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幻影の咎人  作者: BLACKぱーま
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最愛の友と怪談

 分かっている事実はまだ表面上。「三年二組」「謎の寄せ書き」「瀬川(せがわ) (つかさ)」「(とう)(せん)美佑季(みゆき)」「海で死亡した謎」…加えて「木原(きはら) (みのる)」。宰と冬茜の喧嘩を無視しようとしていたことも、実は心の隅で気になっていた。これらが“悠希眞斗(ゆうきまこと)”に関係している意図を探るべく、仮の転校生である“悠希丈斗(ゆうきたけと)”は、今日も朝から矢城中学校へと足を運ぶのだった。

「この件だけは…俺一人で…!(兄貴、お前は何を思って死んだんだ?)」

 丈斗は学校の下駄箱まで着くと、靴を履き替え、東棟の二年四組の教室へと向かった。

 


「――ぐんもにー えぶいりばでい! さっそく出席とるぞ!」

八時二十分の予鈴とともにジャージ姿で原西大作が教室へ入ってくると、出席をとり始めた。その間、

 机に顔を埋めて眠っていた生徒には「目覚まし チョーッぷ!」と叫びながら彼は出席簿の角で頭を叩き、制裁を下すのであった。

「―瀬川は無断欠席、冬茜は風邪、っと…」

 そこで朝の出席確認が終わり、原西大作は今後のスケジュールについて話始めた。

(宰と冬茜さんは休みか…予感はあったけど、この状況は返って好都合だな。今日一日で情報を一気に集めるか…まずは木原が入部してる“オカルト研究部”をあたるかな。あの寄せ書きの元凶を知っている可能性がある)

 丈斗が頭の中を整理している間に朝のホームルームが終了したようだ。みんなゾロゾロと教室を出て行こうとしている。

 丈斗も自分の持ち場へ行こうとしていると、後ろから暑苦しい声が、

「転校生! ちょっと待て ううぇいと」

「…なんスか? 先生(汗臭い…)」

 原西大作の腕に首を絡め取られた丈斗は、迷惑そうな顔をする。

 すると原西大作は低いテンションで声を潜める。

「いまから職員室行くぞ、悪ガキ…」

「え…?(まさか!?)」

 丈斗は彼の不機嫌そうな口ぶりで、何となく最悪の事情を悟った。



 西棟二階の階段で、たった二人の生徒がセッセと掃除をこなしていた。

 ほうきを働かせながらも憂鬱な表情を浮かべていた真夜に、木原が機転を効かそうと、

「悠希君なら大丈夫だよ。あの“ニッシー”のことだから、水泳部の勧誘でも企んでるんじゃないかな?」

 そう、原西大作先生のもう一つの顔は、男子水泳部の顧問である。彼の第一印象である日焼け、体格、薄茶色がかった髪の毛にはそういう秘密があったわけだ。

 しかし真夜の胸のうちでは妙な胸騒ぎがしており、

「うん…そう、よね(悠希君が転校してから美佑季の様子が変だった…今日は休んじゃってるし、瀬川もそろって…)」

 実は、昨日の昼休みに丈斗が男同士で過ごしていた頃、真夜は冬茜に屋上へ誘われていた。(鍵は真夜が部活の先輩から密かにもらっていたレアアイテムである)いつも受身だった冬茜にしては妙な行動だと、真夜は思っていたのだが―


『っくぅうううう! 気持ちいいよね? このプライベート空間。先輩に感謝しなきゃ』

 弁当を片手に持ちながら、真夜はググっと陸上部仕込みの背伸びをした。

 すると後ろで、風に流されないよう髪を押さえていた冬茜が、

『…ゴメンね真夜。つき合わせてさ』

『いいって、いいって! ―大丈夫? “例の彼氏“にフラれたって件、ずっと引きずってたみたいだけど…もう落ち着いた?(やば…地雷踏んだかな…)』

 真夜はアッサリとした性格なので、つい気になることが口に出てしまうようだ。

『うん、まぁまぁ――それより、転校生の彼とはどう? ああいう少し不良っぽいのって、真夜のタイ

プなんじゃない?』

 真夜の質問を軽く横に流した冬茜は、両手を後ろで繋げながら、ゆっくりと端の方へ歩いていくと、怪しげに訊き返してきた。

『は!? いやいやいやいやいや! な、ないって!(あ、あっれぇ…? この子そんな話題を積極的に振ってくるタイプだっけ?)…そ、そういうアンタはどうよ? 悠希君のこと…』

『……どうなのかな…フフッ、どうなんだろうね?………もう頭ん中いっぱいいっぱいでさ…でも…やっぱり……』

 冬茜は肩肘をついた手に顎を乗せ、物思いに耽っていた。彼女の後姿を眺めていた真夜の目には、キラっと光った何かがそよ風に舞ったように見えた。

『えと、ミユ?…それって何の話…』

『………なんでもない! ただの独り言――さ、食べよっか? 休みが終わっちゃう…』


 ―そうやって笑って見せた冬茜美佑季だったが、その瞳の奥には、危ない“何か”が見えた気がしてならない真夜であった――

「あ! 漣さん。悠希君が…」

「…え、何? 木原君」

 呆然としていた真夜は、木原の声を聞き取れなかった。

 廊下の向こうへ目をやると、丈斗が全速力でダッシュしてきて、

「あぁっ!? ちょっと悠希君、私の目の前で廊下を走るなんてどういう…」

「はっ話は後後! ちょっ…来い!!」

 汗だくの丈斗は慌ただしく減速なしに、真夜の手を強引に引いていった。

 その瞬間、前髪が少し乱れるほどの風が吹き、「な、なんだ?」と残された木原は呆然としていると、第二弾が…

「オラァアアアアア!! 待たんかい、ミスター転校生がぁあっ!」

 顔を真っ赤にしたキレ気味の原西大作が、暴走する機関車の如くマックスパワーで、丈斗たちが走っていった後を直進していったのであった。

「…………なんというか…学園ドラマっぽい…?」

 木原は微笑ましい光景でも見たような目で、とりあえず掃除を続けた。


 廊下掃除をしていた複数人の生徒は、暴走する丈斗たちと原西大作に気づくと、咄嗟に脇に寄っていった。

「ちょ、ちょ、悠希君っ! 何なの? なんで…!」

「と、とにかく一緒に逃げてくれっ! あのオッサンを巻いてから」

 同様する真夜を丈斗が説得していると…

「ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘェエエイッ!! いい加減に往生せんとケツにふぁックすんどぉおおおおおおおおおっ!?」

