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Empty idea  作者: 坂津狂鬼
《恍然自失》
4/18

witch's house

濁川空に手を引かれて着いた場所は、住宅地の一角にあるボロっちいアパートだった。

周壁が黄ばみ所々にヒビが入っているが、それを覆い隠すかのように蔦がアパート全体の至る所に巻き付いており、アパート周辺の地面にも雑草や種目も分からない花が生い茂り、なかでも目立つ大きな幹をした木々がその枝などが壁に沿って成長していた。

周りにある住宅などの建築物と比べてその異様さは群を抜いており、オカルト的な禍々しい雰囲気すら感じさせる。言うなれば森の中にある、魔女が住み着いた小屋のようなアパートだろうか。

「こんな廃墟で勉強……?」

「残念。ここは廃墟じゃない。立派に人が住んでる」

とてもじゃないが空の言葉を信じることはできない。が、事実として認めるしかない。

本当にここが廃墟ならばとっくに周辺の住民たちの声によってこのアパートが撤廃されるだろうからだ。

「ほら、行くぞ」

「えぇ……虫とか出て来ないよね?」

「俺の部屋は平気だが……ダメなところはダメだな」

「うぅ…………」

ますます四葉の気分が下がっていくが、それを無視して空は錆びた赤い階段を上っていく。

2階の端にある部屋の前まで歩くと空はポケットから鍵を取り出して、室内へと入る。

瞬間、四葉は目を疑った。

アパートの外見と異なり、室内は全面フローリングとなっており数台のパソコンと日用品が置かれていた。

部屋に置かれているものは簡素なものばかりだったが、何分、あのアパートの外見で室内も全面畳だと思っていた四葉にとっては衝撃的な内容であった。

「なにこれ凄い」

「リフォームしたからな。元の状態だと色々と不便過ぎて、困ったものだったよ」

さっそく四葉は部屋に上がると、空は置かれてあった冷蔵庫の中から一つペットボトルを直接渡してきた。

四葉に渡されたのは未開封の清涼飲料水で、ご客人への最低限のおもてなし、という事で空の奢りだそうだ。

「それで、今はどこら辺やってんだ?」

「えっ?」

さっそく清涼飲料水に口を付けていると空が四葉に問いかけてきた。

一体何の事か分からずに首を傾げる四葉に対して、空は溜息混じりに説明する。

「勉強を教える為にここまで来たんだ。お前が苦手な科目は一体どの程度まで進んでいるのか、授業の進行具合を訊いている」

「えぇーと、数Ⅱは三角形で、英語は……なんだっけ? 生物は――――」

「ストップ。先に訊いておく事があった。今度行われるテストの数と、その中でお前が苦手にしている教科数を言ってみろ」

「両方5科目」

「…………」

「……な、何!? その人を蔑むような目は!」

「いや当然だと思うが。得意教科が無いのはまだ仕方が無いとは思うが、普通レベルの教科が一つくらいあってもいいと思うぞ」

「そんな発想は、頭いい人しかしないの! バカは本当に何も分からないからバカなんだから!」

「自分で言ってて恥ずかしくならないのか?」

「事実だから仕方ないもん……」

しょぼくれる四葉の姿を見た後に空は頭を抱えて、溜息を吐く。

空も勉強を教えるとは言葉で言ったものの、それ自体が得意なわけではない。

四葉の理解度も分からなければ、そもそもこれでは授業の進行具合すら覚えているかが不安になる。

「仕方が無い、か…………」

自身がした約束などを破る事は簡単だが、そうすれば信頼性が欠けてしまう。

信頼というのは築くのは難しいが、壊したり失ったりするのは歩く事よりも簡単にできてしまう。

「おい沈村四葉。これから一週間、特別に分かり易く全教科を教えてやるから、放課後必ずここに寄れ」

「えぇー」

「一日で教えるには無理がある。それ位は自覚あるだろ?」

「…………うぅー」

「喚いても無駄だ。点数が悪ければ塾に行かされて自由時間が減らされるんだろ? それは俺にまで被害がでる事だ」

「……何で?」

「そんなもん、お前が俺の所有物だからに決まってるだろ。召使いが時間が無くて使えやしないなんて笑えもしない冗談だ」

まだそんな事を言ってるよコイツ、と四葉は心の内で嫌な気分になりながらもそれをなるべく表に出さないようにしていた。

なにせ今からこの人物は自分に勉強を教える気でいるし、自分も勉強を教えて貰えるのならば教えて貰いたいと思っている。

その為、この一時的に自分の家庭教師になってくれる人間の機嫌を損ねるような事をしたらどんなスパルタな教え方をされるか分からない。

「そうだな……5時までは勉強を教えてやる。それ以降の延長はお前の勝手だ。親御さんに心配させ無い程度の時間に帰れ」

「案外、自由な方針なんだね」

「教室で受ける授業で分からないんだ。無駄に時間を掛けたって飽きたら理解できるはずもないからな」

空は紙とペンを取り出して空いている机にそれらを置く。

「さて、色々と勉強の他にも教えたいことがあるし……早めにやるか」



それから数時間後。

「あ、お母さん。今日知らない人の家に泊まっていくから。え? ああ、勉強教えて貰ってるの。それじゃ切るね」

そんな言葉で正しい意味が伝わるのだろうか。

空は四葉の嘘偽りない言葉を聞きながらそんな事を感じていた。

時刻はすでに20時を回っており、さすがにそろそろまずいだろうと思った空が四葉に自宅に連絡を入れることを薦めた所、このような結果になってしまった。

