第4話「合格とシャワー」
結局、鬼みたいなクルビル先生が戻ってきたのは二時間くらい経ってからだった。
「遅れてしまったな。合格者はあの赤い竜車に乗れ。我が剣士学校に案内する」
「あの、私は?」
あの場でクルビル先生が吹っ飛んでいってしまったから私の合格か非合格か決める人が不在で私はそのことについてクルビル先生に訊いてみた。
「……ダリアスだったか。貴様は」
「は、はい」
クルビル先生の恐ろしい顔が私を睨んでいる。凄く怖い
「合格だ。貴様は私にトルネードをぶっ放したな。私の下でビシバシと痛め抜いてやるから覚悟しろ!」
「え? それって」
訊こうと思ったけど、クルビル先生は走り去っていってしまった。
「何してますの? さっさと行きますわよ」
「早く行かないと置いてかれる」
「行きましょうダリアスさん」
声を掛けられたみたいで後ろを振り向くと一緒に竜車に乗ってきた三人の姿があった。
「え? もしかして、みんな合格?」
「当然ですわ。わたくしがこの程度の試験に落ちるなんて有り得ませんわ」
「もち合格」
「結構、簡単でしたよね?」
他の合格者とこの三人を見比べてみた。
明らかにおかしい――だって他の合格者の人はみんな、バテて疲れた顔をしているのにこの三人は涼しい顔。
そしてあれを簡単って言っちゃうんだ。
まだ私が初心者だからこう思ってしまうのかもしれないけど……明らかにこの三人は私を含めた他の合格者とは別格だった
「何間抜けな顔をしてますの? 先に行ってますわよ」
「うん、先に行ってるよ」
「行ってますね」
私が呆然としていると先に合格者用の赤い竜車の方に歩いていく背中が――本当に置いてかれる!
「あ、待って」
私は急いで三人の背中を追った。
「大して中に変わりはないみたいですわね」
「火竜を使って、色を変えただけ」
「でも、行きと帰りじゃ、気分も違うと思います」
行きと同じように乗る私を含めた四人。
竜車以外に一つだけ変わっていることはある。
それは明らかに人の数が減ってること。
なんだか少しだけ寂しい気分になる
「動き出しましたわね」
「うん」
大草原が遠くなる。
多分、もうここに来ることもないじゃないか。
何故かそう思った
「よーし着いたぞ受験番号順に並べ。寮の部屋割表を配る」
「せんせー部屋割って全寮制なんですかー?」
竜車が到着して並ぶように指示されて私達も指示通りに並ぶ。
そこで一人の生徒が質問を投げ掛けた
「あーそうだ。パンフにも書いてたはずだぞ? ちゃんと読んだのか」
「読んでませーん」
「最近はそういう奴が多い。ちゃんと注意事項は確認しろ!」
質問した一人の生徒は怒鳴られる。
そして部屋割表が全員に配られた。
「全員行き届いたな? 今日は部屋でゆっくり休め。詳しい事は明日説明する。以上解散!」
クルビル先生のその最後の発言を聞くとみんな散々になった。
寮があるらしい建物の方を一直線に歩いていく。
「今日からいよいよ、始まりますのね」
「正確には明日からだけどね」
何だかんだでメリッサさんとアリスちゃんは仲良くなっているような気がする。
「ではここで。また明日、お会いしましょう」
寮に入ったところで三人とは別れた。
みんなが自分の割り当てられた部屋を探してるみたいだったから私も探す
「えーとB-23は」
「「あった。この部屋だ」」
「え?」
部屋を見つけたところで誰かと声が重なった。
気になって隣に視線を向ける。
「も、モニカさん?」
「……さ、さっきぶりです」
そこには竜車の中でも一緒だった紫色のツインテールが印象的なモニカさんがいた。
「もしかしてモニカさんもB-23?」
「はい、そうです」
小さく控えめに頷いて紙に書かれた部屋割番号を見せてきた。
確かに私が割り当てられたものと同じ番号だった。
「じゃあ入ろっか」
「はい」
私はモニカさんに言うと部屋のドアを開けて中に入る。
室内は二段ベッドがあって、残りは一人用の勉強机が二つ、間をもって並べられていて、衣服等を収納するための戸棚やタンスもあった。
それでも結構シンプルだったけど二人で使うには充分だった
「わぁ――今日からここで、寝起きするんですね」
「うん、そうみたいだね」
モニカさんは目を輝かせている。
その瞳にはこれからの不安と期待が入り交じりになっているような――そんな風に私には見えた
「クーアさん! 見て、見てください専用の勉強机ですよっ!!」
「う、うん。そうだね」
見えた――はずなんだけど、このハシャギっぷりからは不安は窺い知れなかった。