「ッげぇええっ! スピードアップ!? 死ぬっ…もう死ぬっ!!」

 丈斗は「ぜぇ、はぁ」と息を切らし、もう虫の息だった。

 訳も分からずその“超絶鬼ゴッコ”に付き合わされた真夜は、咄嗟にスカートのポケットから“あるもの”を取り出すと、回れ右して丈斗を引っ張る。

「か、階段にっ…!!」

 階段前で急に進路変更した二人に、原西大作は無理矢理体を捻じ曲げようとするも、

「ぐわっ・・・っはぁああっ!?」

 と、履いていたスリッパが滑り、尻を思いっきり床に叩きつけた。強打した部分を擦りながら辺りを見回した原西大作であったが、惜しくも丈斗を見失った。


 二人は三階から、屋上へ通じる階段を駆け登っていき、真夜が大急ぎで鍵をガチャガチャガチャとこじ開け、屋外へ出ると、中から鍵を回した。

「はぁっはぁったっ…ん。助かったぁ、はぁ…真夜…さすがはぁっ…」

「とっ…はぁはぁはぁっとにかくっ…今はぁっ…一息ついてから…」

 丈斗と真夜は、乱れきった呼吸を抑えるため、ひとまず座らずに、辺りをユラユラと歩きまわることに専念した。

 十分ほど休憩し、二人はようやく落ち着きを取り戻せた。

すると最初に丈斗が陽気な口調で、

「い…いやぁ! さすがは我が四組の委員長殿。まさかの屋上…だとは…」

 真夜は静かに背を向けたままなので、丈斗はゾッと悪寒を感じ取り、次第に彼らの間に沈黙が続くと、真夜がいきなり丈斗の胸グラを両手でグイっと掴んだ。

「アンタ、私を殺す気なの!? 原西先生は陸上も強い口なの! 私の自己ベスト以上だし。ていうか何? 三秒以内に用件言いなっ!!」

 真夜が前代未聞なほどの剣幕で怒鳴るので、丈斗は腰を抜かしながら宥めようとする。

「わ…わかった!……悪かった、悪かったから…」

「…あと一秒でブチのめす」

「わぁああああっ!! 素性がワレちまったんだよぉおっ!」

 丈斗のその返事に、真夜は握り閉めていた拳を緩め、思わずキョトンとする。

「……………はぁ?」

「…じ、実はだな(ああ…今の俺スッゴく情けない姿…)」

 丈斗は体を縮ませ、硬いコンクリートに正座しながら、真夜に事の発端から説明を始めた。兄、“悠希眞斗”の謎の死…それを解明するために家出…矢城中学校長である祖母の助力で、偽の転校生として神山市にきた事…そして終いには、祖母にしか話していない、丈斗がこれまでの事実を整理して編み出した推論まで吐いてしまった。

「―という訳でして…」

 最初は丈斗の話の筋を理解できなかった真夜であったが、そこまで聞いて徐々に頭の中で整理がついたようだ。

「あの………え〜っと…アハハ…悠希君って意外と“お馬鹿さん”?」

(だっはぁあああああああ! クール系キャラが、俺の第一印象が……夢であるなら覚めてくれ)

 “お馬鹿さん”と呼ばれ、丈斗は再起不能なほどのショックを受けたのか、コンクリートの地面にガコっと額を落とし、突っ伏してしまった。

「でも…どうするの。生徒じゃないってバレちゃたんでしょ? ここにはいられない訳だし……東京の親御さんにも連絡がいくんじゃあ…」

 真夜のその台詞を待っていた、と言わんばかりに丈斗は反応する。

「だからお前を連れてきたんじゃん!」

 丈斗の二ヒっとハニカンダ表情を見て、真夜は咄嗟に理解する。

「……まさか、匿って欲しいとか言うんじゃあ…」

「その、まさかな訳よぅボォッハアッ!!」

 真夜は咄嗟に強烈なビンタを丈斗にカマすと、途端にトマトのように顔を真っ赤にした。

「な、な、なぁっああ!? え、ま、マジでか? ゆ悠希君を私の部屋に上げて? 夜を共にして?・・・そ、そんなの無理ぃいいいいいいいい!!!」

 真夜の飛躍しすぎの意見に、すぐには飲み込めなかった丈斗も次第に、

「おいおいぃいいっ!! お姉さん落ち着けっ! 俺はそこまで求

めた覚えはないぞ!? どういう経緯でそんな話に発展を」

「…バカだねぇ。それがマトモな女の反応なの。男には一生分からないと思うけど…」

 その声がした方向へと振り返ると、丈斗の祖母謙、水瀬校長が一人でポツンと出入口の前に立っていた。

「ばぁちゃん!?」

「校長先生!?」

「心配しなくても大丈夫ですよ? 原西先生には、悠希丈斗の事情はひとまず内密に、と言っておいたから」

 祖母は先生口調で、丈斗にそう告げた。

 丈斗はホっと落ち着いて、祖母に確認をとる。

「親父から直接あのオッサンに電話があったらしいな…この状況を読んでなかった訳じゃないんだろ、ばぁちゃん?」

「当然さ(思ったより早くバレたけどね)。勿論、対策はいくらでも考えられただろうけど、さすがにルール違反というもの…お父さんはアンタを心配して連絡下さったんだから」

「仕方ない…けど後一歩でカタがつきそうな所なんだ。今は東京へ戻りたくない」

 祖母は二人の元へと近寄り、立ったまま腕を組むと、

「その辺は私が説得しておいた。納得のいく所まで行き着いたら、ちゃんと自分でケジメをつけなさい――ここにあなたが一緒にいるということは、孫から事情を聞いたのかしら、漣さん?」

 祖母の質問に、真夜は申し訳なさそうに答える。

「ええ…すみません」

「何故あなたが謝るの?」

「私にも事情を話して頂けたら、初めから協力をしたのに…」

 チラっと真夜に見られた丈斗は、目を背けて頬をポリポリと人差し指でかく。

「そうね、実は前もって薦めていたのよ? 同じクラスの委員長である漣さんに、バックアップしてもらおうって…でもこの“お馬鹿さん”が“一人で大丈夫だ”って言ってね。でも結局この体たらくですものね、“大馬鹿さん”?」

「ふんっ(…今日はよく“馬鹿”と呼ばれる)」

 丈斗は口をへの字に曲げ、ふて腐れた。

「…水臭いじゃない…悠希君、アタシって頼りないかな…?」

 真夜は笑顔を取り繕いながらも、膝をつくと、寂しそうな顔で丈斗の肩に触れた。

 丈斗は彼女に顔向け難いようで、また目を逸らすと、

「別に……ただ…俺、人に頼るの…嫌いだから…」

 祖母はフっと息をつき、丈斗に説教しようとすると…

「人に頼るのって、悪いことなのかな?」

 真夜が俯きながら、丈斗に尋ねた。

「……え?」

「悠希君、もしかしてさ…人に頼りきりになってる、って周りの…世間体を気にしてるんじゃないかな? って……なんとなくで悪いけど、男の子ってみんなそんな感じに見えるのよね、私」

 真夜の言葉に、自分自身が驚いている丈斗。その様子を見た祖母は、(図星だね…さすがに漣さんは鋭いわ)と胸の内で指摘するのだった。

「アタシも、人に助けてもらってばっかりなのは嫌だけどね……でも、互いに頼り合うのは?」

「頼り…合う?」

 丈斗が眉をひそめて真夜に目を向けると、

「そう。あなたの推測は…多分、当たってるんだと思う。私は悠希君の…捜査? 調べもの?…とにかく私に出来る範囲で手伝いたい―でも…美佑季のことも心配なの。ついでに瀬川もね」

