噂
人の噂は当てにはならない…どこまでが真実か見分けがつかないから……
「イヌワシ?」
酒場で仲間達と飲んでいた男が、聞き慣れないその名前に反応した。
「ああ。イヌワシだ……なんだ、お前知らないのか?」
馬鹿にしたような仲間の言葉にカチンときたのか、
男は少し眉をしかめながら覚えている知識を頭の引き出しから
引っ張り出す。
「知ってるさ! あれだろ? えーっと……そう!!
天然記念物の!!」
そう。イヌワシとはタカ科の鳥。全長約85センチ。
全身茶褐色で、頭の後方は金色。ノウサギなどを捕食。
日本では北海道・本州の山地にすむが、数は少ない。
天然記念物の一種である。
どうだ、と言わんばかりに胸を張る男に仲間達は、呆れたようなため息を吐く。
「そりゃあ、犬鷲だ。確かに合ってはいるが……。
俺たちが言ってるのは“狗鷲”。
……最近出てきた若手の殺し屋だ。」
「殺し屋?」
「ああ。」
この男たちが生きている場所、世界は「普通」とはかけ離れてる。
非合法ドラッグや殺し、盗み……そういったモノが「常識」として
存在する世界……いわゆる「裏の世界」。
その世界に最近新しい「殺し屋」が生まれたらしい。
よく殺し屋や暗殺者は生まれるが、名前が噂としても広がるのは
ごく一部の者達だけだ。
つまり、“狗鷲”は相当な腕前のようだ。
「で? その“狗鷲”はどんなヤツなんだ?」
興味が出てきた男は身を乗り出して、もっと話を聞こうとする。
が。
「……それが、よく分らないんだ」
「………………はぁ?」
男が間の抜けた顔をすると、仲間たちは己の知っている「噂」を
話し始める。
「どうも普通の依頼は受けるみたいなんだが……」
「あ? オレは“条件”が合う依頼だけやるって聞いたぜ」
「性別不明。容姿も……見た奴がいねぇって話だ。
依頼人すらも姿は見たことが無い」
「剣か刀か……どっちか知らねぇが、死体には見事な切り傷があるってよ!」
「あぁ? 俺は銃を使うって聞いたぜ。
心臓部分に割とでけぇ穴が開いてるってな。」
「なんで狗鷲って言うんだ?」
「確か唯一の連絡方法にお前が言った犬鷲を使ってる……から。
だったはずだ」
「なんだそりゃ」
ぎゃははは、と笑っていると。
仲間内では若い方に入る男が自慢するように声を大きくする。
「オレ、すげーの知ってるぜ! “狗鷲”の目撃談!!」
全員、話をぴたりと止めてそいつに視線を集める。
「あ? なに言ってんだ。誰も見たことねぇんだろ? 」
「まぁ聞けって。一人だけいたんだよ。“狗鷲”に殺されかけて生き残った奴が。
……なんでも、襲われた時に一瞬だけ見たらしい。
目深に被ったフードから鋭く冷たくこちらを射抜く……
琥珀と金色の瞳を……」
「……性別は?」
「さぁ? そこまでは分らなかったらしい。
なにぶん、気を失う前だったみたいだからな」
「頼りねぇ情報だなぁ」
「ま、あくまで噂だかんな」
「噂、か」
「そういや~さ~……」
そうして次の話題へ移っていく男たち。
酔いつぶれる頃にはすっかり“狗鷲”のことなんか忘れていた。
……酒場のカウンターで飲んでいた一人の男以外は。
「狗鷲、か……」
呟いた声はカウンターにいたバーテンダーにすら、届かなかった。
第二段。メイン人物はまだでてきませんね~(苦笑)