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007.クシード・シュラクス

 いつの間にか寝てしまっていた。


 クシードはぼんやりと目を開ける。

 視界に広がるのは、昨夜見た知っている天井だ。


 結局、夢でもなんでもない。

 改めて思う。

 本当に異世界転移が起こったのだと。

 

「ッ!」


 クシードは慌てて壁の時計に目を向けた。


 午前7:00過ぎ……。

 昨日、ミルフィとは午前8:30に宿のロビー集合と約束していた。

 寝坊してなくて良かった――。


 と、ひと安心するも現状が変わるわけではない。


 ここは、右も左もわからない異世界。


 元の世界に戻る術が無い以上、生き抜く事を優先しなければならない。


 つまり、ミルフィと行動を共にするのが最善策だ。


 彼女を待たせるわけにはいけないと、クシードは身支度を早々に整え、部屋を出た。

 


 午前8:30

 約束の時間。

 彼女は来ない――。

 


 午前8:45

 彼女はまだ来ない――。


 

 午前9:00

 彼女は全然来ない――。



 どうしよう……。

 平常を装っているが、内心は心臓バクバクだ。


 宿のロビーでイスに座り、読めない新聞を広げて時間を潰しているが、受付から妙な視線を感じる。


 完全に不審者。

 気まずさに耐えられない。


 クシードは静かに席を立ち、颯爽と宿の外へ出た。

 

 瞬間、図ったかのようにミルフィが走っている姿が目に入る。

 

 

「――ぼう――――った」


 申し訳なさそうな顔。

 おそらく謝罪しているのだろう。


 ボソボソと彼女は何を言っているか、相変わらず分からない。

 

 ただ、来てくれたことに安心し、クシードは小さく笑みを浮かべていた。



 

 合流後、遅めの朝食へ。

 2人は公園へと移動した。


 広場の中心には大きな噴水があり、アリーナのようにベンチに囲われている。その周りで子供たちは自由に駆け回っていた。

 日光浴や本を読む人、ジョギング……。


 異世界とはいえ、こうした日常の風景は、どこか懐かしい。



「――はい、()()()()()、お待ちどうさん!」


 公園内で見つけた屋台で、サンドロールとコーヒーを購入し、2人並んでベンチへ腰掛けた。


 クシードはサンドロールをひと口。

 玉子とソーセージの味は、世界が変わっても美味い。



「――確認ですが、通訳の業務内容は今の屋台で朝メシを買ったような要領でいいんですよね?」


 ミルフィはコクリと頷く。


「あとは報酬なんですけど――」


 報酬は宿代、食事代、生活用品代、衣服代、医療費など、生活費に必要なもの全般を提案した。

 

 期間は定めない。

 固定給を求めるよりも、その都度報酬を交渉できる方が自由度が高い。

 

 クシードの要望に、ミルフィの唇はへの字に曲がっていた。


「そう思うと、結構お金がかかるもんやわな」


 客観的に同情する言葉をかけるも、ミルフィは首を横に振った。


 背に腹はかえられぬ、と言ったところだろう。

 相手が詐欺師だったら騙されているぞ。


 

「あぁそうだ。あと、文字も教えてもらいたいですね――」


 言葉だけがなぜか通じる優しい世界だ。

 読み書きができる様になれば、今後の生活はだいぶ楽になる。

 学べる機会があるなら、活かさない手はない。

 

 しかし、要求ばかりでは彼女も疲弊するだろう。


「――それと、文字の勉強ついでに、会話の練習もしませんか?」


 彼女の話し方はスケッチブックに書いた文章を読み上げるスタイル。その文章を参考書とすれば、お互いに学び合える関係になれるかもしれない。

 

 クシードの提案に彼女は大いに賛成した。

 


「なら、会話の練習するなら、話しやすい砕けた感じの方が()()()()?」


 タメ口で会話されたのが嬉しかったのか、彼女の口元はほころび、尻尾は立っていた。


 中々好感触だ。

 これで良い参考書が手に入る。

 次に目指すのは生活基盤の安定化。

 

「今思えば、生活費を工面してもらう内容になっとるんやけど、全負担はしんどいやろ? オレも仕事を見つけて、収入を得た方がええと思うんやわ。何かええ仕事先知らん?」


 ミルフィは首を横に振った。


「パ、パ……、パパとま、マママ、ママと……」


 あー、そうだった。

 ミルフィは一刻も早く実家へ帰りたいのである。

 職探しは二の次か。


「でも、護衛してくれる人雇わな、前、進まへんよ」

「……」


 クシードの言葉にミルフィは俯く。

 

 だが、何かを思いついたのか、急にスケッチブックを手に持ち、ペンを走らせる。

 


「シシシシーブん、ブン、シブブンブンブブ――」

「ミルフィ! 落ち着けッ! ゆっくり一言ずつやッ!」


 どうやら“シーブンファーブン”と呼ばれる冒険者ギルドがあるらしい。


 獣人やエルフ、冒険者ギルド――。

 もはやゲームの世界だな……。

 

「そこへ行って、護衛の依頼を立てるわけやな」


 ミルフィはコクリと頷く。


「なら強そうな男がええなッ!?」


 ミルフィは首を横に振ると、文字を書いた。


「お……、ん……」


 女子限定、だそうだ。

 なるほど、コミュ障だから異性と話すのが苦手なのだろう。


「でもミルフィ、オレ、男なんやで」

「えぇ……?」


 眉を鈍角に、つま先からてっぺんまで見て、“どう見ても背の高い男勝りの女子でしょ?”、と言いたげな眼差しを送るミルフィ。


「よう間違われるけど、ホンマに男やで」


 クシードは見た目と声は女、身体は男という類い稀な超特異体質である。

 

 いつもなら彼は、身分証を提示して男であることを証明しているが、それでも信じられない場合、とある必殺技を使って説明してきた。

 

 しかし現在、身分証は消失している。


()()()()()であること証明したるわ!」


 クシードはスッと立ち上がり、ミルフィの正面に立つと、彼女の手を握った。



 ◆◆◆


 


「ほらぁ〜、()()()()()やったろぉ〜?」


 “ウソやん、そんな人おるの……?”と新たな知識を得たミルフィ。


 尻尾は弧を描き、顔は熱した鉄の如く赤く、目の焦点が定まらない。

 可愛らしい水色のネイルが施された指先は、微かに震えていた――。


 

 ――ちょっとやりすぎたかな。


 クシードは悪戯な笑みを隠すように浮かべながら、ベンチに腰掛ける。


「大丈夫やんな?」


 ミルフィは顔を真っ赤に伏せたまま、小さく頷いた。


「ほな、気を取り直して、冒険者ギルドへ行こうか!」


 茶番はここまでにして。

 冒険者ギルドと言えば、血に飢えた猛者共が集まるような場所。

 

 気を引き締めなければ――。

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