「何が言いたいんだ?(ついでにって……宰、お前は二の次らしい…)」

 丈斗の問いに、真夜はニコっといつものように微笑む。

「私は悠希君に協力する、そのかわり、私の友達も…よく分かんないけど、助けてほしい」

 しばしの沈黙。風が流れる中、丈斗はフッと笑って立ち上がった。

「……へっ、なんだ、水臭いのはお前もだろうが!」

「え…何が…?」

 そう吐き捨てながら立ち上がった丈斗を、真夜が不思議そうに見上げると、

「なにが“私の友達”だ……”俺達の友達“だろ?」

 丈斗は憎らしい笑顔で、真夜に手を差し伸べた。

 真夜はフっと苦笑いし、答えるようにパンっと力強く彼の手を取った。

「カッコつけんじゃ…ない!」

「イテテテテテ! お前っ…握力…強すぎ!」

 その惚れ惚れするほどの友情を見せられた祖母は、パチ!パチ!パチ!パチ!…とゆっくりの拍手で二人を称える。

「よし。よく言ったね、丈斗! それでいいんだよ?」

「ばぁちゃん…」

 丈斗が干渉に浸っているのをヨソに、祖母は危ない表情の口元に手の甲を寄せると、

「フフーン!…それにしても、必死に逃げながら、真っ先に漣さんの手を引いていくなんて……よっぽ

ど深く通じ合った関係なのねぇ? 丈斗の思考を読み取った部分も含めて…ねぇ、漣さぁん?」

「えええええっ!? や、やめて下さい、先生! そんなんじゃ…」

 校長の冷やかしに、真夜はまた顔をポォっと真っ赤にして、握っていた丈斗の手を咄嗟にパッっと離し、ソッポを向いて誤魔化した。

「んだよ、ばぁちゃん! 見てたんなら助けてくれりゃあよかったのにっ! お陰でこっちはマジ喘息になりかけたぞ!?―真夜、お前も何か言ってやれっ!」

 祖母の冗談を悟り、軽く流した丈斗は話を逸らせようとするが…

「…あ、あの…アンタ、そ、そういうつもりで…アタシを連れてきたの?」

 チラチラとこちらを気にして、モジモジと両手を絡めながら乙女心全開の真夜に、丈斗も伝染するように動揺し、小声で彼女に耳打ちする。

「バ、バカッ!! 真に受けんな! あのばぁ様はな? いつもああやって冗談を」

「今のは割りと真面目な話だったんだけどねぇ?」

 祖母のハッキリしたその台詞に、丈斗も少し顔を赤らめ、真夜の顔を見られなくなった。

(……ババァ、いつか仕返してやる…!)


しばらくして、花色青春ムードはようやく終了。屋上の中心で三角の円になった三人は、この先の問題を話し合っていた。

「さて、オベンチャラはこの辺にして、本題に入ろうかね」

 そう切り出した祖母に、丈斗はムスっとして、

「(テメェがそれ言うか…?)ああ、そうだ、な! とりあえず、ばぁちゃんが親父を説得してくれたんなら、真夜んとこで厄介になる案はボツだな…」

 真夜は少し残念そうに肩をすくめる。

「ま、まあ…そう、ね―校長先生、学校のほうは?」

「もちろん丈斗は通えないわ。たとえ授業料を現保護者の私が立て替えても、生徒でもない人間に授業を受けさせるのは犯罪。でもまだ一日たらずってことで、事情を知った原西先生も、今回の件は大目に見てくださったわ」

(ばぁちゃん、あのムキムキオヤジを黙らせたのか……あの苦労はいったい…)

 丈斗はとりあえず、今の状況を見直す。

「学校へは通えなくても、付近を出歩く程度は大丈夫な訳だ。でも俺は、学校の人間と気軽に接触しないほうがいいな。色々面倒になるだろうし…そこで、真夜には俺の代わりに聞き込みを頼みたいんだ。

以前の三年二組に関わった人間、担任はもちろんな…それに冬茜美佑季、瀬川宰、この二人をよく知ってるやつ、あとこの二人と近隣の住所にいる人間だ。最近どんな様子だったか、変わった行動はしてなかったかを出来るだけ詳しく…最後に、例の“消える寄せ書き”の出所、“オカルト研究部”の部員とその関係者にも……ついでに今確認しておくが、木原(きはら)(みのる)には、全てにおいて悟られないよう行動してほしい」

 丈斗の最終部分の指示に、真夜と祖母は深く頷く。

「私がいない間にあった話だったね。木原君が…その、怪しかったって」

「ああ…怒鳴っていた冬茜、怒鳴られていた宰を仲裁しようとした俺を、何も理由を話さず強引に引き止めたあの態度…喧嘩の原因を知っていたのは予想できる」

 丈斗の警戒要請に、真夜も納得する。

「瀬川が荒れた時は…ううん木原君が見過ごした喧嘩なんて見たことない!……あくまで中学校生活だけの話なんだけどね」

(真夜の人を見る目は確かだ…この口ぶりだと、逆に木原は、級友同士の喧嘩を積極的に仲裁したがるタイプ……アイツから事情を聞ければ、一番手っ取り早いんだが…)

「木原君には私が直接お話しを聞きましょうかね」

 祖母のご最もな発案に、丈斗は少し考え直してみるも、

「確かにそれなら一気に話は解決……いや、駄目だ。人との交流経験が多いばぁちゃん…女の校長先生は、悩める生徒から話を引き出せる確率は高いんだろう。でも仮にアイツから冬茜と宰の件を話してくれたとしても、先回りして今後の俺達の行動を阻まれたらヤバい。俺はとりあえずの考える時間が貰えた。消極的ではあるけど、木原への聞き込みは避けよう…でも真夜、くれぐれも変に意識しないように頼む」

 真夜はアッケラカンとして答える。

「それは大丈夫! 木原君に男っ気感じたことないから」

「漣さん、分かる! 分かるけどそういう意味じゃあ…」

 祖母の、その真面目か煩悩か理解できない心配を、丈斗は笑って遮る。

「大丈夫だよばぁちゃん。落ち着いて普段通りにできるって意味だろ? その意気で頼むな!(平気で“男っ気感じない”とか言える部分は関心しないが…)」


「オーケイ!」

 真夜の自信に安堵した丈斗は、話題を次に進める。

「次。ばぁちゃんにだけ頼みたいんだが…校長権限で、前の三年二組担当だった教師に、“悠希眞斗”

が死ぬ前の本人の様子、それと教室全体がどんな様子だったかを聞いてみてくれ。自分の孫の事だし、特に不審に思われないんじゃないか?……」

 その質問に、何故か祖母の表情が曇ったのを、丈斗と真夜は感じ取った。

「…先生? どうかなさいました?」

 真夜が質問した後、しばらくして祖母は…

「…っ二組の…先生……ん〜ん、何か引っかかる事が…」

 どうやら祖母は、その教師の根幹にある事情を思い出そうとしている様子。

(ばぁちゃん。思い出せ! それは何か肝心な事情なんだろ?)


