表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

003.スケッチブックレディ

 敵を殲滅し、クシードはミオの名前を呼ぶも返事がない。

 違和感を覚え、咄嗟に腕時計型PCのディスプレイを確認した。


 “充電してください”


「……そっか」

 

 ナノマシンスーツの全機能が停止していることに気づき、クシードは深く息を吐く。

 どうやら、ミオは途中で節電モードを起動し、ギリギリまで支援をしてくれたのだろう。

 アンチペインが機能しなかったのも、バッテリー節約が理由……。


「なんやねん……、最後まで律儀やん」

 

 普段はうるさいくらいよく喋るAIだが、戦闘終了まで沈黙でバッテリー節約を貫いた。

 痛みで意識は朦朧とするが、健気な相棒を思い、クシードは苦笑する。

 

 だが、感情に浸っている場合ではない。

 

 通信回線は圏外。

 GPSも機能せず、補給の目処もない。

 

 残りの弾薬はわずかで、ナノマシンスーツは充電切れ。

 携行していた止血剤を塗布しても、敵の“斬撃波”による切創部の治療が終えたわけではない。

 さらに、空の太陽は傾き始めている。

 このまま日没を迎えれば危険だ。


「どないしようか……」

 

 闇雲に進んでは詰む。

 ならば、あの獣人の女が逃げた方向が唯一の手がかりかもしれない――。


 

 ◆◆◆



「ふぅ……」

 

 丘陵地をひたすら歩く。

 痛みが押し寄せるたび足を止め、呼吸を整える。

 だが、立ち止まるたび膝が震え、全身が悲鳴を上げる。

 

 どれくらい歩いたのだろう。


 空を見れば、太陽の位置はあまり変わらない。

 痛みで時間の感覚が狂っているな……。


「だいじょうぶ……」


 気を抜けば意識が途切れそうになる。

 自身を鼓舞し、前へ進む。

 

 

 この先に進めば、樹木が並ぶエリアだ。


 


 

 ――奇妙だ。

 

 耳に入るのは、風が草花を揺らす音のみ。

 鳥も、虫も、その他小動物の気配がない。


 静寂。

 これは自然界において最も不吉な兆候だ。

 

 クシードは慎重に足を踏み入れる。

 荒れた呼吸も無意識に潜め、周囲を警戒していた。



「……!」


 

 樹々の間にしゃがみこむスカイブルーの影。

 猫の耳、尻尾。

 ニッポン人のようなキモノ。


 ――あの獣人女だ。


 身体を丸め、頭を抱え、震えている。

 まるで、怯える子供みたいだ。

 

 しかし、緑が多いこの森で、鮮やかなスカイブルーは逆に目立つ。

 あれで隠れているつもりだったのだろうか。

 

 クシードは静かに左手を銃のグリップに添えながら、ゆっくり女に接近した。


 妙な異変は感じない。

 ブービートラップの類いでもなさそうだ。


「……あ、あの……」


 

 クシードの声に、女の尻尾がピクリと動いた。


 女は背を向けたまま、重たそうに身体を持ち上げ、ゆっくりと振り向いた。


 虚ろな目。

 ただ、生気は感じられる。


 極めて異様な光景だ。


「先ほどは……」


 クシードは様子を探るように声をかけた。


「……」


 女は何も答えない。


 国が違えば言語も違うのは当然である。

 言葉は理解できなくとも、相手が“人間”ならば何かしらコミュニケーションは図れるハズだ。


 

「驚き、ました……、よね……?」


 クシードはもう一度声をかけた。


「――ア――――ア――ガ――……」

「ん?」


 鈴を転がしたような優しい声。


 だが、静かに両腕を伸ばし、虚な目で一歩ずつゆらりと近づいてくる。


 まるでゾンビだ。


「――!」


 得体が知れない。

 警戒心から、クシードは無意識に銃を抜いた。


「ぐっ……」


 俊敏な動きの代償、全身に痛みが響く。

 だが、アイアンサイト越しにクシードは睨みを効かせた。

 

