020.パーレット・キャラル
「よーし、これでもう大丈夫ね。憲兵はあたしたちを見失ったわ!」
「これでオレらも犯罪者の仲間入りかいな……」
数十分前までクシードとミルフィは、善良な一般人だった。それが今や、憲兵に追われる立場になってしまう。
ミルフィは“犯罪者になってしまった”というショックから、スケッチブックを抱えながら涙ぐんでいた。
「顔バレしていないんだから大丈夫っしょ!」
「何を根拠に言いよんねんッ!」
「何をって、逆に憲兵達の顔、ちゃんと覚えてる?」
「……そういや、分からへんな」
「でしょ! ほらッ、だから大丈夫よッ!」
ロンイー族の女、パーレット・キャラル。
悪知恵が働くというか、単に図太いというか……。
この女の奇策により、決死の思いで逃げ込んできたのは、チェマへ続く道の途中にある林。
ようやく落ち着いたところで、お互いに口を開いていた。
「ところで、自分、どんな悪さをしてきたんや?」
「だから何もしてないわよッ!」
「ウソつけッ! さっきもオレらから金品を奪おうとしたくせにッ!」
「あれは、あたしに銃を向けた示談金よッ!」
「なら、何で憲兵に追われとんねんッ!」
「知らないわよッ! 急に追われるようになったのッ!」
「いやいや、ゼッタイ何か心当たりはあるやろ?」
パーレットは腕を組み、考え込む。
何かを思い出したのか、指を立てた。
「そういえばこの前、公園で写真撮ってたら憲兵に職質されて――」
職質……。
「それから撮った写真のアルバム見せたら、没収されそうになったの。ムカついたからぶん殴って奪い返して……、それからかなぁ」
「憲兵ぶん殴ったらアカンやろ」
「でもそれだけで、指名手配なんてオカシイでしょ!」
言われてみれば確かにそうだ。
普通なら罰金か書類送検で済みそうなのだが――。
「てか、そのアルバムって今も持ってんの?」
「もちろん、持ってるわよ」
クシードが見せてもらえるかと聞くと、パーレットは背中に担いだバックパックから、重厚なハードカバーで作られたアルバムを取り出した。
使用感が否めない表紙ではあるが、丁寧に扱われていることがわかる。
クシードは慎重にページをめくった。
「……かゎ……ぃぃ……」
一緒に見たミルフィも思わずほっこりする。
そこには平和な日常を切り取ったかのような、たくさんの白黒写真があった。
最初の1ページ目には、様々な幼い男の子が映っている。
どれも無邪気な笑顔だ。
2ページ目にも小さな男の子たちの写真。
これも笑顔で溢れている。
3ページ目にも小さな男の子たちの写真。
4ページ目も……。
……コイツ、完全にアレやんけ。
なんと、50枚近くある写真の被写体全てが、小さな男の子だった。
偶然では済まされない。
あまりにも偏りすぎている。
「どお? 全部あたしの自信作よ!」
「いやいやアカンやろ……?」
「なんでよッ!」
パーレットは凄むように言うが、何が悪いのかわかっていない様子だ。
半ば呆れ気味に、クシードが次のページをめくろうとすると、パーレットは慌ててアルバムを取り上げた。
「やぁ〜んっ! これ以上はダメ〜」
パーレットは顔を赤くし、嬌声を上げる。
一瞬だけ中身が見えた。
職務質問確定の写真が……。
「なぁ、おまえ、自首した方がええで」
「だから、なんでよッ!」
何かとは明言できないが、犯罪を危惧した優秀な憲兵が事件を未然に防ぐため、指名手配にしたのだろう。
「そんなんやから、指名手配されんねん」
「意味がわかんないわよッ!」
「R指定なんや!」
「どこがR指定よッ! “アバンギャルド”な芸術写真よッ!」
「“アカン、確保”の間違いやろ……」
ダメだこりゃ……。
「それより、チェマへ行くんでしょ! 早くしないと日が暮れるわよ――ッ!」
◆◆◆
違う意味で、ルシュガルには戻れない。
一度は敵対したものの、パーレットと共にクシード達はチェマを目指した。
『あたしは高潔なるロンイー族なのよッ!』
と豪語する、この自称高潔さん。
話をしてみれば正義感が強く、とても悪人とは思えない。
ただの剣士――いや、変態だ。
そんなメチャクチャな性格のパーレットであるが、クシードの性別を聞き、立腹していた。
「――戦闘中に服を脱がすってどんな神経してるのよッ!」
「いや、戦術……」
「うるさーいッ! 黙れッ! セクハラッ! へんたーーーいッ!」
見た目や声は女だが、身体は男という超特殊体質のクシード。彼に乳房をさらされたパーレットの怒号がジェルコ街道に響く。
「ミルフィ! こんな変質者なんて追放しなさい!」
まさか変質者に変質者呼ばわれするとは……。
「オウレまでの護衛は、あたしが務めるわ!」
――不味いな。
追放系シリーズに路線が変更になるのかもしれない。
パーレットは蔑む目でクシードを睨む。
ミルフィはクシードの側に寄ってスケッチブックを掲げた。
「えっ? なになに? ……クシードは、そんな人では、ありません。オウレまで、一緒に行くと、約束しました」
ミルフィはスケッチブックで顔を隠し、尻尾をくねらせている。
「あんた、よっぽど信頼されているのね」
荒ぶる暴君パーレットと、それを鎮める女神ミルフィ。
なんとか首の皮一枚繋がった。
まさかこんなに信頼されていたとは……。
そして安堵するクシードは、何かのエンジンがかかり、心の中で叫んだ。
“惚れてまうやろぉぉぉぉーーーッ!”
「以後、気ぃつけるわ――」




