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幻影の咎人  作者: BLACKぱーま
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怪談と転校生

 二〇一二年四月八日、華やかな桜花の候。緑深き山々の麓に向かいしは、黒くカッチリした風体の学ラン及び白いスカーフが飾られた紺色セーラー服の集団である。

チラチラと桃色の花びらを肩に乗せ、登校中の彼らの話題は皆「昨日――室で出たんだって!」という台詞が過半数を占めている模様である。ここ、神山市立矢城中学校に集う生徒や教職員たちの間では…いや、この神山市全域は怪奇現象の巣窟なのである、と矢城中学全校生徒の十人に一人はコレを断言している、という頻度で怪談話が流通している。つまり何を説明したいのかというと、要するに神山市は怪談で名の知れた街なのだが、その類の都市伝説を喜ぶのは高校生以下の子供達だけということだ。

そんな神山市に、東京の中学校から越してくる転校生がいるという噂が流れた…

「ねえ。今日、転校生来るんだってね! イケメンかなぁ」

「東京からでしょ? 私立中のお洒落ブレザー着てきたり?」

「ハハっ おまえら東京に夢もち過ぎ! どうせ金持ちボンボンだって」

「わざわざ都会からド田舎だもんな」

「親の転勤…とか?」

「とにかくその子と友達になれたら、東京のファッション事情訊いとかなきゃ!」

「そっちが本命かいな…」

 ホームルーム前の矢城中学東塔二階、転校生到着予定の二年四組では、お約束の転校生情報を隣の席から隣の席へと伝達しあっていた。まったくどこから情報が漏れているのやら。本校の生徒は過去に、結婚予定の教師カップル事情や教頭のウイッグ疑惑カツラ、並びに全校集会の“校長先生のおはなし”で、校長が話の最中に挟む「(例)えー」の回数は?…を調べるなどという、学生の本分から逸脱した学習能力を、彼らは無意味に高めているのである。


「――教室には俺と一緒に入ってもらって、黒板に自分の名前を書いて…っと…ま後は適当に自己PR考えとけや…えーっとそれから提出してもらいた――」

 コーヒーの匂いが漂い、空調の効いた職員室の一角で、うすい茶色のスポーツ刈りの上には派手なサングラス、日焼けのムキムキ三十代男が仁王立ちで座り、対する生徒らしき少年は、ムスっと両手をポケットに突っ込み、棒立ちしながら日焼け男に気のない返事を繰り返していた。

「…以上! とにかく第一印象を大事に、な。どうゆー、あんだーあすたんど?」

 ムキムキ男は陽気に「(直訳)《あなた、分かりました?》」と、手のひらを向けた。

 それにはさすがの“ちょいワル少年”も少し動揺して、

「あ…お、オーケー…?」

「おおう べりべり ぐうっど! ナイス発音。カッコ俺様が、な! んじゃっ教室へ、れっつ教室へ…みたいな? だぁーははははは!! 笑え笑え! 緊張してんだろぉ?」

 暑苦しい教師の大声が職員室中に響くも、部屋の空気は冷めていた。

後にこの教師、原西大作の担当科目が、保健体育などではなく、正真正銘の「オーラル英語」選任であることを少年は知るのであった。



 ガラガラガラとドアが開かれ、転校生と担任の原西大作が入室すると、先ほどまで賑やかだった二年四組は、一瞬だけ静寂空気になり、ヒソヒソ声へと切り替わった。

 転校生は、ストレートのセミロングに少しクセっ毛が入り混じった髪型で、顔が小さく背丈がスラっと長い。制服は第三まで金ボタンを外し、だらしなくサマになっている。二重まぶたのつり目はアサッテの方角と教室の後ろの黒板を行き来している。

 教室の二十三名の目が少年に止まったとき、原西大作からバクダン発言が、

「では出席を取ります。秋山…」

「あ、はい…ってええええええ!? ちょ “ニッシー”それあり得ねぇし! 転校生の紹介してよ」

 秋山(女子)、は反射的に返事をして、飛び上がった。(「ニッシー」=原西大作のあだ名)どうやら原西大作はクラスのお笑いウケを狙ったらしい。その甲斐あってか、緊張が解けたようにクラスには自然な笑い声が所々に聞こえる。

「先生! ふざけないで下さい。彼…困っていますよ?」

 最前列の窓際から、真面目でしっかりした目の女子生徒が席から立ち上がり、転校生を助太刀するかのようにその場を遮った。

「おーけい おーけい! ほんの冗談だ。あいつはクラス委員長の“(さざなみ) 真夜(まよ)”だ。分からないことがあれば彼女に尋ねるといい」

 クラス委員長 漣 真夜はニコっと笑ってみせた。少年もコクっと会釈で返す。

 その直後に少年は、半分くらいに折れたチョークを黒板の引き出しから取り出し、大きな文字でカッカッと力強い手並みで自分の名前を記した。

悠希丈斗(ゆうきたけと)。東京から来ました…よろしく」

 “転校生 悠希丈斗”は手短に、少し気だるそうな声で挨拶を終えた。

 取りあえずの社交辞令的な拍手がパチパチパチと教室に響いた。

 女子生徒の一部では「愛想ねぇなあ」「ね、ちょっとカッコいいよね?」というヒソヒソ座談会が開かれていた。

キーン コーン キーン コーン と8時40分の予鈴が鳴った。

「ぅおーし おーし! みんな掃除行けー れっつ解散〜!」

 教室全体の机椅子がガタガタゴトと揺れ動き、「トイレとかマジ最っ悪だし」などボヤきながら生徒達がそれぞれの持ち場へ行こうと教室を後にしていった。

 残されたのは教室担当の数人、そして“悠希丈斗”と“漣 真夜”。

「さ、あなた…悠希君の掃除場所は私と同じ西棟の階段だから。一緒に行きましょう?」

「…ふーん」

 丈斗は内心、掃除をサボろうとしていたが、クラス委員長の彼女は彼の肩をポンと軽く叩き、西棟校舎へと誘導するのだった。


 丈斗は真夜に引率され、東棟から西棟を経由する橋をトボトボと歩いていた。下を見下ろすと、緑生い茂る中庭で、男子生徒たちが草刈をサボり、雑談してはしゃいでいた。

「ったくアイツら! ウチの男連中よ? アレ」

 真夜は足を止めて頭を抱えた。

 それを見た丈斗はヒトゴトのように一応、

「ああゆーの注意とかすんの?」

「するよ?――おおいっ!! そこの男子、真面目にやりなよ!? アタシも先生から注意受けてんだからねっ!」

 男子生徒たちはバツが悪そうな顔をして「うぇ〜い」と気のない返事をした。すると、彼女の注意に仕返しするように、一人の男子が冷やかす。

「漣〜ぃ! 初っ端からさっそく転校生とデートかぁ? お熱いねぇ」

「んな!? ば、馬鹿なことほざいてないでサッサと掃除しろぉっ!!」

 真夜は少し耳と頬を赤くし、丈斗を置き去りに西棟の廊下へ慌てて走っていく。

「お、おい! 待てって!」

 丈斗も逃げる真夜を追って走っていった。


 廊下を走った二人は、たまたま居合わせた教師からキツい指導を受け、五分ほど遅れて目的地の階段にやっとこさと到着した。

 掃除仲間たちは、掃除の途中に乱入してきた二人を確認する。

「あ、遅かったね。漣さん…と悠希…君? だったっけ」

 目の前で箒を働かせていた身長百四十センチ程度の小柄で可愛い系の男子が声をかけてきた。丈斗はその容姿で一瞬小学生かと思ってしまう。

 真夜は申し訳なさそうにペコっと頭を下げた。

「ああ、木原君。ゴメンね、遅れて」

「あ、いいっていいって。僕らももう終わるとこだから」

 そのやりとりに気付いたのか、他の二人も顔を見せた。

「うっわ委員長遅れるとか超ぉあり得ねぇんですけど。俺にはいっつもキッツい説教カマしてくれちゃうくせにさぁっ。ねぇ? ミユッちゃん」

 チャラチャラした口調で絡んできた男子は、髪が少し赤く、「瀬川」と書かれた名札が右胸に斜めにつけられている。学ランは上着のようにボタンを全開し、そこから見えるカッターシャツはビロンとズボンから大胆に出されている。現代でいうチャラ男だ。

