エピソード9 セカンドアタック
次の日の日曜日、雄太は眠い目をこすりながら、駅前の本屋へと急いだ。
あいにくの小雨の天気模様だったが、そんなことも気にならなかった。
午前中と言うこともあり、本屋は割と空いていた。
雄太は小説が並んでいる棚へと向かった。
雄太が本屋に来たのは、『ぼうママ』を手に入れるためだ。
この本を彼女にプレゼントする作戦だった。
最初は、本を貸すと言って渡そうかとも思ったが、ここは思い切ってプレゼントした方が効果は高いと思い直した。
しかし、この作戦が成功するためには、この本が彼女にとって面白い本でなければならない。
もしも、面白くない本であれば、プレゼントは逆効果だ。
彼女は、自分とは感性が違うと思ってしまい、雄太との距離はかえって広がってしまうだろう。
けれども、雄太はこの作戦が成功すると信じていた。
『ぼうママ』はとても面白い小説であると確信していたからだ。
きっと彼女も好きになってくれるに違いない。
一つだけ気がかりなのは、既にこの小説を、本好きな彼女が既に読み終えてしまっている可能性があると言うことだ。
その場合は、セカンドアタックはふりだしに戻り、また本探しから行わなければならない。
雄太は、どうか彼女がまだ読んでいませんようにと、心の中で祈っていた。
『ぼうママ』はすぐに見つかった。
棚の中に並んでいたそれは、一際輝いているように見えた。
この本が雄太の将来を左右すると言っても過言ではない。
雄太は『ぼうママ』を手に握りしめ、家路についた。
月曜日、雄太は『ぼうママ』を鞄の中に入れて、仕事場へと出勤した。
今日の昼休みに、彼女に話しかける。雄太はそう決めていた。
その日の午前中は、時間がとても長く感じた。
鞄の中にしまってある本のことばかりが気になった。
早く彼女にこの本を渡したい。
そんなことをずっと考えていた。
そして、待ちに待った昼休み、雄太は時間を見計らい、彼女の席へと向かった。
彼女の席に着くと、ちょうど彼女が食事を終えたところだった。
絶好のタイミングだ。
雄太は彼女に声をかけた。
「岩波さん、ちょっと、いいかな」
雄太は緊張した面持ちで、彼女に声を掛けた。
まだ、彼女の顔を見るとドキドキと心臓が高鳴ってしまう。
「あら、堀尾さん。どうしたの?」
彼女はいつもと変わらなく、ゆっくりした口調で雄太に尋ねた。
「実は、面白い本を、見つけたんだ。もしよかったら、と思って」
雄太は、手にしていた『ぼうママ』を彼女の方に差し出しながら、真っ赤な顔をして言った。
「ありがとう。『ぼうママ』か。面白そうなタイトルね。でもこの本新品じゃない?」
彼女は少し怪訝そうに雄太に言った。
雄太は、彼女の目を見ることが出来ず、下を向いたままぼそぼそと言った。
「この本、プレゼント、するよ」
彼女は少し困ったような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「そんな悪いわよ。読み終えたら返すわ」
「僕、もう一冊、持ってるから。是非、もらって」
雄太は言葉を振り絞るように言った。緊張は最大級だ。
彼女はまた困ったような顔をした。
少しの間、彼女は本を見つめていたが、すぐに顔を上げると、笑顔で言った。
「じゃあ、遠慮なく戴くわね。ありがとう。読み終えたら感想を伝えに行くわ」
雄太は、緊張でそれ以上彼女の近くにいることが出来なかった。
じゃあ、と短い挨拶をすると、そそくさと自席へと戻って行った。
彼女は、早速雄太が上げた本を読み始めたようだった。
自席に戻った雄太は、思わずガッツポーズをしてしまった。
読み終えたら、彼女の方から感想を言いに来てくれる。
初めて、彼女の方から話しかけてくれるということだ。
セカンドアタックは大成功である。
その日から雄太は、彼女が『ぼうママ』を読み終える日を心待ちにしていた。