第1話 勇者より魔王がいい
夕暮れのコンビニ。
漫画コーナーの前で、
少年は立ち読みをしていた。
名前はクロト。17歳。
ごく普通の高校生――
と、言いたいところだが、内面はだいぶ拗れている。
彼はヒーロー物を読まない。
勇者が仲間と笑い合い、
友情と努力で魔王を倒す物語。
そういう“王道”に、彼はまったく惹かれない。
むしろ逆だ。
「……魔王、かっこよ。」
黒衣。玉座。圧倒的カリスマ。
世界を恐怖で支配する存在。
正義の味方よりも、
全てを見下ろす孤高の王。
それこそが至高。
クロトはそういう系男子だった。
しかも厄介なことに、
アニメや漫画から吸収した“強キャラ仕草”を日常でこっそり練習している。
目を細める角度。
顎に手を当てるポーズ。
低く抑えた声のトーン。
誰もいない夜道で、
「……騒ぐな。」
とか普通に言ったことがある。
完全に厨二病である。
今も漫画を読みながら、ひとりで盛り上がっていた。
「ここで黙るのが強キャラなんだよなぁ……」
ぼそっと呟いたその瞬間。
床が、光った。
「……え?」
足元に、幾何学的な模様。
紫の魔法陣。
漫画で何度も見たことのある、
あの“異世界転移”のやつだ。
クロトの心臓が止まりかける。
「ちょ、ちょっと待っ――」
光が弾ける。
視界が白く染まり、
次の瞬間、コンビニの匂いは消えていた。
⸻
静寂。
薄暗い石造りの部屋。
冷たい床。
重たい空気。
クロトはゆっくりと目を開けた。
「……は?」
起き上がる。
周囲を見渡す。
そして凍りついた。
彼を囲むように立つ――
四つの“人影”。
いや、人ではない。
まず一人目。
長い紅の髪。
頭部には美しい角。
背には竜の翼。
豊満な胸元を強調したドレスの上からでもわかる、圧倒的なスタイルの…女性?
「あらあら……目を覚ましたのね?」
穏やかな微笑み。
だが、瞳の奥には底知れぬ魔力が揺れている。
二人目。
銀髪の小柄で、尖った八重歯がキラリと光る少女。
露出の高い衣装に身を包み、
退屈そうにクロトを見下ろしている。
「へぇ〜。これが“予言の子”?
ちっちゃ。よわそ〜w」
くすくすと煽るように笑う。
三人目。
筋骨隆々の巨体。
獣の耳と牙。
鋭い眼光。
「……魔力を、感じぬ。」
低く唸る。
部屋の空気が重くなる。
そして最後。
痩せ型の体躯。
黒いコート。
冷たい瞳。
じっとクロトを見つめている。
観察するように。
崇めるように。
「……興味深い。」
クロトの思考は停止していた。
(終わった。)
(これ絶対やばい場所だ。)
(俺、秒で死ぬ。)
だが。
ここで叫んだら、確実に終わる。
クロトは知っている。
アニメで何度も見た。
“強キャラは動かない”。
恐怖で固まっているだけだが、
結果的に彼は微動だにしなかった。
沈黙。
四天王たちが視線を交わす。
少女が鼻で笑う。
「ねぇ、これ本当に魔王の“後継”なの?
魔力ゼロだけど?」
魔力ゼロ。
その言葉に、クロトの心が砕ける。
(バレてるじゃん!!!)
だが、痩せ型の男は目を細めた。
「……ゼロ?」
一歩、前に出る。
「いや。違う。」
空気が張り詰める。
「これは、“無”だ。」
クロト(なにそれ)
痩せ型の男は恍惚とした表情で囁いた。
「全てを内に秘め、外へ漏らさぬ完全なる王の在り方……
素晴らしい。」
女性が微笑む。
「確かに……魔力を感じないのではない。
感じさせていない。」
巨体の化け物が膝をつく。
「……お見事。」
少女が目を丸くする。
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!
こいつ絶対ただの人間――」
クロトは、ゆっくりと目を閉じた。
震えを誤魔化すために。
そして。
漫画で何度も見た、あの台詞を思い出す。
低く。
静かに。
「……騒ぐな。」
部屋が凍りついた。
四天王全員が、息を呑む。
沈黙の王。
無の王。
深淵の継承者。
そうして――
戦闘力ゼロの少年は、
この瞬間、魔界の中心に立った。
本人の意思とは、まったく関係なく。




