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第38話「消えない気配」

無事にアルクゥに襲われた時のようなこともなく竜車から馬車に乗り換えてアクアレインの皇都・アクアメイスに向かう馬車の中、私はかつてないほどの修羅場を経験していた。


「アリスちゃんは離れてください! 今はわたしの番なんですぅ!」


「順番とか関係ないよ。モニカこそ退いたら? そんな無駄な肉、クーアに押しつけてないでさ」


「なになに? なんですかぁ? 自分にないからってそんなこと言うのは見苦しいですよ?」


「見苦しい? ボクの何が見苦しいって……?」


私を間に挟んで殺気立ったモニカとアリスちゃんの視線が飛び交う。

正直怖い。

鬼蛇とかアルクゥよりも遥かに怖い……

むしろ剣とか戦闘とか一切関係ないから怖いのかな、これって。


「いやぁ、ダリアス殿は人気者ですなぁ」


【クーアの聖女的魅力が二人の気持ちを掴んで離さないのです】


「あはは……そんな他人事みたいに」


剣士科のネルビンさんからは尊敬の念で見られて、アークスは瞳を輝かせている。

私と同じところには挟むように左にモニカ、右にアリスちゃんがいて、前には左からネルビンさん、ラリィ、テレスの順番で座ってる。

クルビル先生は別の馬車に乗ってるらしい。

多分、メリッサさん達、補欠組の馬車に乗ってるはず。

ここからは最選抜組と補欠選抜組は別行動になる。


テレスも一応補欠なんだけど、数合わせというか無理矢理入ってきたというか……


「クーア姉さま、テレスはお姉さまとずっと一緒ですっ」


「そっか、席も空いてるし良いよね」


私がテレスの方を見やると、左と右の手をグッと拳に変えて握り締めて言うテレス。

私にとっては可愛い妹みたいな存在だし、特に誰が乗り込むでもないから良いよね?


「お姉さま……」


「うん?」


私が、私自身を納得させるように笑顔で頷いていると何故か熱っぽい視線がテレスから私に注がれた。

別にテレスの心を動かすようなことは言ってないはずだけど。



「それより、その二人、どうにかならない? なんか見てて気持ちのいいものでもないのよね」


「あ……う、うん。私のせい、なのかな? これって」


「当然でしょ」


ラリィが不快そうに眉を(ひそ)めてどうにかしろと目線で訴えてくる。

少し前に見た時は仲良さそうだったのに……

モニカとアリスちゃんは私にとって、大切な友達。

ここはなんとかしなきゃ。



「あ、アリスちゃん? モニカ? 少し落ち着こうよ――」


「クーア(ちゃん)は黙ってて!」


「あっ、うぅ……ごめんなさい」


負けた。

凄い睨まれた。

怖い。

モニカもアリスちゃんも……

その顔は真剣そのもので私は部外者だって、あれ?


「私、これ、関係あるよね? ね? ラリィ」


「……そろそろミートパイが恋しくなってきたわね」


「ラリィ……無視しないで」


私は二人に、ぴしゃりと言われて落ち込んでラリィに同意を求めたのに、ラリィは外なんて眺めてミートパイを食べたいなんて言うし。

神はここにはいないのかな?


