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数日後。
「本当ありがとう! 今までにない手応えだよ!」
習慣づいてしまったのか、オンボロアパートの2階の端の部屋にて四葉はにこやかに笑いながら空へと礼を言う。
「そりゃどうも。あとは手応えに結果がついてくれれば上々だ」
溜息混じりに空は、ニコニコと笑い続ける四葉へと言う。
正直な話、今まであまり点数が取れていない彼女の手応えというものを空は信じられない。
半分の点数かもしれないし、8割~9割の点数なのかもしれない。
空からしてみれば言葉通り、結果がついてきてくれる事を祈るばかりだ。
「それはともかく沈村。お前、部活は?」
「いくらなんでも出来ないよ。そもそも何で学校が休みにならないのかが不思議なくらい」
イラスト部部長が捕まった為、そのままイラスト部の活動も自然と自重することになったのだろう。
それどこか四葉の通っている学校から殺人犯が出たのだ。
学校自体が休校になっても不思議はない。それどころかマスコミが押しかけてきても疑問ではない。
それなのにここ数日間、そのような二つの事柄は一切起こっていない。
「わざわざ俺が教育してやったのに、それが野次馬どもによってテストは中止なんてなったらムカつくからな。学校自体でその噂、流行ってないだろ?」
「そうだけど……一体、どうやったらそんな事できるの」
四葉も呆れ気味に空へと言った。
生徒から部長の噂を聞く事も、教師が直接話をする事もなかった。
それは空が裏から手回しして情報をどこかで塞き止めているからだろう。
しかしそれも時間の問題。塞き止めていたところで、いずれは漏れ出すのが目に見えている。
「さて沈村。お前にはさっそく俺の所有物としての仕事をしてもらおうと思っている」
「……何をさせる気?」
「簡単な話さ。ある人物に手紙を渡してもらう。ただそれだけだ」
机上に置いてあった封のされてある手紙を見せながら空は四葉へと渡してきた。
「これを……誰に?」
「それはこっちに書いてある」
今度は自分の懐から紙切れをだし、そのまま四葉へと渡す。
「反崎泉希。ここから二駅ほど行った場所にある女子高に通ってる高校2年生だ。あちらの学校は今日は通常授業だから、まあ、今から行ったら会えるさ。もしも放課後になる前に着いてしまったら迷わずに事務室に行け。話は既につけてある」
「…………そこまで準備してあるんなら、自分でいけばいいんじゃ?」
「女子高に男子が入ったら、ただでさえこんな容姿なのに、目立っちまうだろ。お前なら性別が同じだからな。心配はない」
「ふーん……そういうの気にするタイプだったんだ」
「まあな。それに俺が直接行くには早過ぎるって話だ」
「…………?」
「ともかくさっさと行って来い。すれ違いだけは避けたい。今日中に通り魔事件については決着をつけたいからな」
「通り魔……?」
空が呟くように言ったその一言が気になったが、四葉は取り敢えず言われた通りに部屋を出て行く。
四葉を見送り、空はここ数日間、四葉が勉強し続けていた席へと座り込む。
先手はこちらが取った。沈村四葉という駒はすでに動き始めている。
あとは四葉が反崎泉希……今回の通り魔事件の黒幕だと思われる人物に空からの手紙を渡し、それから数分後に電話を掛ければその真実が分かる。
真実の判明後、あの刑事に連絡を取り、そして黒幕を捕える。
そうして後は一度でも面会させてもらう機会すら得れば空の完勝となるだろう。
しかし。
(……相手が必ずしも予定調和な後手を打ってくれるとも限らない。最悪の場合は俺が負ける。相手のコードとの相性も特段良いというわけでもない。俺自身が直接打って出ても効果があるわけでも無い。最悪の場合は、そうしなければならないが…………)
数手先の動きを見るかのように空の思考回路は巡回していく。
しかし空は、この思考すべてが無駄だという事を知っている。
いくら考えたところで、自身が考え付く結末になるとは限らない。
空の立てた計画の中にどれだけの障害があるのかなど予想もつくはずがないのだから。
「私に用って、なんですか?」
「あ、はい。これを…………」
四葉はそう言いながら、空に渡された手紙を女子生徒へと見せる。
手紙を見た瞬間、怪訝な表情を浮かべて女子生徒はその手紙を四葉から手渡しされる。
中を開封し、横の罫線が引かれてある紙にはこう綴られていた。
『貴方のご親友である有坂智美さんが被害者となってしまった強姦事件の復讐劇である今回の通り魔事件は貴方の思惑に反し、残念ながら復讐を完遂することなく終着を迎えそうです。どうせ仮の犯人を捕まえ裁いたところで貴方は復讐を完遂するために繰り返し同じような犯罪を他者を操り起こすのでしょう。事実上罪を犯していない貴方を捕まえ裁くことのできないこちらとしての対応は、貴方の動機を一時的に奪うことしか出来ません。つまりは―――』
文章の途中で目を通すのを止めた女子生徒は、四葉に単純な疑問を持ちかける。
「この手紙は誰が?」
「えぇーと……」
四葉は惑った。
濁川空の名前を出した所でこの女子生徒に通じるかどうかも怪しい。
学校に着き、事務室に行ったときは、空の名前を出した瞬間に態度が一変したが女子生徒もそうなるとは限らない。