とても嬉しそうで、最初の会った時のような人見知りをしている。
そんな印象を受けたモニカさんとは丸で別人。
だって勉強机に頬をスリスリしてて第一印象でついたイメージがこんなにも早く崩壊しようとは思わなかった
「ずっと欲しかったんですよねーこれ!」
「そ、そうなんだ」
どうやらモニカさんは前々から勉強机が欲しかったものだったらしく、凄く喜んでいる。
まあ、気持ちは分かるよ? 私も一人用の勉強机とか持ってなかったし
「今日はもう疲れたし、寝る準備が出来たら」
「はい、すぐ寝ましょう」
私達、二人の考えも合致して寝る準備をするところで
「待てぃっ!」
「え、クルビル先生!?」
何故かクルビル先生が息も絶え絶えにそんな寝る準備を今正に実行しようとした時、
制止する言葉を叫んで部屋に入ってきた
「寝るのはまだ待て……」
「どうしてですか?」
私が当たり前の疑問を投げ掛けるとクルビル先生は何故か微かに頬を赤らめて言った
「……それはだな、その伝え忘れというやつで……。ええぃ! とにかく下の階にシャワー室があるから、そこで体を清潔にして寝ろ!」
「は、はぁ」
先生のその言葉に私とモニカさんはただ呆然と聞く他なかった。
「いいな? 絶対にシャワーを浴びて寝るんだぞ」
「は、はい分かりました!」
クルビル先生の眼孔が光る。
私達はそれに大きく頷き、それを確認すると先生は部屋を出ていった。
「でも良かったね。お風呂入れないって思ってたから」
「そうですね……わたしも汗掻いちゃってたので良かったです」
私達は下の階にあるというシャワー室に行くために寝る準備からシャワーを浴びるための準備に切り替える。
「準備出来た?」
「はい、バッチリです」
少しして前以て持ってきていた衣類や下着を出して準備を整える。
「じゃあ行こっか」
「行きましょう!」
私とモニカさん、二人の準備が出来たことを互いに認識すると着替えを持って部屋を出る。
「うわぁ……結構みんな、移動してるね」
「そうですね、きっと皆さんにも伝わったんですよ」
ぞろぞろと移動していく人達が。
私達はそんな人達の後をついていく形で歩いていく。
「結構混みそうですね」
しばらくして階段が見えてくる。
どうやら下には階段で降りて向かうみたいだった
「結構、早かったですね」
「合格者、そんなに多くなかったみたいだからね」
階段を降りて、少し歩くとそれらしい扉が見えてきた。
ザァーというシャワーを浴びてる音も聞こえる。
「け、結構混んでますね」
「そうだね……」
シャワー室に入ると中は全部個室で、混雑してるせいか空きがないみたいだった。
個室だったなんてやっぱり、もう少し待って空いた時に来た方が――
「あっ、空きましたよ! 行きましょう!」
「えっ? でも一つしか」
「大丈夫ですよ! 出てきた人も二人で使ってましたから、わたしたちも二人で使いましょう!」
無茶苦茶だ。
そんなことを思っていたらモニカさんに腕を引かれて半ば強引に個室に入った
。別に入るのが一先ずの目的だから良いんだけどね
「二人じゃ、やっぱり狭くない?」
「多少は狭いかもしれませんが、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのか私には分からなかった。狭い。
あと狭い個室に入って気付いたけどモニカさん、胸が結構大きいな――私に比べて
。まあ私は、ほとんどないんだけどね! あはははー、はぁ……自分で考えてて悲しくなってきたよ
「? どうかしましたかクーアさん」
「え? ううん何でもないよ!」
「なら良いですけど」
みたいなやり取りの後、私達は衣服を脱ぎ始める。
髪を解く姿を見て、可愛くてドキドキしてしまった。
あ……駄目だ駄目だ! 女の私が女の子にドキドキするなんて、きっと駄目だよね
「クーアさん?」
「え、何?」
「それ、なんですか?」
モニカさんの視線を追うと私の下半身に熱視線が
「下着だけど……?」
「下着……! わたし、着けている人を初めて見ました!」
――着けている人を初めて見ました。
これってもしかして、モニカさんは
「え、えっとー……それってどういう」
「下着って高価なものじゃないですか。だからわたし、下着って着けたことも実際に目で見たこともなかったんです」
下着って高価な物だったんだ。
衣服とか下着、いつもお婆様に言われるままだったから知らなかった。
「へ、あーそうなんだ」
「はい! だからクーアさんが少し羨ましいです」
無知って怖いね。もっと勉強しなきゃ……っとそう思ってたらモニカさんは下を脱ぎ始めた。