「真夜が遅れてくるなんて珍しい…」

 チャラ男からの絡みを何事もなかったかのようにシカトしたその女子は、学園ドラマで大役を演じる

若手女優といってもよい程顔立ちが美しく、小柄でスレンダーなスタイルをしており、少々見透かした雰囲気を漂わせている。

「はいはい。みんな聞いて! さっきも紹介されたけど、転校生の悠希丈斗君よ。今日から彼も同じ班になるから。いろいろ気にかけてあげてね。まだ時間あるし、一応班のメンバーを紹介しておきましょうか、ね」

 彼女は丈斗の肩にポンと手を置き、紹介する相手を手のひらで指し示していく。

「まず、最初に声をかけてくれたのは、木原(きはら)(みのる)君。癒し系な印象だけど、“怪談”の話題になると長っいから気をつけてね?」

 真夜は最後に“木原 稔“の防衛対策を小声で付け加えた。本人に聞こえてしまったのか、それでも木原は「ヒドイなぁ〜」と爽やかに流した。

 そして紹介は、木原の隣でヤスメの体勢をしていた彼女に、

「このコは冬茜(とうせん)美佑季(みゆき)さん。ミス四組的な存在よ。他のクラスの男子からも凄ぉっくモテるんだから! たまにヤケちゃうけど…」

「自虐ネタやめなよ、真夜」

 と少し真夜を睨みながら、冬茜美佑季は丈斗に優しく微笑んで見せた。彼女の美しくも可愛らしい笑顔に、丈斗は一瞬ドキっとしただけであった。

 振り返り、真夜は自分の胸に手を当てる。

「で、クラス委員長、謙この班のリーダーやってます。漣 真夜です」

「よろしく…」

 丈斗は改めて真夜に目を向けた。スポーツマン的な健康体系で、胸も他の女子と比べて大きい。亜麻色の艶やかな髪を、洒落たお姉さん風に耳が見える程度に後ろでとめている。まん丸で大きな瞳は、優しく強い印象。セーラー服の長袖を腕まくりしており、お堅い印象の学級委員長にしては活発な女子で

ある。

「あ、あのぉ。悠希君? これを機会に私のことは真夜って呼んでくれないかな?」

「は…? 意味わかんねぇ…んだけど?」

 急にモジモジと呼び名要求してきた真夜に、丈斗は首を傾げる。

「ほら、アタシの苗字“漣”じゃん。自分的にはその苗字で呼ばれるの嫌いっていうか……それよりはさ! 真、夜 の方が君も呼びやすいと思うし…」

(ふーん。別に気にするほど変な名前じゃねぇと思うけど…まあ自分の苗字や名前が大好きってヤツのほうが少ないのかもな

 丈斗は躊躇い無くキッパリと、

「じゃあ、真夜。これからもヨロシク」

「……ははぁっ…!」

 すると真夜は頬を赤くしながら暫く頬けた顔を見せ、「きゃっきゃっ」と子供のようにはしゃいで、

「な、なんか新鮮〜」

「ちょっ…お、落ち着けってアンタ! どぉーどぉーどぉー」

 目をキラキラ輝かせた彼女を、冬茜は暴れ馬を宥めるように頭をさすってあげている。

「ハハッ 漣さん、よっぽど悠希君に呼ばれたのが嬉しかったみたいだね」

 木原はニコニコと腰に手をあてていた。

「そうなの…か…?(お前は苗字で呼ぶのな)」

 そのとき、ずっと放置されていたチャラ男が前に出ようとすると、

「よぉしゃ! 俺の番な…」

「じゃあ悠希君、みんなも、そろそろ教室戻ろっか?」

「……っと!」

 チャラ男の話をヒラリと遮り、冬茜がいきなりパシっと丈斗の手を引いて、教室に帰ろうとする。それを合図に木原と真夜も後につづく。

「…え…お…おおおおよぉっ!? ミユッち! 俺のアピールタイム忘れてっぞ!!」

 いきなりの状況にチャラ男は戸惑い、大声で叫んだ。

 すると、冬茜の足がピタリと止まり、彼女は振り返って鋭い睨みを。

「私に話かけんな……バリキモい」

「んな…………バリ…キモ…っくヒデェ…でも俺は、そんなツレないお前んことが…好きだからぁああああああああ!!」


一行は、廊下のど真ん中で大告白したチャラ男を無視し、足を止めることなく教室へと向かうのだった。

「真夜、結局誰? あいつ…エラく冬茜さん距離置いてるみたいだけど」

 廊下を進みながら丈斗が尋ねる。

「ああ…彼は瀬川(せがわ)(つかさ)。少しチャラけてるけどイイやつだよ? ミユ…美佑季の幼馴染みって訳」

「ああ…だから仲良しなんだな」

 丈斗が調子に乗って笑うと、冬茜が鋭い眼光で彼を睨みつけた。丈斗は「うぉ…!」と驚き、すかさず目を逸らした。

 瀬川宰が「置いてくなってぇ!」と追いついてきた頃には、全員教室に戻っていた。


 一時限目から現代国語、地理、数学、と続いて、間の十分休憩の時間、丈斗の席は大群衆に囲まれ「東京ってどんな所?」「芸能人と話したことある?」「ウチの学校気に入った?」(以下省略)な質問攻めが繰り返されていた。さすがの丈斗もタジタジの様子。

 昼休憩の時間になり、ガヤガヤとみんなはそれぞれの席で友達と弁当を食べているので、やれやれと彼もカバンから弁当を取り出し、手をつけようとすると、

「や! 悠希君。一緒にいいかな?」

 丈斗と同じ班の木原稔が弁当を片手に、弾んだ声で前の席にやってきた。

「あー…と。木…原…君? だっけ」

「木原でいいよ。僕のことなら」

「…じゃあ木原。別にいいぞ? 一人よりはいいし(ホント小っさいなコイツ)」

 木原は他の席に移った生徒の席に、ちょこんと座った。

 すると向こうからジャンジャンと騒がしいヤツもやってきた。

「へいへい! 俺も俺もっ! いいだろ? タケちゃん」

(タケちゃんて……コイツ誰にでもニックネームで呼ぶ口か…?)

 瀬川宰は問答無用にズケズケと前の席に。

「瀬川…だったよな?」

 なんとなくコイツのことは呼び捨てにする。

 宰は相変わらずの陽気節で、

「やっだなぁ! タケちゃん。タメなんだから“宰”て呼べよぉ」

「あ、おう…宰…?(こっちは馴れ馴れしいな…)」

 少し不良っぽい転校生、おっとり爽やか系、頭悪そうなチャラ男、という組み合わせ。転校生ってだけで寄ってくるもんだな、と丈斗はフリカケご飯の弁当を口に運ぶ。

「おっ! ミノの弁当旨そうなん入ってんなぁ! 俺にもヨコセいっ!」

 宰が無理矢理木原の弁当を奪おうとした。

 まさかイジメ? と悟った気でいた丈斗だったが…

「やーらないっと! ちなみに僕は宰君のなんていらないケドねー」

 木原は爽やかに宰の箸をかわした。

「なにおぅ! これ作ったお袋は給食センターで働いてんだぞ、コラ!」

「んちょっ…っ…くふふふふ! やめてよ宰くっ…っクスぐるなってっハハっ!」

 木原と宰は、意外にもイチャイチャと互いにクスぐり合ったりと、微笑ましい友達のやりとりを見せ付けてくれた。周りにいた生徒からは「またやってる」「仲良いよね? 木原君と瀬川って」という声が。最後に丈斗はふっと息をついた。