 

「――ェガ……エガエガェ……」


 声が震えている。


 銃口を向けられた女は、その場で膝をつき肩を震わせた。


「……?」


 ところが、女の瞳からは大地を濡らす雫が落ちたのである。

 

 一体なんなのだ、この女は……。


 先の読めない突飛な女の行動。


 クシードは思わず警戒を緩めてしまった。

 

「――ゔッ」


 押さえ込んでいた痛みが一気に暴発。

 

 バラバラに切り裂かれるそうだ。


「ゲェェェガァァァーッ!!」


 女は叫んだ。

 

「!」

 

 クシードも歯を食いしばり、再び警戒を強める。

 

「……オレの、怪我が……、そんなに心配なんか?」


 皮肉混じりの問い。

 とても言葉が通じる相手とは考えられない。


 かと思いきや、女は大きく頷いた。

 

 その振れ幅は次第に大きくなっていく。

 

 もはや頷くというより、ヘッドバンキングだ……。


 ――なんだコイツは。


 目の前で繰り広げられている謎の現象。


 クシードが唖然としていると、女は目を回したのかフラフラと今でも倒れそうだ。


 張り詰めた空気の中で見せる緊張と緩和。


 ――調子が狂う。


 クシードの視界は急にぼやけ、痛みに耐えきれず、ついに銃口を下げてしまった。


 

「……ガケガケガケガケガケガケガケガケガケガ……」

 

 瞬間、女は呪術的な言葉を呟く。

 手足を素早く動かし、女はクシードに接近。

 

 これは騙し討ち。

 油断をさせられた。


「ェガーッ!!」

 

 撃たなければ。


「……ガッガッガ……」

 

 殺さなければ。

 

「――!」


 ダメだ、もう身体が……。


 クシードは決死の抵抗を見せようとするも、女の目線がおかしいことに気づく。

 

 いや、全体的におかしいが、負傷部を意識している。

 まるで、本当に怪我を心配しているみたいだ。


 女は慌てふためきながら、バックパックからスケッチブックを取り出し、急いでページをめくる。


「カカカろのノ、ククツーウうカイ、ホー……、チュ、チユ、のヒーカリー、フ、フフフフ、フカフカカカ……」


 目を剥いてスケッチブックを睨み、(ども)りながら発する謎の言葉。

 

 何が始まるのだ。


「ツツツッェーる、キュ、あッルッ!!」


 裏声混じりに女は叫んだ。

 同時に青白い魔法陣が現れる。


 幾何学的な紋様が光り輝き、クシードの負傷部が光に包み込まれた。


 ひんやりとした感触。

 熱も、痛みも嘘のように引いていく。


 瞬く間に傷が完治。


 手品でもCG処理でも何でもない。

 科学では到底証明できない超常現象。

 

 これはまるで――


「魔法……か?」


 非現実的な出来事にクシードは驚くと、女もヘッドバンキングという非現実的な行動を再び起こした。


「ちょ、ストップ、ストーーーップッ!!」


 女はヘッドバンキングを止めるも、なぜか顔色が悪い。

 口を押さえると、次第に苦悶な表情へ変わる。

 

 ゆっくりと、慎重に立ち上がると近くの茂みへ全力疾走した――。


 

 突如、穏やかな場所にヴィクトリアの滝が出現。

 そよ風のオーケストラを背景に、大瀑布の旋律を奏でた。


 やがて生演奏は終わる。

 女は背中のバックパックから水筒を取り出し、ガラガラとうがいを始めた。


 ここまでくると人間確定だ。

 ……たぶん。

 

「大丈夫ですか?」

「……ァカン」


 女の涙声が耳に入った。


 女は水筒をバックパックに仕舞う。

 丁寧に留め具を留めると、颯爽と退場していった。

 


 酸性濃度の高い刺激臭とモザイクの滝壺を残して――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