エピソード13 二面クリア
結局、雄太が思いついた作戦は、本の間にチケットと手紙を挟んで渡すという、とても消極的なものだった。
これならば、特別に彼女に話す必要がない。
もしも彼女が、気が付いてくれなかったらそれまでだが、しおりのように少しはみ出して挟んでおけば、きっと気が付いてくれるだろう。
雄太は期待を込めて、チケットを握りしめた。
週明けの月曜日の昼休み、昼食を終えた雄太は彼女の席へと向かった。
手には、手紙とチケットが挟まっている本が握られている。
本からわずかに飛び出して見えているチケットは、雄太の期待の表れでもあった。
彼女はいつものように、自席で読書をしていた。
雄太が近づくとその気配を察したのか、本を机の上に置き、雄太の方に向き直った。
「これ、面白いから是非読んでみて」
雄太が、チケットの入った本を差し出しながら言った。
「ありがとう。『空の軌跡』か。面白そうね」
彼女が本を手に取り言った。
雄太は、じゃあ、と短く言い、その場をすぐに離れた。
彼女がチケットに気が付いて、手紙を読んだ時の反応がとても怖かったからだ。
迷惑だったらどうしよう。
そんなことばかり考えていた。
雄太が自席に戻り、十分ほど経った頃、一通のメールが届いた。
彼女からだった。
タイトルは『ありがとう』となっている。
まさか、返事がメールで来るとは思わなかった雄太は、少し緊張した面持ちで恐る恐るメールを開封した。
『チケットありがとうございます。手紙読みました。是非一緒に舞台を見に行きましょう。 真奈美』
OKのメールだった。
雄太はその場で小躍りしたくなる程嬉しかった。
心の中で、何回もガッツポーズをした。
そして、彼女と舞台を見に行く日がやって来た。
雄太は、持っている中では一番高価なスーツを着込み、職場へとやって来た。
出来る限りのおしゃれもしていた。
そんな雄太に同僚は、「今日はめかしこんでるな、もしかしてデートか?」と冷やかしたが、雄太は何も答えなかった。
只々、終業時間になるのを心待ちしていた。
そして、終業時間になり、雄太は仕事場を後にした。
彼女とは、劇場の近くの本屋で待ち合わせをしている。
雄太は逸る気持ちを抑えながら、待ち合わせの本屋へと向かった。
しばらくして、彼女がやって来た。
昼間職場にいる時よりも、しっかりした化粧をしていた。
服装もいつもより豪華さが見て取れるものだった。
「おまたせ。お化粧に時間がかかっちゃって、遅くなっちゃった。遅れてごめんなさい」
彼女が肩で息をしながら言った。
ここまで急いで来てくれたのがわかった。
「大丈夫。公演まで、まだ、二十分くらい、あるし」
雄太はとぎれとぎれに応えた。
いつも見ている彼女より、数倍綺麗で胸が高鳴っていたからだ。
きれいな彼女を直視することが出来ず、下を向いたまま雄太が言った。
「じゃあ、中に、入ろうか」
舞台は大変面白いものだった。
有名な俳優や女優が出ている訳ではなかったが、脚本がしっかりしていて、観客を魅了していた。
彼女も食い入るように舞台にくぎ付けだった。
雄太は、もちろん舞台は見ていたが、それ以上に隣に座っている彼女の表情や仕草が気になっていた。
彼女はこの舞台に満足しているようだ。
それだけで、雄太は嬉しかった。
舞台が終わり、劇場から出て来ると、彼女が言った。
「面白かったわ。お芝居は久しぶりだったから余計にね」
その時、雄太はここしかないと思った。
彼女を食事に誘うのだ。
時間は夜の八時を回っていた。
仕事場から直接来た二人は、当然夕食を食べていないので、彼女もお腹が空いているはずだ。
雄太は意を決し、彼女の方に振り向き言った。
「あの、もしよかったら、これから、食事でもどう? 嫌なら、別に、いいんだけど…」
最後の方は、正に消えそうな声だった。
彼女は特に驚いた様子もなくいつものように答えた。
「いいわよ」
彼女がそう言うと、雄太は心の中でガッツポーズをした。
ようやく次のステージに登れる。
大きな期待と小さな不安が雄太を取り巻いた。