「ところで悠希君さぁ、怪奇現象って信じるタイプ?」

 突然目の色を変えた木原が、いきなりズバン!と前のめりでそう訊いてきた。丈斗はそれにギョっと驚き、声を上げそうになったところでクっと止める。

「…何だよその質問。どんな路線の話題なんだよ?」

「怪奇は怪奇さ。都市伝説的な路線だよ! 知らない? この神山市の人はみんなそういう“怪談話”とか“オカルトモノ”が大好きなんだぜ?」

「あ〜りゃりゃ? ひょっとしてタケっちゃんこーゆーのダメなやつぅ?」

 宰がアホ面で冷やかしてきた時点で、二人とも怪談好きな事実は理解できた。

 丈斗は、引越しの際に神山市でよく見かけた『神さまにも幽霊にも逢える! 神山市』と書かれた小さな看板の件を思い出していた。

 とりあえず宰の冷やかしは“冬茜美佑季流 ながし術”で切り替える。

「まあ…その手の話はぶっちゃけ信じねぇ口だけど…何故それを訊く?(なんとなく予想つくけど…)」

 喰いついた!…と言わんばかりに木原は、ニヤリと危ない笑みを浮かべる。

 宰はウキウキとモノ欲しそうな目をして木原に体を向けている。

 木原は少し、邪悪な表情に手を添えて、小声で語り始める。

「実は今年の春卒業した三年二組の生徒がさ、お世話になった担任の先生に“いままでお世話になりました”的な寄せ書きを、卒業式の後にクラス代表が贈ったんだけどね。でもその後、その寄せ書きが書かれた色紙には、ある生徒の怨念が染み付いてるっていう噂が流れるようになったんだ…」

 丈斗は肩肘をついて退屈そうに「へぇ〜…」と言って見せただけだったが、前の席からのやかましい喜声に、彼は迷惑そうに耳をふさぐ。

「うおおおおお! 怨念ときやしたか。誰の怨念がオンネン!?」

 “語り部木原”の話の腰を折るのも悪いので、(古代文明すぎるぞ宰!) と丈斗は心の中でツッコむのであった。

 周りは既に昼食をすまし、だべったり、体育館へ向かって行ったりする中で、木原の怪談は後半へとつづく。

「実はその色紙に“あること”をすると、生徒一人の寄せ書きが…跡形もなく消えてしまうらしい。知

り合いの三年の先輩から聞くところによると、消えた寄せ書きの生徒の氏名は、三年二組はおろか、ど

のクラスの名簿にも記載されていない人物でぇ! 今もなお、その存在するはずのない生徒は、この校内を彷徨っているぅぅぅぅぅぅ……!」

 感度良好の怪談口調で、木原の語りは幕を閉じた。

「…………ほう…」

(なるほど、真夜が今朝言ってたとおり、木原の怪談話は長っい……以前の問題だろこれ。別に大して怖くねぇし。こんなんで怖がるやつなんて…)

「ひぇえええええ!! ま、ままっ…まさか…この近くにもそいつが彷徨ってんのか…?」

 ごく身近に、瀬川 宰というビビリがいたのだった。そのワザとらしいくらいの反応に、木原はかなり嬉しそうに微笑していた。

 本心では丈斗も、木原の怪談に期待を抱いていたのだが……しかし彼は、いま木原が話していた内容に気がかりなことがあったようで、

「どんだけ素直に信じてんだよ…宰。てか木原。その“あること”って結局なにすんだよ? 俺その話が怖いのどーのより、そっちが気になったぞ」

「ああ…それね。僕は詳しく知らないんだけど……その先生への寄せ書きは、その年の三年二組の卒業生に限らず、三年生一同の毎年恒例の儀式?…らしいよ」

 木原は腕を組んで、“毎年恒例の儀式”という情報を提示した。

 もう気は済んだ、とでも言うように、宰は隠していた単行本の少年漫画を開いてひとりで爆笑していた。丈斗はその姿をボーっと見つめながら、考えにふける。

(寄せ書き…毎年恒例…ある行動…消える…か―にしてもコイツ、いつも学校に漫画持ってきてんのか……うん? 漫…画か…何か引っかかる…漫画、漫画…漫画に…イラスト? イラストと、寄せ書き…)

「図書室ってどこ?」

「え…何? 悠希君。転校初日から図書室で勉強?」

 丈斗は、“君が図書室で勉強?”と言わんばかりの怪しい口調で尋ねてきた木原に少しムっとした。(俺は図書室行くガラじゃないってか!)

「ああん、案内はしてやれっけど、一緒にお勉強ってノリならパスだす! ガラじゃないっスから」

 宰は脚を組んだ体制で、漫画のページをペラペラ捲りながらボソっと言った。

「その “消える寄せ書き”の原理を確かめようと思って…」

 丈斗の台詞に、二人は一瞬固まり、

「…………」

「…………」

 数秒経過して同時に、




「はぁああああっ!?」



 キーン コーン キーン・・・

 終礼のチャイムが鳴り、原西大作先生とのホームルーム(オヤジギャグ特選)もようやく彼の中で“お後がよろしく”なったので、三時四十分に、二年四組の仲間は教室から解散していく。

 さて、昼休みの間に木原の怪談ネタを聞き、その真相を突き止めたと大見得をきった丈斗の前には、その二人が颯爽と姿を現すのだった。

「タケちゃん!タケちゃん! 早ぉう図書室行くべ!? 俺なんか授業中ずっと気になってブルってたんだぞぉ?」

 宰は駆け足のポーズで、小さな子供のようにオドオドと落ち着かない状態になっていた。

「僕としては夢を壊されるような気分なんだけど……ま、付き合うよ」

 木原は何故か不満気だった。

「……案内だけでいいんだけどな」

 丈斗はため息しながら、カバンを手に下げる。

「図書室は…西棟二階の突き当たりだからね、すぐに着くよ」

 木原が先導し、二人が教室を出ようとすると、

「ああっミノ、タケちゃん! ちょい待ち。ミユも誘ってくるからよぉ!」

 宰は、まだ教室で友達とダベっていた冬茜美佑季の席へと駆けていった。

 丈斗と木原は、教室のドアを出たところで待機する。

「宰君、ベッタリなんだよなぁ。冬茜さんに」

「…ああ、幼馴染だって言ってたな、あの美人さん。―そういえば真夜の姿見てなかったけど、もう帰ったのか…?」

「…なになに? 悠希君、漣さんのこと狙ってたりな感じかい? そういえば最初っから下の名前で呼

び捨てだよねぇ。オイオイ」

 木原は二っと白い歯でニヤけ、丈斗に肘をトントンねじ込むようについてくる。

「(このマセチビめ……)ふん、アイツが強引に下の名前で呼べって言ってきたんだっつの」

「ふふ〜ん? けど僕や宰君でも…というより少なくとも四組の男子には強要してないみたいだけど……でも、部活ではどうかなぁ?」

「へぇ…部活とかやってんだ。アイツ」

「陸上部期待のスプリンター【短距離選手】だぜ? でも、たまーに僕らの“オカルト研究部”にも顔を出してくれるよ。クラス委員長もこなしちゃって…同い年とは思えないほどしっかりしてんだ。彼女」

「へぇ……って、その“す、ぷりんたー”って何…」

 バンッ!!!

