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「はぁー……でもどうしよう。どうやって断ろう」
「普通に率直に、好きじゃないから嫌です、って断ればいいだろう。その方が沈村らしい」
「でもぉ……『お友達からでいいですから』って返されたら…………」
「確かにそれは嫌だな。断り難い」
「んー! どうしよう。何かいい案ない、濁川君?」
「いっそのこと彼氏でもいれば楽なのにな……あっ」
「……それだ!」
「言っておくが、俺は金を払われなきゃ(ry」
「追加で2000円!」
という流れで、四葉から追加料金を貰った空はとある作戦を決行することになった。
その作戦内容はこうだ。空が四葉の彼氏のふりをして網野に諦めさせる。
だが当然、その作戦が通用するとは空は思っていない。
だから四葉には秘密で、近所のお兄さん的な何かを装って網野に接触するつもりでいる。
そして作戦実行日、当日。
空は網野との接触を図った。
「ごめんね。学校終わりに突然」
「い、いえ。そんなことはないです」
網野の通う学校の近くにあった喫茶店に入り、互いに注文した後、話し合いが始まる。
「ええっと、網野君……でいいかな。四葉に告白したそうだね」
「はい、そうですが…………すみません。貴方は沈村さんとはどういうご関係で?」
「近所に住んでてね、昔から四葉とはよく遊んだよ。四葉にとってはどうかは知らないけど、僕からしてみれば四葉は妹みたいなものでね」
いつもと違う、大人びた好青年を演じる中で思わずボロがでないかどうか内心で焦りながら空は話を進める。
「四葉から頼まれちゃってね。網野君がどういう人か調べてきてって」
「は、はあ……」
「あの子、案外臆病でね。こういう恋愛沙汰には奥手なんだ」
よくもまあここまで嘘八丁が口から次々と出るものだ、などと自身の最低さに感心しながらも話を進めていく。
「まあだから、君がどういう人なのか調べにきた……というよりはお話に来ただけだよ。そんなに緊張しないで」
「あ、はい。すいません」
「そうだね……まず、どうしてあの子を好きになったのかな?」
「えぇーと…………安易な理由かも知れませんが、一目惚れです」
そこから網野は四葉を好きになっていく過程を話し始めた。
そんな内容に一切興味がない空は、聞いたフリをしながらどう相手にボロを出させようか考えていた。
「君はさ、なんで手を抜いたの?」
「えっ?」
網野の話の途中だったか、話し終わった後だったか、それはまったく話を聞いていなかった空には分からない事だが、いきなり空の口からそんな言葉が出てきたのだった。
あまりにいきなりの事で網野も何に対して手を抜いたのかが分からない。
これは沈村四葉に関係のある話なのか、それとも網野自身の話なのか。
その判別もつかないくらいにいきなりの事だった。
「コンクールにしても大会にしても、君は県や地方では1位を取るけど全国大会には出場しない。勝てる……優勝する可能性もあるというのに最初からそれを諦めている。それは何故だい?」
それは空自身がコード使用によるためだと決めつけていた事だが、何故だが今一度、問い質したくなった。
原因は自分にも分からない。思わず口に出てしまった言葉なのだが、空は不思議に思う反面、いい機会だと思った。
もしかしたら彼自身に特別な事情があって出場できなくなっただけの可能性もある。ここで理由を問い質し、しっかりと真実を見定めるのも悪くはない。
相手が嘘を吐いているかどうかくらい、空にはしっかりと分かるのだから。
「……知ってたんですか」
網野は少しだけ気まずそうに呟いた。
彼自身、そのことについてはあまり触れて欲しくないことなのだろう。
だからといって空が手を緩めるわけが無いが。
「言わなければダメですか」
「ああ。できれば僕はその理由を知りたい」
間髪入れずに相手の退路を断ち、理由を話す事を促す空。
網野はどこか嫌そうな顔をしながらもその理由を話した。
「えぇーと……濁川さんはチェスとか将棋とかってやったことあります?」
「あるけど?」
「ああいうゲームって王を取られたら終わりじゃないですか。つまり王が軍の指揮官で、プレーヤー自身ってことじゃないですか」
「そうだね。そうなる」
「なら歩兵や騎馬はなんなんでしょう?」
「……自分の言う通りに動く駒は、現実に例えると何になるかってことかい?」
