she choose
燦々と照り付けてくる太陽は生きてる人間に平等に注ぎ込まれ、辺りで聞こえる小鳥の囀りはまるで昨日の出来事すべてを嘘だと言いつけているような感じすらしてしまいそうだった。
「どうしたの、四葉?」
「…………昨日さ、銀髪の美少年とあったんだけどさ」
「……四葉、保健室行く?」
やはりか。
相手の反応に対して、四葉は納得してしまった。
自分が誰かにそんな事を言われてしまってもそういう対応をするだろう。
でも事実なのだ。自分は昨日、殺人現場を見てしまい犯人に追いかけられていたところを銀髪の少年に助けられた。
これだけの部分を聞けば、一体どこの少女漫画だ、と言われてしまっても仕方が無いと思う。
結局、あの後、濁川空と名乗る少年は殺人犯を連れてどこかへ去ってしまった。
連絡先やらそういうものは一切伝えず。同時に、四葉の連絡先すらも一切訊かず。
自分は一体あの言葉を、あの出会いをどう処理すればいいのだろうと一人悩む四葉。
偶然。非日常。はたまた幻覚、夢の類。
どれにせよあの少年とは二度と遭ってはいけないような気がするし、遭ってしまっても少年にとって四葉は自身の所有物でしかないのだ。
「はぁ…………」
まるで見えない爆弾を抱えてしまったような気分で、思わずため息を吐いてしまう。
どうして自分は昨日コンビニなんかに寄ろうとしてしまったんだろうか。
そんな事を思わなければ、殺人現場を見る事も、殺人犯に追いかけられる事も、変な少年に遭う事も無かったのに。
どこか諦めがつかない、しかし諦める他ない事柄が四葉の頭の中でグルグルと回り続ける。
そんな四葉の様子をクラスメイト達は不思議そうな視線で見る事しかできなかった。
しかしそんな視線もすぐさま四葉から離れていくことになる。
そもそも昨日、炭酸飲料が飲みたくなったのは明日から定期試験一週間前になり部活動が禁止されてしまって逃げる場所を失い勉強をしなければいけなくなる事を思い、ストレスが溜まったからである。
スカッとしたい気分になりたいと気紛れで行動したら、ヒヤッとする事態に巻き込まれてしまったわけだが。
そういう原因があっての行動だったのだ。
故に普段は疎らに校門を出て行く生徒もこれから一週間はほぼ一斉に出て行くことになる。
一斉下校にも似た光景の中に四葉も当然混ざっており、どこか上の空のままクラスメイト達と帰っていた。
「ねぇ、四葉。本当に体調が悪いんなら少し休んでから帰れば?」
「大丈夫。大丈夫なんだけど……」
そう言い返す四葉の頭の中は濁川空のことで一杯で、何故あの場に居たのだろう、何故殺人犯を連れてどこかへ去ったのだろう、何故全てを差し出せば助けてやるなどと言ったのだろう、という具合に同じことをグルグルと考え続けていた。
「ひゃぅ!」
その為か校門前の段差で転んでしまった四葉に対して、クラスメイト達は仕方が無いと言わんばかりの視線を送り、その他周りにいる生徒たちもクスクスと笑い不思議そうな視線を送っている。
しかし前述通り、その視線はすぐに違う対象へとすり替わってしまう。
四葉も天然でも鈍感でも無いと自称はしている。すぐに周囲のざわめきが自分に向けられたものでなくなった事に気付いた。
一体何が他に起こったんだろうが。
そう気になって顔を上げてみるとそこには昨日、自分を助けてくれた銀髪黒眼の少年が立っていた。
「なんでこんな場所で転んでいるんだか……ドジっ子なのか?」
そう言いながら濁川空は四葉の顎に手を当て、持ち上げるようにして顔を見る。
恋愛経験ゼロの四葉からしてみれば男性に触れられるという事自体があまりなく、顎なども当然触られたことなどなく、さらには周囲にはクラスメイトや生徒たちが囲んでいる状況。思わず意識してしまい四葉の顔はまるで沸騰するように赤面していってしまう。
「顔が熱いな。熱でもあるのか…………よし、このまま送っていってやる」
四葉の額に自分の額を当てたあと、さらに紅潮した四葉を抱きかかえて校門を出る銀髪の少年。