「それにしても今日は本当に疲れました……早く、汗を流して部屋に戻って寝ないとですね」
「う、うん……」
何故か息を飲んでしまう。
スルスルスルッとスカートを脱いで足元に――そのスカートを用意されていたカゴに放り入れる。
そして私は目の当たりにした彼女のあられもない姿を。
下着をパンツを着けてなかった。
いや、もしかしたらこれが普通? 下着、当たり前のようにはいてたからなんか卑猥な感情が
「ふぁ……温かいですね」
既にシャワーを浴びてるモニカさん。
私も彼女より先に肌を晒していたのでシャワーを浴びる事にする
「クーアさんの肌、綺麗ですね」
「へ? そ、そうかな?」
「はい、肌だけじゃなくて髪を下ろした姿も素敵です」
私の左腕にモニカさんの指が人差し指、中指、薬指と触れてくる。
妙に手つきがなんだかいやらしいような気がするのは多分、私の気のせいだよね?
目付きもなんだか最初に会った時、というかシャワー室に入る前と後で大分変わっているような気が。
もしかしてシャワーを浴びると人が変わったりするのかな? いや、そんなこと有り得ないよ。
「そ、そんなことないよ? モニカさんの方が綺麗だよ? スタイルも良いし……」
「ふふっ、そんなことは――触ってみます?」
「え……だ、大丈夫」
何が大丈夫なの私! うぅ、しかも人が変わりすぎだよ。
丸で別人で、なんだか恥ずかしくなってきた。
「じゃあ洗いっこしましょうか」
「洗いっこ?」
「はい、体を洗いっこするんです。わたしがクーアさんの体を洗って、クーアさんがわたしの体を、です」
聞いたことはある。
大人数いる時に背中を洗っていくっていう。
私はお婆様と二人っきりだったからお婆様に洗ってもらうことしかなかったからしたことがない。
お婆様は誰かに自分の体が洗われるのは嫌だって言ってたし
「えっと背中を洗うんだったっけ」
「違います。ちゃんと前も洗うんですよ!」
「……嘘だよね?」
「嘘です。ごめんなさい」
なんでそんな嘘をつくんだろう。
でもすぐ白状したのを見てなんだか微笑ましい可愛いって思った
「――じゃあわたしが手本見せますね? 後ろ向いてください」
「うん」
少し緊張するなぁ。
私は言われた通り、モニカさんに背を向けた。
「こうやって、こうするんですよ」
タオルに泡立たせてそれで私の背中をゴシゴシッと洗い始める。
今はさすがにお婆様じゃなくて、自分でやってたから久しぶりに背中を他の人、というかモニカさんに洗ってもらって気持ち良かった。
なんて言うんだろう? 力加減が丁度良い――
「ひゃあっ!?」
「ごめんなさい手が滑っちゃいました。てへ」
手が滑ったらしい。
モニカさんの顔を見ると片目を閉じて舌を出して可愛く笑みを浮かべていた。
とても悪いと思っていないみたいで、絶対にわざとやったって分かる。
「そ、それじゃあ今度は私が背中を洗うね」
「えー? でもまだ全然洗えてませんよ」
「あとは自分でやるので……」
私は身の危険を感じて早急にモニカさんの方に振り向き、タオルを泡立たせる。
「残念。じゃあ背中、お願いしますね?」
「う、うん。頑張る」
背中を向けるモニカさん。
なんだか顔が輝いていたような気がするのは――うん、もう深くは考えないでおこう
「どうかな?」
「んー……気持ち良いですよ? もっと強めにゴシゴシしてもらってもいいくらいです」
良かった。初めてだから緊張したけど、こうやって見様見真似だけど良いみたい。
――それにしても本当に大きいなぁ、モニカさんのおっぱい。
はー駄目駄目! 変なこと考えちゃ。
羨ましいとか思わないよ私は! でも本当にスタイル良いよねモニカさん。
「なんですか、わたしの体をジロジロと見て」
「へ? そ、そんなジロジロなんて」
「ふふっ、冗談ですよ? 顔真っ赤にしちゃって、クーアさん可愛いですね」
見ていたよ。
でもそれは如何わしい事はまったく考えてなくてただ羨ましいなって思ってただけだからね。あ、羨ましいって――
「そ、それじゃあ流すよ?」
「はーい」
気を取り直して私はシャワーでモニカさんの背中を洗い流す。
「ありがとうございます。ホンのちょっとの間でしたけど楽しかったです」
「そ、そっか」
そこから私達は体を洗う事に専念した。
隅々まで洗って綺麗にしないと
「じゃあ次は頭の洗いっこしましょうか」
「えっ、もういいよ洗いっこは」
「良いですから座ってください!」
風呂用の簡易椅子に半ば強引に座らされて頭に冷たいものと背中に柔らかいものが――柔らかいもの?
