018.蛇腹の剣
目的地は隣町“チェマ”。
ルシュガルよりジェルコ街道を南へ6ルほど進んだ先にある。
“ル”とはこの異世界の距離を表す単位の1つで、計算すると、1ルは約4キロメートル。
つまり、チェマまでの距離は約24キロメートルだ。
移動手段は、徒歩になるが、正直、これだけの距離を歩くのは気が重い……。
本当は馬車に乗りたいが、節約必須であるため歩くしかないのだ。
長い道のりを歩くことになるが、事前に仕入れた情報によると、1ルごとに休憩場所があるそうなので、しっかりと休憩をしながら目的地へ向かう。
到着は夕方の予想だ――。
「……」
牧歌的な風景が続く。
道中は貨車を引っ張る商人とすれ違うぐらいで、とても静かだ。
車があれば楽なのになぁと、無いと分かっているのに余計なことを考えてしまう。
この異世界の生活や文明水準は、18〜19世紀頃。産業革命があったあたりだろうとクシードは感じていた。
あの時代の人たちは、どんな生活をしていたのだろう。
意気揚々と手を繋いで、最初の一歩を踏み出したはいいが、クシードはどこで手を離そうかタイミングが見つからず、別のことを考えながら暇を潰していた。
「――あそこで1ルか。あと5ル、長い道のりやんなぁ……」
ようやく見えた最初の休憩場所。
ベンチと机だけがいくつか並ぶ、遊具のない公園のような作りだ。
クシードたちの目には、1人の先客が映る。
長い耳を持った亜人。
エルフ……、いやこの世界ではロンイー族と呼ばれている種族だ。
クシード達がベンチの上に荷物を置くと、先客が話しかけてきた。
「――お姉さん達、チェマへ行くんでしょ? 荷物持ちとして手伝ってあげようか?」
腰には大振りの剣と小剣を携え、金髪のポニーテールにアクアマリンのような美しい碧眼を持つロンイー族の女性。
ヘソ出しの衣類を身に纏い、ニコッと微笑む美人に声をかけられ、クシードは口角を緩めるも、女の笑顔には何かが引っ掛かる。
まだ朝の早い時間帯。
このような時間帯に、なぜ街から離れた場所で営業をかけてくるのだろうか。
“本当の”荷物持ちであれば、ルシュガルの門付近で商売をしているはず。
クシードは気づかれないよう、ルミナエルスのグリップに手を添えた。
「――ええ気遣いやけど、金は無いし、今回は遠慮しときますわ」
「いやいや、安くしておくからさ! あたしもチェマへ向かう所だし、道中モノノケも出るじゃん? 高潔なるロンイー族として、サービスで護衛もしてあげるわ!」
女は食い下がる。
しかし、クシードは荷物持ちを依頼するつもりは最初から無い。
「……」
このロンイー族の女から何かを感じ取ったのか、ミルフィも指を顎に添えて見入っていた。
やがて何かを思い出したのか、スケッチブックに挟んでいた一枚のビラを取り出し、クシードに見せた。
――コイツは危険。
クシードの本能が叫ぶ。
「……ミルフィッ! 引き返せッ!」
クシードが言い放つと同時に、彼はルミナエルスを構えた。
瞬間、ロンイー族の女は目を細める。
「ちょっと何? 急にどうしたの?」
――指名手配犯。
ビラは以前シーブンファーブンから配られたもの。
憲兵からのお尋ね者で、顔が一致している。
まさか、こんな場所で遭遇するとは……。
「後ろを向いて剣を捨てや。妙な動き見せたら撃つで」
クシードは冷たく言い放つも、女は脅される状況に慣れているのか、挑発的な笑みを浮かべ全く動じない。
「マジで意味わかんないしー。てか、いきなり銃を突きつけるのはオカシくない?」
余裕。
場慣れしているな。
背筋がジワリと粟立ち、気味が悪い。
以前の暴漢とは根底から違う。
今回は戦いのプロに違いない。
「全く、どいつもこいつも……。一体あたしが何したって言うのかね〜」
「道理に反したことをやったんやろ? 自覚症状が無いなんてヤバいやつやな」
「ハァ……、まぁいいわ。」
女はため息をつきながら、腰に手を当てる。
「高潔なるロンイー族である、あたしに武器に向けた以上――、容赦しないよッ!」
瞬間、女の目は鋭くなり、その場の空気が一瞬にして変わった。
――来る。
女が動く前にクシードは引き金を引いた。
ルミナエルスは猛るも、軌道を読まれたのか手応えはない。
直後、クシードの視界はブレた。
風を切り裂く音……。
――斬撃。
「ゔッ……!」
クシードは反射的に身を捻る。
――が遅かった。
熱い。
一筋の熱が腕に走る。
太腿の皮膚も裂け、赤い筋がじわりと滲んでいた。
思った以上に間合いが広い。
咄嗟にクシードは距離を取るも、女はすでに剣を構え、腰を落としている。
隙が無い。
一瞬でも気を逸らせば斬られる。
「ふーん……」
何が楽しいのか、女の口元は愉快犯のように緩んでいた。
クシードは対峙する女の持つ剣を見る。
蛇腹状という独特な形状。
武器屋で見かけるロングソードとは違い、初めて見るタイプであるが、間合いさえ気をつければ銃が有利。
なんて考えは、絶対に通用しない――。
「同じ女同士。示談金はあり金と持っている服で勘弁してあげるわッ!」
女の足元の砂利が一瞬にして弾けた。
踏み込みが速い。
袈裟斬り。
クシードはサイドステップで避けた。
だが女の目線は、銀髪に吸い寄せられている。
2撃目――。
「――ッ!」
右肘からの鈍い痛み。
息を呑むと痛みが神経を刺激する。
完全に避けたはずだ。
これも魔法によるものだろうか。
ただの剣の間合いではない――。
牽制も兼ねて、クシードは1発の銃声が響せる。
女は予想通り弾道を見切った。
身体を回し、得意な間合いまで接近し、剣を振る。
――速い。
クシードはのけ反った。
剣筋は鼻先をかすめる。
追撃。
――真っ向斬りか。
金属同士の衝撃音が草原の喧騒を攫った。
咄嗟に抜いたナイフで剣の軌道を逸らす。
鍔を迫り合わせて斬撃を封じ、クシードは銃を構えた。
至近距離からの発砲。
女は銃身の側部を頭で押さえつけて阻んだ。
「体術もイケる魔導士なんてスゴいじゃん!」
「競争激しいから必死やねん」
「何それ? ウケるー!」
「せやろ?」
――不味いな。
切創した部位の緊張が限界に達してきている。
一瞬でも力を抜こうものならば、斬られる。
それに、身体能力強化魔法の効果もそろそろ終わりだ。
「!」
――クシードは防御不能の攻撃があることに気づいた。
リボルバーの撃鉄を起こし、瞬時にトリガーを引く。
「――クッ……」
刹那、女はクシードを押し出し、後ろへ飛んだ。
「銃声で鼓膜破ろうとするなんて、あんたも容赦ないわね」
「大事な顔を切りつけてくる自分に言われたくないわなッ!」
「だってそうじゃん! あたしもこの可愛い顔に傷つけられたくないしー!」
――嘲笑いながら、嫌がることをしてくる。
イカれてるな、この女。
しかし、確実に言えることは、今まで戦ってきたモンスターやモノノケとはレベルが格段に違う。
この女……。
強い――。