抱きかかえるというのは世に言う『お姫様だっこ』という行為であって、四葉の紅潮はいよいよもってピークに達し、思考回路は焼き溶けてしまいもう何も考えられないような興奮状態になってしまった。
頭がクラクラし明日この事を一体どうやってクラスメイト達に説明すべきかなどすら考えられずにいると空の方から話し掛けてきた。
「いい加減しっかりしろ、雌犬」
「…………はっ!」
流れに流れ、自分が空にいいようにされている事に気付いた四葉は抱えられている腕の中で暴れ出し、どうにか抱っこの状態から脱出した。
だが反抗するのならば、少しばかり時は遅かったような気がしなくもない。
「な、何……いきなり何するのよ!」
「言ったろ。もうお前は俺の所有物だって。だから俺がどう扱おうと刃向うな」
「人権っていうものを知らないの!?」
「知ってるさ。けどお前も等価交換ってものを知ってるだろ? お前の全てを差し出して、お前の命は助かった。それでいいじゃないか。あとは好きにさせろ」
「好きにさせて堪るか、エロ猿!」
「酷い言われようだ。まあともかく」
空は犬の様に吼え散らす四葉の手を取り、そのまま目的の場所へと向かおうとする。
「なっ……どこに連れて行く気!?」
「お前は気にならないのか、昨日の事件」
空は四葉の顔など見向きもせずに、問いに対して問いで返す。
四葉はその返答に惑ってしまう。昨日からずっと気になっていた事だ。
濁川空のことも事件のことも。
だが、そんな非日常に関わる余裕など今の彼女にはない。
何故なら。
「テストなの!」
「……は?」
四葉の口から出てきた言葉に、思わず空は立ち止まり顔を見る。
その顔は一切嘘偽りなく、余裕の無さを全面的に押し出してきていた。
「最初から悪い点数取るわけにもいかないし……今度、点数悪かったら塾に行かせるって親も言ってるし…………だから、そんな事に関わっている余裕はないの!」
四葉は多少躊躇ったが、自身の現状を何一つ隠すことなど無く空に言い放った。
それを聞いた空はしばらくの間、呆然とし笑い出す。
「な、何がおかしいって言うのよ!?」
「いやさぁ、まあ、その……なんだ。お前って見た目通りバカなんだなって」
「酷いッ!」
「勉強のやり方ぐらいご主人様が教えてやるよ。だからついて来い。お前に確かめて欲しいものがあるんだ」
「確かめて欲しいモノ……?」
空が何でも無いように言った、教えてくれるという内容よりもそちらの方が四葉には気になって仕方なかった。
未だ表情は笑いながら、空は簡略に四葉にも分かるように説明する。
「昨日の犯人、実をいうとあの学校の生徒だったんだ」
「えっ?」
「それだけじゃない。あれがもし通り魔だとしたおかしな事になっちまう」
「…………?」
「ともかく、お前に犯人のアリバイをして欲しいって事なんだ。だから確認の為に一緒に来てくれ」
「…………えっと……」
四葉はやはり少し躊躇いを見せた。
そもそも昨日の殺人現場との関わりは昨日の時点で切れている。だからわざわざまた自分から関わる必要などない。
それに彼女にも生活がある。定期試験まであと一週間であるわけだし、何処かに寄るよりも家に帰宅して勉強を始めなければ、低い点数を取ってしまうかもしれない。そうしたら彼女が嫌いな塾に強制的に行かなければならなくなってしまう。
ここで空について行くこと自体、デメリットの塊でしかない。
「…………分かった。ついていく」
それでも四葉は空について行く事を決めた。
きっとそこには深い理由など無いのだろう。気になっていたとか、勉強を教えてくれると言ったからとか、きっとその程度の理由で四葉はそれを決めてしまった。
しかし空からしてみれば、自分の所有物である少女が断ろうとも無理矢理連れて行ってしまうのだろう。
だからこの結果は変わる事はない。
「こっちだ」
少し口元を緩ませながら空は四葉の手を引いて、通りを進んでいく。
あの学校の犯人だったんだ、って何だそりゃ。
誤字ですから直しましたけど。