 祖母は十分ほど頭を悩ませ、丈斗は少し諦めムードになった。

「…マズい」

「悠希君、このご様子だと…」

「ああ…」

真夜も勘づいたようだ。“ばぁちゃん”に限らず、この年代の年寄りが長い時間考えに考えつく行き先は大抵…

「ああっゴメン! 忘れたわぁ…」

 である。惜しくも記憶を引き出せなかった祖母に、丈斗は、

「あ、いいって! これからゆっくり…」

「ああぁあっ!! 思い出した!!」

 何故か立ち上がって叫んだのは、真夜であった。

 丈斗と祖母は寄り添って耳を塞いだ。

「…うっるっせぇなぁ! 何でお前が思い出したように叫ぶの!?(とんだ不意打ちだ…)」

「先生! その三年二組の担任の先生ってちょっと変わった苗字でしたよね!?」

「ええ! そう! “蕪江(かぶらえ)先生”よ」

 それから真夜の質問ラッシュが…

「ヒョロット細身でノッポ?」

「そう!」

「眼鏡をかけてた?」

「そう」

「生徒や同僚の先生から嫌われてた?」

「……そう」

「三十代独身?」

「そう……あ、いえ、それは…どうだったかしら?…」

 いい加減に苛立ちを隠せなかった丈斗が

「……いいから全部まとめろや…!!」

「その先生…今は引きこもりですよね?」

 真夜の最後の一言に、丈斗は一瞬唖然とした。

 それがきっかけになったのか、祖母はパンっと手打ちをして、

「思い出した!…そうだ…うん。確か卒業生から、最後に受け取った“寄せ書き”の色紙。蕪江先生、それに怯えて…」

「…また、寄せ書きか…しかも担任宛のシキ紙」

 丈斗は、持っていた生徒手帳を取り出し、余白ページに真夜が知っていた教師の特徴、現在どうしているかをメモし始めた。実は今まで集めた情報も手帳に書き記していたのだ。

 真夜は祖母の話に疑問をもつ。

「でも、生徒から受け取ったシキ紙に怯えるって…どういうこと?」

「―文集の寄せ書きを解くヒントになるかもしれない。ばぁちゃん、その色紙はその教師の手元にあるのか?」

 丈斗にそう訊かれた祖母は、少し二っと微笑する。

「それがねぇ! 今私が預かってんのよ」

「マジなのか!?(それが本当なら…かなり手間が省けるぞ!)」

「どうして校長先生がお持ちなんですか?」

 真夜の疑問には丈斗も同意。対する祖母は、

「それがね、酷く怯えた様子でねぇ…預かってもらえないかって蕪江先生に頼まれたの」

「それで…家で引きこもりを? ずいぶん大袈裟な話ですね」

 真夜は不思議に思いながら、その事実に少し嘲笑を浮かべた。

(確かに大袈裟だ…その教師の性格にも影響しているのかもだが…)

キーン コーン キーン コーン

 そのとき、かなり大きく響いた予鈴に三人はビクっと驚いた。屋上にいるので、いつもより大きく聞こえたのだ。

「…これは一時限目終了のチャイムね。話はここで終わりにしましょう」

 祖母は立ち上がり、丈斗と真夜を促した。

「とにかく、ばぁちゃんからは後で例の色紙を預かるとして…俺はここで帰るかな――真夜、こればぁちゃん家の番号な。なにか目ぼしい情報をつかんだら連絡くれよ」

 丈斗は去り際に、電話番号が書かれたメモの切れ端を真夜に手渡した。

「あなたたち、ラブコールなら禁止ね?」

 祖母の冷やかしに、とりあえず二人は受け流す。

「じゃ…じゃあね。私もう教室行かなきゃ」

 渡された紙切れを持った手をピラピラ振り、真夜は走り去って行った。

 丈斗と祖母はその姿を見送った後、二人で屋上から中へ入り、祖母が持っていたマスターキーで鍵をかけた。



 カバンをとりに行くため、二年四組の授業中を横切っていく丈斗は、クラス中の生徒から珍しいものでも見るような視線を浴びた。「どうしたの、悠希君」「何か都合が悪くなって帰るみたいね」「東京に?」「まさか…でもニッシーに追いかけられてたよね」「うんうん」というヒソヒソ声が聞こえていく中で、丈斗はドアの前まで着くと、

「じゃ…帰ります」

 と小声で、居合わせた教師に挨拶すると、その教師も不思議そうな顔で会釈した。

 教室を出て一人廊下へ。教室へ行く前に祖母に手渡された“例のシキ紙”を手に、授業中の教室を横切るたび、丈斗は学校をサボるような気分になり、変に興奮して校舎を後にしていった。



 何も気にせず今朝と同じ登校コースを歩いていると、四組で感じたような視線が周りを覆っていた。この神山市は丈斗のいた東京とは段違いで、周りは見渡す限りの山々、田んぼ、畑に覆われた田舎である。一歩外へ歩けば、見知った顔に遭遇することは珍しくない。田んぼや畑で働いていた人たちは、下校時間にはあまりにも早い丈斗の帰りに、首を傾げているのであった。

 ようやくその怪む視線をくぐり抜け、丈斗は、現在祖母と暮らしている家へとたどり着こうとしてい

たのだが、視線の先にある畑に、思いも寄らぬ人物が…

「…宰? あいつ畑で何して…(って…ヤバイヤバイ! 気づかれないようにしないと)」

 丈斗は目立つ学ランを脱ぎ、鞄を持つ手にそれをかけると、ポケットにしまっていたハンカチで汗を拭く仕草で、さりげなく顔を隠しながら歩く。

(ど、どうだ…制服姿から一気に上着を脱いだ、オープンカラーの出来上がり! 平常心で、いかにもセールスにやってきた業者を装う作戦なら…)

 我ながら馬鹿な行動だが、丈斗は宰に近付く度に、余裕を失っていた。

 姿を隠しているつもりの丈斗は、ついに宰の前を通り過ぎようとしていた…

(よし! やり過ごせたぞ。このまま家に…)

「…あれ、タケっちゃん? 何やってんだ?」

 宰はさり気なく丈斗の顔をヒョコっと先回りして確認した。

 丈斗はいきなりの緊急事態に、冷や汗をダラダラ流していると、

「(や…マズい!? と、とにかく逃げる理由を…)い、いやぁ! 偶然だな。お前は畑の手伝いか、宰? 実は俺も学校バックレちゃおうと思ってな。人目につくとマズいんだぁ…ってことで、俺は帰るから…っははは!…」

 早歩きで逃げようとする丈斗の手を、宰はさり気なく止める。

「ちょうどいいじゃん! 昨日のことで俺、タケっちゃんと話がしたかったんよ。ほらほら、クールバッグのジュースおごるから、付き合えって!」

「お、おい! だから…」

 宰はいつものヘラヘラした笑顔で、強引に丈斗を畑の前の路肩に座らせた。

 「ほい!」と丈斗に冷たい缶ジュースを手渡した宰は、自分の缶ジュースを速やかに開け、ゴクゴクとノドボトケを揺らしながらジュースを飲んでいく。

「っくぅううううあっ!! 仕事の後の一杯は染みるぜぇい! ほらぁん、お前も飲めよ」

「お、おう!(…どうやり過ごせばいいことやら)」

 昨日の放課後と打って変わった宰の陽気節に、丈斗はとうとう逃げる手段を失った。彼は事が発生した後には頭が働くのだが、こういった咄嗟の出来事には対応できない。

「…タケちゃん、ミユ、は…学校来てたか?」

「え、あ、いや…」

「だよな、やっぱ」

「ああ、そう?(どうすんだこれ…無視はできんし)」

 極度のパニック状態で肩を竦めていた丈斗に、宰が力強く背中をパンっと叩く。

「どっはぁっ!」

「はははははっは!! そう愛想透かすなって、メンゴメンって! 昨日はキ

レて悪かったと思ってんよ? 俺」

「………ジュースが…」

 宰が丈斗の背中を叩いた衝撃で、丈斗の持っていた缶ジュースが一瞬傾き、彼のズボンの又に冷たい感触が染み渡っていった。その様子を見た宰は、ゲラゲラと他人事にも爆笑しながら、持っていたタオルを差し出してきた。丈斗は差し出されたタオルを奪い取るように受け取り、慌てて濡れた箇所を拭いていく。

(ったく…こっちは気を使って、色々対策を考えてからその話に触れようと思ったのに……策士錯誤に溺れさせやがって、このアンちゃんはぁっ…!)

