表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

エピソード3 きっかけ探し(2)

雄太はどうやって美穂に話しかけるかをシミュレーションしていた。

いきなり彼女のことを尋ねたのでは、気味悪がれるだろう。

雄太が彼女に一目惚れしたこともばれてしまうかもしれない。

それだけは避けなくてはならない。

ともかく、雄太は美穂が一人になる時を狙っていた。


その時は突然やって来た。

美穂が席を立って、飲み物の自動販売機のある方へと向かって行った。

これはチャンスだ、と雄太は思った。

美穂たち女性陣が集まって世間話をするときは、トイレの隣にある給湯室と決まっている。

そこには、男性陣が滅多に来ないからだ。

しかし、美穂は給湯室とは別の方向の、自動販売機のある方へと歩いている。

これは、ちょっと一息いれるだけの行動と思われた。

このタイミングを逃してはならない。

雄太の心の中に芽生えた、恋愛の神がそう雄太に告げていた。


雄太は、席を立って美穂の後を追った。

自動販売機のところまでやってくると、ちょうど美穂が飲み物を買っているところだった。

そこは、ちょっとした休憩スペースになっていて、三人掛けのソファーが二つ置かれていた。

いつもなら、一人二人はソファーに座って休んでいる同僚がいるのだが、その時に限っては誰も座っていなかった。

雄太にとっては絶好のチャンスである。

雄太は心の中でガッツポーズをした。


美穂は近くに来た雄太に気付くと、軽く微笑みを浮かべて雄太に話しかけた。


「堀尾君も休憩?」


美穂が、自動販売機から飲み物を取り出しながら言った。

いつもなら、「うん」とだけ答えて、それっきり会話をしない雄太であったが、今回はそうはいかない。

雄太は勇気を振り絞り、緊張した面持ちで、シミュレーションした通りの言葉を発した。


「うん。木下さんも、仕事、忙しそうだね」


ぎこちない発音になってしまったが、雄太はシミュレーション通りの言葉を発することが出来た。


「そうなのよ。課長が今日中に資料を作ってくれって。全く、いつもぎりぎりになって頼むんだから。どうせ頼むならもっと早くに言ってくれればいいのに」

美穂が買った飲み物を口にしながら、少し早口で課長に対する不満を雄太にぶつけた。

美穂がこういう反応にでることは、事前のシミュレーションの通りだ。

仕事が出来る美穂は、ある種課長の秘書のようなことをよく頼まれていた。

この日も、朝一番に課長が美穂の席に来て、資料を作ってくれるよう依頼していたのを、雄太は横で見ていたのだ。

もし、課長が頼まなくても、美穂は別の仕事に精を出していたはずだ。

それだけ、美穂は出来る社員だった。


「新しく転属してきた、岩波さんに、任せたら?」


雄太は、まるで小鳥が鳴くような小さな声で、絞り出すように言った。

そして、自分も自動販売機で買った飲み物をゴクリと飲んだ。


「彼女、優秀みたいだけど、まだこっちに来て日が浅いでしょ? 課長の資料作りはコツがいるから、まだ任せられないわ」


美穂はソファーに腰を下ろしながら言った。

話の流れを、自然と彼女のことに持っていけた。

勝負はここからだ。


「そういえば、彼女の、歓迎会、やってないよね」


雄太が、美穂の近くに歩み寄りながら言った。

相変わらず、消えそうな声だった。


「先々週の金曜に、恒例の女子会に誘ったわよ。でも、彼女飲み会とかあまり好きじゃないみたい。だから、特に歓迎会も企画してないのよ」


美穂が、少し気怠そうに言った。

社交的な美穂でも、彼女とはあまり合わなそうな雰囲気であると感じられた。


「じゃあ、岩波さんの、好きなことって、何かな?」


雄太が視線を下に落として、恥ずかしそうに言った。

美穂はそんな雄太を気にしている様子はなかった。


「そうねえ。そういえば彼女、イギリスの文学に興味があるらしいわよ。『不思議の国のアリス』とか。読書が趣味なんだって」


美穂は視線を上に向けて、思い出すように話した。


「そうなんだ。イギリス文学か…」


雄太はそれこそ消えそうな思いだった。

イギリス文学。

自分とは全く異なる趣味だったからだ。

これで話のきっかけが出来るのだろうか。

雄太は途轍もない不安に襲われた。


黙り込んだ雄太を余所に、美穂がソファーから立ち上がり、自席へと戻って行った。

ソファーには、自失茫然となっている雄太だけが取り残されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