017.私たちの旅路に幸運を
数日が過ぎたある日。
正午を迎えようとする頃――。
ルシュガル郊外の草原に、1発の銃声が響いた。
「――仕留めたで」
鋭い音とともに、風穴を開けられた小鳥型のモノノケが、そのまま地面に落ちる。
クシードは静かに回転式拳銃の銃口を下げ、照準精度、リコイルを確かめるように相棒の重量を手のひらに感じた。
“ルミナエルス”
ミルフィから託された銃の名前である。
この銃の性能確認と、ミルフィ自身の戦闘訓練も兼ねて、2人はモノノケ狩りをしていた。
この異世界において銃は、魔法を主体とする冒険者に好まれているそうだ。
ルミナエルスは実弾型の拳銃。
弾薬は流通品であるため、手軽に入手できるが、いかんせん消耗品。
金銭的に無駄撃ちはできない。
薬莢はリサイクル品として武器屋へ持っていくと、弾薬がいくらか割引になるため、1つ残らず回収だ。
仕留めた小鳥型のモノノケ、マメーガの死体をスナッチで処理していると、ミルフィが服の裾を引いた。
「アレ……」
“まだおるで”と、少々慌て気味にミルフィは指を差す。
その方向には茶色い物体。
「よーし、アイツも仕留めるでッ!」
クシードはルミナエルスを構え、照準を定めた。
芋虫型のモノノケ、“カテルピア”。
岩に擬態し獲物を待つ習性がある。
動きは鈍いが、ネバネバと粘着質な体表が特徴。
一度絡みつかれれば、容易には逃げられない厄介なモノノケである。
しかし、離れて戦えば難なく斃せる――。
銃声が再び鳴り響き、カテルピアの体に銃弾が突き刺さる。
紫色の体液が飛び散った。
「……頑丈なおデブちゃんやんな」
カテルピアは完全に絶命していない。
もがくように身体を伸縮させ、口から白い粘液を撒き散らした。
「――ッ、汚ったな……」
見た目のキモグロさと、ベトベトした粘液を飛ばすため、女性から嫌われているのがわかる……。
だが、好き嫌いを言っている場合ではない。
「ミルフィッ! 槍の魔法やッ! オレが引きつけとる間に撃てッ!」
クシードは銀髪をなびかせ、カテルピアの注意を引いた。
飛来する粘液を回避。
スケッチブックを広げるミルフィの準備を待った。
【わ、我が、進む、道を、妨げる、者。此れを、突破、するに、必須と、なる、は、しぇ、正義の、槍――】
詠唱の言葉が風に乗る。
普段は吃り口調だが、練習の成果が出ている。
発動に必要なキーワードを繋げて作った文章を、そこそこ流暢に詠唱した。
【水系魔法・直進する投擲槍ッ!】
グリスタ内にプリセットされている規格魔法の一つ、“直進する投擲槍”。
ミルフィの手元から青く光る魔法陣が出現。
勢いよく水の槍が放たれた。
一直線を描く。
カテルピアの胴体に突き刺さると、ハラワタを抉った。
断末魔は無い。
静かに、そして地面へと崩れ落ちていった。
「やったやんッ! ミルフィの手柄やでッ!」
クシードはミルフィにスナッチで死体処理を促すも、どういうわけか彼女は遠慮気味。
「……どうしたん? いらんの?」
スナッチで死体を処理すれば、その奪った魔力はシーブンファーブンから支給されたバッジに吸収され、個人の成績としてカウントされる。
「ぐ……、グロ……キモぃ……」
死後間も無い身体。
筋肉がまだピクピクと痙攣している。
放出した白い粘液。
内臓と紫の体液をブチ撒けながら横たわる芋虫の姿は、確かにモザイクが必要なくらいグロくてキモい。
「まぁ、確かに……な」
それに、地味に生臭い。
かと言って、死体をそのままにしておくわけにはいかない。
クシードがスナッチを発動させた。
モノノケの死骸は、魔力の渦とともに消滅する。
「――にしても、だいぶ戦闘にも慣れてきたな」
ミルフィからルミナエルスを受け取ってからは、旅支度を整えつつ、戦闘訓練も行ってきた。
“準備万端”
とまでは行かないが、それを待っているといつ出発できるか分からない。
出発の日は以前から決めている。
その日は、いよいよ明日だ。
午後からは最後の旅支度をするため、クシードとミルフィは早々に帰路へと着いた――。
◆◆◆
翌日の早朝。
ルシュガルの街は、まだ朝露の中。
街全体は起床の時間ではなく、とても静かだ。
城壁の向こうには、パン屋の煙突から白い煙がのぼる。
ニワトリの鳴き声も僅かにあった。
それらを背景に、クシードとミルフィは南門に並ぶ。
隣町のチェマへ向かうには、ここを出発し、ジェルコ街道を進む。
その先から西側への行き方は、よくわからない。
次の町で情報を仕入れ、一歩一歩、階段を登るように目的地を目指す計画だ。
「ほな、出発するか」
クシードは一歩前へ進もうとしたが、ミルフィは立ち止まったまま。
「どうしたん?」
彼女は少し逡巡したあと、スケッチブックを取り出しペンを走らせた。
「こ……、こ、れ、か、ら、いっ、しょ、に、が、ん、ば、ろ、う、ね……」
書き終えた彼女は、少し恥ずかしそうに尻尾を揺らしながら、クシードを見上げる。
何を今さら――。
と、クシードは微笑んだ。
しかし、それはとても大事なことでもある。
いつの間にか当たり前になり、思いやる気持ちを忘れてはならない。
これから始まる旅路は、決して楽なものではない。
命の危険もある。
だから、何となく出発しては味気ない。
出発式の様に何かを行い、いつしか“あの頃”を思い出させる、大事なセレモニーが必要だろう。
それも“一緒に”だ――。
「んー……そうやな。なら、記念すべき最初の一歩は、『せーの』で行こうかッ!」
「うん!」
クシードは、ミルフィの手をとる。
その手は、小さく、しかし確かな温もりがあった。
「もう、後戻りはせぇへんで」
「ぅん」
「毎日が楽しいとは限らへんぞ!」
「ぅ、うん……」
「そんでもオウレへ必ず行く! ええなッ!?」
「ぅん。よろ、しく……、ね」
「よっしゃ! 行くで!」
2人は、手を強く握り合った。
「「せーの!」」
歩幅を合わせ、共に歩み出した一歩。
お互いに見つめ合い、微笑みを交わす。
二歩目。
三歩目。
真っ直ぐに駆け出し、繋いだ手は離さない。
空は青く澄み渡り、優しい朝日が旅人達を見送る中、追い風に誘われて始まるのは、新しい旅。
極度の人見知りだが、心優しき猫の獣人ミルフィ・アートヴィーレと、まるで彼女を遠く離れた両親の元へ護り届けるために、異世界から招かれた青年クシード・シュラクス。
彼らが向かう西側は、ロクエティアによる厄災が不条理に蔓延る世界だ。
これは、ただの帰郷ではない。
平和な日常から戦地へと赴く、世界一危険な帰郷の物語である――。
第1章 旅立ちのルシュガル編 終わり
お読みいただきありがとうございます
準備を経て、次話からようやく帰郷の旅が始まります
次は1月3日 22:00の更新です
よろしくお願いします