「ミユの、死んじまった元彼がさ、タケちゃんとクリソツなんよ」

「は?」

 突然の宰の大告白に、丈斗はタオルを持っていた手を止めた。

 更に宰の話は続く。

「その元彼、俺らと二つ違いでさ…それどうでもいいか。とにかくソイツさ、クラスからイジメられてたみたいで、その中心にいたのが、先公だったらしくてよ。その先公…(名前忘れたけど)がな。そのイジメられっ子に、トドメ射すようなコト言ったらしくて……それを真に受けて…死んだらしい…」

 自ら話した昔話に、宰の顔は強張っていた。その話に、丈斗は悪い予感がしていた。しかし、宰の話に合わせる。

「…何を言われてそんな…」

「 “君がこの世に存在し続ければ、卒業式の日、誰かが死ぬ。その前に死んでもらえませんか?”」

 宰が放ったその教師の台詞に、そよ風が吹きぬける中、丈斗は鳥肌が立った。

「ってよ…ミユが言うには。アホらしい話だよな?」

(まさかそれ…)

 それから一言も喋らなくなった宰に、丈斗は俯き、震える手で“それ”を見せた。

「宰…その先公って…こ…こいつか?」

 宰は、丈斗から華やかに描かれたシキ紙を手渡された。

「…ああ、この野郎だ。思い出したぞ、この嫌な響き…“蕪江”。ミユのやつが復讐したくなるのも分かんぜ…! このヘビ野郎にっ!!」

 宰は肩を震わせながら、激しい憤りを少しずつ強めていった。

 すると丈斗は急にグワっと立ち上がり、拳を握り締め、歯を食いしばった。

「…ど、どうした、タケっちゃん!?」

 下から見上げた宰は、思わず肩をビクつかせていた。堪忍袋の尾が切れ掛かっていた丈斗は、瞳孔を開き、鬼のような形相でいたからだ。

(ふざけんなよ。そんな意味不明な脅しとイジメで自殺したってのかよ!)

 フーっ フーっ、と息を整え、落ち着きを取り戻そうとしていた丈斗に、宰は…

「タケちゃんの…兄ちゃんだったんだな、やっぱり…」

 宰も立ち上がり、優しい顔をして丈斗の肩に手を置いた。

「……ああ、“悠希眞斗は…俺の兄貴だ。俺と違って、のほほんとしたヤツでさ。仲良かったな……でも、あいつに彼女がいたなんてな…へッ、意外だったよ…」

 最後の一言で、丈斗は少し微笑んでみせた。

 宰はそれに安堵し、再びその場に座る。

「ミユがよぉ、悠希先輩を自殺に追いやった先公…蕪江に復讐するんだって言い出してさ、俺にも協力してほしい…って、頼んできたんだよ」

(よっぽど信頼関係あるんだな、こいつと冬茜さん。幼馴染ってみんなそうなのか?)

 それから、宰の表情がまた変わった。

「俺断った……いくら長い付き合いでも、蕪江がどんなやつでも、そういうのは嫌だって、な。それから急に他人みたいにヨソヨソしくなってよぉ、あいつ。タケっちゃんも見たっしょ? 昨日の朝のやりとり…」

「ああ、あれか(それで機嫌悪かったのな、俺にも)」

 丈斗は転校初日(偽)の、初めて真夜に同じ班のメンバー紹介をされた時のことを思い出していた。冬茜が宰を突き放していたことも。

 それから宰の話は続く。

「それで、昨日の放課後のことよ…悠希先輩とクリソツのタケちゃんに会って……俺ってば、つい軽いノリでさぁ…」

 それから宰の回想が始まる。


―昨日の放課後、丈斗と木原が雑談していた頃…

宰は冬茜を図書室に誘おうとしていた。

『――ほらほらぁ! シカトすんなってミユ。一緒に“怪談の謎”解きによぉ』

『今友達と話してんの。消えてよ―フフっ! そんなところまでいったのぉ? すごいじゃん…』

 冬茜は宰の誘いを冷たく断り、自分の机の周りにいた友達二人と、楽しく会話を再会させた。それを見た宰は「おおーい、ミユっちさぁん」とからかってみたものの、冬茜はそれを無視して話に夢中になっていた。二人の関係がぎくしゃくし始めた頃から、溜め込んでいた怒りが宰を爆発させ、つい言って

はならないことを…

『ああぁ、なるほ(なるほど)! お前の超ぉタイプな顔の男も一緒だもんなぁ? そりゃハズく(恥かしい)もなるわなぁ…悪かったよ、空気よめなくてさぁ!』

『…………は?』

 その挑発には、さすがに冬茜もキレ気味になり、反応した。

『照れるな照れるなぁ! お前ぐらいの美人なら告って即オッケイっしょ?』

『…意味分かんないし…それに初対面の悠希君のことなんて』

『んん、“悠希君”? フッ、誰それ?…ああ、ああ、あの転校生か! 俺が言ったのは“ミノ”のことだったんだけど…なんだ、あれがお前の好みかぁ!!』

 宰の挑発的な態度に、冬茜は反撃できず、彼女はキッと鋭い目つきで宰を睨むのだった。冬茜と話していた女子は「なんか、ヤバくない?」「と、止めたほうがいいのかな…」などと洩らしながらも、いがみ合う二人から遠ざかるのであった。

 冬茜は宰から顔を逸らしながら、

『…うっさい馬鹿、勘違いすんな。“あれ”とか呼ぶな』

 それをきっかけに、宰の挑発は激化していく…

『へぇ、そーゆー反応? アンさん今で言う“ツンデレ”?』

『……うっせぇ』

『そういや、タケっちゃんが教室入ってから、ずっと目で追いかけてたよなぁ?』

『……別に』

『胸がドキドキで自分から話しかけれない?』

『……違う』

『フラれんのが怖い怖い、か?』

『ち…違う…! も…やめて…っ』

『心配なくね? お似合いカップルだろ』

『…やめて…やめてよ、宰…ゴメン…謝るから…それ以上は』

『いい雰囲気なってから死なれるのが嫌か? あん?』

『――っ!? くっ…うっ……うううううっ…!』

 そこで冬茜はとうとう泣き出してしまった。

『あっ…!(ヤバ、調子乗りすぎた)ご、ゴメ…っ、言い過ぎた! ホント……美佑季…さん? マジ

泣き…じゃない、よね? ね! お前が泣くわけ…!!』

 弱腰になった宰は、冬茜の肩を抱いてやろうとした瞬間、彼女はクッと素早く顔を上げ、再度宰を睨みつけた。その反動で、机にピトピト、ピトと二、三滴の涙が落ちる。

 冬茜はゴシゴシと勢いよく流れる涙を擦ると、自分の机を力いっぱいブッ叩いた。

『ウッゼェんだよっお前!! 昨日から話しかけんなっ言ってんだろうが!? 何べん言えば理解する訳? アタシのことストーキングするつもりっ!? ガチで“ウザキモ”なんですけどね! てか、いつまで見てんだよ? 消

えてよ早くさぁっ!!』

 ―この辺りだけは、丈斗の記憶にも残っていた。


「……それからよぉ、ミユのやつ“いいって言うまで学校来んな”なんて言うんだぜぇええ? それから“二度と私に近寄るな”それから“今後一切話かけるな”それから…」

「分かった!! もう分かった、全部分かった、骨の髄までお前の悲しみは分かったから、その辺でやめとけ! な?」

 宰が半泣きしながら、ダラダラと愚痴をこぼしてくるので、丈斗は力強く宰の肩に手を置き、慰めてやるのだった。

(なるほど…昨日の放課後の件は、それか。お陰でほぼ全ての辻褄が合ってきたな…後は真夜とばぁちゃんの聞き込みで、何が掘り起こせるか…だな。にしても、コイツ……)