 大響音がした瞬間、二人の雑談は遮られ、丈斗たちの目線は教室へ。誰かが机を強くブッ叩いたらしい。

「ウッゼェんだよっお前!! 昨日から話しかけんなっ言ってんだろうが!? 何べん言えば理解する訳? アタシのことストーキングするつもりっ!? ガチで“ウザキモ”なんですけどね! てか、いつまで見てんだよ? 消えてよ早くさぁっ!!」

 声を荒げていたのは、なんと冬茜美佑季だった。当の彼女の元へ向かって行った宰と、なにやら揉めているようだ。宰のほうは弱腰にヘラヘラしながら頭をポリポリかいていた。

「…木原。誰あの人…?」

 今朝は清ました表情をしていた冬茜が、警官に牙を向く非行ギャルのように人格が豹変していたため、丈斗はそのギャップに着いてこられず、マブタをパチパチさせて、木原への質問を仰いだ。

「冬茜さんだよ…! 冬茜美佑季さん。―悠希君、とりあえず今は図書室へ行こう」

「は? ここは仲裁しなきゃだろ…ってててて。ちょっ、耳引っ張んなよ…!」

 木原はその小さい体で、丈斗を強引に引っ張り、速やかにその場から離脱する。

 二人はトトトトトトトトっと小走りで西棟へ――


 ハァ、ハァ、と少し息を整え、二人は西棟の図書室前まで到着した。

 ふと振り返ると、物音ひとつしない静かな廊下が、反対側の突き当りまで百メートル以上続いており、その図書室外の空間には、人の気配が全く感じられない。

 木原はフーと浅い溜息をつくと、丈斗の肩に小さな両手をトンッ!と少し強めに叩くと、ニコニコと爽やか笑顔に切り替えて、

「悠希君! 黙って従ってくれ、今の見なかったことにしよう」

「は…はぁあっ!? 待て待て、何故そうなる! お前、なんか知ってるんだろ?」

「とっにっかっくっ! さっき僕らが見たのは只の幻聴…怪奇現象だ! うん。ここは話を戻して、例の真相を聞かせてくれよ。なっ?」

 木原の取り乱して無茶苦茶な説得に、丈斗はとりあえず引き下がる。

「…………わかった…」

 その返事に安堵した木原は、ドアの方向へと丈斗の肩を押す。

「よし。じゃあ入ろうよ」

(これって分かりやすく訳アリな雰囲気だな。ひとまず今は目をとじるか…)


 丈斗は自意識を抑制してみせるも、先ほどの怒声とチクチクとした緊迫したシーンが頭から離れてくれないのであった………。



 さて、気分を取り直し、図書室へと入室。丈斗が先導役で二人は本棚を巡り巡って…

「悠希君。さっきから部屋中グルグル回ってるみたいだけど…探している本でもあるのかい? よければ僕も手伝うけど」

 捜索につい夢中になっていた丈斗は、あわてて彼に侘びをいれる。

「…あ…悪ィい木原。俺が欲しいのは、この学校の文集…」

「――文集なら左奥の棚にあるでしょ?」

 いきなり後ろから女子の声がしたので、振り返ってみると、彼女、漣真夜が、本を何冊か入れたプラスチック製の黄色く小さいカゴを片手に、少しキョトンとしていた。

「真夜…」

「漣さん、陸上部は休み?」

 木原はサラっと自然に彼女に尋ねた。

「ん…ちょっと。同じ陸上部の子、今風邪引いてるのに図書当番安請け合いしちゃって…その子、人から頼まれると断りきれないタイプなのね。だから私が代役を引き受けたの」

 真夜は、困った表情を浮かべながら、少し嬉しそうにしている様子だ。

「相変わらずだなぁ、君って人は」

(困ってるヤツを放っておけないタイプか…骨の髄までリーダーシップな訳だ。哀れなり、青春をエンジョイできない女、漣真夜よ…)

「悠希君は…木原君と探検中ってところかな?」

「図書室まで案内してもらっただけだ」

「まさか勉強? 読書?」

「なんなんだよ、そのリアクションは…」

 昼休みの木原と同じ反応をした真夜に、丈斗はムスっとした。

「あっはは! だってなんかイメージないもん」

「んなっ…お前―!」

 キレかかった丈斗を木原がなだめる。

「思ったことは全部口にするタイプなんだよ、彼女」

「そういうこと。気にしない気にしない」

 真夜は純真な笑顔で丈斗の肩をポンポンと叩いた。

「……お前なぁ…」

 今までクールを通してきた丈斗は、真夜によって打ちのめされた。

(んなこと言われて気にしない馬鹿なんて…)

「タケっちゃぁぁん! 待たせたなぁ」

(あ…一人いた)

 教室での件はまるで気にしていないらしく、勢いよく図書室のドアを“〜バン!”と開き、こっちへ走ってくる宰であったが、「シーっ! 静かに。図書室ですよ?」と司書の先生からお説教を受けてしまうのであった。

「瀬川…アンタって男は……」

 同じ班として恥ずかしい、と真夜は頭を抱えていた。

 お説教が終わり、ゆっくり近寄ってくる宰を確認すると、木原は両手の人差し指で、“×”を作り、丈斗に猛烈なアピールを示してきた。

「いやぁ、マジで参るわァ! まーたミユッちに怒鳴られちゃったべ」

 宰があっさりソレを話してきたことに、丈斗と木原は目を丸くする。

「アンタまたミユにしつこく言い寄ってんの? 今はソっとしときなって!」

「…だよな…今回はフツーの喧嘩じゃないし…」

 宰はいつもの陽気っぷりを見ぜずに、真剣に悩んでいる様子だった。

 このまま彼ら幼馴染の話題へ突入する雰囲気だったので、木原は両手をパンパンと叩き、その空気を

切り替えようとする。

「まあまあまあまあ! それより漣さん、この間僕が話した怪談のことなんだけど…」

「怪談?…ああ。例の寄せ書きが消えるっていう…?」

「そう、それ。なんと転校生の彼が、あの怪談の真相を解いたらしいんだ」

「え…ウソ! 何その真相って!? 超気になるんだけど!」

 真夜は瞬時に丈斗へと目を光らせ、それと同時に宰と木原も彼へと視線を浴びせる。

「大げさに言うなよ。少し調べてみたくなっただけだし」

 丈斗は先ほど真夜が教えてくれた棚から、一番右の新しい文集を手に取る。

「これだ。第四十五号 平成二十四年三月十日発行の文集。この中には、今年の三月に卒業していった三年生の文集も含まれている…だろ?」

 丈斗は手に取った文集を差し出し、彼らの確認を仰いだ。

 そして三人は、「ああ ああ!」と、

「確かに、文集に寄せ書きを掲載するクラスもいるわよね!」

 真夜は人差し指をグルグルと回しながら納得した。

「タケちゃん、スッゲェ! やってくれるのぉ!」

 宰の反応は大袈裟に。

「そこには…目がいってなかった。こんな初歩的な見落としを僕は……!」

 木原は丈斗を悔しそうに睨みつけ、地団駄踏んでいた。本当に悔しかったらしい。

(オカルト研究部員だから、こういう確認をしないんじゃ…)

「――えっと、三年生、三年生の部は…っと…」

 丈斗は手近な椅子に腰掛け、パラパラとページを捲っていく。他三人はその様子を後ろからマジマジと食い入るように見守っていた。

「お、あったぞ? 三年二組……ちゃんと寄せ書きも載ってる」

 すると背後から弱気な発言が、

「ね、ねぇ。やめとかない? バチ当たりな気が…」

 真夜の目が少し泳いで見えていた。

「ここまできて何いってんの、委員長! ああっ俺なんか興奮してきたぁっ!!」

 それに続いて木原も「うんうん」と首を縦に振る。

(俺の予想が正しければ、どこかに空いた空欄が…)