「どうですか気持ち良いですか?」
「は、はい」
頭を洗ってもらう。これは凄く良い。
でも何か柔らかいもの――それはきっとモニカさんには有って私にはないもの。
それは何かともし問われたら絶対答えない自信があるよ
「痒いところとかないですか~?」
「う、うん! ないよ」
本当は少しだけある。
でもそれは絶対に口に出さない。恥ずかしいから
「じゃあ流しますね」
「うん」
シャンプーの泡が流される感覚。爽快感が少しだけ
「はい、もう目を開けても大丈夫ですよ」
「あ、ありがとう……モニカさん」
久しぶりにそれも今日出会ったばかりの友達――って言っても良いのかな? とにかく、今日会った人に頭を洗ってもらって少し気恥ずかしさが湧いてくる。
「じゃあ今度はクーアさんが――」
「ごめんなさい! 私、もう出るね」
「えっ? く、クーアさん!?」
私は我慢出来なくなって出てしまった。
そこで急いで着替えて廊下に出た。
何か、モニカさんの声が聞こえた気がしたけど聞かないようにした
――――――
「ごめんなさい……そのやりすぎてしまって」
私は先に部屋に戻ってきたんだけど、モニカさんは戻ってくるなり突然、私に頭を下げてきた
「え? どうしたのいきなり」
「その、過度なスキンシップをしてしまって……ごめんなさい!」
私は驚いた。それは何にかというとシャワー室でのモニカさんと今のモニカさんの顔の表情も態度も雰囲気も全然違ったものに見えたから。
もしかしたら本当にお風呂に入ったら性格が変わる人なのかもしれない。モニカさんは
「いいよ気にしてないから」
「本当、ですか……」
すぐに泣いてしまいそうな、弱々しくて守ってあげたい。
そんな顔をする子だな、モニカさんって。
さっきは全然そんなこと思わなかったけど今はそう思える
「本当だよ? それに」
「それに…………?」
「――それに、嬉しかった……から」
「え――?」
何言ってるんだろう私。
でも気持ちとしては間違ってないよね。多分
「えっとね? 私、ずっとお婆様と暮らしてて自分と同じくらいの歳の友達と遊んだこととかなかったから嬉しかったんだ」
「わ、わたしも嬉しかったです……」
あれ、なんか泣き始めちゃったよモニカさん
「剣士になるって……一人前の……ひっく、女剣士になるって村のみんなに言って、ここに来たんです」
「……うん」
「でもいざ、来てみたら不安で……皆さん怖くて殺気立ってて」
うん、その気持ちは分かるよ。
竜車に乗る前もそうだけど試験場の大草原だと周りの人、凄く怖かったよね
「でも、竜車の中でメリッサさんやアリスちゃん、クーアさんを見て頑張らなきゃって気になって」
あーやっぱりモニカさんもアリスちゃんはちゃん付けなんだ。私達より小さくて可愛いからかな
「頑張ったんだね」
「はい、それでクーアさんと一緒の部屋になって……嬉しくて」
「嬉しくて、あんなことをしちゃったと」
「それは違っ――じゃなくてごめんなさい!」
あれ、何か様子がおかしいような。
これって訊いてもいいのかな
「えっと違うって?」
「それは、その……」
凄く言いにくそうだ。
やっぱり訊いちゃ駄目なことだったかなぁ
「裸になると……あっ、やっぱり言えないっ!」
「も、モニカさん?」
しゃがんで両手で恥ずかしそうに顔を覆うモニカさん。
泣いてるから、それとも恥ずかしいから?