「惚れた女相手によくやる」

 丈斗はつい本音を口からこぼし、口元に手を当てた時には既に手遅れ…

「ミナマで、ゆぅうな、よぉううっ!! マジ後悔! マジ凹む! マジあり得ないよ、タケっちゃぁああん!?」

 丈斗の本音直撃で、男の涙は地面に体ごと朽ちていった。

「わ、悪ぃ……」

(ま、まぁ…冬茜さんが風邪ってことは、内緒にしておこう。どう考えても自分の所為だと思うだろ。冬茜さんは普段から物静かなタイプだって真夜から聞いた。宰の挑発に心乱れて声荒げて、くたびれた

んだろう、多分…ズル休みでもなければ…)

 宰から、かなり有力な情報を得た丈斗は、ゆっくりと立ち上がり、帰ることにする。

「んじゃ! 俺そろそろ帰るな」

 宰はひざまずきながら、丈斗のズボンにまとわりついてくる。

「おい、俺を見捨てんなよぉ! なんで帰んのタケっちゃぁん? 俺の話聞きたくねぇんかぁ…?」

「(聞きたくねぇから帰るんだ…)心配すんな、宰! 大丈夫。お前らすぐに仲直りできるって…だから、それまでは冬茜さんの言われた通りにしろ。絶対うまくいくから…」

 丈斗は足に絡んだ宰の手を強引に外し、去り際にそう言って、彼を励ますのであった。

「ま、待てよ。タケっちゃん」

 宰は帰ろうとする丈斗の腕を掴み、小さな紙切れを渡してきた。

「…電話してくれ、な!―アデュー!」

 そう言って畑へ走って行く宰――渡された紙を広げると、電話番号と“ミユ”が書かれていた。

(電話してくれって…冬茜さんにかよ)

 昼前の十一時を過ぎた頃、丈斗はようやく家にたどり着いた。

制服から普段着に着替えると、さっそく宰の話を含めた今までの事実を整理する。

(兄貴…“悠希眞斗”の死因は自殺…と百歩譲って考えると…自殺の動機は三年二組の当時担任である“蕪江”からの脅迫……いや待てよ。さっきは動揺して、その教師の台詞をよく分析できなかったな…)

「確か宰が言ってたのは…」

 丈斗は頭を切り替え、宰が言った“蕪江”の台詞を思い返してみる。

『 “君がこの世に存在し続ければ、卒業式の日、誰かが死ぬ。その前に死んでもらえませんか?”』

(つまり、“悠希眞斗”がこのまま生きていると、卒業式に誰かが死ぬ……蕪江は“眞斗”が目障りだった。真夜の話だと、“同僚の教師と生徒に嫌われていた”ってことだったな。“蕪江”は教師として、イジメの中心になっていた存在。この台詞がイジメによる脅迫だと考えるのは妥当なんだが……もう一押し足りない…)

「あ! そうだシキ紙…まだ見てなかった」

 丈斗は、カバンに入れていたシキ紙を取り出して、確認してみると…“悠希眞斗”という名前が書かれた寄せ書きを確認する。

「よかった。文集とは違って、ここにはちゃんとした文が書かれてる―えーっと、なになに?――“2組にとって最高の恩師、蕪江 悠希眞斗”…」

 丈斗はその寄せ書きを、声に出して読んでみたが…

( “最高の恩師”?…いや、このシキ紙は卒業式後に“蕪江”が受け取った訳だから、多分この寄せ書きも“悠希眞斗”の代筆だ。まさかこれにビビって“蕪江”は引きこもりになっているのか?…やっぱり真夜とばぁちゃんが情報を持ち帰るまで、“蕪江”に関することは保留だな。後は“冬茜美佑季”が兄貴の恋人だったこと…兄貴の自殺を促した“蕪江”を、冬茜さんは憎み、復讐を考えていた…もしその復讐が既に実行済みであるなら、この寄せ書きを書いたのは冬茜かもしれない…あくまで想像だが。できれば文集の寄せ書きの暗号を解く鍵になってくれると思ったけど…さっぱり分からん…)

 丈斗は眉間を指でつまむと、シキ紙を片手に、その場で大の字になって横たわった。

「はぁ…これは二人に協力してもら…ん? なんだ、この二本線は…?」

 もう一度起き上がった丈斗は、その寄せ書きを至近距離で再度確認してみると、寄せ書き文面の最後の箇所“蕪江”の“江”の字に、二本の短い線が右下部分に交差していた。

「それに…最後に小さく”2”って書いてあるし…」

 文集用の寄せ書きの文末には”1”と書かれていたことを思い出す。

「〜っ、駄目だ意味分からん!……この辺にしとくか。昼飯にしよ」

 さすがの丈斗も、こういった暗号は苦手らしく、そこで根を上げることにした。


 本日の午後は丈斗一人。丈斗は料理経験がないので昼食はカップ麺だ。蓋を半開きにして、水を入れた電子ポットにスイッチを入れる。

「…こういう時間が今日で最後になれればいいけどな」

 丈斗は湯が沸く間に、ふとそんな心配をしていた。

 ピー、ピーと音がして、ポットからカップ麺へ熱湯を注ぎ終わったとき、

プル、プルルルル、プルルルル、プルル・・・

「電話か…でもこの時間に掛けてくるなんて…」

 丈斗は居間にあった子機の電話に出る。

「―はい、悠…水瀬ですが」

【…あ、もしもし! 漣です】

 真夜からの電話だった。

「漣?……! 真夜か…どうしたんだよ?」

【どうしたんだよ、って…報告を】

「もう調べてくれたのか! あ…ありがと(なんて律儀な…)」

【フフッ そんな驚かなくても…私、部活から帰ったらすぐ寝ちゃうからさ! 今のうちに連絡しようと思って】

 丈斗は親機の電話を確認してみると、“コウシュウデンワ”の表示だったので、

「真夜…コレ、学校の公衆電話か?」

【そうだけど】

「ばぁちゃんに頼めばよかったのに…一応携帯もってんぜ? あの人も」

【あ…そうなんだ!(その線を考える余裕なかった……)】

 丈斗はその間に、生徒手帳とシャープペンをスタンバイさせていた。

「それで、何が分かった?」

【そうそう。オカルト研の三年生から聞いた情報なんだけど…その人の先輩がね? 去年の三年二組だったから、話を聞いてたらしいんだけど…今悠希君が持ってる、文集用の寄せ書きの紙の裏に、変な落書きがあったんだって!】

「裏に変な落書き?(表にもあっけど…)ちょっと待ってろよ…」

 丈斗はすぐさま家の戸棚にしまっていた紙を探した。

 すぐに見つけ、紙を開いて、寄せ書きの裏を確認する。

「これは…! 例の暗号となんだか似た感じ……もしかして」

 丈斗は紙を表に返し、“悠希眞斗”の寄せ書き部分を天井の灯りに透かしてみる…

「………なるほど(こんな簡単なトリックに気づかなかったなんて…)」

 丈斗は電話をとり、真夜との通話を再開させる。

「もしもし…確認した。悪いな、最後まで続けてくれ」

【そう? 分かった。これで最後なんだけど…例の、“蕪江先生のことね。とにかく変わり者な人で、何かの宗教を病的なくらい崇拝してるらしくて…その性格で嫌われてたっぽい。話変わるけど”蕪江“先生にはアダ名があったらしいの】