それでも一応は空の名前を出しておいた方がいいのだろう。
そう思い、四葉は数秒間躊躇った挙げ句、口を開こうした。だがその数秒間は女子生徒にとって異常だった。
「っ……面倒ね」
「えっ?」
女子生徒の呟きに疑問を持った次の瞬間には、四葉の首にスタンガンが当てられていた。
無言のまま気絶し、そのまま地面に倒れ込もうとする四葉の身体を支えながら、静かに下ろし、身分を証明するものを探し始める。
数十秒後、四葉の懐から携帯を発見し、キーを操作し始める。
不用心なことにロックなどの制限はされておらず、すぐさま四葉の名前が判明した。
「……っ!!」
四葉の携帯への突然の着信に女子生徒は驚き、恐る恐る、電話にでる。
『もしもし反崎さんですか。通り魔事件の黒幕さんですか』
「……誰」
『ん? おお、こりゃ本当に当たりだったのか』
電話の向こうから聞こえてくる声は、まるでこちらの状況を全て悟ったかのように言う。
一体この人物が誰なのか。何故、自分の苗字を知っているのか。
女子生徒には大した疑問にはならなかった。それよりもまず気になる事があったから。
「アナタが手紙の送り主なのね」
『ああ、そうだよ。俺がそこに寝転がってるはずの沈村四葉にその手紙を持たせた』
「そう。なら殺してあげる」
『うわっ物騒。女の子が殺すなんて言っちゃいけないんだぞ』
軽い調子で空は言うが、そもそも女子生徒……反崎泉希、今回の通り魔事件の黒幕をその気にさせたのは紛れもない空が送った手紙の文面が原因なのだ。
四葉に勉強を教えている間、空は強姦事件の被害者の交友関係を調べていた。
その末で辿り着いたのが反崎泉希。彼女は被害者女性の親友だった。
直感的に反崎泉希が今回の黒幕だと思っていた空だが、実際に確証がもてる事象がなければそれはただの決めつけ……妄想だ。
その為、空は沈村四葉を介して反崎に手紙を渡した。
あの手紙の続きはこう〆られていた。
『―――強姦事件の犯人と同様に裁かれぬ者である貴方に反省し、自らの罪と向き合う時間を与えることしかできないというわけです。是非、貴方には罪を贖ってもらいたい。もしもそれを拒むのならば、それは貴方の心がすでに自身の親友を死に至らしめた犯人たちと同じものと化してしまっている証拠となるでしょうから』
簡単に要約すれば、今のお前は復讐相手と同じクズだ、という挑発文だ。
例え相手がこの文に関して何を思おうとも空にとっては構わない。彼にとっての罠は沈村四葉の方なのだから。
相手は必ず、四葉にこの手紙は誰から送られてきたのかを問うはずだ。挑発に乗るにしろ乗らないにしろ、自身が通り魔事件に関与していることを誰が知っているのかは単純に気になる事柄であるから。
そして沈村四葉の性別が女性であるため、なおさら相手は問うだろう。空の思った通り黒幕であれば。
何故なら黒幕のコードは女性を対象としたコードであるため、制限を満たしている四葉に嘘偽りなく真実を聞きだせるからである。
しかし四葉の反応は想像とは違ったもの。回答に躊躇った。
黒幕のコードは女性を対象にしたマインドコントロール。それを使い、四葉に即答させるはずだった。
だが四葉は即答をしなかった。つまりそれは沈村四葉がコードを無効化する術を持っているということ。
最悪、彼女が手紙を書いた人物だとしたらここで自分の復讐が終わってしまう可能性すらある。
だから四葉を気絶させ、どういう人物かを表すモノを捜し出し、そして。
タイミング良く、濁川空からの電話が掛かってきた。
『反崎泉希。ここでアンタの復讐計画は挫折するんだよ』
「またどうして。私を捕まえる事はできないはずでしょ。なにせ証拠がない」
『寝言は寝てから言えよ、バカ野郎。証拠もなにも……犯罪ナウじゃねぇーか、アンタ』
「えっ?」
『沈村四葉を故意に気絶させた。正当防衛なんて当然通用しない立派な犯罪だ。まあ、適応されるのは暴行罪程度だろうけどな』
「そんな…………」
黒幕を確定させるため。そして黒幕に犯罪行為をさせるため。
空が沈村四葉を介して手紙を渡したのはその二つの要素があったからだ。
『裁けぬ罪は仕方ないさ。でもな、裁かれない人間が存在するのはとても許せない性質なんだ。お前にはどんなに小さな罪であれ、しっかりと償ってもらう』
「…………できるかしら」
『出来るさ。警察にはもうコネを回してある。捕まえる準備も整ってるさ』
「そういう事じゃないわよ。警察は機能してるのかしら」
『……何をした?』
「さあ、それはしばらくすれば分かることじゃない」
『そうか。分かった時にはきっと不愉快になるような事なんだろうな』
「そうね。私にとってはとても都合のいい事柄なんでしょうけど」
空には彼女のした事の予想は立っていた。
きっと彼女はコードを使用して何らかの事をしたのだろう。
それは空にとってはとても不愉快で、彼女にとってはとても都合がいい出来事。
『だったら俺が直接、お前を潰しにかかればいい話だ』
「出来るの、貴方に」
彼女は含み笑いをしながら空に向かって侮蔑の意を込めて言いつける。
それを気にせず、空は断言する。
『出来るさ。俺なんだから』
前回、急展開で今回も急展開。
そして読み辛いったらあらしない。