Investigation
少年……濁川空の容姿は人の目を釘付けにしてしまう。
別に異常なまでに美少年というわけではなく、銀色の短髪に黒い瞳という普段滅多に見る事がない容姿をしているためだ。
そんな容姿をしているために彼は普段、外出することを嫌がる。
どうしても目立ってしまうこの容姿を憎んだことはないが、面倒だと思ったことはある。
だから調査や尾行といった行動の時にはフードを被って行動するのが空のスタイルだが……。
フードを被れば銀髪は隠せるが、今度は不審者などの悪い意味で目立ってしまう。
だが、彼にはその不安要素を消し去る術がある。コードだ。
ある一つの現象を起こせる異能。それがコード。
そして濁川空のコードは《忘我混沌》。対象の精神状態を変化できるものだ。
その対象は一人だけ。そのため周囲の目線を常に他に向けるなどいうことは出来ないが、自身に興味を持って近付こうとする人間に一瞬でも使用すれば、すぐに興味を無くして他に行かせることはできる。
それを幾重にも繰り返して、どうにか周囲に紛れ込む。
作業工程が多いが、その代りに面倒事になる確率が減るのだからいいとこだろう。
(…………網野健司。沈村と同じ学校ではないんなら、通学中にすれ違いでもしたんだろう……)
少しばかり色々なところへと赴き、情報を集めた空は適当にパズルのピースを埋めるように推測する。
(……まあ本当に一目惚れだろうな、この功績からして…………)
まず空が調べたのは四葉の学校。灯台下暗しなどという状態を作らない為にわざわざ名簿を調べた。
そして次に四葉の通学路から考えて、登下校中に四葉の姿を見かけることができる可能性があるものを次々と虱潰しに調べていった。
そうしてどうにか当たりを引いたものも、引いた情報は大物過ぎた。
網野健司という男は人生の中で色々な功績を取っていた。
作文コンクール優勝。中学生の時に県の剣道大会で優勝。絵画コンクールでの優勝など。
小さいモノから大きなモノまで、常に誰かと争うもので彼は勝ってきた。
簡単に言えば、文武両道や勝ち組。常に勝つ人生を送ってきていた。
だが、空は疑問を感じた。
(……全国レベルの優勝がない。コイツが参加したコンクールは常に一位をとっているのに、何故…………?)
所詮、その程度の実力。そう割り切ってしまえば何の疑問もない。
それでも引っ掛かるものを空は感じていた。
こうも勝っている人間が例えば誰かに負けたとしよう。
そしたら意地でも次は勝とうとするのではないだろうか。そのための努力をするのではないのか。
だが網野はそういった努力をしていない様子。それどころか。
(……一つも連続で優勝をとったものがない。油断して負けたのか? それとも、そもそも参加していないのか?)
もしも参加していないのならば、全国大会などという目立つものに参加していなかったのならば、優勝をとっていないのは当たり前だ。連続で優勝したものがないのも、2年連続で参加していないためか。
だとしたら何故、参加をしなかった。
面倒だから? ならば最初から手を抜けばいいだろう。優勝なんて一番目立って面倒になる。
網野健司が目立ってはいけない理由。それは何か。
それは目立ってしまえば反則行為ギリギリのことをしていることがバレてしまうかもしれないから。
(…………そう考えるのが当たり前か)
一つだけ空には心当たりがあった。
コードの使用。それによってもたらされた優勝ならば納得がいく。
優勝するほどの実力など網野にはない。だがコードを使って、それだけの技量を得ている。
しかしコードには制限がある。
対象人数や対象範囲、使用時間制限。
様々な制限があるコード。それを使用して全国優勝することは容易だろう。
だがその後の問題が出てくる。全国優勝までしたというのに、無視され続けるわけがないだろう。
注目を浴びる。無茶なことを言ってくる人間も出てくるかもしれない。
さらには他のコード使用者にも目を付けられるかもしれない。特に、濁川空のようなコードの専門家という性質の悪いものに。
その為、自分の中で規定を決めてそれ以上を超さないように生きてきた。
結果として彼は今日まで空に目も付けられずに生きてこれた。
これからも特に犯罪を起こさない限りは、空の標的にされることはないだろう。
(……さて、これを沈村にどう紹介するか…………)
少しばかり頭を痛めながら、空は考えることになる。
そして、数日後。
「どうだった?」
「ん? あぁ、調査結果か」
四葉に問われた空は、自身がまとめた結果を率直に言う。
「結婚すれば、まあまあな生活は送れるだろう。金銭面で困ることはそう無い」
「なんでいきない結婚の話まで飛んでるの!?」
空の予想外の反応をした四葉。顔を真っ赤にさせながら大声で抗議してきた。
四葉の返答に、空は少しばかり頭を悩ませ、問い返す。
「……それじゃ、何が訊きたいんだ?」
「性格とか! いきなり結婚の話をされたって、私たちまだ学生だよ」
「学生だからこそ、将来のことについて考えるべきだろ。頑張れよ現役高校生」
適当に切り返し、空は質問に答えていく。
「性格は、まあ完璧主義者といったところかな。何か物事をするのならば完璧にやりとげなければ納得できない。面倒な性格だよ」
「うぅ……住んでる場所は? この近くなの?」
「違う。もうちょっと離れた場所だ。ちなみに家は一軒家」
「ふーん……何か他には?」
「アバウトだな。まあ他に言うべきことは、物事全般はこなせるってところか。家事も運動も勉強もなんでもできる。お前とは正反対の完璧超人といったところか」
「……なんか、私なんかが釣り合わなそうな人だね」
「恋に釣り合うなんてない。互いが互いのことを好きならそれでいいんだよ」
空の言葉に、四葉は珍しく感心していた。
いつもは人を卑下しているような言葉遣いをしてくる少年が、恋愛に対してそういう価値観を持っていたなど考えられなかった。
そして当然、四葉の考え通り、空がこんな綺麗事を言うわけもない。
言ったとしても、その言葉の後に印象を悪付ける言葉を付け加えるに決まっていた。
「まあ、それはあくまでその互いが嘘で飾られてなきゃの話だがな」
「…………どういうこと?」
「ん? ああ、沈村のことを言ってるんじゃない。網野のことを言ってるんだ」
首を傾げながら問いかけてくる四葉に、空はいつもの調子で言い返す。
「網野健司の人生が、虚栄まがいのものに塗れてなきゃ、そういう事を言えるってことさ」
「……つまりは、本当はお母さんがなんでもできる人で、網野君は何もできないお坊ちゃまって事?」
「お前の頭はいつでも愉快な発想をするよな」
呆れた溜息を吐きながら、空は答えを口にする。
「コードだよ。網野の功績はすべてコードによって彩られている」
「……コード…………」
空の言葉を耳にした瞬間、四葉の表情が一気に暗くなる。
沈村四葉がコードと聞いてまず真っ先に思い出すのは、空と関わり合いをもつようになった事件のこと。
反崎泉希という少女が起こした復讐劇のこと。
その事件は原因となった全てが裁かれたことで終結した。そして四葉はその事件のことをまだしばらく忘れられそうになかった。
「…………告白、断るよ」
「そうか。でも言っちゃなんだが、悪い話ではないと思うぜ。網野だってコードを犯罪に使ってるわけじゃない」
「それでも悪用はしてるでしょ。それに私、好きでもない人と付き合いたくないし」
「……本当、お前はよく俺の評価を覆してくれるな」
どこか嬉しそうに頬を吊り上げながら、空は小さく呟く。