「アダ名?」

【ほら、“蕪江”って…なんだか呼び難くない?】

「確かにな(本当に…思ってることズバズバ言うやつだ…)」

【だから、呼びやすく“カブラ”って、三年二組の生徒は影でそう呼んでたらしいよ……以上!…ゴメンこれだけのことで】

 真夜からの情報を聞き終わった丈斗は、少し声が小さくなる。

「いいや、もうこれで充分だ。真夜」

【え……じ、充分って…?】

「……とにかく、助かったよ。後、ばぁちゃんに伝えといてくれ。仕事の時間が空いたら、すぐ家に電話してくれって」

【悠希君…どうかしたの? テンション低い】

「………今、昼休みだろ? とにかく大至急、頼むよ。今のうちに」

【わ…分かった! じゃあね…プツっ】

 プー、プー、プー、プー…と電話が切れたが、丈斗は子機を顔に当てたままで…

「ありがとう、真夜…本当に助かった……だから、お前の協力はここまででいい………さすがに巻き込めない。これから…俺がすることは……」

 丈斗は電話を戻すと、思いつめた表情で、すっかりノビきったカップ麺を啜るのであった……



 それから約二時間以上が過ぎ、祖母からの電話が掛かってきた。

「…よ。ばぁちゃん」

【待たせたね。漣さんから聞いたよ……その様子だと、全て分かったらしいね?】

「ああ」

【用件は…大体想像がつくよ…】

 丈斗は、一息間をおくと、

「………今から俺は…“蕪江”の家に行く。住所を教えてくれ。それと……出来ればでいいが、俺に一人、護衛をつけてほしい…」

【ぷっ…ふっふっふふっふ…!】

「な、なに笑ってんだよ?」

 祖母が何故か笑うので、丈斗は少し気が抜けたように反論した。

【…っいやいや!…分かった分かった。おじぃさんが生きてた頃から、知り合いの部下の人がいるから、頼んでみようかね…喜んで協力してくれるさ】

「…あんがとな、ばぁちゃん! それで、“蕪江”の家は」

【大丈、夫! その辺の地理に詳しい人を、頼んでおくから。その人に案内してもらいなさい…ふふっ…そ、れ、にしても…】

「なんだよ?」

【また何も相談なしに、一人で突っ走るかと思ったけど……少しは大人になったようだね…丈斗! 恋

の予感かしら?】

 丈斗はムっとして、

「茶化すな、悪ババ!」

 祖母は丈斗の反応に、嬉しそうにして、

【おやおや、買いかぶり過ぎたかねぇ―家で待っていな。今から連絡しておくから】

「ああ、頼んだ。んじゃあな…」

 ガチャっと電話を切ると、丈斗は支度を始めた。



 午後三時頃、丈斗が待つ家に“マーチ”のミニパトが到着し、“蕪江”の自宅へ出発した。丈斗を乗せたミニパトは、畑や田んぼのある土地から離れ、神山市駅前を通過して、やがて辺りは様々な店舗の建物が賑やかに道路脇を占めていた。

しかし、車の中も賑やかなようで…

「はっはっはっはっはぁあっ!! ビックリしたでぇ、弟くん! 中坊なって少しは成長したかと思ぉたけども、なかなか大きくなっとるやないかいっ! ええ?」

 この陽気な関西弁の主は、運転していた警官だ。二十台後半くらいの若手で、紺色のカッチリとした制服の袖を腕まくりし、警察官の象徴である帽子を斜めに被り、そこから飛び出た髪は明るい茶色である。

 その若手警官の馴れ馴れしい態度に、丈斗はムスっとして窓に肩肘をついている。

「…悪いが俺に関西人の知り合いはいない(なんでコイツなんだよ…)」

若手警官はゲラゲラ笑いながら、じゃれるように丈斗の髪の毛を引っ張り回す。

「へへっ! 相っ変わらずやなぁ。またまた忘れたフリしよってからにぃ、コノ!」

「ってててててて!! 髪の毛引っ張んな!」

 この若手警察官の名前は、木戸太一朗、階級は巡査。実は、この木戸巡査とは、丈斗と眞斗が保育園児だった頃からの付き合いだ。実は彼、水瀬校長の元教え子なのだ。その繋がりあってか、空いた時間に丈斗、眞斗兄弟をパトカーに乗せて、一緒に遊んでやったりしていた。警察官なりたての木戸巡査も、緊張による肩の力が抜け、まだ幼かった丈斗、眞斗兄弟と打ち解けていった。

丈斗にとってはもう一人の兄のような存在だったみたいで、こうして会う度に冗談でじゃれ合うのだ。

「そっちは相変わらず出世しないのな、ジュン兄ぃ」

「懐かしいのぉ! 弟くんにはいつもそう呼ばれとったなぁ」

 “ジュン兄ぃ”とは、丈斗が木戸巡査の呼び名として昔から使っていたのだ。“巡査”からとった皮肉を込めたアダ名に、木戸巡査は逆に嬉しそうな顔をしていた。

「そこの角を左曲がったら“蕪江さん”のお宅や。どないしますか、大将?」

 気がつくと、神山市の外れにある住宅地に到着していた。この辺り一帯は新築の洋式な家が多く建っ

ていて、この中の一軒に“蕪江”も住んでいるらしい。

 木戸巡査のチャラけた質問に、丈斗は指示を促す。

「ふざけるなよ、ジュン兄ぃ。ガキの頃やった“警官ゴッコ”じゃない……これから先はマジで警護してもらうからな!」

 丈斗にそう言われ、木戸巡査も少し気合をいれる。

「…せやな。“宗教モン”はキレると恐ろしいでぇ……ミニパトはあの家から見えん所に駐車しよか?」

 木戸巡査の提案に、丈斗も頷く。


 パトカーは近所の空き地の路肩に駐車し、木戸巡査の先導で丈斗たちは少しずつ“蕪江”の家に近づいていく。

 そのとき、奇妙な人影が。

「!…隠れるで」

「ああ」

 木戸巡査に続いて、丈斗たち二人は同じ死角に隠れた。

 暗い紫色のローブに身を包み、同時に大きなフード被った謎の人物は、フードをユラユラと揺らして辺りを警戒していた。

「あの暑苦しいローブは、裏で神さん崇拝してる連中のモンやな」

「それって警察が捜査し続けてる、例の団体か? テレビで見た」

「せや。司教が神さんの声を代弁。それを聞いた信者のモンらは、その言葉に従うわけや……噂によると、“人を生贄に”っちゅう物騒にも人殺すこともあるらしゅうてな。今増加しとる“謎の自殺”と関連あるんやないかと、俺の上司が言いはっとったわ。そういや弟くんの兄ちゃんは…」

 木戸巡査の話を、丈斗は「シッ!」と人差し指を唇に当てて止める。

「その話は後で、な。アイツが家に入っていくみたいだぞ」

「……潜入するか、弟くん。俺は万一に備えて待機しとくで」

「おう。頼む、ジュン兄ぃ」



 ローブに身を包んだ謎の人物は、蕪江のゴシック洋式の家に入る。

「あああ! よくお越し下さいました、使者のお方。さぁ中へ…」

 玄関から中へと、ローブの人物を“使者”と呼び、家の中へと連れ込んだのは、“蕪江”であった。

 蕪江の声は細々と歪んだ声色で、黒ブチ眼鏡をかけた目の中の瞳は輝きを失っており、肌は死人の如く真っ白で、不適に微笑む口元は十ミリ程度の髭を蓄え、喉の辺りまで伸びきったロン毛は白髪交じり