正直なところ、四葉の勉強は捗っていた。その点は予想通りで悪くない事だった。

だが、時間という制限が問題だった。

当然、四葉は明日も学校がある身であるし、空だって用事が立て込んでいる。

いつ打ち切らせるべきか。それが唯一の問題だった。

「ねえ、何でこんなに私が勉強できるの?」

時計を見ながら思考していると四葉が突然に問い掛けてきた。

「俺が教えてるからだ。気付けよバーカ」

「凄いね。教師の才能あるんじゃない?」

「それはない」

四葉の言葉をすぐさまに空は否定する。

実際、四葉が内容を理解できているのは濁川空が原因だが決して教え方の問題では無い。

それを言った所で四葉はそれを信じる事はできないだろうし、空も信じさせるつもりもない。

しかし空の口から気紛れで、原因である言葉が出てきてしまった。

「コード」

「えっ?」

「簡単に言えば、自然的な"人為現象"。それがお前が勉強を理解できている原因だ」

「何それ? 何のゲームの設定?」

「気にするな。分かったところで意味がない」

空は壁に寄りかかり、四葉の気分転換のためか、先程の通り魔事件の話を持ち掛けてくる。

「さっきお前は催眠術なんてバカらしいって言ったよな?」

「え、まあ……うん」

「実はお前、今それに掛かってるんだぞ」

「はぁ? 何を言ってるの?」

「さっき自分でも疑問に思ってただろ。なんで自分がここまで理解できるのかって」

「それはそうだけど……それは貴方の教え方が良いからじゃないの?」

「いいや違う。確かに教師は仕事柄、正しく意味を伝えるために難しい言葉遣いをするがそれでも理解度からして教師の方が俺よりも教えるのが上手いはずだ。それなのにお前は今、教師に教えられてる時よりもより深く理解できている。何故だと思う?」

「……まさか、催眠術?」

「その通り、と言いたい所なんだが……若干違う。お前の精神状態を少しばかり特殊にしてるだけだ」

「…………?」

「集中力強化。他の些細な事が入らないくらいに一つの物事に集中させているんだ」

「……胡散臭いよ。それは」

「そうか? 聞いた事ないか。人は物事に集中してるとどんな汚臭がする場所であれ、それを気にしなくなるって話」

「だからって……どうやって貴方は私をその状態にさせてるの?」

「コード……って言っても信じては貰えないだろうな」

「さっきの現象なんたらの奴?」

「催眠術は、相手を催眠状態にさせた後に暗示を掛けて成立する。お前は今、その催眠状態に似たような特殊な精神状態になってる。コードによって、な」

空の話を理解しようと四葉は少しばかり頭の中で整理してみるが、やはりコードというものが信じられない為に理解できない部分がある。

だが空の話を簡単にまとめると、コードというもので自分は勉強が理解できるようになっている、という事になるのだろう。

「あのイラスト部部長ももしかしたら、コードによって操られていただけの人間かもしれない」

「でも……そのコードっていうものも催眠術にしても、操ってる人に罪は無いんでしょ」

催眠術で操っていたから殺人罪で逮捕、という話にはならないだろう。

多分、本当に空の言う通りに催眠術……コードで人を操っている人間がこの通り魔事件の黒幕だとしたら一番性質が悪い。

いくら仮の通り魔を捕まえたところで事件は終わらないし、さらには黒幕自身が捕まるような事を起こしていないため裁かれる事すらない。

自らは手を染めずに罪を犯す。本当に性質の悪い人間だ。

「そうだな、その通りだ」

空はその事について、割とあっさりと認めた。認めざる終えないというのが心情だろうか。

「だが絶対に贖わせるさ。手は染めていなくても、心はとっくに悪に染まりきってるような人間だ。そんな人間を野放しにさせるほど俺は甘くは無い」

罪には罰を。この濁川空という少年はそういう思考回路を持っているのだろうか。

それとも私情を交えた、個人的な理由か。

四葉には言葉に隠された意味など知る余地も、理解力もない。

だが空が本気であることだけは見てとれた。

「……コードって、便利な物なの?」

四葉はこれ以上この話題をしたところで自分には分からない話になると思った為に、根本となるものについて空に問うてみた。

「いいや。コードは所詮、現象に過ぎない。ただ一つの現象を起こせる権限を持つ。それがコードだ」

「へぇー……貴方のコードって一体何なの?」

「俺のは《忘我混沌》。相手の精神状態を操るコードだ」

「ふぅーん……」

まったく四葉には理解できなかった。

それは彼女の理解力の低さと、そもそも故意に空も理解できない様に言っているためだ。

詳細に説明する気は無い。ただそういう存在があることのみを四葉に理解させたいのだろう。

「さて、そろそろ勉強を再開しようか」

空のその一言で四葉は時計を見る。

時針はすでに9を指していた。もう一時間近く経ってしまったらしい。

再び空に教えを乞うために四葉はペンを持ち直した。

まあ濁川の苗字でクローバーの既読者は気付いてたと思います。

この小説はコード系です。今回登場したアパートだって魔女の館ですもの。

コードに対する詳細説明は後回しで。まあ既読者しか読んでない小説ですし。

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