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004.ミルフィ・アートヴィーレ

 猫の獣人。

 瞬時に傷を癒す非科学的現象“魔法”。


 この世界には、明らかに“異質”なものが存在する。

 

 それらを差し引いたとしても、クシードはまだ完全にこの現実を受け入れきれてはいなかった。


 今までミオと共に視聴してきた映画やアニメの主人公ならば、今頃、“異世界に来た”と冒険への期待に胸が膨らんでいるかもしれない。


 あくまであれはエンタメ作品。

 観客を楽しまさせなければならない。


 あんな異世界転移など、ファンタジーでしかないが、目の前の光景は、そんな理屈を容易く打ち砕いてくる。


 焦燥をかみ殺しながらクシードは、青髪の獣人、あの奇妙な女の足跡を辿った――。



 


 足跡は力強く残っているため、追跡は容易。

 裏を返せば、ものすごい脚力の持ち主とでも言える。


 本当に、一体何者なのだ――。

 


 

 

 樹木が並ぶエリアを抜け、景色は再び草原に戻っていた。

 

 夕日に照らされる“道標”を頼りにクシードは進み、緩やかな丘を登りきる。



 


「……ハハ」


 思わず笑ってしまった。


 丘の向こうには、城塞都市が目に映る。


 街を取り囲む城壁は堅牢に造られ、長い歴史を感じさせるレンガ造り。門から伸びる街道には、多種多様な人々が行き交っていた。


 見た目は普通の人間のようだが、よく見ると妙に特徴がある。

 子供のような体格の男が、立派な髭を蓄えていたり、猫耳や犬耳を持つ獣人が、当たり前のように生活していた。

 他に、長い耳を持つエルフや、頭に角の生えた種族も混ざっている。


 さらに、巨大な剣を背負う男、片手で大きな荷物を運ぶ女……。ナノマシンスーツの補助なしで、人間離れした力を発揮している者もいた。


 正にファンタジーの世界。

 先人たちが描いた名作『指輪物語』の世界が現実になったようだった。


「ほんまに異世界やんな……」


 景色を眺めながら、クシードは感慨深く呟く。


 

 そして外門の前で、見覚えのある猫耳を生やした青い髪の女が立っていることにクシードは気づいた。

 

「先ほどは怪我を治し――」


 礼を言おうとした瞬間、女はスケッチブックを突き出す。

 

「……?」


 やはり行動は突飛。

 それより、スケッチブックには、知らない記号が羅列されている。


「どうゆうことなん?」


 クシードが困惑していると、女は驚いてスケッチブックを裏返し、目を丸くする。

 まるで“なんで伝わらないのだろう?”と言いたげな表情だ。



 筆談をするあたり、何か事情があるかもしれない。

 ただ、問いかけに応じるあたり言葉が通じている。

 

 ならば言語能力か……。

 いや、先ほどの魔法は詠唱させるお馴染みのオーソドックスな方法だった。

 

 スケッチブックを使った筆談の意図は一体なんだろう。

 

 

 クシードが推測を巡らせていると、女は何かに納得したのか小刻みに首を縦に振った。

 スケッチブックをめくると、ペンを走らせ、何かを書き上げる。

 

 スーハーと一旦、深呼吸。

 

 助走をつけるかのように口唇を震わせた――。

 


「オケけけケケレケレケレガ、ガァーああああ……」

「……え?」


 血走りながらも逸れた目線、異様に震える口元。

 彼女は何かを伝えようと必死なのだろうが、その様子はどう見ても正気の者のものではない。

 

 やはり操り人形の亜種だろう。

 クシードの手は銃のグリップへと動く。


「ごめん、もう1回。ゆっくり言ってもらえます?」

「オケ、オケ、オケ、オ、オ、オオオケケケ……」


「……」


 何かを伝えたいのはわかる。

 だから、何度何度も根気よく聞き返した。


「お怪我はもう大丈夫ですか?」


 ようやく理解できた、女が伝えたかった内容。


 クシードが返事をすると、女は目に涙を浮かべながらヘッドバンキングで頷く。

 

 周囲の人達は距離をとったり、奇異な目を向けてきた。

 やはり異様な光景なのだろう。

 

「……見ての通り、もう万全です。この通りピンピンしてますよ」


 なんて不可解な存在。

 歪んだ言葉。

 突飛な行動。

 それなのに気遣いを示す。


「ヨヨヨ、ヨカよカヨカヨか……」

「あーー、大丈夫です。大丈夫ですよー」


 女は鼻息荒く、口角を上げた。

 合わない目と、ぎこちない笑顔の中に肉食獣の牙が光る。


「でも、そのぉ、怪我を治して頂き、ありがとうございました……」


 身を引き気味にどこか苦笑いで話すクシード。


 だが、女の顔は急に無表情になった。


 ――なぜそうなる。

 何かを期待しているのか。


 早くこの場を去りたいが、何かが引っ掛かったまま……。

 

 

「――どうです? この後、一緒に食事でも……」


 思わず口にしてしまった誘い。

 “あぁ、しまった”とクシードは気づくが、既に時遅し。

 

 “女性はとりあえず食事に誘う”と言うのは、彼の癖だ。


「……」

 

 女は沈黙と無表情を貫く。


 ――よし、これは断ってもらえる。


 しかし、クシードの思いに反して女は頬を紅潮させ、ゆっくりと頷いた。


 ――なんでやねん。


「……えっと、ごめん。よう考えたらお金持ってへんし、店も知らんのでしたわー。また今度にしましょー」


 誘いを無かったことにしようも、女は首を横に振り、財布を見せた。


 いやいや、行く気満々なのはおかしいやろ……。


 逃げようとしても、ここは見知らぬ世界。

 

 “この場は大人しく、素直に従え”


 謎の幻聴が聞こえたクシードは、奇妙な女と一緒に街へと足を踏み入れた――。



◆◆◆


 

 道ゆく多くの人に混ざり外門をくぐる。

 女の案内で街を進んだ。


 メルヘンチックな建物が軒を連ね、どれもビビットカラーで統一されていた街並みが続く。

 

 夕暮れの光に照らされ、灯るのは街灯。


 石畳で舗装された道路の上を、ライトを点けた馬車が行き交っていた。

 窓からたくさんの人が乗っているのが見える。

 

 だが、貨車を引っ張っているのは馬ではない。

 黄色やキャメル色のダチョウ。

 全身フワフワな羽毛に覆われた愛くるしい姿のダチョウが貨車を引いていた――。


 

「そういや自己紹介、まだでしたね」


 道中、クシードと女が交わした唯一の会話。


 “ミルフィ・アートヴィーレ”


 これが女の名前である。

 クシードは何度も聞き直してやっと理解したのは言うまでもない――。

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