である。文集に載っていた、三年二組全員を撮影した写真に写っていた“蕪江”の若々しい面影は、もう無かった。

 蕪江はヨタヨタ歩きで、ローブの人物を、ある部屋へと誘導した。


「おおおっ!! 幻影教団の使いよ…お教えください、どうか、どうか、神のご助言を! このまま私は、生贄にした者に呪い殺されてしまうのですかぁ!?」

 部屋にローブの人物を入れた途端、蕪江はいきなりローブの人物の前に跪き、震える両手を合わせながら、大声で嘆いた。血管が見えるほど瞳孔を開ききった目じりからは、大粒の涙が滝のように流れていた。

 その部屋は、四畳半という狭い空間で、部屋には小さな窓が一つあり、黒いカーテンが閉められ、外の光は遮られていた。周りには、異国から集めたオカルトグッズが部屋を覆いつくすほど並べられており、四方の壁には、墨で書かれた紙札がしつこいほど貼られていた。

 するとローブの人物は、蕪江の合わせた手を、黒い手袋をハメた両手で包むと、

「目を閉じ祈りなさい。さすれば善能たる神との疎通とお前の望みは叶うでしょう…」

 フードの影で顔が見えなかったものの、その声は若い女性のようだった。

 蕪江は彼女に言われたとおり、ゆっくりと目を閉じると、

「ああ…神よ……それでは今日こそ…」

「救いましょう…汝に放たれた呪術を打ち消す術はただひとつ…」

 ローブの女性は、懐から金色の短刀を取り出した。

「自らの過ちを…詫びろぉおおおおおおおおっ!!」

 シュッと鞘から抜いた刃の矛先は、蕪江へと瞬時に落ちていく!

「う、うっうわぁあああああああああっ!?」

 ローブの女の怒声に、パッ!とマブタを広げた蕪江の目には、一瞬鋭く光った刃の先が…彼女の咄嗟の殺意に反射して、蕪江は飛び上がってかわした。その反動で後ろの壁へと背中を叩きつけ、腰を抜かした衝撃で幾つかのオカルトグッズがパキパキパリッ!っと壊れて破片になった。

 ローブの女が、床に刺さって抜けない短刀に苦戦していると、蕪江はよっつん這いに、慌てて部屋から逃げていく。

「待て蕪江ぇええええええええっ!!!」

 ローブの女は逃げていった蕪江に大声で叫ぶと、最大限の力で短刀を床から抜いた。

ドドドッドドドドドドドッドドッドドドッドドドドドド!!

 部屋を飛び出した廊下から、血相を変えて逃げ惑う、顔中汗まみれの蕪江をローブの女が短刀を右手に構えて追いかける。階段を駆け下り、蕪江が行き着いた先は広い台所。彼は台所の下にあった戸棚を開くと、アタフタと慌てながら、中に入っていた包丁を取り出そうとしたが…

「はぁはぁ――!? ぅわ!」

 突如、姿を現したローブの女を目にした瞬間、驚いたあまり包丁を床にジャガラララ!と落としてし

まった。それを見たローブの女は、一気に蕪江を壁側へ追い詰めた。

「…よよよせ、よせよせ! 私は死にたく…」

 壁に向かって後ずさりしながら、命乞いをする蕪江を遮るかのように、

「うぁああああああ、死ねぇええええっ!!」

 ローブの女は叫び声とともに牙をムキ、全速力で両手で突き立てた短刀とともに蕪江に向かっていった。

 蕪江は咄嗟に、女が短刀を手にした右手首を掴み、同時に左手も押さえる。

「…くっ…ぬぅう! はぁああっ!…くうっ…」

 必死に蕪江の手を解こうと体を強く揺らす女。両者譲らぬ状況だったが、蕪江はハッとして、女の力量を読んだ。相手は女、小柄で力も弱い…

「…っらぁああああああああああ!!」

 蕪江は思い切って力を前に押し出した。

「きゃああぁっ!?」

 ローブの女はその力に吹っ飛ばされ、ローブを翻しながら、全身をバタン!と床に叩きつけ、その反動でフードから素顔が…蕪江は、倒れて弱った女の胸グラをバっと掴む。

「……うっ!?…ち…ちくしょう…!」

 ローブ姿で隠れていたのは…なんと、冬茜美佑季であった。

「はぁ、はぁ…貴様っ!?…ヤツの…っ……くふっ…くくくくくくくっ…ひやぁっひっひっひひひひひひひひっひひ…!…っ小娘ぇ、よくも…騙した、なぁ!!」

 蕪江は再び瞳孔を開き、不気味な高笑いをしながら、汗で瑞々しくなった冬茜の首元に、彼女の手から離れた短刀を突き立てた。

「…っの!……下衆、野郎ぉ……っ」

 冬茜の非力な腕力は、蕪江の力には遠く及ばず、

「ひぃいっひひひひっひひひひ!…ひひ」

「…ゆう…先輩!……ゴメン…ね?……」

 蕪江が短刀を振り上げ、冬茜は絶望の淵に、涙を流しながら誰かに呼びかけた。

 その時だった…

「っなろぉおおおおおおおおおっ!!」

 丈斗がドアを蹴破り、全速力で蕪江に突進した。

 蕪江は避ける間もなく、彼の体当たりでフッ飛ぶ!

「ぐはあぁああっ!?」

「ジュン兄ぃ!」

 丈斗と同時に台所へ飛び込んだ木戸巡査は、瞬時に手錠を取り出した。

「蕪江耕一! 殺人未遂で逮捕するっ!!」

 ガチャっと両手首を後ろに手錠をかけられた蕪江は、尚も抵抗する。

「ふ…ふざけるなぁっ…! なな、何故私が逮捕を!? 先に仕掛けてきたのはこの女で…!」

「現行犯や! 大人しゅうせぇえや…」

 木戸巡査は、バタバタと暴れる蕪江を、警棒で沈める。

 丈斗は蕪江が捕らえられた瞬間、冬茜へと駆け寄り、彼女の体を起こした。

「おい! 大丈夫か!? 冬茜! 冬茜! 冬茜美佑季!! おいっ!?」

 気を失っていた冬茜を丈斗が揺り起こした。

 冬茜はマブタを半開きにして丈斗の顔を見ると、何故か安らかに微笑んでいた。

「悠希…先輩?…ははは………わ、たし…死んだのかなぁ……?」

「は? 悠希先輩?……眞斗か!?…眞斗じゃない! 俺だ、弟の“悠希丈斗”だっ!!ああっ!…(こいつと会ったの一瞬だったしなぁ…)…と、に、か、く、お前ちゃんと生きてるって!

な?」

冬茜は幻覚を見ている……とは言い難い状況だ。眞斗の顔とそっくりな丈斗が目の前にいるのだから…ややこしい話だ

しかし、冬茜は体の感覚を感じとり、正気を取り戻したようで、

「…悠希…丈斗……悠希君? どうして、あなた…?」

「ふぅ……とりあえず、そこ座るか…ほら」

 冬茜が正気に戻ってくれたことに安堵し、丈斗は手近にあった丸椅子に、彼女の小さな手を引き、座らせた。



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