第5話「自己紹介」
先生達に朝早く叩き起こされて中庭に集まるように言われた。
一応集まりはしたけど、みんな眠気が半分抜けてないみたいで半眼で先生の話を聞いている。
「クーアちゃん眠いですぅ」
「も、モニカ、ちゃんと立って」
紫髪のツインテールが特徴的なモニカはよろめいて私の右肩に寄り掛かる。
モニカに注意してみても体勢を正すことはしてくれなかった
「ルームメイトが、ねぼすけさんだと大変ですわね」
「あはは……でもそれはお互いさまだと思うよ」
「え?」
高飛車そうな目付きと表情、そして声色。
綺麗な長めの金髪で端正な顔立ち。名前はメリッサといって、雰囲気や容姿から滲み出る優雅さがお嬢様という言葉がこの中の誰よりも似合う。
私はそんな気がした。
メリッサさんは私とモニカを見てクスクスと笑ったけど、メリッサさんの背中にはアリスちゃんのあの小さな体がくっついている。
最初見た時は子供が紛れているんじゃないかって思った。
アリスちゃんは幼児体型で藍色の短めの髪がボーイッシュというか少年っぽくてパッと見、男の子か女の子か判断がつきにくいどちらか分からないくらいだった。
メリッサさんは自分の背中にくっついてるアリスちゃんを見て苦笑いする
「あーゆえに我が学校が管理する施設外に出る事を禁ずる。」
先生の話を聞いていると学校や寮などの校内施設と学校外だけど学校側が管理してる施設。
学校側が管理してる施設というのは学校が出たところにある街の事を示すらしい。
それも卒業するまで街の外に出られないように東西南北に門番を配置して監視しているとか。
先生が言うところの学校管理外施設に許可なしで出るとどんな理由があっても即刻辞めてもらうという厳しいものだった。
その理由は限られた環境の中でも生活出来る能力を身に付けることが一つともう一つは限られた環境の中で集中して取り組む事が可能になるとか。
それを破るものは剣士として必要とされないと断言された
「前々から学校案内の資料を読んで知ってはいましたけど改めて口頭で言われるとその徹底ぶりには目を見張るものがありますわね……まだ街に出ることが許されているだけ良いのでしょうけど」
「う、うん。そうだね」
私は全てお婆様任せだったからそんなことも知らなかった。
でも、もし知っていたとしても私はここに入ってたと思う。
だって私にとってはここで学ぶことは剣聖様になるために必要なことだと思うから。
「それではこれから科別に分かれてもらう。総合剣士科――総合科は私のところに集え」
「魔法剣士科はこちらでーす」
「剣士科はこっちに並んでね」
総合剣士科もとい総合科はやっぱりクルビル先生だった。
魔法剣士科は試験はいつも笑顔でのほほんとしてるけど怒ると怖そうなフィレネ先生。
剣士科は怒りっぽいクルビル先生と優しいけど怒ると怖そうなフィレネ先生の中間みたいなで人で落ち着いた雰囲気が私の中にある剣士のイメージに合ったカルファ先生。
それぞれ、自分が希望した科の先生のところに集まり始める
「ほらモニカ起きて行くよ?」
「は、はいぃ~」
モニカの左肩を揺らして起こす。
一応返事は返ってきたけど、どうやらまだ眠気が振り払えていないようだった。
「アリスも行きますわよ」
「…………うん、分かった」
それはアリスちゃんも同じだったらしい。
本当にお互い様だと感じずにはいられなかった
「よーし集まったな? まずは総合科が先陣を切る」
クルビル先生が全員が総合科、魔法剣士科、剣士科に分かれたことを確認すると校舎へ向かった。
そこから校舎へ入って教師らしい人が頭を下げてきたのでつい私も頭を下げてしまった。
でもこれは多分、クルビル先生に対してだということは分かる。
「さあ、ここが総合剣士科一年の教室だ」
階段を三階分上がったから総合剣士科は四階にあるということが理解出来た。
階段を見てみたらこれ以上に上はなかった。
クルビル先生は一番に教室の中に入る
「さあいよいよですわっ!」
「張り切ってるね、メリッサ。ボクは眠いよ……」
メリッサさんの握り拳を作って高らかに言うと教室に入っていった。
それをダルそうに――というか眠そうなアリスちゃんが続いた。
「それじゃあ、私達も行こっか」
「はい!」
さっきまでは凄く眠そうなモニカだったけど、今は元気が良くて眼もハッキリと開いている。
中庭での様子が嘘みたいだった
「ここが教室……」
中に入ると半数以上を何列もある長い机と木で作られたと目で見て分かるくらいの四角い椅子が占めていた。
椅子って言って良い代物かは分からないけど座るには充分な大きさはあった。
あとは黒板と教卓が主で端から見たら簡素なもので、私の想像していたものとは大分違っていた。
「あー、席は特に決まっていない。好きなところに座るといい」
クルビル先生は教壇に立って言う。
それを聞いた総合科の修練生達は好きな席につく。
私も前から三列目の真ん中辺りに座る
「じゃあわたしはクーアちゃんの隣で」
――するとすぐにモニカが左隣に座ってお互いの腕を組むように絡めて抱き着いてくる。
昨日の夜からだけど、なんだか妙に懐かれちゃってるなぁ。
もしかしてこれが友達ってものなのかな?