「あった。ほら、これだけ密集してるのに、ここにだけ妙な空白があるだろ」

 宰、木原は近くで見えるように、開かれたページに顔を近づける。真夜も恐る恐る後ろから、

「ほ、ホントだ…なんかさ…不気味…なんですけど」

「そぉかぁ?」

 宰は目を細めている。

「確かに…きちんと計算して割り当てられている分、空白が目立っているね」

 木原はページを指差し、フムフムと納得していたが、

「でも悠希君、仮にこの空白部分に寄せ書きが書かれていたとしても、消えてしまう理由はなんなんだい?」

 木原からの質問に、丈斗は“待っていました”と言わんばかりに、

「それじゃあ、今から職員室に移動するか。コピー機を使いたいし…そうだ真夜。この学校文集借りたいんだが…」

 丈斗は前の学校でも、あまり図書室を訪れたことがなかったので、図書室の本の借り方が分からなかった。

「オッケー! じゃあ前の貸し出しコーナー行こ? まあ名前とクラスとかを記入するだけの簡単な手続きだから大丈夫よ」

 真夜に連れられ、丈斗が本を借りに向かった。宰と木原も二人に続く。

 そのとき、木原の目に何かが…

「あれ……冬、茜さん?」

「んぉ? ミノ、どした?」

 足を止めた木原は、図書室の、自分達が入ってきたドアを指差す。

「いま…冬茜さんが…かどうか分からないけど、人影があのドアの隙間にいて…」

 宰は彼が指差したドアへと目をやるも、

「?…いや、いねぇじゃん! ミユッちゃんどころか誰も」

「気のせいかな…冬茜さんがこっちに気づいて逃げてったように見えたのに…」

 一行は職員室へと向かい、丈斗は図書室から借りた文集を傍らに持っていた。

 真夜は、もう一人いた図書当番にお願いして、少しの間席を外させてもらえるように交渉し、彼女も丈斗たちについてきた。今回の件には、彼女も気になるようだ。


 四人はそろって東棟一階にある職員室にたどり着き、真夜は「失礼します」と先導し、全員中へと入っていった。放課後なので、過半数の教師は部活のため出払っているらしく、ごちゃごちゃした多数の教員用の机には、十数人程度の職員が、コーヒーをすすりながらパソコンをつついたり、テストの採点などを静かにやっていた。

「あなたたち、何か御用なの?」

 家庭科専門、といった雰囲気の年配女教員がたまたま通りかかった。

 ボーっとしていた丈斗の背中を、真夜がツンツン、と指でつついた。

「あ…そっか(俺から話さないとダメだよな)」

 その女教員を見て、何故か唖然としていた丈斗だった。

「すいません、えと…白紙の用紙と色えんぴつありますか?」

「あらら、見ない顔と思ったら今日きた転校生さんね? ちょっと待っていてもらえるかしら? 今持ってきますからね」

「ども…」

 丈斗が軽く会釈して、年配教員は奥へと歩いていった。

 そのやりとりを見た他の三人は、不思議そうに「なんだぁ?」「紙と色えんぴつ?」「お絵かきでもするのかしら?」と呟いていた。

「はぁい。色えんぴつと…紙はこの大きさで大丈夫?」

 年配教員から渡されたのは、紙筒に入った無印製品色えんぴつと、A4サイズのコピー用紙だった。

 それらのアイテムを確認した丈斗は微笑し、

「はい、ありがとうございます」

「ポスターでも作るの? 終わったら“色えんぴつだけは”返してちょうだいな」

 立ち去ろうとした彼女を、丈斗は再度引き止める。

「あ! コピー機も借りたい…んですけど」

「…え〜っと…――白石先生ぇ! 生徒の子がコピー機借りたいんですってー」

 年配教員は手を大きく振りながら、窓際で背伸びしていた男性教師に了解を求める。

「ああコピーね。何部印刷したいのー?」

「一部! 一部です」

 丈斗は人差し指一本でジェスチャーする。

 男性教師はうんうんと頷き、オーケーサインを出すと、また後頭部に手を添え、またくつろぎだした。

「イイ、ですって。コピー機はこっちよ」

 机の間をジグザグくぐりながら、四人はコピー機へと案内された。

「ここにコピーする用紙をセットしてね」

 年配教員は機械の蓋を開き、スキャナー左上の角を指差した。

 丈斗は手で合図し、

「ちょっと待ってください」

「はいはい」

 丈斗は、近くにあった机の上に用紙を置き、色えんぴつが入った紙筒の蓋をパコっと抜くと、みんな

の前に差し出した。

「どれでもいいから好きな色選んで」

 三人は不審に感じながらも、黙って色を選んでとっていく。赤、黒、緑が取り出された。最後に、丈斗は“水色”の色えんぴつを取り出すと、机に置かれた用紙を軽く叩く。

「この色えんぴつを使って“消える寄せ書き”を実践する」

 丈斗の大胆な提案に、三人は一瞬顔が真っ青になる。

「はぁ? ま、マジでやんの、タケちゃん!」

「うそでしょ〜……」

「よ、よく分からないけど、さ……(何かが起きるのは確かだぜ)」

 怖がる三人をヨソに、丈斗は説明を再開させる。

「まずは寄せ書きのように、中央を始点にこの紙に自分の名前を縦書きに――」

 丈斗は水色で“悠希丈斗”と大きく書いた。宰、木原もそれに続く。

「これで…いいのかい?」

「二人とも奇麗な字ぃ書くのなぁ――宰”…っと」

 残された一人は、まだ少し涙目になって固まっていた。

「真夜、別に俺がお前の名前を書いてもいいけど…」

「あぁぁっ、ううん! だ、大っ丈夫、自分でできるから」

(…こういうの、意外と弱いのか…真夜)

 震える手で真夜は名前を記入した。

四人だけの寄せ書き…水色、黒、緑、赤のフルネームは、キレイな十字型で完成。丈斗はその用紙をコピー機にセットし、蓋をバタンと降ろした。

「水色、黒、緑、赤で書かれた寄せ書き。これを白黒コピーする」

 白黒 倍率百パーセント 部数一 の設定で、丈斗は脇にある緑色のスタートボタンをピッと押した。ウィーン、ウィーンと用紙をスキャンしている音がしている。四人はコピー機に釘付けになり、期待と

不安を募らせていた。

「でてきた」

 印刷コピーされた用紙が流れ、丈斗はそれを手に取り、三人の前に広げる。

「ああぁっ!?」

 彼らは同時に奇声を発した。

「ほら…消えたろ? そういうコト!」

 消えたのは、水色で書かれていたはずの“悠希丈斗”の文字。

「 “そういうコト!”っじゃねぇって! どーなんてんのよタケっちゃん!?」

「消えた…? ホントに? これって…」

 宰、真夜が呆然と印刷された紙を手にとって眺めていると、

「…! …! …くうっおおおおおっ!! 怪奇だっ! 怪奇現象だぁ! スッゲェ! 僕も生で体験するのは初めてだよぉ!?」

 木原は一人、野生の猿の如く飛び跳ねて喜んでいた。

(こいつは怖がってんだか、喜んでんだか……さすがオカルト好き)

「木原、水を差すようで悪いけど…これは怪奇現象じゃない」

「げ! そっ…そうなのかい!?」

 丈斗の冷静な指摘に、オカルト好きの小人は残念そうに肩をづらした。

「コピー機の専門知識は詳しく知らんが、大雑把に説明すると、“青い色の用紙”をコピー機で白黒コピーすると、キレイな真っ白のコピー用紙がでてくる。話は変わるけど、漫画とかに使われる“トーンシート”って知ってるか?」

「あ、知ってる知ってる! 小っちゃい水玉模様のシールみたいなアレでしょ? テレビで見たことあるわ」

 急に元気になった真夜の発言で、宰と木原も「ああ、あれか」と互いに確認できた。

「そ。プロの漫画家は、白黒で絵の対比をつけなきゃならない。だから、絵の色とか影を表現するためにトーンシートが貼られる…らしい。でも線や目印も何もないのに、プロの切り絵師のように細かい仕上がりになってる絵もあるだろ? そこで“青”の色えんぴつが活躍する訳だ。青い線をラインに、トーンだけの絵もできてしまう。そうして完成した原稿用紙は、当然雑誌や単行本にするため、必ずヤッコサンのコピー機を通る。切られたトーンの淵にあった青い線はキレイに消えてくれるって寸法だ。今回の原理もそれと同じ。あくまでトーンシートの場合、濃い色のほうが見やすいってだけのことで…実は水色でも白黒コピーで消すことが可能だ。で、“消える寄せ書き”に話を戻す。もう説明するまでもないと思うけど、この学校文集を見ると、学校の校章、教職員やクラス写真以外の全てのページは白黒印刷で発行されている。理由は俺の知ったことじゃないが、俺の理論が正しければ、ここの妙な空白部分に“青”か“水色”で寄せ書きを書いた人物が実在するとなると、発行され、文集に掲載する三年二組の自分の書いた寄せ書きは、消えて空白になることを、ソイツは十中八九知っていたことになるな」

