014.暴漢①
夜の帳が降りた路地裏。
細い道にこぼれる灯りは乏しく、建物の陰に隠れるようにして、3人の男たちがクシードとミルフィに対峙していた。
「2人ともマジでカワイイじゃん!」
「銀髪ちゃんとケモ族ちゃんのバランスがすごいねぇ〜」
どこまでも軽薄な声。
男たちの視線が舐めるように這う。
特にミルフィの胸を中心に、男たちは下卑た笑みを浮かべていた。
「これからイキたいんでしょ?」
「偶然〜、俺らもイキたかったんだよね〜」
どこへ行きたいのか知らない。
だが、行き先は容易に想像がつく。
「……放せ」
クシードは、ミルフィの腕を掴んで離さない男を睨みつけた。
「オイオイ、俺らは行きたい場所でイキたいだけだぜ」
「冷たい目とか、くぅ〜、ビンビンにくるぅぅ〜」
言葉が通じない。
いや、聞く耳を持たない態度だな。
「……行きたいところは、オレら2人で十分やねん」
クシードは小さく身を縮こませて怯えているミルフィを男から引き剥がし、前へ出る。
「……」
クシードは無言で圧力をかけた。
男たちの表情は僅かに歪む。
「なんだ、こいつ……」
男の1人が、小さく呟いた。
「ってか右の恋人、大事したれや!」
「あぁ? どーゆうことだよッ!?」
「早よ帰って、右手と一緒にねんねせぇってことや!」
「あいにく、俺の右手は予約でいっぱいなんだよッ!」
瞬間、男の右腕が振り抜かれた。
狙いはクシードの腹部。
男の拳は予備動作が大きく、ブレている。
動きは素人。
だが、クシードは異変をすぐに察した。
――重い。
パワーは明らかに常人離れしている。
まともに喰らえばダメージは大きいだろう。
クシードは一歩踏み込み、右足に全体重をかけて腰を捻った。
迫る拳を叩き、わずかではあるが軌道を逸らす。
拳は逸れ、すぐ脇を通り過ぎた。
だが、たったそれだけで手が痺れてしまう。
これが身体能力強化魔法の効果か。
「おぉっと、やるね!」
男は口笛を吹き、余裕を見せている。
後ろに控えていた2人はポケットに手を突っ込み薄ら笑ったまま。
今なら1対1。
やるならば今だ。
クシードは瞬時に対峙する男に左腕を向けた。
――スナッチ。
――インテグレイション。
脳裏に焼き付けてきた動き。
魔力を集める。
図書館同様、スムーズに成功している。
持続時間は20〜40秒。
早急に応戦……。
いや、相手の身体能力強化魔法の精度は分からない。
耐久力を強化している可能性がある。
単純な打撃では、効かないだろう。
一撃で仕留めるには……。
クシードの右裏拳が疾る。
男の目が一瞬、拳を追った。
――残念だ。
クシードの視線はすでに別の一点を捉えている。
右手はブラフ。
利き手は左だ。
「ゔぐぅおぉぉぉぉ……」
男のみぞおちに一撃が突き刺さった。
グシャリと嫌な感触を伴って腹部を曲げ、空気が喉から濁った笛で漏れる。
男は地を伏し、胃液を撒き散らした。
「このアマッ!」
殺気と共に、残る男2人が動いた。
休む暇など無い。
連戦。
次の狙いは最も近い男だ。
クシードは跳躍し、首を狩るような蹴りを振り抜く。
――が、男は一歩後退し、クシードの攻撃は空を切った。
「チッ!」
クシードは姿勢を低くして着地。
逆立ち、脚を広げた回し蹴り。
男たちを牽制した。
「オイ、この女ただもんじゃねぇぞ!」
敵の警戒が強まる。
それで良い。
弱いと分かれば、容易に使える身体能力強化魔法で、一気に攻め込んでくるだろう。
一撃でも喰らえば敗北だ。
「フゥー……」
クシードは静かに息を整える。
――先手必勝。
クシードは地を駆けた。
ターゲットは後方で腕を向けている男。
しかし、もう1人の男が殴りかかって来る。
――速い。
だが、大きく腕を引いている。
これは、ただの力任せによる動きだ。
「オラァァ!」
右、左……。
男の拳打は荒い。
空気ばかり殴るも、パワーは魔法で強化されている。
風圧は皮膚が裂けそうなくらい鋭い。
「遅いな、早いのはベッドの上だけなんか?」
「てんめぇぇぇ!」
全く当たらない攻撃。
クシードの挑発に男は苛立ち、さらに大きく拳を振りかぶった。
前に突き出す、その瞬間。
右脚が前へ出る。
その脚が大地に戻る刹那――。
クシードは足払いで軌道を逸らした。
「ぬうぉッ!」
強制的に重心を崩す。
男は転倒した。
「ハァッ!」
クシードは脚を夜空に向け振り上げた。
男の頭部を踏みつける――。
【ティータ・ジャローズヴェリンッ!!】
一矢報いる前に、もう1人の男が“何か”を叫んだ。
同時に赤黒い閃光が走り、耳奥を叩いた。
クシードの身体も吹き飛ぶ。
「!」
――不思議と痛みは無い。
だが、何かが身体を覆っている。
この心地よい柔らかさと、嗅ぎ慣れた香水の香り……。
「ミルフィッ!!」
「マホ、マホ、マホ、マホー……」
さっきのは魔法攻撃か。
外壁の一部が湿った紙みたいに剥がれ、地面に転がっていた。
どんな魔法か分からないが、小型自動車でも衝突したかのような破壊力である。
魔法と物理の連携プレー。
……これは、厄介だな。
「ミルフィ、立てッ!」
クシードは鼓舞するも、声が届いていないのか、ミルフィの身体は硬直したまま。
そして、呼吸が荒い。
震える耳。
強ばった指先。
彼女の視線は、何か見えない檻に囚われたかのように宙を彷徨っていた。
直撃を避けるため、体当たりでクシードを助けるも、恐怖で動けなくなっている。
このままでは格好の的だ。
クシードはミルフィを抱きしめ、腰を浮かせて大地を思い切り蹴った。
反動で起き上がるも、男2人が迫っている。
――さて、どうしようか。
武器は無い。
ミルフィを守りながらの戦闘。
魔法を駆使してくる暴漢が相手。
とにかく間合いを取らなければ。
狭い路地。
前後に建屋。
正面に男2人。
周囲は塞がっている。
だが、空いている方向は一方向のみ。
一か八か……。
クシードは、インテグレイションで再補填した魔力を1ヶ所に集中させた。
脱力し、翼を授かる思いを……。
足裏に叩き込んだ魔力を一気に解放。
クシードの身体は風を切り、闇夜へと舞い上がった。
「――高ぇ!」
男2人はクシードの跳躍力を見て驚く。
路地が縮む。
三階の窓枠が近く手が届きそうだ。
確かに跳んだ本人も驚くほど高い。
壁を蹴り、角度を殺して着地。
クシードは抱えていたミルフィを降ろした。
「ミルフィッ! ビビるなッ! 行くで――ッ!」




