009.スナッチ
「なぁ、ミルフィ」
身分証を取得し、シーブンファーブンへ戻る途中。
目の前では建築現場の作業員が大量のレンガを担いで、2階まで軽々と跳躍していた。
作業員の服装はタンクトップにヘルメット。
安全装備なんて皆無。
ナノマシンスーツの身体能力強化機能を使用せず、高さ3〜4mを跳ぶなんてありえない。
「――あの人、なんであんなに高く飛べたんやろうな?」
「……?」
隣にいたミルフィに聞くも怪訝な顔をされる。
これが普通だけど、と言った顔だ。
「実はさ……、コッチへ来る時にモン……、モノノケの襲撃にあってな、その……、魔法とか、色々と記憶が無いんやわ」
“んなアホなッ!”とクシードは心の中でツッコミを入れつつも、知らないことは聞くしかない。
異世界人という身分を隠すためにも、ご都合主義に記憶喪失者を演じるしかない。
幸い、純粋な性格のミルフィは記憶喪失をすんなり信じてくれた。
「……あ、れ、は……、グ、リ、ス、タ……」
「ぐりすた?」
ミルフィはスケッチブックを開き、慣れた手つきで文字を綴る。
不思議な顔をしているクシードに、ミルフィは手を前に差し出すと、サファイアのように青い水晶玉が現れた。
「うわッ! なんやこれッ?」
「グ、リ、ス、タ……」
透き通る蒼色の球体はビリヤードの球ほどの大きさ。
どのような原理かわからないが、おそらく、収納魔法か何かだろう。
「その“ぐりすた”については、夜メシの時にでも教えてくれる?」
ミルフィはコクリと頷く。
さりげなく夕食の確約も取りつけて、クシード達はシーブンファーブンへ向かった。
――冒険者ギルドに着く頃には、すっかり日は傾いていた。
クシードにとって、冒険者業は元いた世界の仕事と似ている。
元の世界へ帰る方法は見つからず、この世界を生きていく以上、仕事が必要だ。
ミルフィの通訳業務の契約はあくまで口約束。
いつ解雇されるか分からないため、早めに他の仕事を見つけておくのが賢明だ。
「――冒険者登録をしたいんですが」
「新規登録?」
数時間前に案内されたもう1つの受付には、濃いアイメイクの受付嬢がいた。
「そろそろ冒険者達が帰ってくる時間だしさ、もっと早めに来てくれない?」
濃いアイメイクの受付嬢は、投げやりに書類を取り出す。
記入は、いつも通り代筆をミルフィに頼んだ。
「ハァ? あんた字も書けないの? ミルフィは字が書けるけど喋れない。逆にあんたは字は書けないけど喋れる……。変にバランス保ってんじゃん」
嘲るような笑いとこの言い様……。
態度が悪い。
反対側にいるウサギ耳の受付嬢とは全く違う人種だ。
「ってか、使用武器とジョブも書けよ!」
「ジョブ?」
「……何で知らねぇんだよ」
濃いアイメイクの受付嬢は、ため息混じりに面倒臭そうな顔で言う。
「ミルフィは白魔導士なの。依頼をこなす時の適任ジョブ確認や、パーティメンバー募集時に必要でしょ」
よく分からないがジョブとは、資格みたいなものかもしれない。
使用武器欄には“銃”と記入してもらい、ジョブは――。
「銃使いですね」
「……ハァ? 何それ?」
受付嬢の鋭い視線が突き刺さる。
銃を扱う人は、街中で何人も見かけている。
銃使い職のような専門職があってもおかしくないハズなのだが。
「銃を使うので――」
「あー、メンドクサイから狩人にしておいてよ!」
食い気味で否定され、勝手にジョブを決められた。
「明日、朝9:00! オリエンテーションするから! 以上! 今日はもう帰りな!」
濃いアイメイクの受付嬢は、煙たそうにシッシッとクシード達を払いのけ、半ば追い返されるように冒険者ギルドを出た。
◆◆◆
「あーーーッ! ったく、あの受付嬢なんやねんッ! ほんまハラタツわぁーッ!」
その日の夜。
宿近くの大衆食堂にて、クシードはビールを煽りながら、憤慨していた。
「まぁでも、これで冒険者登録ができたし、後は仕事をこなすだけやんな」
「……」
しかし、ミルフィの顔は浮かない。
「……で、でもあれやで。毎日シーブンファーブンに顔出しとれば、そのうち護衛も見つかるんちゃう?」
彼女にとって最優先は護衛探しだ。
「――やし、オリエンテーション終わったら、護衛探しでもしような!」
そう告げると、ミルフィは小さく頷いた。
翌日――。
シーブンファーブンにてクシードはオリエンテーションを受講していた。
内容は冒険者としての心得や依頼の流れなど。
受講者はクシードを含み3人。
冒険者ギルドは全国に存在し、シーブンファーブンもそのひとつだ。
そして、ギルド商工会がありシーブンファーブンはここに所属しているため、他の町へ行っても依頼が受けられるとのこと。
その証として、各冒険者ギルド固有のバッジがある。
シーブンファーブンのバッジはアーチ型で、色によってランク分けされる。
クシードのような新人はパープルカラーから始まり、最高ランクはレッドカラーである。
ちなみにシーブンファーブンとは、虹色の架け橋という意味で、“様々な人との繋がりを結ぶ”のが理念らしい。
仕事内容は雑用などから始まり、主な業務は異形の生物“モノノケ”の駆除だ。
『――モノノケを斃したら、スナッチで処理して下さい』
“スナッチ?”
初めて聞く用語。
しかし、他に受講していた2名は納得している。
あとでミルフィに確認しよう。
「――以上がオリエンテーションとなります」
約1時間の講義を終え、クシードが研修室を出るとミルフィが待っていた。
「これでオレも仕事受けられるで!」
クシードのにこやかな笑顔につられて、ミルフィの表情も柔らかくなる。
時刻は10:30前。
早速依頼を受けようにも、午前の部の時間帯は既に過ぎている。
少し時間ができてしまったな――。
クシードとミルフィは冒険者ギルド近くの公園へ移動し、2人並んでベンチに座った。
「――ところでミルフィ、スナッチって何かわかる?」
「……」
ミルフィは目をパチパチさせると、いきなりクシードに向けて腕を伸ばした。
その指先は空を掴み、そして“ナニカ”を手繰り寄せた。
瞬間、全身の血が逆流するような圧迫感がクシードを襲う。
「ぐっ……」
身体が重い。
一体、何が、起こったんだ――。