「全員、席に着いたな。では早速だが自己紹介をしてもらう」
クルビル先生は全員が全員、席に着いたことをぐるりと見渡して確認した後に言った。
その言葉に修練生達は批難の声を上げる。
アリスちゃんやモニカも少し棒読みではあったけど批難の声に加わっている。
メリッサさんは特にその声には加わらず静観していた
「黙れぇッ!! 良いかよく聞け。自己紹介は大切だ。何故か分かるか? それは見た目、自己紹介の二つで最初の印象が決まってしまうからに他ならない……例えば明るく覇気溢れる態度で自己紹介を行えば概ね好印象を与えることが出来るだろう……しかし逆だったらどうだ?」
クルビル先生のドスの効いた声で一喝されると途端に静かになった。
それはもちろん、私も同じで特に批難の声には加わってなかったけどクルビル先生の迫力で圧倒されてしまう。
それはみんなも同じらしく先生の言葉を大人しく聞いて、誰に向けてか分からないクルビル先生の問い掛けに誰もが考え込む。
「分かればいい。前から自己紹介を始めるぞ。そうだな……名前と自らが目指す目標を一人ずつ言ってもらう」
先生は考えを絞り出そうとする私達に答えは出さなくても良いと言ってくれた。
さっきよりも柔らかい声で先生は自己紹介のとりあえずの手順を教えてくれる。
促される形で一番前の席の人から順番に名前となりたい目標を言っていく
「次の奴、自己紹介を始めろ」
「は、はい。な、名前はモニカ・ストールと言って目標は……」
「声が小さいな。やり直しだ」
次々と自己紹介をしていって、モニカの出番が回ってくる。
モニカは席から立ち上がって自己紹介を始めたけど、クルビル先生に声が小さいことを指摘されて言い直しを命じられた。
モニカ、頑張って!
「は、はい! も、モニカ・ストールです。目標は治癒剣士になって色々な人の役に立つこと――です!」
治癒剣士――本で読んだ記憶が……確か医療系や救助隊とかに代表される回復系統の魔法を主とした剣士の総称? だったかな
「ふむ。まあ良いだろう……座れ」
「終わったぁ」
緊張から解き放たれたように着席して胸元に手を当てて安心した表情をするモニカ。良かったね
「よし次の奴、自己紹介しろ」
「は、はひっ!?」
突然言われて、緊張してしまって変な声を出してしまった。
周りの修練生のみんなからクスクスと笑う声が。は、恥ずかしい
「……構わん。続けろ」
今、少しクルビル先生も笑っていたような。気のせいかな
「は、はい! 名前はクーア・ダリアス。目標は剣聖になることです」
「……剣聖、だと?」
私が目標を口にした途端、クルビル先生の表情が険しくなる。
同じ修練生のみんなも笑い声はおろか、笑顔が消えていた。
信じられないもの見るような目で私を見ている。
なんというか教室中がざわざわしていて雰囲気が一気に変わった。
そんな気がした。
「本気か?」
「はい、本気です!」
私は考える間もなくクルビル先生の問いに即答する。
そもそも私は剣聖になるための――基礎を学ぶためにこの剣士学校に入ったんだから
「……そうか。まあ目標は高いに越したことはないか。次の奴、自己紹介」
そこからは先生は特に私に触れることなく、修練生達の自己紹介を進行する。
「では次はわたくしですわね? 名はメリッサ・ルートシグマ。目標はルートシグマ家の名を汚さぬよう、可憐で優雅な剣士になることですわ!」
ルートシグマってよく知らないけど、そんなに凄いお家なのかな? メリッサさん、綺麗だし良家のお嬢様なんだろうなぁ
「……よし、次の奴、自己紹介」
「ちょっと待ってください先生! わたくしに何か言葉はないんですの!?」
「ない。次の奴、自己紹介」
今まで何か一言あったクルビル先生だったけど何故かメリッサさんの自己紹介には触れずに次にいこうとした。でもそれにメリッサさんは不満を漏らしたけどクルビル先生はキッパリとないと言って次の順番に回ってきたアリスちゃんに自己紹介するように促した。
「そ、そんな。そんなの納得出来ませんわ!」
「落ち着いてメリッサ。――ボクの名前はアリス・ドロイア。目標は強くなること」
激怒している様子のメリッサさんを少しなだめる言葉を言うとアリスちゃんは静かに淡々と自己紹介をした。
「それだけか?」
「……うん」
「ふむ。まあシンプルなのは良いことだな」
クルビル先生は答えにくそうにしていたけどアリスちゃんにはちゃんと一言を添えた。
そしてまた次の自己紹介をする修練生へ――
自己紹介を終えて簡単な学校説明を受けてその日は終わった