021.失踪の冒険者
「クシードッ! ミルフィッ! やっとチェマの町が見えたわよッ!」
「あー、やっと着いた」
小都市チェマ。
交易都市ルシュガルを結ぶ中継地点。
夕闇が街を包み始める頃、倉庫街では商人たちが終業の準備や、大きな荷車の片付けに追われていた。
「パーレット、顔バレしとるかもしれへんから、早よ顔隠せ!」
「わかったわよ」
パーレットは指名手配犯。
そんな彼女を連れての旅は、気が抜けない。
理由はおそらく、性犯罪者予備軍のため。
こんなくだらない要因で、騒ぎを起こすわけにはいかない。
髪型を変えたり、ミルフィやクシードの着替えを羽織らせるなど、最低限の変装を施す。
幸い、チェマは小さな街のためルシュガルのような城壁は無く、柵のみ。
玄関口に門番はいないため、今のうちに、とクシード達は宿の手配を急いだ――。
――翌朝。
「いい加減起こすか……」
クシードは隣室の鍵を持っている。
静かに扉を開けると、布団を顔まで被り、猫耳だけ覗かせてスヤスヤと眠る人がいた。
「ミルフィッ! 朝やッ! 出発の時間やでッ!」
揺さぶると、布団を被ったままモソモソと動くも再び静かになる。
「早よ起きやッ!」
寝坊の常習犯、ミルフィ。
昨日、ルシュガルを発つときは早起きできたのに……。
あれは、一体なんだったのか……。
結果、出発は予定より1時間遅れる……。
チェックアウトの手続きを済ませようとしたとき、宿の主人である、タヌキ系のケモ族の亭主が、クシード達をじっと見つめてきた。
「なあ、姉ちゃん達――」
もしや、パーレットの素性がバレたか。
彼女とは昨日会ったばかりだ。
実力の高さから仲間として心強いが、犯罪者との同行はやはり危険。
いざとなれば、憲兵に突き出すしかない。
クシードは決断を固める。
ところが……。
「――そのバッジ、冒険者だろ?」
「……へ?」
突拍子もない質問。
一瞬、思考が飛んだ。
「シーブンファーブンの冒険者なんだろ?」
「え……、えぇ、まぁ……、はい……」
「実はさ、最近レッサーテングの被害が目立つようになってきてなぁ。一度、町長のところまで顔を出してきてくれねぇか?」
「あー、はい……」
動揺してよく分からず引き受けてしまった。
しかし、レッサーテングとは一体……。
被害と言っていたので、モノノケの類だろうか。
宿を出ると、街はすでに活気を取り戻していた。
「さて、パーレットの服新調して、次の町へ目指すか」
「何言ってんのよ? 町長のところまで行くんじゃないの?」
「耳がデカい分、よう聞こえとるわな」
「高潔なるロンイー族を侮辱する気ぃ?」
「してへんけど。ってか、指名手配犯が町長のところなんて行けるわけないやろ!」
「変装すれば行けるでしょ!?」
「どっから出てくんねん。その自信……」
鋼のメンタルの持ち主だな。
変装のためパーレットの服も新調し、仕方なく、クシード達はチェマの町長のもとへ向かった。
「――正味、レッサーなんとかなんて、誰かに任せりゃええやないんかなぁ?」
下手に怪我などを負えば、オウレまでの道のりが遠くなる。
無駄な戦闘は避けたい。
町長がいる行政庁舎の前で、クシードは面倒臭そうに呟いた。
「何言っているのよッ! 困っている人がいたら助けなきゃ! 高潔なるロンイー族として見過ごせないわッ!」
こんなアグレッシブな指名手配犯、初めて見るよ。
「――ッ!」
なぜかミルフィも尻尾を垂直に立ててやる気に満ちている。道草なんて食っている場合では無いのだが……。
正義感の強い2人の女に押され、クシードは行政庁舎の中へと入って行った。
◆◆◆
「――物流を積んだ馬車がレッサーテングの襲撃に遭うようになりまして……」
目尻に深い皺のある色黒で金髪の中年男性。
チェマの町長は、神妙な面持ちで語る。
「レッサーテング?」
「その辺のザコモノノケよ! なんで知らないのよ……」
そりゃ異世界人だからだ。
パーレットの叱責は良いとして、どうやら、レッサーテングというモノノケの襲撃が頻発し、物流が滞っているという。
普段は運転手達でも撃退できるザコモノノケ。
「――最近はなぜか統率のとれた動きを見せているのです」
戦略的に襲撃してくるため、被害が拡大していると言う。
「――この写真をご覧ください」
町長が差し出した写真には、無惨に破壊され、焼け焦げた荷車と、散乱した荷物が写っていた。
「ドライバーは行方不明です……」
写真には飛び散った染みも写っている。
それが何を意味するか。
たとえ白黒写真でも容易に分かった。
「昨日、1組の冒険者を雇い、討伐へ向かいましたが、今朝になっても帰ってきません……」
「――面倒臭くなって逃げたんちゃいます?」
「成功報酬なので、それは無いと思いたいのですが……」
「ちなみに報酬は、どれくらいなんですか?」
「8,000ジェルトです」
「超安いじゃん……」
パーレットの言葉に町長の表情が曇った。
ただ、失言ではなく的中、といった様子だ。
宿では3人で2,700ジェルト支払った。
報酬額は確かに安い。
わざわざ危険を冒す必要が無いな。
“断る”で決定だ。
しかし……。
「――引き受けたわッ!!」
「オイ、パーレット! 何勝手に答えとんねん!」
「よく聞きなさい。これはお金じゃ無いの!」
「さっき報酬額、安っすって、言う――」
「あのね、誰かを助けるのに理由なんていらないのよ」
パーレットは食い気味で言葉を遮り、澄ました顔で名言っぽいことを言う。
「町長さん、ここはあたし達に任せて下さいッ!」
「うぉーい! 待てや!」
「皆さん……、ありがとうございます。ありがとうございます……」
町長は頭を深く下げて、何度も何度も感謝の言葉を述べた。
ちくしょう……、断りにくい……。
「――あぁそれと、昨日の冒険者の方の1名を同行させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あれ? 帰ってきて無いんじゃ……」
「1人だけ、置いていかれたのです」
置いていかれた……。
「えらい鈍臭いのがおるんやな……」
「なぜ置いていかれたのかは不明ですが、ジョブは黒魔道士で、実力のある方だと思います。帰ってこない先発隊の調査員として、現地に行って頂きたいとお伝えしたく、ここへお呼びしております。そろそろ来られるかと……」
一体どんな奴なんだ。
クシード達は依頼内容についてまとめられたレポートを読みながら、置いていかれた冒険者の到着を待った――。
「お待たせぇ〜」
ドアをノックし、女が入室した。
ゆっくりと間延びした喋り方。
緊張感が感じられない無邪気な声。
しかし、その音色はどこか妖艶。
漆黒のドレスを見に纏い、亜麻色の巻き角を生やしたコーヌ族の女性だった――。
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