面目に受け止め、困惑する面持ちで丈斗に顔を振る。

「な!…ば、馬鹿っ!! なに真に受けてんだ!?」

「……でも、アンタ…あの子と抱き合ってたし…」

 真夜は丈斗から目を逸らし、動揺して被害妄想を…

「ま、た、か、よ! 一人で盛り上がるな、俺は――!!」

「お兄さんの彼女だから」

 その複雑な討論を遮ったのは、後ろにいた冬茜であった。全員の注目を集めた彼女は、ゆっくり木原に歩みを進める。

「確かに動揺した…悠希先輩の顔と似すぎていた彼と、初めて会った時は……でも悠希君は個人的な感情で私を庇ってくれた訳じゃないの。あくまで私が、この一件の当事者だから……だから私も必死で彼に協力した…それだけの話よ――木原君、あなたが怪談話を人並み以上に好きなのは知ってる……悠希君が、ここへあなたも誘った理由がそこなんじゃない?」

 そう語りながら、冬茜は木原の前にいた真夜に「落ち着きなよ」とさり気なく肩をポンと叩いた。

 冬茜の話に木原は疑問を抱き、丈斗のほうへチラっと一瞬目を動かして、

「…どういう意味だい?」

 と冬茜に尋ねたとき、丈斗は木原に背を向けると、目を閉じながら彼に問いかける。

「木原…お前さ……何でそこまでして怪談に拘ってるんだ?」

「………答える義理はないね」

 無表情な木原の返事に、丈斗はニヤりと笑みを浮かべる。

「…“答える義理はない”ということは、理由がある訳だ」

 振り返った丈斗の見透かした表情に、木原は溜息をつく。

「…はぁ……嫌なやつだよ、君は。常に隙をうかがってるんだね?」

「ああ。これが俺の性分だからな。でも俺もお前と友達になりたい。だから気になることもある…!」

 丈斗は木原の目を真っ直ぐと見つめ、視線を全く変える気配がない。しばらく目を合わせていた木原であったが、やがて丈斗の真剣な態度と強い視線に負けた。

「…………わかった……」

 木原は丈斗に背を向けると、少し長い話を始める…

 

 二年前、木原(きはら)(みのる)には六つ年上の実姉がいた。彼女は幼少期の頃から体が弱く、十六歳…高校二年の春まで市立の病院で入院生活を送っていたのだ。高校入試の当日は、個室で試験に挑み、そのための受験勉強は病室で懸命にしていたという。その手前、弟である稔は体が小さかったものの、元気で明るい子供に育っていった。対する姉は、来る日も来る日も白い天井と窓から外の景色を眺めるだけの入院生活。周りから見れば哀れな少女……しかし稔が見ていた彼女は、いつも優しく楽しそうな印象であったのだ。その大きな一つの理由は、この神山市に受け継がれている“怪談話”の本を、彼女が愛読していたからだという。稔が見舞いに来る度、姉はベッドに横たわりながら、彼に怪談の読み聞かせをしていた。稔は、自分を脅かすつもりで楽しそうに話す姉が、好きだった…子供だましのような怪談ばかりであったが、そんな下らないものに真剣になっていた姉が、好きだった…。彼女がいつも手にしていた本は、父がたまに図書館から借りてきてくれていたものだと、姉から聞いた稔は、父親と話をつけ、自分がその役を代行すると決めた。彼は、姉が未読の本を探しながら、毎週病室へと通うようになった。選りすぐりの恐ろしい話を、姉に読み聞かせると、彼女は『やめてやめて!』と震え上がり、稔に泣きついていた。しかし“怖いもの見たさ”とは誰しもが持つ欲求…耳を塞いでいるフリをしながら、姉は弟の怪談話に夢中になっていたらしい。姉弟だけの楽しい時間。しかしその幸せな風景は、長くは続かなかった――

