エピソード1 出会い
堀尾雄太は、いつものようにパソコンと対峙していた。
それはまるで獲物を狙うハンターのように、鋭くギラギラとした眼差しだった。
そして、目にも止まらない速さでキーボードを叩く姿は、機械仕掛けの人形とも思えた。
パソコンと向き合っている雄太は、決して笑みを零すことはない。
いつでも口元が引き締まった真剣な顔つきで操作をしている。
雄太の仕事はシステムエンジニアだ。
いわゆるSEと呼ばれる職業である。
この仕事は、一日の内大半をパソコンと共に過ごす。
同僚と仕事の話をすることもあるが、周りとは仕切られた専用の机に向かい、たった一人で行う作業がほとんどだった。
そしてそれは、雄太にとっては大変ありがたいことだった。
仕事に不必要な同僚との世間話は、雄太にとって煩わしいこと以外の何物でもなかったからだ。
子供のころから、雄太は人と話すのが苦手だった。
頭に浮かんでいることを、言葉に表現することが上手に出来ずに、度々友達にからかわれたりした。
それ故に、学生時代は友達らしい友達も出来ずに、一人きりの寂しい学生生活を過ごした。
それでも、雄太はそんな生活が決して苦ではなかった。
むしろ気楽な学生生活だったと言えた。
一人で過ごすことが得意な雄太は、読書したり映画を見たりテレビゲームをしたりして時を過ごした。
そしてもちろん、パソコンも雄太にとって大事な相棒となっていた。
そんな雄太が無事にSEとなれたことは、天職に巡り合えたとも言える。
プログラミングの速度は人一倍早く、正確で間違いがなかった。
そして何より、雄太のプログラミングをしたコードは大変美しかったのだ。
それはまるで、ビニールハウス一面に丁寧に一列に植えられたバラの花のように、とても規則正しい美しさであった。
そして雄太は、この職場で不動の地位を築き上げていた。
それは、人付き合いの悪い天才プログラマーである、という肩書だ。
決して出世をすることはないが、会社にとっては絶対に欠かすことのできない重要な人物である、という認識だった。
雄太には親しい友達がいなかった。
異性はもちろんのこと、同性にも心を開かない雄太には、仕事帰りに飲みに誘ってくれる友達もいなければ、休日に一緒に映画に行ってくれる友達もいなかった。
もちろん、異性とはほとんどは話すらしたことがなく、彼女いない歴は三十年になろうとしていた。
そんな雄太に、突然、天変地異が起きようとしていた。
それは、ある夏の暑い日のことだった。
その女性は突然雄太の前に現れた。
今月から産休に入った同僚の女性プログラマーの穴埋めとして、一人の女性が雄太の職場に転属してきたのだ。
その女性を一目見た瞬間、雄太の体に衝撃が走った。
それは今までに全く経験したことがない、まるで雷に打たれたような感覚だった。
胸の鼓動は早くなり、掌にはうっすら汗までかいている。
そして、彼女に囚われてしまった奴隷のごとく、皆の前で自己紹介をしている彼女から、雄太は目を逸らすことが出来なかった。
彼女は、はきはきとした口調で自己紹介を続けていた。しかし、雄太の耳には全くと言っていい程、彼女の言葉は入って来なかった。
その日は、全く仕事が手に付かなかった。
簡単なプログラムをミスしたり、頼まれていた資料作りを忘れていたりと、一日中上の空であった。
それは、彼女に心を奪われてしまったからに他ならない。
完全なる一目惚れである。
雄太は強い動揺と、ある種の快楽の中に埋もれていた。
彼女の近くに行きたい。
彼女と話がしたい。
彼女と付き合いたい。
動揺と快楽は、次第に決意と欲望へと変わっていった。
そしてその日の夜、雄太は意を決し、彼女に話しかけることを決心した。
同姓にすら満足に話が出来ない雄太にとって、それは人生で最大の決意表明であった。