「ごめんなさい……」
「だ、大丈夫だから! ごめんね?」
私もしゃがんでモニカさんと視線を合わせて、ハンカチを
「良いんです……あと、お願い聞いてもらって良いですか?」
「お願い? 別にいいよ」
こんな時にお願いなんて、思ったより心の方は強いのかもしれない
「友達になってください」
私はこの時、あんなことを思った自分を恥じた。
「友達?」
「はい、なってください」
「え、えっと」
私からのハンカチを受け取りもせず涙でを濡らした顔で私を見つめるモニカさん
「駄目、ですか……」
「い、いいですよ! 私で良かったら!」
「ほ、本当に……? 嬉しいです」
何故かつい、敬語で返してしまったよ。
でも笑ってくれた。それだけで嬉しくなった
「じゃあもう一つ、お願い聞いてください」
「えっ」
まだお願いがあるの? もう良いよね。なんて言えるわけない。でも聞くだけなら
「駄目、ですか……」
「いい! 全然良いよ!」
駄目なんて言える雰囲気じゃないよ。
聞くって言っちゃったし
「クーアさん!」
「えっ? モニカさ――」
今、何が起こったか一瞬解らなかった。
今の状況、何故かモニカさんに抱き締められてる。
そして胸という名の雪崩に私は遭った。私の頭がすっぽりと埋まっちゃった
「嬉しいですっ!」
「く、苦しい……」
強まる抱擁。薄まる空気。
そして力も強くて逃れられない。
胸もあって力もあるって私が欲しいものを二つも持ってるなんて凄い
「ご、ごめんなさい! つい」
「だ、大丈夫……」
本当は頭がクラクラするけど、そんなこと言って不安にさせたくないし
「良かったぁ……」
「と、ところでお願いって?」
「そうでした! それはですね」
やっと聞ける。このお願いを聞いて早く寝よう
「――斬り捨ててほしいんです」
満面の曇りが一つもない笑顔――なんて言ったか聞いた? 斬り捨ててほしいんだって。あははは、何それ面白い!
「…………ごめん、それ無理」
自分でも信じられないくらいの真顔だったと思う。
鏡があったら是非、今の自分の顔が見たい
「え? あ、間違えました。斬り捨てじゃなくて呼び捨てです! 名前を呼び捨ててほしいんです」
「そっかぁ、名前を」
どんな間違えだよ! 私はそう叫びたくなった。叫びたくなったよ。でも間違えたなら仕方ないよね? うん
「えっと改めて訊くけど名前を呼び捨てれば良いんだよね?」
「はい!」
「じゃ、じゃあいくよ?」
「お願いします!」
呼び捨てかぁ、でもそれくらいなら簡単だよね。よし落ち着いて言おう。
落ち着いてモニカさんの名前を呼び捨てる!
「も、モニカちゃん?」
「モニカで」
「モニカ……ちゃん?」
「モニカで」
うわあああああ言える気がしないいいぃぃっ! というか常に笑顔って凄く怖い! それによく考えたら私、誰かを呼び捨てたことがない気がする。
「えっとなんか私だけ呼び捨てるのってちょっと違うかなって……だからもし、モニカ……ちゃんが私の名前を呼び捨ててくれるならいいよ?」
「そうですか。良いですよ? クーアさんがわたしの名前を呼び捨ててくれたら、わたしもクーアさんの名前を呼び捨てることを約束します」
なんか約束されちゃったよ。
まさか約束までされるなんて、これってさっさと言えってことなのかな? 笑顔が眩しすぎて逆にそんな黒い面があるんじゃないかって思えてきて。怖くなるよ
「じゃあ言うよ」
「お願いします!」
「も、もも……モニカ」
「はいモニカです」
言ったよ。私、初めて出来た友達に初めて呼び捨てしたよ。
凄く、自分で言ってて違和感が凄いけど
「じゃあ、モニカ……も言ってくれるんだよね?」
「はい、わたしはクーアちゃんって呼びますね」
「えっ」
なんだろうこの心のざわめきは。
もう一人の私がこれじゃないって叫んでいるような。なんか納得いかない
「じゃあおやすみなさいクーアちゃん」
「う、うん……おやすみ」
いつの間に着替えたんだろう。
寝装具姿のモニカは二段ベッドの上の方に上がっていった。
私も寝装具に着替えて早く寝よう