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エピソード5 ファーストアタック

次の日の昼休み、雄太はアプローチの機会を狙っていた。

前の日は興奮してあまり眠れなかったし、今日は朝から仕事が手に付かなかった。

緊張しているのが自分でもわかる。

こんな緊張は初めてだった。

全ては彼女に話しかける、ただこれだけのために。


彼女はいつも、お昼を自席でとっていた。

手作りのお弁当を持参しているのだ。

そして、食後は静かに読書をすることが多かった。

題名までは分からないが、おそらくヨーロッパの文学書であろう。

周りの同僚は外に食べに行っていて、このフロアには二、三人しかいなく、閑散としていた。

まさにチャンスだった。

雄太は、ゆっくりと彼女の方へと向かって行った。


彼女はいつものように、机を背にして分厚い文庫本を真剣な眼差しで読んでいた。

その真剣さは、他の誰も寄せ付けない強さみたいなものがあった。

それでも、チャンスは今しかない。

雄太は心の中で掛け声をかけると、彼女の前へと歩み出した。


彼女は雄太に気付かずに、一心不乱に読み耽っていた。

雄太は震える声を絞り出し、彼女に話しかけた。


「岩波、さんも、読書、好き?」


余りの緊張に、雄太の声はとぎれとぎれになっていた。

すると、雄太に気が付いた彼女が、すっと顔を上げた。


大きな瞳に筋の通った鼻、唇は小さい方だろうか。

ショートカットに赤色のメガネが良く似合っていた。

彼女の顔を見たとき、雄太の心臓ははち切れんばかりに、激しく鼓動した。

顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。

彼女は不思議そうに雄太を見つめた。


「ええ。本を読んでると、気持ちが落ち着くの」


彼女が小さな声で答えた。彼女がその大きな瞳で雄太を見つめていた。

雄太は恥ずかしさに耐え切れなくなり、視線を下に落としてしまった。


「僕も、読書、好き、なんだ」


雄太は下を向いたまま、消えそうな声で言った。

こうして彼女と話をしている。

そう思うだけで、雄太はとても嬉しかったのだ。


「どういう本を読んでいるの?」


彼女が優しく問いかけて来た。

雄太は益々恥ずかしくなり、彼女の顔を見れなくなっていた。


「最近、読んだ、のは、『不思議の国のアリス』」


辛うじて絞り出した声に、つい昨日まで読んでいた本の名前を重ねた。

すると彼女はにっこりと笑いながら言った。


「わたし、『不思議の国のアリス』大好きよ」


『大好き』といった彼女の言葉に、雄太は鋭く反応してしまった。

『大好き』。

自分がこう言われたらどんなに幸せか、雄太は一瞬そう思った。

そして、その言葉は、雄太から魂を抜き取ってしまった。

何も話せなくなってしまったのだ。

雄太は、それ以上彼女に声を掛けることなく、ひとり自席へと戻った。


自席に戻った雄太は、彼女の言葉を心の中で反芻していた。

『大好き』、『大好き』、『大好き』。

その言葉が聞けただけでも、このチャレンジは成功だと思えた。

その日の午後も、仕事が手に付かなかったのは言うまでもなかった。

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