「まぁ、放っておくのが定石でござるよ」


「そっか、そうだよね……」


ネルビンさんの一言に私は項垂れた。

アクアメイスに着くまでずっとこんな感じだとしたら胃が痛いよ……



「あっ! 皇都が見えて来ましたよ!」


「わあ! 本当ですね! 帰ってきたって感じがします」


「アクアメイスか……ボクはゆっくり見られるのは初めて、かな」


アクアレインの皇都・アクアメイスが裸眼でも捉えられるくらいまで近付いてくるとテレスが身を乗り出して言った。

その言葉で、みんながみんな、テレスが見てる方に顔を向けた。

モニカもアリスちゃんも、ついさっきまで喧嘩していたことも忘れて、外をアクアメイスのある方を見ていた。


「あれが、アクアメイス……」


私もそんなみんなに倣うように見る。

水に囲まれたアクアメイスは、特に純正度の高いアクアドラゴンの伝承が残る聖水山脈から流れてきて、それを手軽に飲めるのもこのアクアメイスが人気の一つ。



「アクアメイス……ついに世界大会がそこまで」


「そうね。でもまずは勝たなきゃね」


大会が行われるのはアクアメイス。

アクアレイン側が毎年主催してるせいもあって世界大会までシードされる。

でもシード権を得られるのはたったアクアレインの中でもたった一校だけ。

これは一般的にシード戦と呼ばれていて、他の大会なんかでも開催国がシード戦を開くのは当たり前になってるってお婆さまに聞いたことがある。


「勝たなければ世界大会に行く前に帰ることになってしまいますからなぁ」


「絶対に、絶対に勝ちましょう!」


「ふん、当然よ」


モニカが左手の拳を上げて言うとラリィは自信満々の表情で同意した。

私たちにとってはこれが予選……

この大会はシード戦は一月、シード戦じゃない普通の予選、国々の予選大会が終わって世界大会が開かれるのは三月くらいかかるらしい。


「さあ! いよいよアクアメイスでござる!」


「なんだか少しだけ緊張するわね」


「っ!? な、なに……?」


女性が青い杖を掲げる勇ましい姿が描かれた絵が見えた時、そしてアクアメイスに入ろうとした瞬間、背筋が凍るような感覚が走った。


【……この感覚はルミナス。違う。この感覚は似ているようで、どこか別種の、】


「えっ? ルミナスって……」


「クーアちゃん? どうしました?」


「え? ううん、なんでもないよ?」


アークスが真顔で呟いた言葉に私は驚いた。

今まで感じたことのないこの感覚は、アルクゥの邪悪さなんて話にならないくらいの邪悪さはそのルミナスの――預言者さんに魔王と教えられたアークのそれなの? 私は心配するモニカの言葉にただ違うというだけしか言えなかった。


「魔王……アーク……」


アクアメイスの街中に入ったのに薄れはしたけど、あのよく分からない寒気が恐怖を感じる気配は消えなかった。


「よーし、それじゃあ行ってくる」


「頑張ってください!」


「速攻で終わらせてきてよね!」


「うん、任せて!」


声、明るいな。

アリスちゃんも明るくなったなぁなんて思っていても心は晴れなかった。

街中を馬車で走らせる間も、シード戦の受付を済ませる間も、シード戦が行われてる間もまったく、あの気配が消えない……



「どうして、どうして消えてくれないの……?」


「クーア、これはもしかしたらアークが、」


「聞きたくないッ!! こんな、こんな怖い……感覚なんて初めてだよ……」


クルビル先生たちが前以て借りてくれた宿屋に泊まった私達。

でも宿屋の一室に入っても、あの気配は消えなかった。

しつこく私の中に残る気配……

いったいどこにいるの? 魔王が、アークがこの近くにいるの? 私は聖女としてそいつを倒さなきゃいけないの?


「クーア……アークと出会っても戦ってはいけません」


「どうして? 預言者さんは倒さなきゃいけないって言ってたよ?」


「クーア……よく聞いてください。今日のことで解りましたが、この気配の正体がもし本当にアークだったなら今のクーアの実力ではとてもアークには勝てません。それに――」


「それに……?」


アークスは幽体化を解いていた。

解いて、まるで子供に言い聞かせるように私に言った。

アークスの方がどう見ても子供なのに。

でも、勝てない……本当にそうなのかな。

私、かなり強くなったと思ってるのに。


「戦ってはいけない気がするのです。何故かと訊かれても困りますが聖女の直感として、戦ってはいけない。そんな気がします」


「直感、か……でも会ったら、相手が仕掛けてきたら戦わないと。だって相手は魔王だもん」


「それは……その場合なら仕方ない気もします。ですが、相手がそういう気がない場合は戦いを避けてください。良いですね?」


「……納得いかないけど、分かったよ」


納得いかない。

煮え切らないアークスは苛つく。

でも怖いのは事実だし、出来たら戦いたくない……

でも私は聖女、嫌だけど戦わないとモニカたちが酷い目に合うかもしれない。

そう思ったら、怖くても無理してでも戦わなきゃ……

私の大切な友達を守るために。

この気配、怖い、けど……


「クーア、いる?」


「わっ!?」


「え? うん、いるよ?」


突然、ドアがノックされて聞こえてきた言葉にアークスは幽体に戻った。

声の主は一回聞いただけだけど分かる。

この声は多分、アリスちゃんだ。


「お邪魔するよ」


「クーアちゃん……様子が変でしたけど、大丈夫ですか?」


「あ……うん。別に大丈夫だよ?」


ドアが開いた。

声の主は予想通りアリスちゃん――と、モニカがいた。

二人は心配そうに私を見つめてくる。

心配、してくれたのかな……



「大丈夫な人は別にとか言わないよ?」


「クーアちゃん……何か悩みがあるなら言ってください。わたし、力になりますから」


「もちろんボクも、ね?」


「モニカ……アリスちゃん……」


二人は知らないんだ。

気付いてないんだ……

この気配に。

気付いているのは私とアークスだけ?


