エピソード2 きっかけ探し(1)
その日から、雄太は彼女に話しかけるための綿密な作戦を考え始めた。
ただ単に彼女に話しかけるだけでは、一同僚としか受け取られかねない。
それでは、彼女に好印象を与えることは出来ないし、ましてやデートに誘うなんてことは夢のまた夢になってしまう。
とにかく、第一印象が大切だ。
それに、ただでさえ雄太は人と話すのが苦手なのだ。
今のまま彼女に話しかけることは、武器を持たずに敵陣へと出撃する兵士のようなものである。
あえなく撃沈することは、火を見るより明らかだ。
だからこそ、彼女と少しでも親しくなるためには、緻密に練られた戦略が必要なのである。
そう、それはロールプレイニングのような、繊細で劇的なストーリーが必要なのだ。
雄太は今まで得てきた少ない知識を最大限に活用して、戦略を練ることにした。
まず雄太が取り組んだのは、彼女についての情報収集である。
かろうじて『岩波真奈美』という美しい名前だけはわかっているが、彼女の自己紹介をほとんど聞かなかった雄太は、名前以外の情報を全く持っていなかった。
年齢さえもわからない。
それは暗闇の中に放り出された子犬のようだった。
右も左もわからない状態では、作戦をたてようがない。
とにかく、第一印象が非常に重要である。
初めの一歩が、今後の行方を左右すると言っても過言ではない。
そのためには、出来うる限り情報を集めることが必要だった。
RPGであれば、攻略本を隅から隅まで読むところであるが、今回はそんな攻略本などありはしない。
もしもそんな攻略本があったら、雄太は全財産をつぎ込んでも手に入れることだろう。
では、どうするべきなのか?
雄太が真っ先に考えたのは、興信所に依頼をして彼女のことを調べ上げてもらうことだった。
興信所に依頼できるだけのお金は用意できるし、探偵と言うプロに頼めば、短期間で彼女の詳細な情報まで手に入れることが出来るだろう。
彼女の家族から始まって、親戚付き合い、友達、趣味、好み、休日に何をしているのか、どこのお店がお気に入りなのかまで分かるはずだ。
それらは、必ず雄太に幸せをもたらしてくれる。
しかし、よく考えた末に、雄太は興信所に頼むことを諦めた。
万が一のことを考えたからだ。
興信所は彼女の情報を得るために、彼女を尾行したり、近所の人に聞き回ったりするだろう。
もしもそのことが彼女の耳に入ってしまったら、彼女はきっと気味悪がるに違いない。
最悪の場合、ストーカーがいると思ってしまうかもしれない。
そして、その直後に雄太が話しかけようものなら、雄太のことをストーカーと結びつけてしまう可能性がある。
その可能性はかなり低いかもしれないが、もしもそうなったら、どうにも取り返しがつかなくなるだろう。
事は慎重に運ばなければならない。
雄太は泣く泣く興信所を諦め、別の方法を模索した。
結局、雄太が出した結論は、同僚の女性にそれとなく聞いてみると言う、何ともありふれた作戦だった。
しかし、これが最も自然でリスクが少ない方法だったのだ。
集められる情報は、おそらく大したものはないだろうが、それでも話のきっかけくらいにはなるだろう。
彼女の好きなものが一つでも分かれば、一言くらいは自然に話しかけることが出来るはずだ。
それは、今までに女性と付き合ったことがない雄太にとっては、大いなる一歩でもあった。
雄太は一人の女性に的を絞った。
雄太の隣の席に座っている木下美穂である。
美穂は雄太と同期入社であり、仕事も難なくこなす優秀な社員だ。
そして、同期の中では中心的な存在であり、社交的で活発な女性だった。
無口で人見知りの激しい雄太にも、気楽に話しかけてくれる、唯一の女性であった。
職場にいる女性陣の中ではある種リーダー的な存在で、休日には同僚とよくショッピングにも出かけているらしい。
美穂の席には就業中でも同僚の女性がよく話しかけに来るくらいだ。
美穂ならば、きっと彼女のとも話をしているに違いなかった。
問題は、どうやって彼女の情報を聞き出すかだ。
RPGであれば、美穂の目の前に行けば、雄太が必要としている情報を美穂の方から話してくれるのだが、現実はそうはいかない。
雄太の方から美穂に話しかけて、それとなく自然に聞きださなくてはならないのだ。
雄太にとって、それはハードルの高い第一の試練だった。