016.ルミナエルス
異世界へ来て、何度目の朝を迎えただろう。
元の世界と変わらない朝日。
変わらない支度。
けど今日は違う。
初めて誰かのために朝を迎えた気がした――。
冒険者ギルド“シーブンファーブン”。
クシードは、いつものようにロビーの椅子に腰掛け、ミルフィが来るのを待っていた。
昨日は“銃”という言葉に反応していた。
となれば、今日は何かを持って来る可能性がある。
でも、何を持ってくるのかは分からない。
ぼんやりと考えていると、ミルフィがやってきた。
手にはいつもより大きめの鞄を抱えている。
予想通り、何かを持ってきたようだ。
「いつもより大荷物やんな」
ミルフィは無言のまま、鞄を差し出す。
――そこは、何か言って欲しいな……。
「これ、中、開けてええの?」
ミルフィはコクリと頷く。
鞄はずっしりとして重量感がある。
何が入っているのか――興味半分、不安半分でクシードは鞄を開けた。
中から現れたのは、白い箱。
ラッピングなどない、シンプルな白い箱だ。
プレゼントにしては味気がなさすぎる。
いや、コミュ障のミルフィらしいか……。
そう思いつつ、クシードは箱を開けた。
中身を見て、目を丸くする。
「……うそやん」
箱の中に入っていたのは1丁の回転式拳銃と銃弾ケース。
銃は中折式と呼ばれる銃身ごと前方に折り曲げて銃弾を装填する仕様。
どこかレトロ感があるものの、大型で迫力がある。
銃身は白銀に輝き、長い茎の先に小さな花々のエンブレムが刻まれていた。
装飾は抑えめ。
実用性を重視した、無骨なデザイン。
使い込まれた形跡はあり、手入れが行き届いているのが一目でわかる――。
「これ、どうしたん?」
クシードが問いかけると、ミルフィは少し顔を伏せ、ためらいながら答えた。
「てぃ、ティーナ、の……」
「ティーナ……?」
クシードは記憶を探る。
やがて思い出した。
「たしかティーナって、行方不明になった執事のことやんな?」
ミルフィとの会話練習の中で、何度か名前が出てきた執事のティーナ。
会話練習から得た言葉を繋ぎ合わせると、優しくも勇敢で、時には厳しい、ミルフィにとって姉のような存在に感じた。
だが、44口径はありそうな大型の銃を扱っていたと思うと、かなり筋肉質なお姉さんだったのかもしれない……。
「……ご……、ええ……、……ごえぇ……」
ミルフィは顔を赤くし、尻尾をふらふらさせながらボソボソと呟くが、肝心な部分が聞き取れない。
しかし、銃を渡すその意味は十分に理解できる。
ミルフィは深呼吸を繰り返し、呼吸を整えた。
クシードは何も言わない。
ただジッと、“その言葉”を待った。
「……ご、ごご護衛を……、おおお、おね……お願い、し、し、しまっ……しゅ……」
大事なとこで噛むなよ……。
「護衛をお願いするんやな? ……それ、本気で言うてんの?」
ミルフィは頷く。
「オレ、魔法とか、まともに使われへんのやで」
「……だ、……じょぶ……」
「それと、守られへん時もある。んで、危険な目に遭うこともあるけど、ほんまにええんか?」
「……ぅん……」
「あとな、オレ自身めっちゃ弱いんやで」
ミルフィは一瞬頷きかけたが、慌てて首を横に振る。
その仕草に、クシードは微かに笑った。
「……そっか」
クシードは、大型リボルバーのラッチを外し、銃をハの字に開いて、銃弾の装填操作を静かに確認した。
――44マグナム並の大型リボルバー。
スイングアウト式は元の世界であった射撃コンテストで数回扱ったことはあるが、中折れ式なんて博物館や映画以外で見るのは初めてだ。
扱えるかと聞かれれば自信は無い。
反動などの衝撃は、身体能力強化魔法と併用すれば解消できるかもしれない。
この銃の装弾数は6発。
銃弾再装填の動作もスムーズに行える。
使い込まれてはいるが、大切に扱われていたに違いない――。
銃を見るクシードの目は真剣そのものだった。
『いかなる時でもお嬢様を守れるよう、日頃のメンテナンスが重要なんです』
執事のティーナは、いつもそう言って銃を整備していたことをミルフィは思い出す。
彼女の姿は、もうここにはいない。
でもどこかで声が聞こえる気がした。
“一緒に参りましょう。必ずお守りします――”と。
クシードは確認を終えると、銃を掲げ、銃身を光に照らして眺める。
一見、ただの大型拳銃。
だが、ミルフィの大事な人が大切に扱っていた代物。
これを渡すということは、決意を固めたのだろう。
“両親の元へ帰るのに力を貸して欲しい”
ならば、その思いに応えなければ――。
「なぁ、ミルフィ。この銃の名前、教えてくれる?」
「……ル、ミ、ナ、エ、ル、ス……」
銃が入っていた白い箱に記載された文字をなぞり、ミルフィは微笑んだ。
「ルミナエルス……、かっこええ名前やな」
執事のティーナは、ミルフィを守ることに使命を果たした。だからこのルミナエルスもきっと、“守るため”に存在する。
守るとは言っても、それは生命を脅かす存在に向けて撃つためだけではない。
この先に待ち構えているであろう、不安なこと、辛いこと、悲しいこと……。
様々な困難に対して、時にはその手を引いて道を拓き、降りかかる災いには傘になって守ることもあるだろう。
クシードはゆっくりとミルフィを見つめた。
「ただな、ルシュガルの外へ出ると、ええことばかりやとは限らへんのやで」
「……ぅん……」
声は相変わらず小さい。
だが、その瞳には迷いがなかった。
「ほんまに、オレを護衛に選ぶんやな?」
「うん!」
いつものオドオドした様子は見えず、確固たる意思を持っているように感じた。
「……わかった」
今思えば、この異世界に来てからずっと自分のことばかり考えていた。
頃合いを見計らって縁を切り、1人で元の世界へ帰る方法も探そうとしていた。
だが、本当にそれで良かったのだろうか……。
ミルフィ・アートヴィーレ。
彼女は見ず知らずのクシードに対して、今日にまで尽くしてくれた。
もし出会わなかったら、この異世界を生き抜いてこれなかっただろう。
そんなミルフィは今、命を懸けてでも両親の元へ帰ると決めている。
彼女は芯が強く、心優しい。
でも、苦手な会話を克服できておらず、両親の元へは帰れない。かつてのティーナのように、彼女を支えてくれる人が必要だ。
彼女の決意に、こちらも同じ覚悟を示すべきである。
これは案外、贖罪ではなく運命なのかもしれない。
「ミルフィ――」
クシードはブルーグレーの瞳に彼女の姿を納め、覚悟を決めた。
「一緒にオウレへ行こう」