 いつものように病室で姉に読み聞かせをした後、家に帰ろうとしていた稔には、看護婦の間での噂話が耳に入った。『例のニュース見た?』『アレでしょ。“黒のなんとか教徒”っての』『怖いわよねぇ。妙な理屈で人を脅すとか殺すとか』『宗教通り越して犯罪者でしかないじゃない』『ここだけの話よ?…実はね、あの織田先生が――』気がつくと、稔は看護婦たちの話をずっと立ち聞きして、思いがけない噂をも耳にした。専門外科医、織田一成が……その当時から問題になっていた “黒の幻影教徒”の一人ではないかという内容だった。彼は稔の姉の主治医であったことから、気になっていたものの、稔はそのことを両親や姉に話さなかった――数週間後、学校帰りに姉の病室を訪れた稔の目には、胸に果物ナイフが刺された姉の姿があった。ベッドに染みる血痕は乾いており、開ききったカーテンの隙間からは光が照らされ、穏やかな表情を浮かべた冷たい体がベッドで横たわっていた。

 立ち尽くした稔は、彼女に呼びかける…一度…二度…三度四度……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……彼はランドセルから借りてきた本を取り出し、カスれ震えた声で最初のページを読む…『こ…れは――んとにあっ……た、こわ〜いお話、です。眠れない、夜…男の子はベッドか、ら――け、だし…ひとりトイレへと―』


「――僕は読み続けた…いつものようにね。二ページ目ぐらいかな、採血に来た看護婦さんが、ガシャンと何かの機材を落として、廊下へ走っていった……何人かの先生がゾロゾロとやってきても、僕は読み続けた…看護婦さんから止められても、駆けつけた両親から止められても、姉さんが病室の外へ運ば

れて、一人病室に取り残されても……僕は最後のページまで…読み続けていたんだ……」

 木原は皆に背を向けたまま、話を終えると一言も喋らなくなった…

 一同唖然としていた沈黙の中、木戸巡査が重い口を開いた。

「…織田は病的な程慎重な男で、調書でも家宅捜査でも有力な情報が得られんで、弁護側が優勢や。今でも裁判が続けられとるらしいな…木原あずさちゃんの胸に刺さっていたナイフの指紋からも彼女のものしか…」

「姉さんは自殺したんじゃないっ!!……姉さんは…そんなに弱い心じゃない」

 木原は振り返って怒鳴った。「――弱い心じゃない」それはまるで実姉がまだ生きているかのように感じ取れる呟きだった。

 木原の過去…それを聞いた真夜、宰、冬茜、校長の四人は、その事実を知らなかったようで、未だに開いた口が塞がっていない。

 木原は丈斗に少しずつ近づきながら、

「……もし、もしも悠希君が二年前に転校してきていたら……姉さんは助かったんじゃないかな…?」

「木原………っと!」

 丈斗の前で立ち止まった瞬間、木原はクイっと両手で彼の胸倉をつかんだ。

「そうだ…! そうなんだ!! 今回みたいに、僕よりも正確に事実を突き止めたんだ。君がもっと早く神山へ来ていれば姉さんは二十歳になって成人式にも行けたんじゃないのか? なあ! そうなんだろ!? なあっ!?」

 木原は表情と声を荒げて、丈斗の体を強く揺する。

 そこで緊張が解けたのか、

「木原君! もうやめて!」

「…止めなきゃ…!」

「ミ、ミノぉ! どうしたんだよぉ!?」

 真夜、冬茜、宰の三人はあわてて仲裁に入る。

 丈斗は徐々に壊れていく木原の顔を間近で見ながら、無表情でいた。

(そうか…こいつ今回のことを突き止めようとして……宰と冬茜さんの内輪もめに関わらなかった理由がそれか…いや、二人がもめていた理由を知っていたからこそ、俺が関われないようにしたかったんだろう。他の人間に邪魔されないように…)