「そうです。実際、現実で僕の言う事を完璧に聴くものはあまりいません。だから駒は他人ではない。そして駒を取られた時に、その損失は手痛いですけど実際に自分の痛覚が刺激されることはありません。だから駒は自身の手足でもない」
「…………それで。君はチェスや将棋の駒を現実に例えると、なんだと思ったんだい?」
「道具です。それを無くしても痛覚は刺激されないし、人と違って言う事も聞く」
「そうか。それで駒が道具だと、どうして君が大会を途中で放棄する理由になるんだい?」
「ようは僕にとっては大会もコンクールも道具にしか過ぎないんですよ」
「……自分をアピールする装飾品と同じだというのかい。君にとっては、大会の優勝もコンクールでの1位も」
「ええ。だって所詮はそんなもの現象に過ぎないんですよ。形なんてない。女がする化粧と同じですよ。それに現象なら僕のものだ。いつ切り捨てたって僕の勝手」
「…………」
網野の言い分はよく分かった。
それに網野がどういう人間なのかも、コードを所持しているかどうかも。
この質問によって得られた情報は大きい。四葉に対しても有効なアドバイスもできるだろう。
しかしどうして空の心はとても不機嫌に、とても苛立っているのだろうか。
「……中々、考えさせられるものがあるね。特に現象なら自分のものだという辺りが」
「あまり普段は人にこういう話はしないんです……この考え方は人に嫌われると思いますから」
「そうか。君は賢いんだね、やっぱり」
「そうでもありません」
「なら次は君が質問してきていいよ。僕が答えられる範囲ならばなんだって答えるさ」
空はそう言い、網野からの質問を待つ。
一方的な質問ならば不公平だとおもったのか。それともこのまま自分がリードし続けるには心情が苛立ちで揺らぎ過ぎていると思ったからか。
網野は頭を悩ませたような仕草をしたあと、一つだけ質問を空へとぶつける。
「濁川さんは、沈村さんのことをどう思ってるんですか?」
「……妹のように思っている、って答えよりもより深く答えて欲しいのかな?」
「あ、はい。できれば」
しばらく逡巡した後、空は沈村四葉という少女についての感想をそのまま嘘偽りなく言う。
「抜けてるというか、ドジというか……まあ不幸を引き当てるのが上手い人間かな」
「……不幸を引き当てるのが上手い?」
空のあまりの言い分に思わず網野は目を丸くする。
それはその網野の様子を少しばかり笑いながら、続けて語る。
「自己的に巻き込まれる時もあれば、故意に他人に巻き込まされることもある。不幸によく巻き込まれる人間の癖に、まったく暗くはならない。なんていうのかな、ああいう奴は」
空と四葉が出会うキッカケとなった通り魔事件。
その事件が終わった時はまだこの様な風には思っていなかった。
それから今までの日にち。通り魔事件のような大きな事件はなかったが、小さな不幸を四葉はよく引き当てていた。
一度はずぶ濡れで空の家に来たことがあった。なんでも来る途中に車に水を引っ掛けられたという。
迷子の子供を連れてきたこともあった。来る途中で見かけただけだというのに、空まで巻き込んで親探しを行った。
大量のカップ麺を所持して来たこともあった。貰いもので処理を手伝ってほしいとのことだ。
他人が目を背けて関わろうとしない面倒事にわざわざ関わってしまう。それが沈村四葉という人間だと、空は思っている。
「それに高く評価してる点は、アイツ自身がその面倒事に関わることを苦に思ってないってところだ。まあ簡単にいえばバカなだけなんだが……本当にアイツは良いバカだ」
俺とは真反対な位の、と網野でも聞こえないくらいに小さな声で付け加えた空。
空は、普段はこのような言葉をかけはしないが四葉に対してこのように思っている。
もしも四葉が空にこのような言葉を言われたら、まっさきに嘘だと疑うだろう。
「網野。もしもお前が本当に四葉と付き合おうとしているのなら、覚悟しておいた方がいいぜ。お前程度の人間性じゃ、簡単に曲げられる」
「……そんなに強い女性なんですか」
「冗談。四葉は強くなんかない。強くないからお前じゃ心を曲げられる」
実際、これは空なりの警告だった。
もしも四葉のような不幸を吸い上げる掃除機みたいなのと一緒にいようとするのならば、自分も不幸を受ける覚悟をしなければ途中で挫けてしまう。
ただのそういう警告だった。
なんかお気に入り登録が増えてるけど
今日更新し終わったら、また更新しませんからし(ry