005.護衛依頼
薄暮に染まる街。
石畳を踏みしめながら、クシード達は行く。
やがて女は一軒のレストランの前で立ち止まった。
看板には何かの料理のデザインと読めない文字が並ぶ。
「――ここ、ですか?」
女はコクリと頷く。
入口には、馬耳のボーイが待機していた。彼は笑顔で“どうぞ”と2人を店内へ案内した。
何気に異世界で初めて聞く、まともな言葉である。
店内は賑わいこそあるが、喧騒さは無い。
白色の塗り壁に、オレンジ色のペンダントライトが柔らかい影を落とし、深みのある木製の床が空間に温かみを与えている。
客層も上品だ。
男性はジャケットを羽織り、女性はワンピースやガウン、キモノのような服を着ている者もいる。
――随分と高級感があるな。
店の奥にあるステージでは、バイオリンの生演奏をしているが、なぜか腰に据えて弾いていた。
違和感を覚えるが、これがこの世界の演奏方法なのだろう。
なんと言うか、2100年代では味わえない歴史の授業を受けている気分である。
案内されたテーブルに着くと、ボーイがメニュー表を差し出す。
当然ながら文字なんて読めない。
注文は、女が何の迷いもなく指を差し、“シェフのお任せコース”と復唱されて決定した。
「コココ、コロコノノ……」
突然、女は話し出す。
「アートヴィーレさん! 落ち着いて! 文章書いて、一文字ずつゆっくりと話して下さい!」
もどかしいな。
筆談なら理解できるが、女の話し方は異様に歪む。
なぜ、そこまで食事がしたいのだろうか。
「こ、の、み、せ、は……」
ペンを走らせ、女はぎこちなく口を開いた。
「えーと……、この店、ですか?」
女はコクリと頷く。
“――この店は、執事と一緒によく来た店です。先月、いなくなってしまったので、久しぶりに来ます”
会話内容がいきなり重い。
クシードは眉を寄せた。
ただ、執事がいた。
つまり裕福な家庭の生まれなのだろう。
「――思い出の店なんですね」
そう返すと、女は小さく頷く。
でも“こんな性格”だ。
いなくなったのは、面倒になったに違いない。
気持ちはとてもわかる。
「そ、れ、よ、り……」
「ん?」
女の言葉の続きがあった。
“オヤミミリの群れを斃すなんてすごい”と。
あの巨大なカマキリは、オヤミミリと言う名前だったらしい。
存在に気付いた女は声を上げて、警告していたそうだ。
あれが警告。
紛らわしすぎる……。
「お待たせしました」
唖然としていると、ボーイが1品目の料理を運んできた。
ベーコンとほうれん草のキッシュ。
異世界なのに、まさかの元の世界と共通……。
疑問はあるが、今はそれを深掘りする時間ではなく、クシードは一口食べた。
そして驚く。
「めっちゃ美味いやん、コレ!」
異世界に来た実感が薄れてしまうが、味は元の世界と変わらない。
クシードが笑みを浮かべたところで、彼女の口も少し綻んでいた。
「ところで――」
アイスブレイクとまでは行かないが、少し打ち解けたので、そろそろ核心を突いた質問をしなければならない。
「そのスケッチブックって何冊目なんですか?」
筆談の裏には、何かが潜んでいるのかもしれない。
例えば病気などだ。
「……」
女は、少し間を開けると“たくさん”と呟いた。
「今までの会話の、日記みたいになってそうですね」
当たり障りなく、にこやかに聞くも女は首を横に振った。
メモ以外は全て捨てているらしい。
それに猫耳の元気は無くなり、表情も憂いになっていた。
女は奇行を見せるわりに、どこか品のある佇まい。
言葉は吃っているが、中身は真っ当。
クシードの脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
“コミュニケーション障害”
スケッチブックを処分しているのは、おそらく過去を振り返りたくないため。
今の自分には苦しんでいるが、積極的に人と関わろうとしているのは、変わりたいのかもしれない。
「……そういや、アートヴィーレさんの生まれはこの辺なんですか?」
少し、しんみりしてきたので話題を変える。
「……わ、た、し、の、出、身、は――」
女の出身地は、“オウレ”と言う西側にある都市らしい。
「ボク、あんまり地理に詳しくないんで、絵に描いて説明できます?」
この際だ。
情報収集も兼ねて聞く――。
女が簡単に描いた地図によると、現在いるこの街は“ルシュガル”と言う名前と判明する。
そして、オウレはルシュガルからかなり離れていた。
「なんでまたこんな遠方に?」
2品目として配膳された、スープ料理ラタトューユを口にしながらクシードは質問する。
数口、口へ運んだところで彼は耳を疑った。
「……ロクエティア?」
“伝説の英雄ロクエティア”と名乗る組織が登場し、オウレ近郊にある小さな集落を占領した。
そしてそこから、環境が大きく変わったという。
結果、ロクエティアとの抗争が発生し、戦いの前線となったオウレは危険区域となったそうだ。
女は疎開のため、執事と共に東側の都市ルシュガルへとやってきたとのこと。
……何を言っているのか、全く分からない。
伝説の英雄が侵略とは一体。
女は神妙な面持ちで話すも、理解が追いつかないでいた。
「……そういえば、執事はどうしたのですか?」
再び話題を変える。
だが、女の表情は凍った。
――答えたくない、そんな顔である。
愛想が尽きた、とかではない。
おそらく何かの事件に巻き込まれて、消息不明なのだろう。
「……無理に話さなくていいですよ」
「――デデでモも……」
これだけは伝えたいのか、女は震える声を出し、急に血相を変えて迫ってきた。
なんだろうか。
浮き沈みが激しいな、この女……。
落ち着かせて女の話を聞くと、どうやら両親が故郷にまだ残っているそうだが、2ヶ月程前から連絡が途絶えたらしい。
コミュ障。
英雄なのに侵略者のロクエティア。
行方不明の執事。
両親との音信不通……。
――情報量が多すぎる。
ただでさえ異世界へやってきて整理が追いつかないのに……。
料理と同じだ。
情報も1つずつ提供してもらわないと。
一度にたくさん入れては、消化不良を起こしてしまう。
そんな彼女の背景を理解することに頭を悩まし、メインディッシュの肉料理は、すっかり冷めてしまった。
「……ご両親と執事、無事やといいですね」
現在かけられる精一杯の言葉である。
「あ……、あの……」
「はい?」
まだ何かあるのだろうか。
これ以上は満腹だ。
女は深呼吸し、呼吸を整えるとスケッチブックを広げた。
「ご、ご、ごえぇ、ごえぇぇ……」
「……?」
文字は読めないが、書体は震えている。
内容はこのようだ。
“護衛をお願いできますか?”
女がどうしても食事をしたかった理由だった。
故郷のオウレは、ロクエティアが反旗を翻し、戦火の真っ只中。
故郷に残った両親と、行方不明となった執事の安否が心配であるが、彼女は極度の人見知り。人との会話が困難で誰にも相手をしてもらえず、通訳も兼ねた護衛を探していたが、中々見つからないそうだ。
そこで、カマキリ型モンスターを撃退したクシードにも白羽の矢が立ったのである。
冷静に考えれば、彼女は両親や執事を思う心優しき女性。視点を変えれば悲劇のヒロインから受けた“人助け”の依頼とも言える。
クシードは人間に危害を加えるモンスターを駆除して生計を立ててきた狩人だ。
このような依頼に対する回答は、すぐに決まる。
クシードの答え、それは――。
「お断りします」




