エピソード4 話題の学習
その日から雄太は、イギリス文学について勉強し始めた。
文学の文の字も齧ったことがない雄太にとって、それは付け焼刃であることは百も承知している。
しかし、彼女との話のきっかけとしては、イギリス文学は最適な選択肢であるようにも思えた。
同じような趣味の人から何気なく話しかけてくれる。
それは、人見知りの激しい雄太にしてみても、大変ありがたいアプローチであるからだ。
同じようにあまり社交的とは言えない彼女にしてみても、きっと楽に話が出来るアプローチに違いない、雄太は固くそう思った。
雄太はまず図書館へ行き、百科事典でイギリス文学とは何か、を調べた。
そして、イギリス文学とは固定的な概念のようなものはなく、イギリスが発祥となった小説や歴史書そのものだったり、その作品や作家などを研究することだったりということわかった。
文学とは全く縁のなかった雄太にとって、それはとても新鮮に思えた。
雄太は、百科事典に記載されていた、いくつかの代表作を探し、借りて家で読むことにした。
雄太が借りて来たのは、美穂から聞いていた『不思議の国のアリス』の他に、『ロビンソン・クルーソー』『ガリバー旅行記』の三作だった。
題名くらいは知っていた雄太だったが、実際に物語を読むのはこれが初めてだった。
そして、仕事の休憩時間や昼休み、電車での移動中、就寝前と時間の許す限り借りてきた本を読み漁った。
とにかく、物語のストーリーと登場人物を暗記し、クライマックスと言える場面を暗唱できるくらいに読み耽った。
突然、本などを読み始めた雄太を同僚は不思議そうな顔で見ていたが、それ以上は詮索してこなかった。
雄太は読書に精を出した。
その努力の甲斐があって、雄太は借りてきた三冊については簡単な論評が出来るくらいになっていた。
そこで雄太は考えた。当然彼女は、もっと多くの文学書を読んでいることだろう。
たった三冊しか読んでいない自分が、彼女とイギリス文学について話が出来るのだろうか?
もっと何冊も読みこまなければいけないのではないだろうか?
しかし、何冊も読み込むにはかなりの時間がかかる。
どうするべきなのか?
雄太は考え込んでしまった。
そして、雄太が出した結論は、今の状態で一度アタックしてみる、というチャレンジングなものだった。
ロールプレーイングゲームでいえば、必要最低限の武装だけして、最初の敵に立ち向かう、と言う状態だ。
ゲームであれば、最初の敵は必ず雑魚キャラで、最低限の装備でも楽勝できるくらいのレベルである。
しかし、彼女は最初から大ボスのようなレベルだった。
雑魚キャラなど存在しない。
いつもなら、キャラのレベルを最大まで上げてから挑むところだが、彼女のレベルが分からないままでは、どこまでレベルを上げるべきなのかさえ分からない。
武装は強力なほどいいが、まずは戦ってみないと大ボスのレベルがわからないのだ。
それ故に、雄太はとてもチャレンジングな選択をせざる得なかった。
とはいえ、このチャレンジが失敗しても大きなダメージを受けるとは思えなかった。
齧っただけだとはいえ、同じ趣味を持つ人に話しかけられて、嫌な気持ちになる人は少ない。
話が進展しなくても、雄太がイギリス文学に興味がある、ということは彼女に伝わるはずだ。
それだけでも、最初の成果としては充分だった。
雄太は明日の昼休みに、彼女にアプローチすることを決めた。