「あ、ありがとう。でも私は大丈夫だから……」


「本当に大丈夫?」



「疲れてるん、ですか?」


なら一層言ったら駄目だ。

モニカたちは巻き込みたくない。

分からないけど、あの魔王とは無関係であってほしい。

だってモニカたちが傷付くのは嫌だから……


「うん、竜車とか馬車とかに乗ってたから酔っちゃったみたい」


「あ、そうなんだ」


「そうなんですか!? ではお薬を――」

「だ、大丈夫! もうだいぶ収まってきたから……あとは寝れば治るから」


「そうですか? ならいいですけど」


本当は酔ってなんてなかった。

でも話したら絶対心配するから。

今はシード戦の真っ最中だからこんなことを言って、心配なんてさせたくない。


「疲れてるんだね……じゃあボクたちはそろそろ出てった方がいいよね?」


「そうですね、クーアちゃんの邪魔はしたくないです」


「ごめん。せっかく来てくれたのに」


「ううん、クーアは体が弱い方だからちゃんと休まないとね」


「しっかり休んでくださいね。それではクーアちゃん、おやすみなさい」


「あ……うん、おやすみ」


気を利かせてくれたのかモニカたちはいやに早く部屋を出ていってくれた。

馬車の中では喧嘩してたのにもう仲直りしたんだ。

良かった……


「体が弱い……そう、だったかな」


アリスちゃんの言葉にふと、引っ掛かりを覚えた。

でもそんなに昔のことは思い出せなかった。

そうだったかもしれない。

そう思う程度だった。

私はそれから気配が消えないまでもどうにか眠りについた。




「ああ……やっぱり消えないんだ」


朝起きても、あの嫌な気配が消えることはなかった。

それから二週ほど経ってもその気配は相変わらず消えずにシード戦最終日を迎えた。



「いよいよ最終日ね! 今日最後まで勝ち残れたらシード権を得られるわ」


「やっと……アクアレイン人ばっかり相手して飽きたから早く終わらせてたい」


「ふふ、アリスは毎回出てお疲れですわね」


みんなで食事を囲む朝。

みんなの士気は高まるばかりだった。

毎試合出て、お疲れモードのアリスちゃんですらやる気が感じられた。

私の出番が一度も廻って来ないから少し羨ましい。

でも今はシード戦に出られるほどの余裕はないんだよね……

ここ、アクアメイスに来てから感じる気配のせいで正直、大会どころじゃなかった。


「よし! それじゃあさっさと行くわよ!」


「おー!」


「あれ、クーア姉さま?」


「ごめんテレス。すぐ行くから、先に行ってて?」


「あ、はい! 分かりましたっ!」


食事が終わって次々と宿屋を出ていく。

私が出ていかないことを変に思ったテレスだったけど、私が言ったら納得してくれてラリィたちの後を追っていく背中が見えた。


「……はぁ」


「大丈夫ですか? クーア」


「うん、まだ感じるけど……さすがにちょっと慣れてきたよ」


宿屋で一人になって幽体を解いたアークスが話し掛けてきた。

さすがに二週もしてあの気配に慣れてきた。

でもさすがに不気味。

不気味さが全然変わらなくて気持ち悪い……

もう何月もこれと付き合わないといけないと思ったら気が重い。


「クーア、行かないと追い付けなくなりますよ?」


「そうだね、行こ――」


「く、クーア! この感じは!?」


「うっ……近付いてくる?」


アークスに言われて宿屋を出ようと立ち上がるとあの嫌な気配が強くなる。

それが今まででは考えられなくくらい急速にその気配が感じられるようになった。

近い、あまりにも近すぎる!


「はははっ! 見つけた……やっと見つけたぜ!」


「あれが、アーク……?」


もうすぐそこまで来ていると理解した時、宿屋の半分が吹っ飛んだ。

そして私を見つけた見つけたと喜んでる私よりもずっと小さな男の子が爆煙から姿を見せた。

私はすぐにそれを見て感じ取る。

これが、この男の子こそがあの不気味で邪悪な気配の正体であることに――

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