 丈斗の長い講義がようやく終わり、頭の悪い宰は全く話しについてこられず、目を回して眠気がさしてきた様子だ。しっかり者の真夜は、なんとか自分のキャリアの威厳を保ち、丈斗の話の筋を確かに理解するまでに至っていたが、呆然と立ち尽くしていた。

「で。何故その原理を知っていたって言い切れるんだい?」

 丈斗の長い説明に、木原があまりにもナチュラルな質問をしたので、真夜と宰はビクっとドン引きしてしまった。

「ちゃんと印刷されてる寄せ書きを、もう一度見てみろよ」

 丈斗から文集を受け取る木原。

「……なるほど、他のみんなは全員ネームペンだね」

「ミノ…おい、何が“なるほど”? 全く分からないんですケド…」

 一人状況を把握できない宰を「シッ! 黙ってて」と真夜が注意する。

「そう。全員がネームペンで書いてるってことは、三年二組の…この寄せ書き制作の中心となっていた生徒、あるいは文集を発行する当事者辺りから指示されていた可能性が高い。悪ふざけのつもりか、消える色だと理解した上で書いた…クラスの人数とも合致するし…ま、そんなところだろうな」

 何故“青”がコピー機で印刷できないのか、という問題を差し引いても、丈斗の理論には明らかに筋が通っているもので、木原は小さい手で激励の拍手を彼に送る。

「さすがだよ、悠希君。東京人ってみんな知恵があるのかもね」

「ホント、びっくりよね。悠希君、その考え完璧に当たってんじゃない?」

 木原、真夜が丈斗に感心を抱いている中で、意外な人物が問題の指摘を図ってきた。

「あっれれれれれれぇ? おかしいなぁオイ。確かミノの話だと、”消える寄せ書き”は三年二組の担任に送られる代物だったよなぁ?」

 宰の挑発的な発言に、三人は彼に目を向ける。何故か木原はニヤついているようだが…真夜は、まぶたを半開きにして、宰を哀れむような眼差しで、

「瀬川ぁ…アンタねぇ、自分が話しについていけなかったからってイチャモンつけることないんじゃない? そういうのダッサイよ」

「違っげぇつの! この寄せ書きよく見ろって。“二組はおもれぇクラスだった”“高校受かったら、公務員試験も受かりますように!”“このクラスにカップルがいるらい。私も高校デビューでイケメンゲッツしちゃるぜぃ!”…これどう考えても三年二組のクラスに向けた寄せ書きっしょ! マジマジ」

 全員、もう一度寄せ書きを眺める。

「うん。お世話になった先生に贈る言葉とは、到底思えないね」

「ホントだぁ! みんな自分の願望や学校のことしか書いてない」

 木原と真夜は、宰に加勢する形に……

「そうだろそうだろうぉ? どうだ、タケちゃん探偵。言い訳なら署で聞くが? あん?」

「(そこは突かれるとは思ってたが…)木原、結局お前の話の出所は?」

 悔しいわけではなかったのだが、このままいけば他の二人の頭の中は有耶無耶になるだろう。ソレを悟った丈斗は、木原の胸をかりることにした。

「この怪談は、同じ部の先輩から教わったんだ。一応本当にあった話らしいんだけど、話を盛り上げるために、何箇所か捏造した部分があってさ。文集に載る寄せ書きじゃなくて、卒業式当日に担任の先生へ贈る色紙、ってことにしたほうが色々話に色がつくんじゃないかって…」

「げげっ! マジでか……」

 丈斗に変わって真相を解いてやろう、という宰の小さな夢は粉々に打ち砕かれ、彼はあまりの羞恥心と敗北感で、魂が抜けたように壁の隅に崩れ落ちた。

「それにしても、悠希くん。ひょっとして、僕がホラ話をしてたってことも見越していたのかい?」

 木原の質問に、丈斗は即答する。

「まさか。仮に消えた寄せ書きが、担任宛のものだったとしても、なんのモーションもなしに消える筈がない。これを押し通しただけのことだよ」

(ま、文集の発行元から実際の寄せ書きと、生徒から送られたシキ紙を持っている、例の三年二組の担任教師をあたって、ブツを実際見ないことには、今回の件はただの探偵ごっこに過ぎない…それに…これ以上調べると、なんとなくややこしい事に巻き込まれそうな悪寒がすんだよな…ま、今回はこの三人が納得できるレベルでよしなにってことで…)

「やっ…ぱり似てるわ!」

 そのとき、さきほどの年配教員がいきなり割り込んできて、丈斗の顔を至近距離でじっくり眺めていた。

「てっ…! うっわぁ!?(まだいたのか!)」

 それに驚いた丈斗は、思わずバッと後ずさりして、

ドカドカッ!

「なっはぁっ…!?」

 転びそうになったところで、後ろでしゃがんでいた宰に衝突して二次災害に。

 その光景を目の当たりにした年配教員と木原は心配そうに駆け寄り、真夜は一人、腹をかかえて「あっはっはっははっ!」と爆笑していた。

「まあまあ大変! そんなにビックリすることないでしょうに…ッハハ!」

 倒れた丈斗は年配教員に救助され、下敷きになっていた宰は、木原が起こす。

「宰君、大丈……は、鼻血でてる」



 職員室で発生した小さな事故により、鼻血を流した宰に年配教員がティッシュで栓をしてくれていた。

「ああぁ…ビクったわぁ! 勘弁してよタケちゃんさぁ」

 鼻が詰まった声で、宰は丈斗を少し睨む。

「しょうがないだろ! このオバちゃんが…じゃねぇや! この先生?…が」

「フッフッフフ…いいのよ、“オバちゃん”で、他の生徒さんからも呼ばれてますからねぇ」

 よくみると、その年配教員は純白なスーツを着こなし、深く刻まれた目じりのシワを覆い隠すような、

チェーンつきの色眼鏡をかけており、気品に満ちた風格を表していた。

「校長先生…それで、悠希君のこと、どうかされたんですか?」

「校長先生!?」

 真夜から年配教員への質問に、丈斗は過剰に反応する。

 今朝、丈斗はこの中学校の校長と顔をあわせる予定だったのだが、彼女のご多忙でそれは叶わず、今まさにお互い“初対面”の瞬間であった訳だ。

 “校長先生”を名乗る彼女は、改めて丈斗に挨拶をする。

「あなたが転校生の悠希丈斗君ね? はじめまして。私が矢城中学校長の水瀬です。いやあ、驚きました。本、当に“眞斗君”にそっくりの顔だわ!」

 真夜、宰、木原の三人は声をそろえて、

「 “眞斗(まこと)(くん)”?」

 丈斗は、何故か少し曇った表情で答える。

「 “悠希眞斗(ゆうきまこと)”…俺の兄貴だ。ニつ上の」

「悠希君。君、お兄さんがいたのかい?」

 木原の質問に、丈斗はコクっと頷くだけだった。

「あの、校長先生? どうして転校生である彼のお兄さんをご存知なのですか?」

 真夜は丁寧な謙譲語で、気になる質問を彼女にぶつけた。

 すると校長は、少し悲しげな表情を浮かべながら、言葉につまっていた様子だったので、フッと溜息をつき、丈斗は回想するように説明する。

「…俺の…いや、俺達兄弟の出身はもともと、この神山市だった。この街にある、元が大企業の小さな子会社で働いていた親父が、東京本社に栄転することが決まってな。でも皮肉なことに、兄貴はそのころ中三の夏という大変な時期を迎えていた。家族会議で、あいつは卒業するまでは母方の親戚も住んでいた神山に残り、俺は親父と母さんについて東京へ行ったんだ」

