031.先発隊の残骸
――ミルフィが、いない。
噴出する煙幕に、視覚と聴覚を塞がれた世界。
クシードは彼女の名前を叫ぶも、噴出音に掻き消され返事は聞こえなかった。
地面には見慣れたスケッチブックが落ちている。
この煙幕の中、攫われた危険性が高い。
裏を返せば、位置がすでに割れている。
足を止めていては、敵の思う壺だ。
クシードは銃を持って、煙幕の帳を突破した。
「!」
やはりいた――。
クシードの眼前に現れたのは、剣や斧を携えた4体のレッサーテング。
近接攻撃型がいるのならば、弓兵もどこかに潜んでいるに違いない。
狙撃ポイントは、どこだ。
「――ん?」
このレッサーテング達、様子がおかしい。
なぜか驚いている。
まるで想定外のことが起きているかのように。
それに防具や盾を装備していない。
代わりにあるのは台車だ……。
――まさか。
あれは煙幕ではなく、ガス。
催涙ガスか神経ガスで侵入者を無力化し、その後悠々と殺戮するための罠だったのだろうか。
偶然にもニオイ対策で、ガスマスクを装着していたから最悪の事態を防げた。
しかし、捜索対象の冒険者達はそのような装備は……。
クシードの脳裏を、洞窟入口で見た鮮血の光景がよぎった。
もはや楽観視は許されない。
0.001秒でも早くミルフィを助けなければ。
クシードは銃弾を放つ。
狼狽えているレッサーテング達は頭部を撃ち抜かれ、次々と地に崩れ落ちていった。
次に注意をあらゆる方向へ。
「アマレティッ! 敵はッ!?」
「反応ないよぉ〜ッ!」
それが分からない。
始末したレッサーテングは通常型。
いくら“検知”のグリスタの精度は術者本人の力量や、周辺環境に左右されるとは言え、このような開けた空間で索敵ができないなどおかしい。
チャフか何か……。
魔力検知を阻害する何かがあるとでもいうのだろうか……。
クシードは思考を巡らせる。
敵が近くにいるのは確実だ。
……いや、待て。
ガスが噴出。
防具は未装着。
そして、驚いていた。
レッサーテング達からすれば、予想外の出来事とも言える……。
クシードは踵を返し、薄くなった煙幕に目を向けた。
「……なんやねん」
彼の口元が思わず緩む。
身を低くし、怯えるミルフィがいたからだ。
そりゃあ手を伸ばしても、空を掴むわけである。
ともあれ、杞憂――無事でよかった。
護衛対象が無事であれば、あとは始末のみ。
「――照明弾、打つで!」
捜索用にと町長から支給された照明弾。
太陽が照るように燦々と明るくなるという。
「暗視ゴーグル外して目ぇ瞑れッ!」
クシードは天井に向けて放った――。
「ギィィヤァァァァァァァーーーッ!!」
レッサーテングの悲痛な叫び声が響いた。
暗順応していた目と閉鎖的な空間。
そこへ急遽、煌々と大量の光が降り注ぐ。
さらに、結露している地表は水鏡となり、その光の力は暴力的。
突然のことに視細胞は照度調整が追いつかず、おそらくヤツらは失明しているだろう。
クシードは遮蔽物でもある岩に登り、高所から周囲を俯瞰する。
7……8……11体。
「パーレットッ! そのまま前進ッ! 4体おるッ!」
「分かったわッ!」
「アマレティッ! ミルフィを守れッ!」
「わ、分かったぁ〜!」
岩が迷路状に点在しているが、敵の動きは鈍い。
高角度。
動かない的。
敵の全貌は見えている。
確実に、頭を撃ち抜く――。
岩から岩へ飛び移りながら、確実に敵を始末。
クシードは前進した。
――残るはその1体。
視力は光に潰されているのだろう。
ただ、殺気は感じたのか、斧を闇雲に振り回している。
クシードは静かにナイフを抜いた。
敵は渾身の一振りを出すも、虚空を切る。
瞬間、鋭利な光がレッサーテングの首を断ち、暗闇へ黒い飛沫を撒き散らした――。
「……ん?」
照明弾の明かりも弱まりつつある頃、クシードは隠すように置かれた金属の塊を見つけた。
「……なんやろ?」
手にとってまじまじと見つめる。
何かのタワーを模倣したような、この世界では見られないデザイン。
僅かに振動している。
それに何本かアンテナが伸びていた。
「……!?」
底部にボタンを見つけた。
長押ししてみると振動はピタリと止まる。
同時に灯っていたランプも消えた。
「――クシード、何持ってるの?」
パーレット達が後を追ってきた。
「なぁ、コレ何か分かるか?」
「何そのクソダサいおもちゃは?」
「かわいくもなぁ〜い」
ミルフィは首を傾げている。
「ボロカスやんけ……」
「気になるんだったら持って帰ったら? 多分襲撃したした時、荷物の中に入っていたんでしょ?」
「そうやな」
あのサイボーグのレッサーテング。
そして、謎の装置。
何かしら共通点があるのかもしれない。
「さて、進みましょ! アマレティ、この先はどう?」
「ん〜……、だれもいないねぇ〜。けどぉ〜……」
「けど?」
「なんだかさっきよりスッキリしてるぅ〜!」
「……? 敵が減ったから“検知”の精度、上がったのかしら?」
「う〜ん、なんて言うかぁ、歯に挟まってたモノがぁ、取れた感覚なんだよねぇ〜」
「けっこうスッキリしてるわね」
◆◆◆
クシード達は、洞窟深部へと更に歩みを進めた。
「――ここが居住区みたいね」
人間から奪った資材類が並ぶ。
整理整頓されていたところから、知能の高さも窺えた。
「けど、なんで誰もおらんのやろうな」
「あたし達だけでトータル20体は殺っているわ。これぐらいの規模だと、40〜50体くらい……かな?」
「先発隊と合わせれば、それぐらいは行きそうやんな」
不謹慎ではあるが、仮にその先発隊が台車で運ばれていた場合、どこへ……。
「見て見てぇ〜、コッチにも通路あったよぉ〜!」
隠し部屋へ続いているかのような、ひっそりとした通路をミルフィとアマレティは見つけた。
「……ゔッ」
一行が見つけたのは人間の死体。
合計で6名分だ。
一部は原型は留めているものの、腕や脚が欠損している。
凄惨たる光景……。
暗視ゴーグルが見せる、緑の濃淡の世界がせめてもの救いであった。
「これ……、セルンのだぁ……」
アマレティが手にしたのは、蝶を模した髪飾り。
「シュベアのもあるぅ……」
ガントレットも転がっていた。
やはり、先発した冒険者達は真面目に任務を履行していた。だが、トラップに嵌り、ここへ連れてかれたのかもしれない……。
行方不明の冒険者達の手がかりを見つけたものの、鉄と血の臭気が、未だに新しい死を物語っている。
これで町長からの依頼、『先発隊の安否確認』を達成したと言えるだろう。
それに戦闘にも勝利した。
任務は完了したものの、敗北感しかない。
「なんだか、スッキリしない結末ね……」
パーレットの声には、いつもの覇気が無い。
死者が語らぬ以上、その真相は闇の中。
ただただ虚しさだけが残った。
「……」
アマレティは、カケラとなったかつての仲間を前に、口を閉ざす。
あまり良い思い出は無いと聞いている。
彼女は“嫌いだった”と笑っていたはずだ。
だが、その後ろ姿はどこか儚げ。
憎悪か、哀惜か。
読めない感情が交錯し、ただ静かに佇んでいた。
今、彼女は一体何を思っているのだろう――。
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