 三人の力を合わせて、木原は抑えられた。その途端彼の力は抜け、地面に跪いた。

「復讐か? 姉貴を奪った連中への」

 丈斗は木原を見下ろし、そう尋ねた。

「……わからない…でも、君に負けたのが悔しい…それだけはハッキリしてるよ」

 木原は俯いたまま、ボソっと答えた。

「そうか……じゃっ、とりあえず、俺もその“オカルト研究部”とやらに入部すっかな!」

「は?」

 丈斗はグーっと背伸びをしながらそう言ったのが、木原にはよく理解できなかった。

「聞きたくなったんだよ。お前の怪談話や、お前の姉さんの怪談話がさ――お前らも一緒に入部するだろ?」

 丈斗は真夜、宰、冬茜に笑って促した。

「もちろん! でも陸上も続けるからね、私」

 と真夜は明るく答えた。

「この四人の志望校同じだし、私も問題ないかな」

 と冬茜は冷静に答えた。

「お、俺も初っぱなからそのつもりだったって! 高校いったら俺だって――」

 と宰は二人に出遅れないよう答えた。

「……悠希君…みんな…何考えて…?」

 木原はどんどん盛り上がっていく空気についていけず、ひとり困惑していた。

 すると丈斗は、

「だぁー! もう! めんどくせぇなぁ!! 要するに、俺はお前と本当の友達になりたい…それだけはハッキリしてるんだよ。恥ずいからこんなコトいちいち言わすな!」

 他の三人も丈斗に続いて頷いた。

「……はは………ぶっ…〜っはははははははははははっ!! なんだソレぇ! ははははははっははははは…」

 木原は自然とこみ上げてくる笑いを抑えられず、腹を抱えて大爆笑していた。他の三人もそれにつられるようにふきだした。丈斗は一人「んだよ!」とスネていたが、この瞬間、五人の絆は間違いなく深まった。

 すると後ろでその様子を見ていた木戸巡査は、

「弟君はアホか。もう東京に帰らなアカンのとちゃうんかい」

「まぁまぁ。今はソッとしときましょ」

 校長は彼の肩をポンポンと叩きながら微笑んだ。

「…へいへい。へへっ! 青春してはりますなぁ! みんな」

 木戸巡査は羨ましそうな顔をして、しかし冬茜美佑季の事情聴取も怠るわけにもいかないので、パトカーで待機することにした。


 その後、木原の怪談話から始まり、冬茜と眞斗との馴れ初め話、それに動揺する宰、真夜と丈斗の仲を持ち上げようとする冬茜に、顔を真っ赤にして怒る真夜、とにかく五人はハッピーでハイな気分であり、話題と笑いは朝まで続くのであった……







その後の話をしておく。冬茜(とうせん)美佑季(みゆき)はジュン兄のパトカーで警察へ送られた。冬茜の無実は立証され、アイツは親元へと帰ることができた。それをきっかけに東京へと戻った俺には、親父と母さんからウザくて長ったらしい説教が待っていた。学校側からは反省文を書かされ、二週間の停学処分を食らった。ま…退学免れただけマシか。ただ家出したとしか思われてないだろうし――それから約一年後…無実を貫き通していた蕪江(かぶらえ)耕一(こういち)がようやく折れ、無期懲役という罪を背負うことになったことを知らされた。蕪江が偽のシヴァ信者、“(くろ)幻影(げんえい)教徒(きょうと)”の情報を自白したことにより、木原の姉、木原あずさ殺害の容疑者 織田一成は、三ヶ月前に一旦釈放となったものの、全国の“黒の幻影教徒”共々、蕪江と同じ処分が決定された。


 そして現在、この俺 悠希丈斗(ゆうきたけと)は、なんとか親と交渉し、神山市立矢城高等学校普通学科へ入学。そして…(さざなみ) 真夜(まよ)木原(きはら) (みのる)冬茜(とうせん)美佑季(みゆき)瀬川(せがわ) (つかさ)…このメンバーでオカルト研究…じゃないわ! 訂正→オカルト調査部という部活を立ち上げた。主な活動内容は、学園祭に向けて怪奇現象の調査を記録すること(たまに夜の学校に忍び込むことも…)って感じだ。しかし、俺が大事件の解決を成し遂げたという噂話が影で囁かれるようにもなり、俺の元にはひそかに探偵の依頼が殺到している。今もまた新たな依頼が届いたばかりで…

「――彼女に浮気相手がいないか確認してほしいだぁ? 下らねぇ依頼ばっか……(後で“自分で探せ”って返信しとくか)」









                          『幻影の咎人』  完


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