 丈斗はそこで話を止め、ふと目をやると、宰が何故か「う〜ん…」と唸りながら、思いつめた表情で腕を組んでいた。

「えと…二つ上のお兄さん…ってことは、去年の夏の話なの?」

 真夜の質問に、校長はそこで話を遮る。

「…みなさん、ちょっとごめんなさい。先生、彼と二人だけで話があるの――悠希君、あなたもそのほうがいいでしょ?」

 校長は丈斗の肩を、包むようにその場を立ち去ろうとする。

「そう…スね。そうでした――じゃあな…」

 丈斗は彼女の密かな忠告に、ようやく我にかえる。そして彼らに軽く手を振ると、真夜と木原は空気を読み取ったのか、「また、学校でね」と彼を送るのであったが、一人空気を読まずに突進する男が…

「ちょちょっ…ちょっと待てよ、悠希! お前んとこの兄貴、“悠希眞斗”ってのか!?」

 何故か血相を変えていた宰が、立ち去ろうとする丈斗の胸グラをバッと掴んできた。

「な、なんだよ宰?(こいつ…今苗字で呼び捨てに…?)」

「さっき“眞斗”って確かに言ったな!? ソイツどんな感じなんだ? 見た目はっ!…マジでお前と ソックリなのかよっ!? 今お前ん家いんのか? オイッ!!」

 宰は怒声を区切るたびに、掴んでいる丈斗の胸グラをグイグイと力強く押してきた。

それを見た真夜と木原は困惑しながらも、とにかく宰を止めに走る。

「やめろよ宰君! 何がどうしたっていうんだい?」

木原は宰が掴んでいた手を丈斗から引き離そうとした。それに続いて真夜も

「とにかく今はその手離しなよ! 頭冷やせ馬鹿!! 話にならないでしょ!?」

「離っ…せっ! 俺はぁっ!!」

 怒り狂い、陽気な瀬川宰は別人のように豹変してしまった。彼の体を真夜と木原は捕り抑えようとしていたが、宰のすさまじい腕力で逆に振り離れそうになったとき、校長が両手をパンパンパンと部屋中に響くように叩く。

「はい!はい!はい!はい!はい! やめやめっ! 瀬川 宰!! その辺にしないと、あなたを二週間の停学処分にしますよ!?」

「……!!」

 校長の御前で、自分がやっていることに宰はやっと気づく。

「…瀬川…手…」

 ようやく落ち着いた宰に真夜が、丈斗を離すように促すと、宰は俯きながらブラんとゆっくり手を引いた。丈斗のカッターシャツの胸元は、しわくちゃになった新聞紙のような状態だった。

 少しの沈黙が流れ、校長が口を開けようとすると、

「美佑季が昨日……泣いてたんだ…あいつ…一人で泣いてて……俺…」

 眉をピクピクとしながら、宰は悔しそうに拳を握り締めていた。

 彼の、ノイズが入ったようなカスれた声を聞き取った真夜と木原は、

「ミユが一人で泣いて…?」

「それと悠希君のお兄さんがどうしたって…」

 すると校長が再度パンパンと手を叩く。

「とにかく、あなたたち二人は瀬川君を連れて、もう帰りなさい。この件はもう少し落ち着いてからハッキリさせましょう?」

 真夜と木原は黙って頷き、魂が抜けたようにボーっとしていた宰の手を引き、午後六時まで長居した職員室を後にする。



 彼ら三人を見送った丈斗と校長は、目と鼻の先の校長室へと向かっていった。窓から見える夕陽は、遠くの山へと沈んでいくのが見えていた。

 花柄の彫刻に漆が塗られた、深い茶色の大きな扉が開かれ、校長は部屋の入り口の所で立ち止まり、丈斗が先に中へ入るように、スっと手で促した。

 丈斗は遠慮強いながら、来客専用ソファにフッと腰かけ、部屋の様子をキョロキョロと伺う。

 少し緊張していた丈斗に、

「悠希君、時間は大丈夫なのかしら?」

 校長にそう質問されると、丈斗は「はぁっ…」と溜息をしながら肩を緩め、バツが悪そうな顔で彼女に振り向いた。

「ばぁちゃん…あんましビビらせんなよ〜 いつ校長になったんだ?」

「アンタらが来る前に、東京へ送った便りを読んでなかったの?」

 丈斗に“ばぁちゃん”と呼ばれた校長は、彼の問いかけに少し目を細めた。

「それ兄貴の葬式ん時のやつだろが! 俺はそんな手紙読んでねぇし。親父と母さんからも何も言ってこないしよぉ」

「仕方ないさね……眞斗ちゃんが亡くなってしまった事が、いきなりでショックだったはずだからねぇ…」

 丈斗と校長が二人になった瞬間の、この慣れ親しんだ会話の秘密は、校内の誰一人として知る由もないであろう。この矢城中学の学校長、水瀬和世。彼女は丈斗の母方の祖母に当たる人物であり、実はこの二人、現在この神山市の家で共に暮らしているのだ。しかし、この関係には複雑な事情が絡んでいるのである。

丈斗の兄“悠希眞斗“が、今年一月十六日午後四時頃、学校からの帰宅途中、神山市 海岸沿いの海に転落し、水死体となって発見された。遺書も発見されなかったものの、誰かに突き落とされた形跡もなく、警察は自殺と断定し、捜査は打ち切られ、自殺の真相は謎のまま、彼の魂と共に海へと消えていったのである。その後、“謎の死を遂げた眞斗の真相をどうしても探りたい”と心に深く誓った彼の弟

である丈斗は、両親の目を盗んで家を飛び出し、神山市に到着すると、真っ先に親戚宅の呼び鈴をならし、玄関前で土下座した。『しばらくこの家に居させてください!』と叫んだ彼は、兄の中学校で教職員をしていた祖母のはからいにより、この学校へ転校生と称して潜りこんだのであった。

 ―丈斗は両親についての話に戻す。

「それにあの二人、“兄貴が何故死んだのか調べてみよう”って俺が提案したときも、全っ然相手にしなかったし! というより“その歳で探偵ごっこか?”って馬鹿笑いされたし…」

「…そりゃそうだよ? あんたの親は大人なんだからねぇ。まったく、顔立ちがそっくりでも性格がこんなに違う兄弟もいるもんよねぇ昔っから」

 校長はすっかり孫を見守る親の顔になっていった。

 丈斗は子供扱いされたのに反応して、

「お、俺は大人だぁっ! 今日の放課後だって…あいつらが怖がってた怪奇現象、ただの簡単なトリックって実演して見せたし! おかげの一石二鳥で兄貴の件に一歩近づけた。いいかオババ! 俺は全て計算した上でだな――」

(本当にこのヤンチャ坊主は…おじいさん譲りね、間違いなく!)

「聞いてんのかオイ!? 大体ばぁちゃんが余計なチャチャ入れたお陰で、真夜たちに勘づかれそうに…! ヘボォアッ!?」

 ヒートアップした丈斗が指を刺してきたので、校長はそのタイミングで強烈なビンタをブチかました。丈斗の頬には手のひらの跡がくっきりと…

「はいはい悪ぅございまして存じます! けど身分をわきまえな。居候ボウズ―さ帰るよ? アンタが今日で解ったことは道中聞こうじゃないか」

「……ゴメンなさい、以後気をつけます…」

 シュンとなって反省した丈斗に「よろしい!」とニッコリ微笑む校長であった。



校長は、薄暗くなってしまった帰り道で、丈斗の考えを聞くのであった。

 丈斗は一つ一つの事実をまとめる。まずは第一に、兄“悠希眞斗”が所属していたクラスは三年二組…これは丈斗が、当の本人から生前聞いていた事実。なので、今日の昼休みに木原稔の“消える寄せ書き”という怪談ネタを聞かされていた時から、兄の手掛かりになると踏んでいた。結果は丈斗の予測通り。あの場に居合わせた、真夜、木原、宰の三人も一緒に見た文集の、三年二組の寄せ書きには、書いた本人が分かるよう、生徒のフルネームがそれぞれ書かれていた。なのでおそらく、水色もしくは青の色えんぴつで書かれ、白黒印刷によって消えてしまった寄せ書きの正体は明らかであった。三年二組の寄せ書きの中で唯一存在しない名前…悠希眞斗。彼の性格は、丈斗が一番よく知っている。真面目で優しく、引っ込み思案な兄が、このように手の込んだ悪戯をするとは、まず考えられない。たとえ兄の思考を、弟の丈斗が図り損ねていたとしても、文集の発行日は、平成二十四年三月十日。悠希眞斗が海で死亡した日は、その二ヶ月前の一月十六日。祖母、水瀬校長の話では、文集に掲載された物は、六月半ば〜二月半ばの授業中に、生徒が書いた作品だったという。しかし、寄せ書きが掲載される場合は『この一年間のクラスを振り返って』というテーマに沿った形にしなければならない決まりで、二月半ばギリギリの二日前には下書き作業を終え、締切り日にはネームペンで清書を完成させ、三年二組をも含めたいくつかのクラスから提出されていたという。悠希眞斗が死亡した日から五日後の一月二十一日には、二組のクラス代表も参加した“悠希眞斗”の葬儀があった。怪談で名の知れた神山市だからといって、よもや死人が二組の寄せ書き作業に紛れ込んでいた…というのは論外だとしても、もし怪奇現象が発生したのなら、逆に、元々書かれていなかった空欄が、印刷されて浮き出て来る…というのが理想的なネタではないだろうか。誰かの悪戯にしては、矛盾と無利益でしかない。そして…さきほど“悠希眞斗”の名前が公にされた瞬間、突然荒れ狂った態度で、彼について問い詰めてきた“瀬川 宰”…そして“冬茜美佑季”という彼の幼馴染が“一人で泣いていた”という証言――

「放課後に教室を出る時、俺見たんだ…冬茜さんが宰に怒鳴っていたのを、木原と一緒にさ。それが兄貴の自殺に関わっているかは、分からない…でもさっきの宰の荒れようからして“悠希眞斗”とは百パーセント無関係とも言い切れない……そんなところだな、俺の考えは―」


 丈斗の予想意見が全て終了する頃には、二人は自宅までたどり着いた。

 彼の発言をしっかり頭に入れた祖母は、深く感動したようで、

「…確かに、アンタの理論には信ぴょう性があるね―しかしこの丈斗が、そこまで兄想いだったとはねぇ…まさかブラコン?」

「ブラコン言うな…!(どこで覚えたんだか…)的中しているとは限らないよ。全ては偶然で…宰が話していた“美佑季”が、俺が今日出会った“冬茜美佑季”と同一人物かは分からない…兄貴の名前を知っていたことも含めてな。それに、実際あった三年二組直筆の寄せ書きが書かれた紙と照らし合わせて

みないことには、何も始まらない。只の想像の域を出ない理論に過ぎない。俺は確証が欲しいんだ…!」

 丈斗は真剣な表情で、開いている玄関前で立ち尽くしながら、強く、拳を握らせたのであった。 

ハイヒールを脱ぎながら、祖母は残念な告知をする。

「少し遅かったね。文集に載っていた他の作品なら、生徒の手元に残っているかもしれないけど、寄せ書きは春休み中にまとめて処分され、ま、し、た」

「…だよなぁやっぱり……諦めて東京帰るかな…」

 丈斗が諦めかけていたそのとき、祖母が、カバンと一緒に脇に抱えていたクリアファイルを開き、四つ折りしていた紙を取り出し、広げて見せた。

「…! これは…」

 丈斗は、放課後に図書室で借りていた文集を、いそいそとカバンから取り出し、三年二組のページを慌てながらパラパラと探しあて、さきほどの折り目がついた紙に書かれている内容と比較してみる。

「はぁ…はぁ…同じだ。…!」

 丈斗はようやく家の中へ入ると、居間へ走り、明かりを点けた。

 肝心の眞斗の名前がある寄せ書きは、パッと見で確認できた。

「ほら、言ったでしょう? 信ぴょう性があるって」

 丈斗の予想通り、文集では空白になっていた部分に、青い色えんぴつで“悠希眞斗”の名前が確かに書かれていた。

「ばぁちゃん! 持ってたなら早く言ってくれよ!? マジで東京帰ろうかと思ったわぁ」

「はっはっはっはっ! ゴメンよ? 眞斗ちゃんがいたクラスの寄せ書きだったから、シュレッターにかけられる前に、ちょっと拝借したのさ」

(このオババは…!)丈斗は祖母を少し睨み、気を取り直して分析を再開させようとすると、

「…って。なんじゃこりゃあ? 点と短い線しかないぞ。何語?」

「そうそ! ばぁちゃんもそれが気になってたんだよ」

 祖母はトントンと紙の表面を指差した。その先には、初めに確認できた“悠希眞斗”と書かれた青い文字、そして…同じく青で細々と書かれた、点や丸や短い線。何かの暗号なのだろうか…

「アレ? 名前の前の文末に”1”って書いてあるけど…」



 次の日の朝、朝食と身支度を済ませた丈斗は、仏壇に線香を立てていた。仏壇の中には写真が入っており、推定年齢五十代ほどの白髪の男性が、警察官の背広を羽おり、貫禄を感じさせる雰囲気で写っていた。彼の名前は”水瀬源十郎”。丈斗の母方にあたる祖父である。眞斗、丈斗の兄弟がまだ幼い頃、毎年夏休みのお盆にこの家で家族が集まり、その度に兄弟は祖父に遊んでもらっていたのだが、祖父の職業は警視庁 警視総官という身分であったため、いつも夜遅くに帰ってきたホンの一瞬だけしか会えた記憶がない。一人娘だった旧姓“水瀬なるみ”…丈斗たちの母は、祖父から、彼が若い頃から様々な謎を解いていた、という自慢話を耳がタコになるほど聞かされた、と愚痴をこぼしていたこともあった。

「じいちゃん…アンタが今生きてたら、兄貴の真相も解いてくれたのか?(警察は自殺と判断して…それきりだった。冷たい正義の味方だよな…役人なんて)でも、俺はただ悔しくて吠えるだけの子供…かな。ったく!…」

「これ! 早く学校へ行きなさい」

 祖母は、仏壇のお供え物の菓子を持って、丈斗の後ろに立っていた。

 丈斗は気だるそうにして、ゆっくりとその場を立ち退く。

「へいへい…」

 丈斗は鞄を持つと、自信なさそうな顔で俯きながら、

「…ばぁちゃん、やっぱ俺…もう、東京に帰ったほうが…」

「苦手なことからすぐ逃げるところまで似るとはねぇ…丈斗、正直言って失望したよ?」

 祖母は仏壇の前で、丈斗に背を向けながら厳しく批難した。

 それに反発するように、丈斗は溜め込んでいた苛立ちを祖母にぶつける。

「…またじいちゃんの話かよ…! いちいち俺と比べんな…!!」

「私がいつ“源さん(祖父の呼び名)”と比べていると言ったの? アンタの性格のことを言ったつもりなのだけれど」

 祖母の意外な発言に、丈斗は言葉を詰まらせた。

そして祖母の説教は続く。

「…ま。源さんの性格と同じなのは…そうやって一人で突っ走るところ。その辺が子供だっていうのさ。何故一人で考えることに拘る? カッコつけてるつもりかい? アンタの洞察力は確かに魅力的だと素直に思う。けど勘違いしてるね。何から何まで一人で判断し、行動できるのが立派な大人だと思う? 大人はね、いや…人間はそれほど完璧な生物じゃないのさ。赤ちゃんだろうと、成人だろうと、人生の中では必ず、誰かの助けがなければ人は長生きできないもんなの。いずれ職につけば嫌でも分かるよ?

アンタみたいに片意地はって、仕事で分からないことを誰にも尋ねなかったら、間違いなく自滅する――」

「だぁあああもおぉっ!! ウッザい、もう学校行く!」

 丈斗は両手で頭を抱えながらそう言い放つと、その場を全速力で走り去り、玄関の戸をババっ!と開けっ放しで家から出て行った。

 それを見送った祖母は、フッと微笑して仏壇の写真へと目を向ける。

「フフっ…んま、あれだけ苛立つってことは、頭では理解しているんでしょうかね……そう思いませんか? 源さん…」









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